私が神社に戻ると、そこには古明地さとりが、当たり前のように立っていた。
「お帰りなさい、でいいのですかね。私は別にここに住んでいるわけでもないのですけれど」
「いいんじゃない? 私だって家主が戻ってきたらお帰りくらい言うわよ」
「『私は家主がいない間に勝手に入って料理作ったりは絶対しないけどね』ですか。まあ、少々非常識だったのは認めますが、こちらも割と急ぎの用事でしてね。運が良くても幻想郷に存在するあらゆる知的生物がしばらく放心状態に、最悪あらゆる存在―――妖怪や人間と言った区別なく、植物さえもが即座にとはいかないものの自殺しつくすような状態になりかねませんでしたので」
「……は?」
「あ、伝えておいた通りご飯はできていますので、どうぞいつも使っている居間に向かっていてください。料理を運んでおきますから」
「いやいやどう考えてもそんなこと言ってる暇じゃないんだぜ!?」
「腹が減っては戦はできぬ、と言うではありませんか。つまり、何かをする前に準備として食事をすることは正しいことだと思われますが。あと霧雨魔理沙さん。帽子は脱いでおいてくださいね。落ちたら悲惨なことになりますよ」
「あー、確かに料理に落ちたら帽子も料理も大変なことに―――」
「いえ、頭の中身が、精神的に。紫の帽子を被って魔『梨』沙とか名乗ったり、笑い方が『うふふ』だった頃を思い出して悶えたくなる日が数か月ほど続くかもしれませんので」
「絶対それお前の仕業だろ!? 絶対そうだろ!?」
「可能性の話です。何者かが想像できる範囲の出来事は、世界においては絶対にありえないと言い切ることはけしてできない物なのですよ。……私がやらないとは言っていませんが」
「聞こえてんぞオイ!」
「わかっていますよ。考えていることはわかりますからね。あ、今更ですが霊夢さんはお肉駄目とかありましたか? こう、宗教的に」
「ないわよ。と言うか、わかってて聞いてるわね?」
「急ぎの用事、と言うのに関わってくる内容なのですが、まあ、最近私の能力がどうも成長期に入ったようでして。一緒に身体の方ももう少し身長が伸びてくれたりすると嬉しいのですが、残念ながらそんなことも無く……能力が一度に強力になったせいで制御が追いつきませんので、能力を弱める札でも作ってもらおうかと」
「……で、このまま放置してるとなんであんたが言ったようなことになるわけ?」
「その辺りは、料理でもつまみながらどうぞ。自分で作った物ですが、中々おいしくできていると思いますよ」
そう言って案内された先には、何故か紫の式がいる。油揚げを使った何かを一心不乱に黙々と食べているように見えるのだけれど……え、なに、そんなにおいしいのかしら? それとも、狐の舌に合うように作ってあるだけ?
「ちゃんと人間の皆さんにもおいしく食べられるように作ってありますから問題ありませんよ。毒物も使っていないはずですし、アレルギーも記憶から考慮しましたからね。いや、実に便利な能力ですよ。自爆しそうになっていますが」
「その結果の被害が笑えないわよ、それ」
「ですから能力封印のお札でも作ってもらって少しずつ制御して行けるようにしたいのですよ。私は今のところまだ死ぬわけにはいきませんし、今私が死んだらお空もまず間違いなく死んで地底に太陽の化身が顕現しますし、こいしはこれ以降誰にも気付かれないまま子供のような無意識妖怪のままいつしか消えていくでしょう。私はそんなのは願い下げです」
「……まあ、受けるしかないわよね……はぁ。タダ働き……じゃないにしても、やっすい仕事ねぇ」
この覚妖怪の言っていることが真実であるなら、この案件は絶対に受けなければならない。放置しておけば幻想郷の危機だし、かと言って異変を起こす前に来ているから異変の主犯だとかそんな理由でぶちのめすわけにもいかない。
博麗の巫女と言う私の持つ役割と、この現状。その二つを考えれば、私のやるべき事は『古明地さとりの能力を封印する』事だ。それが最善であり最適であり、また同時に最良の手でもある。
その辺りは……まあ、この場に紫のとこの狐がいて、この話を当たり前のように聞き流しながらおあげかじってるから信憑性は高いし、古明地さとりの言っていることに問題があるわけでもないって証明にもなるでしょ。
「むぅ……
「……」
「『ちょっと不安になってきた』、ですか。私は美味しいおあげ料理を提供しただけですよ。代わりに外界からお肉を持ってきてもらいましたけど」
「あ、この肉豆腐の肉って外界のなのか?」
「ええ。守矢の巫女の記憶から知ってはいましたが、外界は色々と便利に、けれど生き苦しくなっているようですね。私のような弱い妖怪が外に行ってしまったら、かなり頑張らないと存在を保てそうにありません。だからこそ、人間と妖怪の境界を操り、一時的にスキマが使えるだけの人間になれる八雲紫が特別だと言われる訳なのですが」
……なにそれ。紫が人間になれるとか知らないんだけど。
というか、なんでそんなことをこいつは知ってるわけ?
