月に生物を産み、その生物が真空と太陽からの放射線、さらには繰り返される寒暖差によって死ぬことがないように調整し、月面と言う過酷な状況下においても生存するだけでなく自力で種を存続させることのできる生命。地球上では恐らくそこまで過酷な状況が続くのはありえないと思われるような光景が常に広がる月面で生き延びるようにさせるのには流石に骨が折れたし、苦労をまぎらわせるために菫子に対して悪戯をしすぎたせいで菫子が人前に出るために着替えが必要になってしまったりもしたけれど、着替えが必要なら着替えさせれば問題ない。一人暮らしをしている菫子の住処にお邪魔して着替えさせることで問題は解決する。
月の新生物は、初めのうちは生物と認識されないだろう。しかし、月の過酷な状況下においても生命活動を続けることができる生物がそう簡単に死ぬわけもない。エネルギーを与えられれば与えられただけ食らい、成長していくだろう。
長い年月が過ぎれば、もしかしたらアニメの月のように巨大化していくかもしれない。そうなると距離などの調整が難しそうではあるけれど……私が思った通りに作ることができたならばそれも問題にはならないはずだ。
何故なら、あらゆるエネルギーを喰らって生きるのならば、自身の質量すらもエネルギーにしかならないだろうからだ。
質量の存在しない鉱石生命体。異様ではあるが、それならば月に存在したとしてもおかしくはないし、いくら大きくなっても地球の衛星軌道上からずれていくこともない。見かけ上月が大きくなっていくだろうけれど、そうなればまず間違いなく人間たちはその原因を究明しようとするだろう。それが科学全盛の時代の終焉の狼煙となることを祈る。
さて、色々あった気もするけれど私が幻想郷の外に出ていられる時間も残り少なくなってきた。もう二割くらいは幻想郷に帰りそうになっている。
しかし、まだやることがある。可愛らしく鳴いている菫子を撫でて、ひっそりとその耳に囁きかける。
「菫子。よく聞きなさい。あなたは私の影響を深くまで受け、半ば幻想の存在となっているわ。けれど、その身体が単なる人間のものと相違ない以上、正規の方法での幻想入りは非常に難しいでしょう。
だから、あなたが眠りにつけば夢の世界で私に会いに来ることができるようにしておいたわ。眠っている間だけ、あなたは幻想郷に入り、その世界を楽しむことができる。
けれど、気をつけなさい。そうして入ってきた時に傷を負えばあなたは同じ傷を肉体に負うし、死んでしまえば肉体も死ぬ。さらに言ってしまえば、幻想郷に来ている間は肉体をあなたの意志で動かすことはまず不可能。襲われてしまっても自分の身を守ることはできないわ。だからこそ、眠る場所はしっかりと考えておくこと。わかったかしら?」
「は……ふぁいぃ……」
「いい子ね」
耳に触れると、それだけで喜びの声をあげる菫子を置いていくのは可哀想だと思わなくもないけれど……菫子が作ったもの(一つは違うが)を使って来たのだから、どうなるかは想像がつくはずだ。
……次、私と菫子が出会うときのために首輪を用意しておこう。菫子の生きる現代社会において日常的に着けていても不審に思われず、それでいて菫子が私のペットだとわかるようなそんなものを。
材料は……本体は動物の皮を鞣したものを使うとして、糸状にした金属で菫子の名前を刺繍しよう。ついでに昔にとある悪魔から習った死後に魂を私に捧げると言う契約陣も編み込んでおけば死後の菫子を飼うこともできる。
……問題は、動物の皮で目立たないようにかつ人間に相性がいい魔術を組み込もうとすると、内容的に地獄の動物は使えない。直接地獄に送られてしまう。そのため使う皮は人間あるいはそれと形態を近しくするものになってしまうと言うことくらいか。
人間の鞣し革はそれなりに数を揃えてあるけれど、菫子に一番合うものを探すとなると適当に作るというわけにもいかない。術式によく馴染み、同時に菫子に馴染み、それなりにお洒落なものをつくならければ。
……術式を変えて、こいしやこころ、お燐やお空にも作ってあげようかしら。お燐とお空はまだ人型を取れなかった頃の首輪と足輪は持っているけれど、人間形態のための首輪なんかは持っていなかったはずだしね。
まあ、首輪なんて嫌だって言われちゃったら諦めるけれど……首輪じゃなくてチョーカーだって言えば通じるかしら? 一応アクセサリーの代わりになるように作るつもりだし、できなくはないと思うのだけれど。
まあ、それも一度幻想郷に戻ってからね。本人達に一番合うように作るには、作りながら本人達に確認するのが一番だもの。確認は大事。確認を怠ったせいで滅んだ人間の国があるくらいだし、本当に確認はしなくちゃ駄目。どれだけ相手を信用していたとしても、もしかしたら間違いがあるかもしれないからね。確認はどんな時でもしておかないと。
そして私と貴人聖者は、オカルトボールの効果を終えて幻想郷へと帰る。私は目的を果たし終えたし、聖者もひたすらにルルイエの存在するといわれている方向へと祈りをささげ続けることができてそれなりに満足した。私は今回のことで自力での幻想郷からの脱出方法を考えることもできたし、脱出してからどうやって生きながらえるかというのも考え終えた。そのための種も蒔いた。これでもしも幻想郷が崩壊しても、私は地霊殿のみんなを連れて生きながらえることができるだろう。
とは言っても、現状を考えればそうそう幻想郷が丸ごと崩壊するようなことは起きないだろうと見ているのだけれど。なにしろ、最近は異変が起きる回数も非常に増えているが、代わりに幻想郷に集まる力もまたどんどんと大きくなってきている。
古くは八雲紫や冥界、地獄、天界の住人が幻想郷の存在を認め、ある程度の治安を保とうとしていた。しかし現在ではそれに加えて命蓮寺の尼僧や日本の古き聖人もいるし、知られてはいないが魔界との繋がりも存在している。それだけの力が一点に集中しているのは、恐らく幻想郷という場所が非常に過ごしやすい場であることに起因するだろう。八雲紫の作り上げたこの幻想郷という場所は、妖怪にとっては理想郷であるということは間違いない。外の世界の汚さをこの身で感じてそのことを深く理解した。
もうしばらく私が外の世界にいたら、喘息のような症状が出ていたかもしれない。動けるくせに動かない大図書館の喘息のつらさはわかっていたけれど、それを少し軽くした感じだ。普通に辛い。
「……さて、それでは帰るとしましょうか。我が家へ」
「ええ。帰りましょう。
私と聖者は並んで飛行する。途中で私たちを見かけた妖怪たちは全力で見ないふりをしたり逃げ出したりしていたけれど、私は外で見られているくらいでいちいち殺しにかかったりはしないから安心してくれていい。
まあ、家の中で同じようにじっくり見られたりしたらその相手に少しショッキングな映像を見せてしまうかもしれないけれど。以前八雲紫に『昔々のまだまだ弱かったころの自身が自身の式と式の式に襲われてレイプ目になっている状況』というものを見せてしまったこともあるし、本人のトラウマを組み合わせて新しくトラウマを作り出すくらいのことは覚悟しておいてほしい。覚であるだけでなく、地底の顔役として舐められる訳にはいかないのですよ。治められなくなってしまいますからね。
……初めから鬼あたりが平和に地底を治めてさえいてくれればわざわざこんな風に面倒なことをしないで済むのに、どうして鬼というのはいつもいつも荒っぽい考えが先に出てくるのだろうか。種族的に戦闘に頭が寄っているのかどうかは知らないけれど、本当に勘弁してほしいところだ。戦闘民族どころか戦闘種族……怖い怖い。