当方小五ロリ   作:真暇 日間

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 連続投稿11/12です。


貴人聖者は言葉を発し、戦わずして石を得る○

 

 狸。私の目の前にいるその存在は、まさにそうとしか言えない存在だった。

 太い一本の茶色い尾。丸い耳。私がかつて鬼人正邪であった頃に出会ったことのある化け狸。それが今、私の目の前に存在していた。

 あの時は余裕がなく……むしろあの頃に余裕があったことなどなかったのだが、とにかく本当に余裕がなく、相手からの話もいいとこ話半分にしか聞いていなかったこともあり、あまり相手の性格などを思えていなかったのだが……少なくとも悪い相手ではないということだけは理解できた。

『正しく』は、長年に渡って子分を引き連れていたが故にその身に染み付いてしまったらしい親分肌とでも言うものによるものだったらしいが、それでも当時の私は色々と文句を言いながらもどこか救われたような気分になったものだった。

 しかし、そんな相手であろうともオカルトボールを持っている以上は敵対者であることは間違いない。恩があれども容赦はしない。

 

「まあ待て。敵対する気はない」

「……では、オカルトボールを頂けますか」

「待てと言うておろうに。会話で勝敗を決めようと言うことよ」

 

 ……会話で勝敗。なるほど、そういうのもあるのか。しかしその方法においてはあちらに一日の長があるだろう。私は屁理屈を捏ね回したり、あるいは能力によって私の言葉を『正しい』ものにすることはできても、人付き合いというものはとんと興味がないまま生きてきた。強者に取り入る方法や、その相手を推し量って耳障りのいい言葉を見つけ出すこと、あるいはそのものの視界に入らないようにする方法には長けているのだけれど、それ以外のいわゆる交渉事というものはあまり得意ではないし、経験もない。これで勝てと言うのは少しばかり無理があると私も思う。

 そんな無理を蹴り飛ばし、穴を見つけてすり抜けて、これまで私は生きてきたのですけれどね。

 

「私は別に会話を楽しむ気はないのですが」

「わかったわかった。正直に言うが、お主の見極めをしたかっただけじゃよ。あの怪物の言葉が本当に正しいのか、見てもいない儂らにはわからんわけじゃからな。聞きたいことを聞かせてもらったならさっさとくれちゃるよ」

「……では、質問をどうぞ」

 

 質問に答えるだけならばそちらのほうがいい。争いは生物であるならばどんな存在であろうと繰り返しているのだが、それが少なくなるならば決して悪いことではない。必要以上の争いは衰退を招く。無論、適度な争いがなければそれもまた衰退につながるのだが。

 そんな私の思考が相手に伝わるわけもなく、狸は私に語り掛けてくる。

 

「まあ、初めに聞くべきことは……名前、かの? ちなみに儂は二ツ岩マミゾウと言う」

「二ツ岩……なるほど、佐渡島の狸の頭目でしたか。私は貴人聖者と呼ばれています」

「名前は変わっとらんのか」

「いくら変わろうと私ですので、読みは同じまま文字だけ変えた新たな名を頂きました」

「……ほほう」

 

 今の私と過去の私の差異を今の質問からも見出すことができたのか、二ツ岩はその瞳の奥に押し隠していた敵意の感情を消し去っていた。正しき感情を知ることは、私にとっては造作もないことです。どれほど外側を偽ろうと、私には正しいものが見えるのです。それができるようになったのは鬼人正邪(わたし)貴人聖者(わたし)になってから。つまり、この狸は私の能力のことを知りはしない。

 

「……さて、主、酒はいける口か?」

「天邪鬼も、純粋な鬼と比べて身体が弱くはありますが鬼ですから。底無しではありませんが飲めないことはないですよ」

「そうかいそうかい」

「ですが、馬の小便を変化させた酒などは御免被ります」

「するかそんなえげつないこと!」

「馬の糞を饅頭に、小便を茶に変え、飢えと渇きに悶える旅人に食らわせて殺した狸の話がありますのでその類かと」

「……確かに昔そんな同族がいたらしいということは知っておるが、今回のような場ではそんなことはせんよ。何なら儂が先に飲んで見せようか?」

「いえ、構いませんよ。私からも一つ用意していますので」

 

 私が取り出したのは、ガラスの瓶に詰められた深緑色に輝く酒。『海のアブサン』と呼ばれる、クトゥルフ様に仕える奉仕種族の作った酒……という姿が『正しい』ものだと酒を認識した結果出来上がったものだ。度数や効果は本物と変わらないだろう自信作だ。

 しかし狸はこの酒を見て頬をひきつらせた。確かになかなか見ることのできない珍しい酒ではあるが、そこまで驚くことはないと思うのだが。

 

「……み、見たことのない酒じゃの……と言うか、それは酒なのか?」

「間違いなく酒ですよ。味は保証します。佐渡島に住んでいたのならば嗅ぎなれた香りがすると思いますよ」

「……ほ、ほほぅ……」

 

 ひきつった笑みを浮かべられてしまったが、私はそれに構わず酒の蓋を開けて盃に注ぐ。注いだ酒は片方を狸に、もう片方を私が持ち、そして一気に飲み干した。

 

「……飲めるものなのか?」

「ええ。なかなかの味ですよ」

「すさまじく磯臭いのじゃが……」

 

 ひくひくと鼻を鳴らして酒の匂いを嗅いで眉をひそめたものの、それでも私と同じようにぐいっと一気に杯を干す。そして―――

 

「―――カハッ!?」

 

 突然意識を失って倒れてしまった。

 よく見てみると顔がやや魚の様なものになり、手足に鱗が浮かび、首筋には鰓のような切れ目ができてパクパクと開閉を繰り返している。

 完全に白目を剥き、深緑色に輝く酒と同じ色の泡を噴いている姿はおよそだれが見ても致命的なものでしかなかったが、しかし貴人聖者にはそう映らなかったらしい。

 

「一応言っておきますが、この酒は非常に強いので、一気に飲むのはお勧めしません」

「……」

「……まあ、どうやらもう遅かったようですが」

 

 自分は盃に注いだ酒をちびちびと飲みながら、マミゾウの持っていたらしいオカルトボールを弄ぶ。どうやらいくつか集めていたらしく、これで合計七つ。もうすぐ自分も外に出ることができるだろう。

 外に出ることができたならば、まず初めにかの神の眠る場所へ祈りを捧げよう。出てくる場所から見て『正しい』方角に向けて祈りを捧げれば、その方角は私が祈りを捧げるに相応しい方角。つまり、海底に眠る都市、ルルイエの方角に他ならない。

 ああ、楽しみだ。聖地に直接赴くことができないというのは悲しいことだが、それでも結界という邪魔なものを通さずにかの地におわすかの神に祈ることができるとは、なんという幸福だろうか。

 

 私は祈る。ひたすらに祈る。世界の最も広い海に眠る偉大なる神に、ただひたすらに祈りをささげる。

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 私の持つオカルトボールが光を発する。その光が、私の身体を包み込んでいく。

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

 私の視界から幻想郷の風景が消えていく。ゆっくりと目を閉じて、そして祈り続ける。

 そして、次に目を開いた時……私の目に映るのは、無数の天突く摩天楼。高速で駆ける数多くの鋼の箱。バベルの塔を思わせる骨組みだけの鉄の塔。この世のものとは思えない、そんな光景だった。

 


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