当方小五ロリ   作:真暇 日間

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氷精はこうして限界を超え、そして同時に破格を知る ○

 

「やいそこのお前!あたいと勝負しろ!」

 

 人里に向かって空を飛ぶさとりの前にそんな声とともに現れたのは、さとりから見ても小さな妖精だった。

 氷のような翼を広げ、腕を組んでさとりを睨み付けるように見つめるその姿はまさに子供と言うべきもので、さとり自身もそのまっすぐな目と在り方に僅かに好感を抱くことができる。

 だが、突然に挑まれた勝負。いきなりすぎるそれに僅かに驚きながらも理由を探ってみれば……それもまた実に子供らしい理由によるもの。ペットであるお空と会わせれば仲良くなれるんじゃないかと思いながらも、さとりはその小さな氷精───チルノに向き直った。

 

 

 

 ■

 

 

 

 妖精であるチルノは最強の称号を持っている。事実、妖精の中でと言う前提があればチルノは最強に近い。単なる一妖精でありながら、大妖精の言葉を無視できると言う時点でその事は理解できるだろうが、しかしその力は神話に描かれる妖精に比べればそこまで強いと言える物ではない。比較対象が神話の存在と言うだけでも十分な力を持っていると言えるが、それは現在において世界の誰よりも強い存在であると言えるわけではない。

 チルノは自身が最強であると言う証明をするために、多くの者に弾幕ごっこを挑んできた。博麗の巫女をはじめとして、白黒の魔女や闇の妖怪、蟲の王、四季のフラワーマスター、幻想郷の閻魔など、同格だろうが格上相手だろうが一切構わずに弾幕ごっこを挑み続けていた。

 結果として格上相手に勝った回数は相当少ないものの、一度は閻魔や天狗、花妖怪にすら勝利を収めて見せたこともある。

 そんな『最強の妖精』であるチルノは、今日も新しい弾幕ごっこの相手を見つけた。妖怪の山の方向から人里に飛んで行こうとする、見慣れない妖怪であった。

 その妖怪に弾幕ごっこを挑んだのだが……その妖怪はじっとチルノを見つめるばかりでスペルカードを出そうともしない。

 

「おーい、聞いてっかー。弾幕ごっこだよー」

「……」

 

 じっとチルノを見つめるだけだったその妖怪は、チルノに促されてようやく懐からスペルカードを取り出した。チルノが突き出したカードは五枚。そして相手の妖怪が出したカードは三枚。これだけでもその小さな妖怪に不利だと言うのに、しかしその妖怪は慌てた素振りも何も見せない。それがなぜかと考えるよりも早く、相手は囁くように開始の言葉を告げた。

 

「では、始めましょう」

 

 ゆらり、と小さな妖怪が手を軽く振る度に空中に弾幕が現れ、ゆっくりと動き出す。チルノにその弾幕を見た覚えはないが、しかし何故か末恐ろしく感じてしまう。

 そのせいで、聞き逃がしてしまった。これから始まる悪夢のような出来事の開始を告げる声を。

 

『想起』――――――

 

 一瞬、チルノの視界が僅かに揺れたが、数回の瞬きの後に何も変わらない光景に戻る。

 

「内面漏出『冷たきものども(イーリディーム)』」

 

 その妖怪の持っていたスペルカードが一枚輝き、発動を知らせる。瞬間、周囲一帯が極寒の冷気に覆われ、湖の水面どころか湖岸の下草さえも凍り付く。大気中に存在する水分が一気に凝結し、非常に濃い霧となってチルノの視界を覆い尽くした。

 しかし、チルノは氷の妖精である。暑い中ならばともかく、寒い中で弱体化するような事は無い。むしろ、氷を作りやすい寒い環境で、それも周囲に水が多いのならば強化に直結してしまう。チルノはそれを理解して、にやりと笑みを浮かべた。

 

「残念だったわね!あたいは氷の妖精!寒いのは慣れっこだよ!」

「知っていますよ。だからこそです」

 

 全く表情を変えないままにそう言う妖怪に向けて、チルノはスペルカードを発動させる。小手調べとして使うのは、初めて自分が作ったスペルカードである『アイシクルフォール』。しかしそのスペルカードは以前とは全く違い、大きな隙であった自分の正面への対応もしっかりとなされている。

 そうして撃ち出された氷の礫は霧の中を突き進み、影すら見えなくなってしまった小さな妖怪のいた場所に突き刺さる。

 ……が、しかし手応えがない。そこに居るはずの妖怪は、いつの間にか姿を消してしまっていた。

 だが、突然にチルノに自分が作った氷の礫よりはるかに大きな礫が撃ち付けられる。濃霧の中から突如として現れたそれは避けるだけでも非常に苦しく、しかし速度自体はそこまでではないためになんとか避けられていた。

 その礫はチルノが撃ち出した礫を難なく撃ち落としながら突き進む。威力があまりにも違うせいで勝負にすらなっていない。それどころか、撃ち出した礫が相手の作った礫に呑み込まれ、どんどんと大きくなっていくのを見せられたチルノは、なんとかそれを避けることに全力になった。

