紅魔館から追い出されてしまった私は、少々予定より早いが白玉楼……つまり冥界に向かうことにした。
地底の空と違って地上の空は上がれば上がるほどに寒くなってくる。地底は基本的にマグマに近く、空に上がっても地下からの熱は早々逃げることがないためどこに居ても大概暑い。旧灼熱地獄跡に面する場所など、鬼ですら暫く滞在するのはきついと言わせるほど。まあ、その理由が『酒が蒸発して飲めないのが辛い』という辺り鬼らしいのだが。
寒い空と言う、私にとっては珍しい感覚の空を飛び、地底では見ることのできない雲を越えて更に高く。地上では雲を越えた先に冥界があるが、地底では土蜘蛛を越えた先に地上がある。そういった言葉遊びでならば地上と地底は似ているかもしれない。
そんな寒い場所に、冥界への入り口がある。かつて博麗の巫女が冥界での異変を解決した時に結界を破り、それ以来ずっと簡易的な結界しか張られていない。霊体どころか死んでもいない存在が普通に行き来できる冥界と言うのはいいのだろうか。何と言うか色々な物が間違っている気がするが、これが妖怪の賢者である八雲紫や幻想郷の閻魔である四季さんに認められているのならば別に構わないと言えば構わないのだけれども。
長い長い階段を飛び越え、ついでに少しだけ道中に居た騒霊達の野外練習風景を眺め、そして白玉楼に到着。大きな門の前には誰もおらず、閂はかけられているが門の上から普通に入り込むことはできそうだ。
けれど、ここでそんな入り方をしてはどう考えても後々に響くし、敵対されたわけでもないのに不法侵入していたら余計に妙な勘違いが広まってしまう。それをさせないためにも、ここはひとつ門を叩いて来訪を示すところから始めてみよう。
お土産はある。服装もしっかりしている。中には人が……ちゃんといる。
それらを確認し、私は目の前にある門を軽く叩いた。
トンt
「はーい」
反応が早いと言うレベルじゃない。確か私が読んだ時は二つあるうちの近い方でもそれなりに離れていたはずなのだが、まさに一瞬で片方が門の裏側にまで移動していた。
そのまま閂が外され、門が開かれる。そしてそこから顔を出したのは、銀色に近い白髪の少女。知識として知ってはいるが、彼女がこの白玉楼の庭師である『魂魄妖夢』なのだろう。幽霊のマークが胸にある緑色の服に、二刀。まず間違いないはずだ。
「初めまして。私は古明地さとりと申します」
「はい、古明地さとりさんですね。私は魂魄妖夢です。ここ、白玉楼の庭師をやっています。……して、どのようなご用件でしょうか?」
怪しんでいるような空気はない。ただ、本心から疑問に思っている。隠し事が苦手なのか、それともただ愚直なだけかは……あ、これは単にまっすぐで純粋すぎるだけだ。わからなくて人斬りに走る時でも本当に悪気が一切ない。純粋さで言えばお空と同等かもしれない。
とは言え流石にお空ほど騙されやすくはないだろうけれど、冗談が通用しなさそうと言う点では共通している。
「今回、久し振りに地上に出てきたもので……私が引っ込んでいた間に起きていた大きな騒ぎの事を追っているんです。先程紅魔館にも行って色々教えてもらったので、次はこちらに話を聞きに来ました。……あ、こちらお土産です」
「あ、これはどうもご丁寧に……おうどんですか?」
「ええ。ここの主は健啖家だと博麗の巫女に教えて貰っていましたので、消えものの方がいいかと思いまして」
「ありがとうございます」
それではこちらへどうぞ、と彼女に促された先には一つの客間があった。私をここに通した後に彼女の主である西行寺幽々子に私の来訪を伝えるのだろう。普通の従者ならばそうするだろうし、お空はともかくお燐だって恐らくそうする。それに心を読めば私の予想がおよそ正しいとわかる。