「私は覚妖怪です。他人の昔の話を知るのは大得意ですよ。いわゆる黒歴史と呼ばれるものをほじくり返すのもできます」
「そんなことしてたの?」
「食べ物が何もなければそうやって得た感情で食事の代替とすることができる、というだけの話ですよ。だから魔『梨』沙ちゃんだとか『うふふ』だとか白黒魔法使いの初恋だとかの話はしませんよ」
「だからなんでさっきから例に出てくるのが私なんだぜ!?」
「稗田の阿礼乙女よりましだと思いますよ。あの方々は寿命が短いと言うこともありまして、その短い寿命の間に自分の想いを一度に燃やし尽くすという情熱的な一面がありますから。一部始終を眺めていたら赤面ものだと思いますよ」
「あんたも赤面するのね」
「いえ、阿礼乙女の方が。以前の阿礼乙女に先代の熱い恋愛劇を他人目線で見ていた使用人の記憶を見せてさしあげたら顔を真っ赤にして悶えまして。あの羞恥の感情は実に甘酸っぱいものでした」
「味あんのか!?」
私が思ったことを魔理沙が即座に突っ込んだ。食事は美味しいけれどこうして放り込まれる色々な話で少し疲れるのだけれど、自分の知る相手の自分が知らない顔というものに興味を持ってしまうのは人間の性というやつだろうか。
それに、感情を食べる妖怪がその感情に味を感じるというのも初耳だ。実際に存在するものではない、形どころか存在するのがわかる方法は本人の心の中だけだというのに、それに味を感じるというのはどういった現象なのだろうか。
「『そう言うもの』だという認識をしておけばいいと思いますが。そもそも人間として何かを口に入れたらどうして味がするのかもわからないのでしょう?」
「そりゃそうだけどさ」
「ちなみに、他者の驚愕を糧とする妖怪もいますが、それも私と同じように味を感じていると思いますよ。私達が食らうものは感情。それも、自分が関わることで生まれた、自分でも察することができる感情のみ。本当に肉を喰らったり、血や魂を啜るような連中に比べればとても良心的だと思いますがね」
「……それが過ぎるとあんたが危惧するようなことになるわけだけどね」
「私は感情であれば正も負も関係無しに食べることができますからね。勿論食べずに放置することもできるわけですが」
私達の心を読み、欲しい時に欲しい物を用意している古明地さとり。もしもこんな使用人がいるなら、それはとても便利かもしれない。
「……まあ、わかったわよ。幻想郷の巫女としても、私個人としても、協力する必要はあるみたいだし……全力でやらせてもらうわ」
「それはどうもありがとうございます。では、代金はこれということで」
ごとん、と結構な音を立てて置かれたのは、握りこぶしの半分くらいの大きさの真っ赤な球形の石。
「地霊殿の地下、灼熱地獄跡、未だに地獄の業火が燃え続ける一角にて取れた紅玉です。地獄の業火を宿しているため属性は炎とそれによる浄化。砕いて朱墨の材料とすれば中々のものとなるでしょう。お納めください」
………………。
「おいおい、こいつは……宝石としての値段だけでも相当なものになるぞ?」
「はっきり言って私には不要なものです。これが役に立つのでしたら、使える者の元に在るべきでしょう」
「……まあ、うん。全力でやらせてもらうわね」
只働きでも仕方がないと思っていたら、最後にとんでもないものが出てきたわね。驚いたわ。
紅玉=ルビー。
拳の半分くらいの大きさのルビーっていくらくらいになりますかねぇ・・・?