 自分の撃った弾幕は相手の弾幕に呑まれてしまい、反撃どころか相手の弾幕を強化してしまう。一度発動してしまったスペルは決められた弾幕を撃ち終えるまで止めることができず、チルノはじりじりと追い詰められていく。

 

「スペルブレイク」

 

 小さな妖怪の持っていたカードが砕けるように光を失い、そして初めから存在しなかったかのように消えてしまう。チルノの使っていたスペルカードも同じように砕けてしまい、お互いに使えるカードを一枚減らした。

 

 小さな妖怪の持つカードの残りは二枚。チルノ自身の持つカードは四枚。今回のスペカは相手の強化になってしまったが、同じスペルカードを同じ戦いで何度も使うような奴はそういない。一度抜けられればパターンや安全な場所を見抜かれてしまうし、そうなったら勝てなくなるだけでいいことなんて何一つないからだ。

 だから、今度こそとチルノはスペルを発動する。

 

「今度は外さないぞ!凍符『パーフェクトフリーズ』!」

「外さない、と言うなら避けてしまえばいいのですよ」

 

 小さな妖怪はまるでどの球がどんな軌道を描いてどこに飛んでくるのかを初めから理解していたような動きで弾幕を避けていく。必要以上に動く事が無いためにゆっくりに、かつ流麗にすら見えるその動き。しかしどこまで行ってもぎりぎりを避けているようにしか見えないのにあたる気配のないその動きに、チルノの頭に血が昇っていく。

 全く焦りを見せないその顔が。汗の一つも見せない肌が。チルノの目指す『最強』と言う称号に泥を塗っているように感じ、徐々にチルノの撃つ弾幕に必要以上の力が入っていく。速度が上がり、弾幕の一つ一つが大きくなったが、その代わりに弾幕の数が少しずつ減り、そうしてできた弾幕の隙間にその妖怪は滑り込むようにして弾幕を避けていく。

 そして、チルノの二枚目のスペルカードが時間切れで破られる。すぐさまチルノは三枚目のカードを構え、同時にあの小さな妖怪も二枚目のカードを構える。

 

「凍符『マイナスK』!」

「内面湧出『イイーキルスの白蛆(ルリム・シャイコース)』」

 

 突然、気分が悪くなる。あの妖怪はまたいつの間にか見えなくなってしまい、代わりに見えるのは真っ白な芋虫のようなもの。ただ、それは大半の人間よりもはるかに大きく、目と思われる場所からはいくつもいくつも真っ赤な球体を溢している。

 そして、その蛆虫のようなものは白色の光線を何本もチルノに向けて打ち出してくる。間一髪チルノはその光を避けるが、その光に照らされた場所は大理石にような白色の氷に覆われてしまう。グラグラする頭を押さえ、チルノは小さな妖怪に向けて撃つつもりであった弾幕の全てを巨大な白蛆に向けて撃ち出す。白い蛆は避ける素振りも見せずにその氷の弾幕を受け止め、反撃とばかりに白い光線を空にいるチルノに撃ち出す。

 チルノの氷の弾幕はあの小さな妖怪にはほとんど効かない。しかしあの小さな妖怪のスペルカードもチルノに致命的な効果は無い。それどころか、未だかつてないほどに冷やされた空気の中で、チルノは最高のコンディションを維持することができていた。

 氷を打ち出し、光線を避ける。それだけの行為がとても簡単にできていたし、いつもなら避けられなさそうな速さで迫る白い蛆の出した光線もなんとか避けることができていた。

 

「まだまだぁっ!あたいのほんきをくらえぇぇっ!!!」

 

『マイナスK』で撃ち出される弾幕の数が増えていく。小さな礫のようなものを適当にばら撒くような物だったのが、いつの間にかばら撒かれる弾幕はその全てが大玉へと変わり、元々の弾幕よりも遥かに避けづらくなっていた。

 だが、その弾幕も白い蛆のようなそれには全くと言っていいほどに効果が無い。チルノ自身も白い蛆のような存在から放たれる攻撃をいくら受けていたところで恐らく全く問題は無いし、周囲が寒くなれば寒くなるほどに強力になる自身の能力に振り回されながらも戦いを続けていくことはできていた。

 互いにスペルカードの効果が切れ、通常の弾幕の撃ち合いとなる。通常弾幕ですら厄介極まりないうえに、チルノの使うスペルカードを真正面から打破することのできるスペルを使うその妖怪は、肩で大きく息をしているチルノに冷めた目を向け続けていた。

 

 その目を見ていると、チルノの意識の内に激しい怒りが湧き上がる。

 その妖怪は、自分を見ていない。妖精最強である自分をただのちょっと力の強いだけの妖精としか認識していない。

 名前に興味も持たないし、存在自体に興味が無い。どこでどんな行動をしていようと関係ないと初めから無視を決め込み、いようがいまいがほとんど変わらないものとして見られている。

 それはまるで道端に転がる一つの石ころを見るような、森の奥で足元に落ちていた朽ちかけの葉を見るような、そんな視線。その視線が、チルノの頭に急速に血を上らせた。

 

