タイトル通り、ハロウィンの短編です。少し遅れてしまいましたが、暖かな目で見てやってください。
「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞー♪」
こいしのそんな言葉に、私は首をかしげる。見てみれば、こいしはいつもの服とはかなり違うものを着ている。
真っ黒なワンピースに黒い蝙蝠型の羽根。帽子のかわりに小さな羽がついたカチューシャをつけていて、細長くしなやかで先端に矢印のようなものがついた尻尾が一本。
「……悪魔?」
「そうだよー」
くるんとその場で回って見せたこいしは、私に向けてにっこりと笑顔を浮かべる。それは姉としての贔屓目もあるのだろうけど、とてもとても可愛らしいもので、ついつい頭を撫でてしまった。
「にゅふふ……はっ!撫でてくれるのは嬉しいんだけど、そうじゃないんだよお姉ちゃん!トリックオアトリートなんだよ!トリックオアトリート!」
「……悪戯か買収か? お菓子で買収すればいいの?」
「無いならそれでもいいんだヨ? お姉ちゃんにイタズラと言う名目で抱き着いてすりすりしたりするんだから!」
いつもと変わらないような気もするけれど、こいしがそれでいいならいいんだろう。それに、お菓子なら偶然にも用意がある。
「はい、これでいいかしら?」
「うん!イタズラできなくてちょっと残念だけどお菓子も好きだからいいよー!」
そしてこいしは私が出したお菓子をぺろりと食べきってしまう。新しい地霊殿名物になるかもしれないお菓子のサンプルだったのだけれど、食べてみた限りではどれも美味しかったのよね。
だから今こうしてこいしに渡せる訳なんだけど……。
…………なるほど。ハロウィンね。いったいどこでそんなものを知ってきたのやら。こいしの無意識に情報が流れ込んできたのかもしれないけれど、時々突拍子もないことをやり始めるから驚いてしまうのよね。
「それで、こいし。誰が参加しているの?」
「えーと……フランでしょ? こころでしょ? お燐とお空と……あとペット達かな。地霊殿のみんな、って言えば大体あってると思うよ」
「……大分多いわね」
ペット達でも食べられるお菓子を作らないといけないわね。それもかなり急いで。
では、久し振りに能力を借りるとしましょうか。時を操る程度の能力……は、相手が紅魔館に居ると言うことで却下。敵対されているし仕方無い。
仕方無いので彼女の時間を操る程度の能力ではなく、永遠と須臾を操る程度の能力の方を借りる事にする。こちらは永遠亭の主である蓬莱山輝夜の能力であり、効果自体は時間を操るのとそう変わらない。この能力によって『私がお菓子を作る時間』を一瞬に縮めれば、足りないお菓子の用意も簡単にできる。
須臾の間に厨房へ行き、ペット達でも食べられる菓子を作り、フランとこころ、お燐とお空の分を作り、最後にもう一つこいしの分を作っておく。私は味見の分だけでお腹一杯なので問題ない。
そして作ったお菓子を包んで箱に入れ、こいしの居る私の部屋に戻って借りていた能力を返却する。
「お姉ちゃんから甘い匂いがする。お菓子作ってきたの?」
「足りないからね。作ってきたわよ」
「トリックオアトリート!」
「そう来ると思ったわ。はいこれ、こいしの分よ」
「わーい」
こいしは私から受け取った石榴の搾り汁を生地に混ぜ混んだ甘酸っぱいフィナンシェを頬張った。……どうやら私は、これから地霊殿の至るところを廻ってお菓子をあげていかなければならないようだ。
まあ、たまにはこういうのも悪くはない。そう言うことで私はお菓子の入った箱を持って部屋を後にするのだった。
■
お空とお燐は比較的簡単に見つけることができる。仕事の範囲が大概決まっているし、仕事でない時のお気に入りの場所も知っているからだ。
特にお空は大概炉の温度を制御しているし、お燐はペット達に一日の行動の概要を伝えたり、色々な場所に行って足りないものを仕入れてきたりと言う裏方のようなことをやってくれている。
そう言う理由もあって、ペット達に渡していく間に簡単に会って渡すことができた。どちらも喜んでくれたし、美味しいとも言ってくれた。ただ、お空は口の回りをべたべたにしてしまったけれど、お燐に拭いてもらっていたからまあ良いでしょう。
それから向かうのはフランのところ。庭で沢山の石ころを睨み付けながらうんうんと唸っているところだった。
いつも着ている赤と白を基調とした服からは一転し、フランの服は灰色一色となっていた。頭に乗っている耳と、ふさふさの尻尾。そして何よりフラン自身の記憶から、ワーウルフの仮装をしているらしいことはわかった。
……人狼なら、確か地上に居た筈ね。今度紹介してみるのも面白そうだ。
そんなことを考えながらフランの名を呼ぶとばっと頭をあげてキョロキョロと周りを見る。そして私を見つけると、フランは満面の笑みを浮かべて飛び付いてきた。
「さとりお姉さまっ!」
「遅くなっちゃったかしら?」
「ううん!能力を使いこなす練習ができたからちょうどよかったわ。……えーっと…………そう、トリックオアトリート!」
「はい、よく言えました」
「えへへ……」
にこにこと笑顔を浮かべているフランに、お菓子を渡す。フランが何を好むのかは数ヵ月の間にわかっているので、とても甘いケーキを用意した。酸っぱさや苦味は必要なく、ふわふわで甘ければフランは喜んで食べるようなのだ。
勿論吸血鬼と言うこともあり、人間の血……と言う概念を持った血を少しだけ。これが無ければまるで砂を噛んでいるかのように味を感じなくなってしまうらしい。
