当方小五ロリ   作:真暇 日間

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花妖怪は覚と出会い、共に世界の理を嘆く

 

 古明地さとり、という妖怪が私を訪ねてきた。なんでもここしばらくの間に起きた異変のことを追いかけるついでに情報収集をしているそうだけれど、私が最近になって異変らしい異変に関わったことなど一度しかない。それも、能力から犯人だと思われただけで実際には何も関わっていないという落ちがついている。

 そして、古明地さとりは私が異変を起こしたわけではないということを知って、それでも私に会いに来ていた。

 

「……ここの草花は元気がいいですね。地底では草も木も殆ど無く、あるとしても苔ばかりなので少々物寂しいので羨ましいですよ」

「花も木も、その場所に合ったものがそこに根を下ろすわ。無理に根付かせようとしても無理な物は無理よ」

「ええ、そのことは知識として知ってはいます。ですから、だからこそ、『羨ましい』のですよ。地底の苔の声はいつも能天気なもので、ここの草と違って溌溂としている個体はいませんからね」

「……へぇ? 貴女も聞けるの?」

「聞けますよ。ただ、人間や妖怪とはだいぶチャンネルが違いますので初めて聞こうとした時には合わせるのが大変でしたが」

 

 その小さな妖怪は、ふわふわと浮かんだまま一度も着地していない。草花を踏まないようにしているのか、気を使っているのかはわからないけれど、私の目をじっと見つめたままそこにいた。

 

「……ずっとそうしているのも疲れるでしょう。お茶くらい入れてあげるわ」

「ありがとうございます」

 

 私は古明地さとりを家に招き入れ、そして紅茶を入れ始める。さとりは私の家の中をゆっくりと見回し、そして窓から見ることのできる景色を眺める形に落ち着いたらしい。

 さとりがそうして景色を眺めている時間はそう長くなかったような気がする。しかし、そう長くない時間でも紅茶は入れられるし、それをさとりのところに持っていくこともできる。

 

「お待たせしたかしら?」

「いえいえ。話し相手はたくさんいましたので飽きませんでしたよ。風見さんはあの子達にとても好かれているようですね」

 

 さとりの視線の先には私が育てた花達が並んでいる。そしてその花達は、私以外に自分達と話ができる相手に少し警戒しながらも興味津々といった感情を隠しきれてはいなかった。

 そして、花達が話し合っていることを聞くと、さとりはどうやら私の話を聞いていたらしい。花達も私のことを話せるのが嬉しかったのか、わいわいと競うように私の話を話している。

 

「色々聞きました。毎日水をくれるし、怖い相手や乱暴な相手からは守ってくれる。自分達のことを好きだと言って大切にしてくれる……と」

「……少し恥ずかしいわね」

「他人が聞いた自分の良い話を人伝に聞くと言うのはそう言うものです。……ああ、ありがとうございます。砂糖もミルクも結構です」

「私の心も読めるのね」

「ええ。なにしろ種族が覚ですので」

 

 お互いに笑みを浮かべ、テーブルを挟んで向き合う。……もしかしたら、と思い、心の中で問いかける。

 ───もしかして、貴女も『そう』なの?

 

 私の心の中を読み、そして私の心からの問いの内容を理解しただろうさとりは私に向けていた笑みをさらに深める。

 

「ええ。私は強くもないのに強いと『勘違い』され、地底の管理を任されています」

「私は草花を傷つける相手から花を守ろうとしていたら、いつの間にかドSだと『勘違い』されているわ」

「……ああ、異変巡りと称して貴女に会いに来たのは間違いではなかった。心の底からそう思いますよ」

「私も、同じような境遇の相手が私以外にも居ると知れて嬉しいわ」

 

 この幻想郷に数少ない『同胞』と言える相手。風見幽香も古明地さとりも長く生きてきているが、今になるまで自分以外に同じように大きな勘違いをされている相手と巡り会うのはこれが初めてであった。

 そして───

 

