当方小五ロリ   作:真暇 日間

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22 私はこうして姫と出会う

 

 そこまで長くもない道程を、ゆっくりと時間をかけて進んで行く。考える時間が欲しいというのと同時に師匠……月の科学者であり、薬師であり、高天原の神でもある八意思兼神が何らかの対策をとるための時間稼ぎでもしているつもりなのだろうか。

 だが、私の種族が何であるかは兎たちにはわからない。それがわからない以上、効果的な対策を打ち出すのは難しいだろう。

 

 実際に、難航しているようであるし。

 

 ただ、あの弓は厄介極まりないと思う。知識に弓に神気に術。あんなもの、まともな妖怪なら触れただけで消滅してしまうはずだ。

 

 ―――それを、無数の竹に遮られているにも拘らず、私に向けて構えているというのは……これはもう私にとって怖すぎる。

 普通なら、竹に遮られて当たることはない。丸みを帯びた竹の表面にぶつかって方向が変わり、最終的に狙った場所に当たることなどまずありえない。

 しかし、それはあくまでも使っている弓が特筆すべきことなど全くないようなもので、かつ使う存在がまともな人間程度の技術しかもっていない場合にのみ適用される。

 

 相手は神。外界において日本神話と呼ばれる神話の神の一柱。使う弓は当然ながら神器であり、その矢は狙ったものに当たるようにできている。

 その軌道に障害物があるならば矢が勝手に軌道を変えて的に当たる。その矢を、私に向けて構えている。

 

「……『想起』」

 

 私が囁いた瞬間。私に向けて飛翔していた矢は空中に止まる。いや、正確にはほんの僅かずつではあるが動いている。

 そして、全てを貫くはずの矢は、八意思兼神の目の前で風化した。

 

「!?」

 

 私の第三の眼に、彼女の驚愕が伝わってくる。その驚愕は実に瑞々しく、そして爽やかな味がした。不死者であり、人生……と言っていいのかどうかはわからないが永い時を生き、非常に多くの経験を積んできただろう八意思兼神の驚愕。確かにそれは新鮮なものであり、またどこか懐かしい味のするものだと納得できる。

 

『……いやぁ、助かりましたよ。ありがとうございます』

(構わないわよ。面白そうだし)

 

 そんな感情を食らいながら、私は先に話を進めていた相手―――蓬莱山輝夜と思考で会話をしていた。やはりこういう時には事前に頭に話を通しておくのが一番だ。人付き合いのあまりなかった少し前に比べ、私はこうして気遣いが出来るようになるほどに成長ができている。

 ちなみにだが、輝夜さんはどうやら今もかなり暇をしているようで、多少話をしてから私がこれからそちらに遊びに行くと言うと快諾してもらえた。自分が死なず、傷を受けてもすぐに治るという事実を効果的に使っているその姿は実に不死者らしい。

 不老不死を殺すのは退屈という名の猛毒だと聞いたことがあるが、輝夜さんの行動を見ているとそれが本当なのだろうと納得できるところがある。

 まるで子供のように純粋で、老人のように老獪な彼女は、今は間違いなく退屈していた。

 暫く……数百年以上も竹林の奥に存在する屋敷に閉じ込められていて、最近やっと八意思兼神が外出許可を出してくれるようになったものの、いろいろと心配しているんだかいないんだかわからない状態になっているようだ。

 記憶を覗いてみたところ、八意思兼神は間違いなく輝夜さんを大切に思っているのだが、しかし月に存在する連中が関わってこないと分かった時から少なくともこの幻想郷で輝夜さんが死ぬことはなく、可能性があるとすれば八雲紫によって幻想郷の外の世界に放り出された時か、同じく八雲紫によって直接月に送られてしまったときくらいで、それ以外に無事に帰ってこないということを全く考えていないようだということはわかった。

 それと同時に八意思兼神は輝夜さんのことをとても大切に想っており、自分の全てをかけて守りたい相手だとも考えているらしい。

 