フランの味覚に同調してみたこともあるが、とにかく味気ない。鹹水すら使われずに完全に水と小麦粉だけで作られたパスタを素のまま食べた方がまだ小麦粉の甘味がある分ましだと思えてしまう程の味気なさ。そんな思いをさせる訳にはいかないし、一応概念的に人の血であるものが少しでも混じっていれば味を感じることができると言うことがわかったので、フランの分は毎回ちゃんと血を加えて作っているのだ。
そして今回作ったのは、卵の黄身だけをふんだんに使ったカステラロールケーキ。クリームは生クリーム……を、使えればよかったのだけれど残念ながらストックがなかったのでかわりにメレンゲを使い、フルーツを少し混ぜ込んで生地と一緒に巻き込んで焼いたもの。端っこは見映えが悪いので味見ついでに私が食べたので、十分美味しいと思えるようになっている。
そんなロールケーキを、河童さんの所で買ってきた錆びない鋼のフォークで一口分切り分けて───
「はい、あーん」
「あー……ん。……ん~♪」
フランはにこにこ笑いながらケーキを食べる。私の手ずから食べることがとても嬉しいらしい。
本当なら紅茶もあればいいのだけれど……流石に紅茶はないのだ。元々地霊殿のお茶は緑茶が多く、たまに気分を変えても焙じ茶くらい。フランがここに来るようになったので紅茶も取り寄せてもらおうかと思わなくもないけれど、これは貸しを使わなくてもどうにかできることなので使いたくないんですよね。
折角鬼人正邪のことで貸しが増えたのだから、できるならもう少し増やしておきたい。使いきれるかわからなくとも、無いよりある方がずっといい。少なくとも私はそう思う。
「あーん」
「あー……ん♪」
「……美味しい?」
「うんっ!」
「そう、よかった」
にこりと笑うと、私のそれよりもずっと明るい笑顔が返ってくる。本当に、フランは可愛い子だと、そう思う。
■
最後の一人、こころは簡単に見付かった。ただ、いつもと変わらない服装にいつもと変わらない顔。唯一違っているのは、その手にはいつもは持っていない長い包帯が握られている事くらいだ。
どうやらミイラの仮装をしようとしたが、一人では自分の全身に包帯を巻くことができなかったために『むしろ相手を包帯まみれにしてやる』と言うアグレッシブなミイラを演ずることにしたらしい。
しかし、表情は変わらないけれど内心では全身を焼かれるような羞恥を感じているらしい。そんなギャップのあるこころもまた可愛らしいと思うのだけれど……何も言わないでいるのも意地悪かもしれない。
「……ふふっ。貴女は何をしていても可愛いわね、こころ」
「っ!?」
一度に羞恥の感情が噴き上がったのを感じ取る。能力を抑えていても、相手の雰囲気を感じとるくらいはできてしまうのだ。
だから、さとりの本能に流されてついこんなことを言ってしまう。
「ぇ、ぇっと……と、トリック、オア……トリートぉ」
「ああ、ごめんなさい。こいしが二つ欲しがったからあげてしまったの。……こころはどんな悪戯をするの?」
「へっ!?」
にこにこと笑いながら、しかし少し申し訳なさそうに言ってみると、こころは目を白黒させた後───僅かに頬を朱に染めた。
その反応に私が驚きを隠せずに固まっていると、こころはゆっくりと近付いてきた。
そして───こころの唇が、私の頬に少しだけ触れた。
すぐにその感触は離れてしまうが、肌に残った温もりはいまだにこころの存在を感じさせる。やった当人であるこころは恥ずかしそうにお面で顔を隠しているけれど、はみ出している耳がいつもよりも血色がいいと言うことはわかった。
「こ……こんな悪戯だけどっ……」
「……ふふふっ!可愛い悪戯だったわね、こころ」
「───っ!」
逃げ出そうとするこころの手を優しく掴み、初めて会った時と同じように抱き寄せる。そして顔を隠していたお面をずらして、あるものを見せた。
「……こころ? これ、なんだと思う?」
「え……ぁ……ケーキ?」
「こいしが二つ欲しいって言うことくらいわかっていたもの。ちゃんと二つ用意したわ。……こころは、お菓子があるのに悪戯しちゃったわね」
「ぇっ……ぅ……」
「それしゃあこころ。『目には目を』、『歯には歯を』。……それじゃあ、『悪戯には』?」
「……『悪戯を』」
「良くできました」
私はにっこりと笑って、椅子に座った私の膝の上にこころを横向きにして座らせる。後は、フランにやったようにこのチーズケーキを切り分けて食べさせてあげるだけだ。
「はい、こころ。あーん」
「ぇ……でも……恥ずかし……」
「大丈夫。どうせここには私とこころしかいないわ」
「でも……」
「……」
迷い続けているこころの頬に、私の唇が当たる。
「…………へ?」
「ほら、食べないとまた『悪戯』するわよ?」
「…………」
呆けているこころに、もう一度。そして、空いたままの口にケーキを差し込むと、もくもくと食べ始めた。
ただ、どうやら衝撃が大きすぎたようで思考が吹き飛んでしまっている。わかるのは、『ケーキが美味しい』、『恥ずかしい』、『さとりさんいい匂いがする』……など。
……匂いのことを思われると、少し恥ずかしいですね。自爆だったかもしれません。
そう思いながらも表情にも態度にも出さず、私は少しだけ頬を赤く染めたこころにケーキを食べさせ続けたのだった。
こいさと広まれ
さとフラ広まれ
さとここ広まれ
そんな気持ちで書いたら三時間で書き上がったんですよね。ビックリですわ。