「氷王『フロストキング』!!!」

「……それはちょっと反則じみていませんか?」

 

 そう言いながらも、その妖怪はほぼ避けようのないその弾幕の隙間を、まるですり抜けるようにして移動する。普通にやるなら間違いなく当たるはずのその弾幕は、明らかに普通でしかないその妖怪の、どう見ても普通以外の何物でもない移動で避けられてしまった。

 

「……しかし、随分と厄介な妖精ですね。こんな弾幕を当然のように使いこなすとは。一般的な妖精なら、こんな量の力を使えば一時的に消えてしまうのが道理でしょうに」

「うるさい!」

「褒めているのですよ。貴女が考えているような馬鹿にした感情など、これっぽっちも持ち合わせておりません」

「うるさいうるさいっ!!」

「そう言わず。貴女は妖精としては素晴らしく強い。あの閻魔大王が僅かにとはいえ危険視するだけの事はある。それはまごう事なき事実で―――」

「うるさぁぁぁぁぁいっっっ!!!!!」

 

 何の感情も込められないまま、自分よりも遥かに高い位置からかけられるその声にチルノは耐え切れずに叫ぶ。ただでさえ避ける隙間もないような弾幕がほぼ完全に繋がり、まるで十倍に早送りをしているような速度で弾幕が飛び交う。

 しかし、なぜかその弾幕は当たらない。一発たりとも当てられず、しかし当たらないと言い切れるほど的外れと言うわけでもない。もう少し弾速を速くできれば、もう少し弾を大きくできれば当たる。そして、今のチルノにはそれができてしまうだけの力が漲っていた。

 どんどん力を注ぎ込み、望んだ通りに弾を大きく、速くしていく。しかしそれでも、どうしても当てられない。

 

 そしてついに、チルノのスペルカードの発動時間が切れた。それと同時に、小さな妖怪は最後のスペルカードを発動した。

 

「―――内面奔出」

 

 ほんの一呼吸。小さな妖怪が置いたその一呼吸の間に、チルノは幻を見る。

 

 海が凍る。ビギビギと嫌な音を立てながら凄まじい速度で海の大半が凍り、深海までも一瞬にして凍る。

 大地が凍る。植物には一瞬にして霜が降り、同時に瞬間冷凍されて原形を留めたまま凍り付く。

 世界が凍る。凍て付くのは地球に留まらず、海を越え、大地を越え、空を越え――――――太陽すらも呑み込もうとするほどの冷気。

 凍て付いた物からはエネルギーが失われていく。それは熱エネルギーに留まらず、運動エネルギーを呑み込み、質量と言う形で存在するエネルギーをも呑み込み、あらゆる物を呑み込みながら無数の星々を埋め尽くす。

 

 そんなチルノの見た幻覚は、二つの意味で同時に砕け散る。

 

 一つは、小さな妖怪の続けた言葉に正気を取り戻したことで幻覚が立ち消えたこと。そしてもう一つは――――――

 

極冷の灰炎(アフーム・ザー)

 

 文字通り、チルノが見た幻覚そのものが、幻覚ではなく現実としてチルノの前に現れたからだ。

 

 同時に、チルノの……『氷の妖精』の身体が凍り付いていく。氷と言う存在すらも認めないほどの極低温。存在をすり減らし、消滅させてしまうような、氷の妖精であるチルノですらここまで温度を下げるようなことはできはしない。

 凍り付いた身体は動かない。ただ、閉じることもできずに凍り付いたその眼に、一瞬にして呆れるほどに変わってしまった周囲の風景を映し出す。

 瞳に映るその光景も、チルノの身体を動かすことには繋がらない。完全に凍り付き、行動を抑え込まれてしまっている。

 

 完全に凍り付いた存在は、その命すら時を止める。時の流れすらも凍り付いた冷気の中で、灰色に燃える炎だけがゆらゆらと揺らめく。

 そして、凍り付いたチルノは凍り付いたまま、時すら流れることのない氷の中で永遠とも一瞬ともいえる時を過ごし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『───』

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

「スペルブレイク」

 

 小さな妖怪───古明地さとりはそう呟き、同時に一枚目(・・・)のスペルカードが砕けるように光を散らす。

 目の前にいる氷の妖精は白目を剥いて落下し、緑色の髪をした別の妖精に抱き止められた。

 

 想起『狂気神話・氷』。

 古明地さとりの記憶の中に存在する、無数の神々の知識。それをトラウマとして想起させる。言ってしまえばただそれだけの技であり、ついでに言えば防御もそう難しくはない。

 だが、氷に関わるものに限定しているとは言え神話生物としてはそれなりに強力なモノを直接意識の中に叩き込まれてしまっては、正気を失うような衝撃を受け、意識や記憶の一部を失ってしまっても仕方がないことだと言える。

 さとりにとっては単に意識を失っただけで済んでいるチルノの精神力には目を見張るものがあると考えているし、そのことについては素直に称賛してすらいた。

 

 そうして意識を失ってしまったチルノを横目に、さとりはゆっくりと飛んで行く。向かうは人里。新鮮な野菜と豆腐を買いに、古明地さとりはゆっくりと飛んだ。

 

 


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