当方小五ロリ   作:真暇 日間

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08 私はこうして地上を進む

 

 地上に出て初めに思うのは、太陽と言うのがこんなにも眩しいものだったかと言う事だった。

 昔々、あらゆる人妖に嫌われて追いやられた地底では見ることのできなかった太陽。それはこんなにも大きく、暖かく、眩しいものだったのか。そんな思いが溢れて止まらない。

 最近、お空が太陽の化身をその身に宿したことで地底にも太陽に近いものが産まれつつあったが、それは今こうして見ることができる太陽とはあまりに違う。より大きく、より暖かく、よりしっかりと確立している、まさにあれこそが真の太陽と言えるものだった。

 

 さとりの胸の内に『感動』と言える物が湧き上がる。しかしそれはさとりが自覚することができるほど大きくはなく、さとりの大きすぎる心の内で静かに揺蕩うばかりであった。

 

「……」

 

 さとりは静かに胸の前に浮いている目に手を翳すと、周囲一帯に存在するあらゆる存在の記憶と思考を読み取った。

 その対象は人妖に限ったものではなく、妖となる前の動物や知能の殆ど無い虫、植物、そして妖精や精霊と言ったまさに『その場にいた者全て』を対象としていた。

 そうして読み取ったものは、博麗神社の行き先。妖怪の山の近くにできた大穴から地上へと上がったさとりだったが、本来ならば博麗神社のすぐ近くにできた筈の場所から上がるつもりでいた。

 しかし、古明地さとりははっきり言って引きこもりである。そんな少女が、慣れない外出で話に聞いただけの道を正確に辿って外に出ることができるかと言われれば……まあ、そんなことができるわけもなく。見事に場所を間違えてこんな場所に出てしまっていた。

 

 その迷った当人は、普段から半眼である目をさらに細めて周囲を見渡し、歩き出す。特に何かを気にした様子もなく見えるのは、実際になにも感じていないからか、それとも気にしてはいるが表に出していないのか。

 さとりの内心を読むものはその場にはいない。ただ、その場は妖怪の山に程近い場所。知能の低い妖怪はそこら中に居る。

 そういった動物とあまり変わらぬ程度の知能しか持たない低級な妖怪は、襲う相手を選ぶ時に相手の持つ力を感じて決める。

 相手が自分より遥かに強ければ逃げ、あるいは隠れる。自分が相手より強ければ襲い、自分と同格ならばその時の腹の減り具合などで決める。そうして弱い相手を喰らって生き延びている妖怪は数限りない。

 ……では、そんな妖怪が、妖力の量も少なく力も強くは見えない『古明地さとり』と言う妖怪を見かけたならば、いったいどのような行動をとるか。そしてその結果、どんなことが起きるのか。それはあまりにもわかりきっていた事だった。

 

 本能のままにさとりを襲おうとした巨大な虫の姿をした妖怪は、かなりの速度で草木を掻き分けさとりに迫る。数十年生きた虫の妖怪は、すでにそれなりの大きさまで成長していた。

 人間ならば気付いても逃げられない距離。森の奥深くでは人間は足をとられ、あまり速く走ることはできない。その事を知っていたその虫の妖怪は、目の前にいる小さな妖怪も同じように自分から逃げるものだと考えていた。

 

 ───しかし、今のさとりに不意打ちと言うものは通用しない。成功するとすればそれは完全なる偶然の産物であり、虫の妖怪が意思をもってさとりを襲おうとしている以上、その奇襲は奇襲ではなく単なる突撃でしかない。

 そんな虫の妖怪が起こした行動に、さとりは小さな溜め息をつく。そして自分でもできるだけ押さえていた能力を、その一匹の虫の妖怪へと解き放った。

 

 ───『想起』

 

 その言葉が聞こえた直後。虫の妖怪の目の前に立っていたのはさっきまで狙っていた小さな妖怪ではなく、昔々に見かけ、未だにその姿を見るだけで恐怖で身体が動かなくなってしまうほどのトラウマを持つ相手。

 

『四季のフラワーマスター』

 

U(アルティメット)S(サディスティック)C(クリーチャー)

 

『風見幽香』が、そこに立っていた。

 

 そして『風見幽香』は虫を見るような顔で妖怪を見つめ、ゆっくりと日傘の先端を虫の妖怪に向ける。そこに集まっていくのはあの日に見たそれと同じ、膨大な妖力。あの日見たそれと違うのは、向けられていたのが他の誰かではなく、自分であると言う事だった。

 動けないまま、自分の見る者全てがゆっくりになっていくのが理解できた。ゆっくりと収束率を上げていく妖力。じりじりと大きくなていく妖力の塊。その光景を、逃げることもできずにただ見せつけられる虫の妖怪。その心は、恐怖の一色に染め上げられていた。