 ……まあ、その理由については言わないでおきましょう。本人にも、輝夜さんにも。これは私が知っていることが本人に知られたら、小町さんへの想いを知られていたことを知ってしまった幻想郷の閻魔のように、あるいは昔々の初恋の相手について八雲紫にからかわれた風見幽香のように、顔を真っ赤にしながらこちらに攻撃をしかけてくることだろう。

 この幻想郷に住む強者は、なぜか精神的に脆い存在が多い。肉体的に強くても、あるいは肉体の苦痛を精神的な苦痛と捉えない者でも、精神をそのまま責められることには慣れていないようだった。

 これはある意味では強者の特色ともいえるかもしれない。弱い者……たとえに出すのは悪いかもしれないが、氷の妖精やその友であるという大妖精など、あまり力の強くない者は元々おつむが弱いせいか物事を単純に捉え過ぎていて一度壊れても簡単に元に戻る。人間によってたかって殺されても、暫くすればすぐにきれいな姿で復活する。

 だが、蓬莱人は戦争になっても間違いなく生き残る。何度殺されようと生き返るような存在を殺しきれるものなど、この場には存在しない。三昧真火ならば不死の身体に傷跡を残し、魂まで燃え散らすことで蓬莱人といえども消滅させることができる可能性はあるが、そんな炎を操ることができる存在と言えば、既に亡き火之迦具土神か、現存するものでいえば愛宕山太郎坊、インドの火天(アグニ)くらい。キリスト教やイスラム教では神とは創造に長けているが破壊にはあまり向かない。そもそも創造物と本気で争うならさっさと消してしまえるから破壊の技など持たなくてもどうとでもなるというのが事実なのだろうけども。

 

 そうしているうちに、どうやら輝夜さんが八意思兼神に一応最低限話を通したようで、私のことを怪しみながらも私を狙撃するのは一度やめたらしい。

 まあ、あれに狙撃されたら輝夜さんの力を借りるか八雲紫の力を借りるか伊吹萃香の力を無断で拝借するかしなければ色々と危ないから助かったと言える。一瞬で永遠の時を過ごさせて塵になるか、スキマに放り出されてこの世界との繋がりを失って矛盾で自壊するか、密度を限界以上に下げられて文字通りに霧散させるかくらいしか対応ができないというのは本当に厄介極まりない。あんな化け物というに相応しい存在でも、かつての日本神話において八意思兼神を超える力を持った神はそれなりに多く存在していたというのだから驚くことしかできない。

 鈴仙、と呼ばれていたこの玉兎の狂気を薄め、散らし、正気を取り戻させながら歩かせ、同時に目の前にいる悪戯好きの老兎と輝夜さん、八意思兼神の心を読み、輝夜さんに『想起』の応用で意思を伝える。この感覚が面白いのか、それとも単に触れたことのないものに触れるのが面白いのか、はたまた退屈していて何でもいいから普段と違うことが起こってほしかったからなのか、喜んでいる輝夜さんには申し訳ないが、私が今やっているこれは正直に言って出力的に少々きつい。

 博麗の巫女によって出力を抑えられて操作性は増したが、未だに出力を上げすぎるとあっと言う間に封印の札が焼け落ちてしまうのは変わらない。こうするしかなかったとはいえ、ままならないものだと感じる。

 

 ……敵対の意思はなくなってはいないにしろ弱まった。玉兎の狂気も薄めてほぼ消えた。これで私は、やっとまともに永遠亭に行くことができるというわけだ。

 私が永遠亭の前に行くと、そこには美しい少女が立っていた。絶世の美女、というのが正しいだろう彼女は、数多くの含みを持たせた笑顔を私に向ける。

 

「ようこそ、古明地さとりさん。永遠亭へ。私が蓬莱山輝夜よ」

「ご丁寧にどうも、蓬莱山輝夜さん。私は古明地さとりです」

 

 私と彼女は、相手から目を離さないまま同時にぺこりとお辞儀をした。

 


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