正体不明の化身を小さな小さな賢将との話に当てながら、尼入道を星蓮船の奥へと進ませる。心を読む相手がいないと言う事からわかってはいたが、どうやら星蓮船の中にはあまり人数がいるわけではないようだ。
居たとしてもできるだけ合わないで済むようにしているし、出会ったとしても大半はぼろぼろにされている。私が通った道が博麗の巫女が蹂躙した直後の道だからこういうことになっているんだろうと予想できるが、私は彼らを助けてやることはしない。なにしろ私は部外者だから。
「見越した」
……やれやれ、復活したなら尼入道の方に行けばいいのに、どうして彼はまだここに居るのですかね。一々タイミングを見計らって『見越した』なんて言うのも面倒なんですが。
散らしたばかりの見越し入道がじわじわと集まって形を作ろうとしているのがわかる。あの尼入道を大切に思っているのはわかったけれど、邪魔なことには変わりない。
仕方ないので尼入道の方から『入道を使う程度の能力』でもって見越し入道を呼び出してもらい、私はここで博麗の巫女の帰りを待ちながら冷めてしまった
……やれやれ。もう少し何とかなりませんかね。敵が多い立場と言うのも困ったものですよ。本当に。
私がそんな風にぼやいている間に、どうやら尼入道の方で何か動きがあったらしい。予想外の事ではなく、むしろ予想通りの事ではあるのだが……尼入道の記憶の中に存在する『白蓮』と言う尼僧の姿を見つけることができた。
けれど、どうやらその尼僧は博麗の巫女との弾幕ごっこに忙しい模様。手を出す気はないが、あれも『想起』できるようにしておいた方がいいだろう。技の組み合わせのストックは多い方がいい。
弾幕ごっこはやはり博麗の巫女に一日の長があると見える。人生経験自体は恐らくあちらの尼僧の方がはるかに上なのだろうが、今の今まで法界……いや、魔界に封じられてきたあの尼僧では戦闘の経験は殆ど無いはずだ。
それにしては大分技が美しいと言うか、弾幕ごっこらしい弾幕になっているのだけれど……これはもしかすると、魔界に居る誰かと弾幕ごっこを繰り返してきていたのかもしれない。具体的には―――魔界神などを相手に。
そうだとするならまた何とも皮肉に思える。神に会いたいといくら願ってもそれが叶えられない相手もいると言うのに、神ではなく仏を信仰する尼僧が神に出会えてしまうと言うのだから。
幻想郷では神はそう珍しくはないし、秋に人里に行けば秋の姉妹神と出会うこともできる。最近の事ではあるが妖怪の山の近くには守矢神社と言う新しい神社とそこに住まう神が現れたし、幻想郷において一番多くの人間に信仰されている神と言えば龍神だ。龍神の使いと言うものがいるくらいなのだから、この幻想郷に存在すると言われている龍神もまた実在するのだろう。
私は龍神に直接出会ったことは無いが、実際に存在するらしいと言う事は知っている。天界に居る竜宮の使いや天人、天女などの記憶からその存在を確信していると言う事がわかるし、龍神自体も今は眠っているようではあるが夢と言う形で記憶を見ることもできる。記憶を見ることができるなら、まあまず存在するとして間違いはないだろう。
……もうすぐ博麗の巫女と破戒尼僧の弾幕ごっこが幕になるようだし、そろそろ出る準備だけでもしておかなければ。
正体不明の化身の身体でなら話すことはある程度できるようになったから、こんどは尼入道の身体で話す練習もしなければならない。話さないで済むならそれが一番楽ではあるのだけれど、今回は伝言をすることそのものが目的なのでそう上手くはいかない。残念なことに。
まあとりあえず決着がつくまで言葉の練習でもしていよう。それと、小さな小さな賢将にさんには目の光が無いことと涎についてを言及されていたのでその辺りも気を付けておきましょうか。表情は……笑顔を浮かべておきましょう。鏡も無いのでどんな笑顔かはわかりませんが。
■
博麗の巫女は、とある妖怪と向き合っていた。
その妖怪は霊夢が聖白蓮を倒した直後にその場に現れ、なんとも言えない不快な雰囲気を放っていた。
「……なによ、また退治されたいわけ?」
「マさ、か」
なぜかはわからない。しかし、その奇妙な声を聴いた瞬間に霊夢はその類いまれなる直感からとある妖怪の存在を思い出した。
「あんた、古明地さとりね?」
「……かのジョといイ、あナたと、いい、なぜコうモかんタンにわかるノデすカ?」
「勘よ」
「……ハクれイのみコ、おそルべシ、ですネ」
その妖怪―――名を、雲居一輪と言う尼入道は、片言であった言葉をどんどんと人のそれに近付けていく。一言喋るごとに学習し、最適な動かし方を覚えていくように霊夢には感じられた。
「それで、何の用よ」
「オねがイがありマして。いらイといいかえテもかまいマセんが」
「……言ってみなさい」
霊夢が言うと、突然『一輪』が浮かべていた奇妙な笑みが消え去り、閉じられていた光の無い目が霊夢の全てを覗き込むように露になった。
「『私から貴女へ依頼があったのですが、どうやら留守にしている様子。宝の載っていない宝船を追いかけて疲れたでしょうから、美味しい食事を作ってお待ちしています』」
「……そう。わかったわ。……で、何でそいつがあんたの言葉を話しているわけ?」
「襲わレましたので、気絶させまシた。神社に放置すルというのも体裁が悪いかと思いましテ、丁度いいのでこウして言葉を運んでもらったとイう訳です」
突如として流暢に話し始めた一輪の言葉を聞き、霊夢は一応の納得を見せた。
しかし、それでは納得することのできない者がそこに居た。
「……貴女は」
「……ああ、確かあなたハ……聖白蓮、でしたね。なニ用で?」
そう、弱い存在を守り、人妖抻仏の全てが平等であると解く、聖白蓮であった。
彼女はゆっくりと立ち上がりながら、一輪を通してさとりに話しかける。
「貴女は……一輪にいったい何をしたのですか……?」
「さテ? 正直なところ、私にも良クわからないのですよ。私に襲いかかってきた別の妖怪とノ戦いを終わらせ、顔を合わせたら突然嘔吐し気絶しマして……何故か私の事を非常ニ恐怖していたようで……」
さとりには本当に原因が理解できない。だが、原因は間違いなくさとりにある。自分の力と影響力の過小評価。自分以外の存在に対する過大評価。そして、自分の持つ記憶に大しての異常なまでの鈍さ。それらが合わさり、周囲に古明地さとりの巨大な幻影を見せつける。
さとりはそれに気付いて、しかしそれを『ちょっとした勘違い』と考え、そしていつかその勘違いを解消して、自分が実に平凡な小妖怪であると誰もが理解してくれる日が来ると……そう考えていた。
だが、この問題をさとりがその程度の事だと認識している限り、そうなる未来が来ることは恐らくありえない。
周囲の存在にとって、古明地さとりと言う存在はけして『その程度』で済むようなものではない。むしろ、敵対したならばその命をもってしても対応しきることができるかどうかと言う、云わば『天災』のような扱いである。
「まあ、伝えましたよ、博麗の巫女。私はのんびりとお待ちしています」
一輪はそう言うと、それまでとは全く違った綺麗な笑みを浮かべ───そしてそのまま崩れ落ちた。
白蓮がその体を受け止めるが、一輪の体はもうピクリとも動かない。
「……面倒なことになったわね」
霊夢はそう呟いて、さとりが居る筈の博麗神社の方角を睨み付けるのだった。