 

 恐怖に支配された体は行動を放棄する。足は竦み、羽根は萎え、甲殻はくすんで色褪せる。目の前に絶対の死が迫っていると言うのに、その虫の妖怪は生きることを諦めてしまっていた。

 その虫の妖怪は『風見幽香』と言う名を知らない。しかし、その強さだけは知っていた。自分ではどうにもできないと言う事も、彼女の気に障ればそれだけで殺される可能性もあると言う事も。

 名も知らぬ彼女に、触れることなく生きていた。そして、自分は彼女に触れて死ぬと理解した。その心の奥にあったものが何なのかは、その妖怪すら知る事は無い。

 それを知るのはただ一人。目の前にいる『風見幽香』を作り上げた、二つの半目と一つの眼を持つ少女だけであった。

 

 ――――――『二重想起』

 

 微かに聞くことのできたその声。その響きが起こった瞬間に、虫の妖怪の感じる恐怖がまるで二倍になったかのように増えていく。

 これまででも限界に近かった恐怖感や圧迫感が突然二倍に増したことで、触れられてすらいないのに身体が軋み、関節部がひしゃげてへし折れる。自慢であった甲殻には無数の亀裂が走り、同時に激痛が走る。その激痛によって喝を入れられた身体はようやく動き始めるが、しかしその動きは今の感覚からしてみればあまりに遅すぎる。今から発射される砲撃を避けることなど到底不可能だろう。

 

 ―――――――――『三重想起』

 

 そして、ついに『風見幽香』の溜めた妖力の光が打ち出される。まるで巨大な光の壁が迫ってくるようなその光景。人間やしっかりとした自意識のある妖怪ならば気絶してもおかしくない光景だったが、しかしこの虫の妖怪は気絶することができないでいる。

 未だにゆっくりと迫り来る光の壁。死の色とはこのような色であるのだろうと虫の妖怪は意味もないことを感じ、そしてゆっくりと死色の光に呑み込まれていった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 さとりの目の前に、こと切れた虫の妖怪の骸が転がっている。さとりが引き出したこの妖怪の最も強い恐怖の記憶。その時感じた恐怖や圧迫感、畏怖の感情を何度も同時に想起させることで精神的な圧力をさらに高めると言う技は、指一本すら触れることなく他の妖怪を駆逐するところまで来てしまっていた。

 自らが作り出した死体を見るさとりの目は実に冷ややかなもので、そこには一切の熱量が含まれていなかった。

 代わりにそこにあるのは、自分の力への興味。今までもさとりは他者に触れることなく他者の身体を操り、動かすこともできていたが、今回のこれはこれまでの物とは比べ物にならない。

 

 他人の身体を動かすには、いくつものプロセスが必要だ。それは複雑すぎて他の覚妖怪にはけして真似できるようなものではなかったし、さとり自身ですら時に失敗することがある。

 しかし、今さとりが行った行為は、覚妖怪ならば程度の差はあれ誰でも行うことができる。つまり、この技は能力をほぼそのまま使うだけに等しいためにさとりにかかる負担は非常に少ないものになるのだ。

 無論欠点はある。この技は相手の精神と経験に依存し、恐怖らしい恐怖を感じたことのない者にはあまり効果が出ないうえに、さとりの手から離れてしまう部分が多いために手加減することができないのだ。その結果が今目の前に転がっている巨大な虫の死骸であり、今もこうして無傷で立っているさとり自身である。

 

「……これは、早めに何とかしてもらわなければ危険極まりないですね」

 

 ぽつりと呟かれたその声は風に乗って散り散りになり、聴く者もなく消えていく。さとりは死骸を見ていたその目を逸らし、目的地である博麗神社へ歩を向ける。燦々と降り注ぐ太陽のもと、ゆっくりとではあるが飛行するのは中々に気分のいいものだ、などと呑気に構えながら。

 

 ―――結果として、そうしてゆっくりと移動していったのは間違いではなかった。正解だったかと聞かれれば首をかしげるし、本当にそれでいいのかと問われれば微妙な表情を浮かべてしまいそうではあったが、それでも確かにさとりにとっては何の損もなく、そして目的以外に益があり、得をした話でもあったからだ。

 

 

 

 古明地さとりは巻き込まれる。平凡でありながら『主人公』としての役割の一端を押し付けられ、多くの苦労をしていくこととなる。

 多くの誤解を受け、自身すら自身を誤解する、平凡すぎるがゆえに異常な『覚妖怪』。

 古明地さとりの未来は、未だ誰も知る事は無い。

 


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