当方小五ロリ   作:真暇 日間

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18 私はこうして歩みを進める

 

 なにをするよりも、何をされるよりも早く、私は自分の第三の目に両手を翳す。反射的に時を止めようとしたメイドの能力を逆転させることで私以外のその場にいる全員の時を止めさせる。時を操る程度の能力は、こうして敵対している相手に使われると非常に厄介だ。

 そうしてほぼ全てが止まった世界の中で、私だけが歩みを進める。

 無数の気を混ぜ合わせることで威力を増し、虹色に輝く拳を握る門番の横を悠々と通り過ぎ、賢者の石を背後に浮かべ魔導書をこちらに構える魔女の隣をすり抜け、ナイフを取り出そうとしているメイドを横目に眺めながら、神槍の名を冠する槍を構える吸血鬼の背後に回り、閉ざされた門を押し開けて館の庭に入る。

 こうして私があのメイドの能力を暴走させて時間を止めていられるのは……私の感覚であと三分程度。メイドの負担を考えなければまだいけるだろうが、わざわざ敵対の種を作るようなことはしたくない。

 そうして作った時間のあるうちに最低限当主であるあの吸血鬼とその妹である彼女の場所に手土産だけでも残していかなければ。誰であろうと敵意を見せず、贈り物までしてくるような相手を悪い目で見ることはできないはずだ。それが初対面ならなおさらに。

 そうして敵対せずに行動を続ければ、きっといつか私が危険な相手ではないと理解してくれるはず。そのためには問答無用で襲い掛かられたら、とりあえず相手を傷つけないように気を付けつつ相手の無力化をしていかないといけない。平凡な覚妖怪である私には難しい話かもしれないけれど、敵を作るよりずっといい。必要以上に敵を作ると言うのは面倒以外の何物でもないですからね。

 

「えぇと、この地霊殿名物の目玉印の地底うどんはとりあえず調理場にでも置いておけばいいですかね。後は手紙と、妹さんの方にはお菓子でも……あ、血が入ってないからあまりおいしくないかもしれませんね。異種間交流と言うものはかくも難しい……」

 

 とりあえず最低限できることとしておうどんを調理場に置いておく。また、その上に手紙を置いておく。窓も空いていないし屋外でもないから風も吹かない。直接置いてあっても飛ばされる事は無いでしょう。

 

 そう思いつつ調理場を出て―――その瞬間、あのメイドだけ止まった時の世界から脱出した感覚があった。未だに能力の暴走は続いているので私を止めることも他の誰かを動かすこともできないだろうが、彼女はそれに気付くと即座に私を追って館の中に入ってきた。

 時の停まった世界の中で、たった二人の追いかけっこ。彼女は私の居場所を知ることはできず、私は一方的に彼女の居場所を知ることができる。相手がよほど早くない限り、私は確実に逃げ切ることができるだろう。

 

 それに、あのメイドはどうやら私が当主の妹さんを狙っていると考えているらしい。実際にはそんな事実は無いのだが、まあいいだろう。相手をする理由もないし、ここは妹さんの顔を見ることなくさっさと出ていくことにする。

 この館の名立たる存在の分のおうどんは置いてきた。そして、一瞬のうちにメイドさんにかけられる負担の最大が三分程度だと認識していたのだけれど、メイドさんが動き始めたならばその時間制限は意味を為さなくなる。私は時間を止めている間に悠々と外に出て、門をくぐり、門前に向かって構えたまま動かないこの館の住人達の間を通り抜けた。

 後は、私が十分に離れたところであのメイドの能力の暴走を止める。そうすれば時間は再び動き出し、住人達も何があったかわからないまま私の姿を見失うだろう。

 ちゃんと挨拶もできなかったのは残念ではあるけれど、これはもう仕方ない。次に向かう白玉楼ではもう少し穏便な出会いができると嬉しい。

 