……このように普通に対応してくる相手は覚妖怪には得難いものだ。多くの相手は自分の思考が読まれると言うことを忌避するし、そこからかつての記憶をほじくり返されるのは我慢ならないと言う。こちらとしてはそんなことをするつもりがなくとも、そうすることができると言う事実だけで多くの存在は私達を畏れる。
……まあ、それを言ってしまえば白玉楼の主である西行寺の亡霊姫も全世界に死を振り撒くことはできる。しかし、人物像としてそんなことをしないと理解している半人半霊の庭師はそれを恐れない。それと同じように、私が自分の事を壊すつもりはないと思っているのだろう。
……あるいは、何も知らないから何もしないだけかもしれないが。
そうしているうちに私は西行寺の亡霊に会って話を聞かせてもらえると言う話にまとまったらしい。こちらに向けて歩いてきている半人半霊の庭師の考えていることと、西行寺の亡霊姫の考えからそれがわかる。
ただ、西行寺の亡霊姫の方は私の事を話に聞いていたらしい。とうやら八雲紫が色々と愚痴を言っていたかららしいが……まあ、それは別にいいとしよう。私は見た目はともかく生きてきた年齢だけならば十分に大人だ。細かいことを気にしたりはしない。
……だがまあ、つい口を滑らせて八雲紫の昔の青かった頃───今時の言い方で言うと『厨二病臭かった』頃───の話を臨場感たっぷりに話してしまうかもしれないが、私は悪くない。ちょっとした愚痴だ。
そんなことを考えているうちに、庭師の少女が戻ってきた。庭師と言うが、庭仕事以外にも料理を作ったり掃除をしたりと中々手広くやっているようだし、執事を名乗ってもいいと思う。中々に似合いそうだし、西行寺の亡霊姫に伝えてみよう。次来ることがあれば服装が変わっているかもしれない。
まあ、そうなる可能性は正直なところ低そうだが、それはそれでいい。個人ででも楽しんでくれていれば私はそれを後からでも見返すことができるのだし。
「古明地さん。幽々子さまがお会いになるそうです」
「そう。それじゃあ案内を頼めるかしら?」
「はい。こちらです」
そう言って連れられた先はこの屋敷の奥まった場所にある一つの部屋。この屋敷はとても広く、そのくせ住んでいると言えるのはこの半人半霊の庭師と西行寺の亡霊姫の二人(?)だけと言う事もあって空き部屋が非常に多い。
だが、この圧迫感。冥界と言う『全ての存在が死んでいる世界』において、生者の存在を拒絶するこの存在感。能力から来る無意識の物であることはわかっているが、平々凡々な覚妖怪である私には少々きつい。
これは、どうやら話を聞いていける時間はあまり長くとれなさそうだ。残念なことに。
私は溜息をつきたくなるのを我慢しつつ、半人半霊の庭師の手によって開けられていく部屋の中に入った。
「いらっしゃい、白玉楼へようこそ。歓迎するわ……古明地さとり」
にこり、と無邪気な笑みを浮かべる彼女。亡霊であり、八雲紫の友であり、冥界の管理者でもある彼女。
彼女こそが、この白玉楼の主。西行寺幽々子。
私はその場に座り、軽く頭を下げる。
「こんにちは、西行寺幽々子さん。突然お邪魔したにもかかわらず受け入れてくださったことに感謝します」
「いいのよ~そんなこと」
ころころと口元を袖で隠しながら笑う西行寺の亡霊姫は、その心の内もまた無邪気なものだった。
まるで、頭の良すぎた子供が子供のまま身体だけが大人になったような、そんなアンバランスさを感じ取ることができる。
「今回は、以前に貴女が起こした異変……『春雪異変』について、色々とお聞きしたいことがあってこうして顔をお見せしました。話を聞かせて頂ければ幸いです」
私の言葉に彼女はにこりと笑い、話し始めてくれた。
私の知る、第三者から見た春雪異変。解決者から見た春雪異変。それらとは違う、起こしたものから見た春雪異変の話を。