 そう考えながら、私は完全に止まっていた灰色の世界が色を取り戻していくのを眺めていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 紅魔館では、その時のために多くの事が準備されていた。

 その切っ掛けは、レミリアが戯れに読んだ運命の情報がなぜか固定され、避けられないものとなってしまったことだった。

 通常、現在に近い運命ほど変えることに力を必要とするし、逆に遠い運命ならば何もしないでいても……正確には何もしていないと思って行動していても、勝手に移り変わっていってしまう。運命とはそういうものなのだ。

 だから、初めに見た時にはその運命も時間が過ぎれば変わりゆくものだと思っていた。しかしその運命は時が近付くにつれてどんどんと固まって行き、ついにはレミリアが全力で能力を行使しても全く動かなくなってしまった。

 レミリアは焦り、その事と運命の内容を自分の信じる家族たちに伝え、その時のために準備をしていた。

 

 狂気を振りまく存在。人間ではそれを視界に入れるだけで気が狂い、妖怪であろうとも狂気に呑まれる。

 星よりも大きくありながら砂粒よりも小さく、神よりも強くありながら虫にすら負ける。運命を操ることができる自分が全力を出したところでそれに勝つことはできず、しかしその存在は自分の家族であるフランを再び狂気の渦巻く状態に戻せてしまう。

 自分の能力では計り知れず、友であるパチュリーの力を借りてもその存在が何なのかはわからなかった。

 

 そしてこの日。レミリアたちは理解のできない状況にあった。

 何者かが来た。そしてその何者かは、自分に仕えるメイドである咲夜の能力で時を止めたにもかかわらず咲夜よりも早く移動して見せ、そして姿を消したと言う。

 まるで、咲夜自身の時間すらも止められたかのように。

 

 残されたのは、何が起きたのかわからないと言った様子の自分自身と、その友である魔女。普段は中国と呼ぶことすらある門番に、悔しげな表情を浮かべるメイド。

 そして、一つの手紙と『手土産』だった。

 

 拝啓。レミリア・スカーレット様。

 

 私は古明地さとりと申します。この幻想郷に古くから住み、今では地底を治めている者です。

 この度はどうやらお互いに何か行き違いがあったようでこのように手紙での挨拶となりましたが、次に見える時にはもう少し穏やかな会合となることを願います。

 

 今回は新たに幻想郷に移住することとなりました紅魔館の皆様に、遅ればせながら挨拶と、手土産を渡してそれでおしまいとなります。手土産の方はお好きに使ってください。

 それでは、レミリア・スカーレット様。そして恐らくこの手紙の内容を聞かされているパチュリー・ノーレッジ様。ご家族の健勝をお祈りしております。

 

 古明地さとり

 

                         』

 

 ぐしゃり、とレミリアはその手紙を握りつぶす。まるで自分たちの事は歯牙にもかけない存在だと言うようなその内容に、怒りが湧き上がる。

 

「咲夜!ここに書かれている『手土産』とは何だ?」

「はい、恐らくですが、このことだと思われます」

 

 咲夜の手に現れたのは、コミカルな動物の絵とぎょろりとした目玉の絵が描かれたいくつかの袋だった。

 

『地霊殿名物 目玉印の地底うどん』『この製品は地底産の小麦だけを使って製造されています』

 

 そんなことが書かれたうどんの袋に、余計に怒りを掻き立てられる。

 

「お嬢様。どうなさいますか?」

「食う。当然だろう。そして不味かったら文句言ってやる」

 

 レミリアはそう言ってさとりからの手紙に火をつけた。簡単に灰になるその手紙の最後を眺め、咲夜の入れた紅茶をすする。

 

 だが、レミリアは気付いていなかった。古明地さとりの手紙の裏面に残されていた『追伸』に。

 

 

 

 追伸

 本日明け方ごろ、吸血鬼の皆様が微睡みの中にいらっしゃるころに、妹さんに顔を見せに参ります。』

 


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