「……確かに、他の妖怪から見れば……ひっく……花なんてどうでも良い物かもしれないけどね……私は元々花なのよ……ひっく……みんな友達なのよ……もちろん食べなくちゃ生きていけないとかは……ひっく……あるわよ? でもさ。必要もないのにわざわざ踏みつけたり……刈り取ったりってのは……ひっく……違うと思うのよ……」

「ええ、その気持ちは恐らく動物などから変化したり、人間の思いから産まれた妖怪には理解されがたいでしょうが……必要もないのに命を刈り取る行為が間違っていると言うのは理解できます。───風見幽香。貴女の行動は間違った物ではない」

 

 風見幽香は、古明地さとりに向かって愚痴を言いながら酒を飲んでいた。普段から押さえていたものが一度に出たのか変に悪酔いしてしまっているが、さとりは幽香の内心がわかるせいかその愚痴を淡々と受け止め続けていた。

 顔を真っ赤に染めるほどの酒精を浴び、どろどろになってしまっていても幽香はさとりに愚痴り続けていた。愚痴を言ったり、泣いたり、怒ったり、さとりを抱き締めたり……様々な顔を見せている。

 さとりはさとりでそんな幽香の行動を受け止めている。愚痴を言っているならこれに答え、泣いているなら頭を撫でて涙を拭い、怒っているならそれに付き合い、抱き締められたら抱き締め返す。そうした小さなことの積み重ねで、幽香の鬱屈とした感情は少しずつではあるが晴れていった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「んっ……あ、いったぁ…………」

 

 ズキズキと痛む頭を押さえながら、風見幽香はベッドから起き上がる。いったいいつの間に眠ってしまったのか、それが全く記憶にない。

 ただ、自分のいる部屋が妙に酒臭いということと、ワインの空き瓶が何本かそのあたりに転がっていることから考えて、自分はワインの飲みすぎで眠ってしまったのだろうと予想することはできた。

 しかし、自分は普段からあまり酒を多く飲むような習慣はない。何か喜ばしいことがあれば自家製のワインやビールなどを開けたりすることはあるが、逆に言えば何かがなければ酒を飲むこともない。

 そんな風見幽香が、なぜ?

 

 そんな疑問に答えを出したのは、風見幽香ではなく―――

 

「―――おはようございます。どうやら目が覚めたようですね。ちなみにお酒を飲んだ原因は私ですよ」

「ん? ああ、おは―――?!」

 

 同じベッドで眠っていたらしい古明地さとりであった。

 そしてその顔を見た幽香はすべてを思い出す。この、見た目は自分よりもはるかに年下な覚妖怪に出会い、自分と同じ境遇の相手だと知って浮かれ、秘蔵のワインを何本も開けて酔い潰れてしまったのだと。

 

「つぶれた幽香さんをここまで運んだところまではよかったのですが、幽香さんが私を放してくれなくて。しかもベッドに引き込んで抱きしめたまま固まってしまうので、抜け出すこともできなかったのですよ」

 

 起きてくれて助かりました、と言ったと思うとさとりは素早くベッドから降りた。まるで軽業師のような身のこなしで床に降り立つと、そのままキッチンへ向かう。

 

「朝ご飯を作っておきますね。頭痛があるようですし、二日酔いでも美味しく食べられるようにおかゆにしましょうか」

「あ、うん……えっと…………ありがとう」

「かまいませんよ、幽香さん。出会ってまだ一日もありませんが、私は貴女のことを友だと思っていますから」

 

 ふわり、と、まるで花の咲くような笑顔を浮かべたさとりを幽香はただ見送る。そして気が付くと、いつの間にか小さく包丁がまな板を叩く音が聞こえてきた。

 

「……誰かの作る食事を食べるなんて、いつ以来のことかしら」

 

 ぽつりと呟かれたその言葉は、幽香以外には届かない。心の声ではない以上さとりにすら届かずにそこから消えた。

 幽香は痛む頭を抱えながら、皺だらけになってしまった服を着替える。寝巻に着替えないまま眠ってしまったが、これは自分が酔い潰れてしまったせいだと反省しつつ綺麗な服をクローゼットから取り出した。

 着替えが終わると幽香はキッチンに向かう。一応客であるさとりに食事を作らせて自分は何もしないというのも憚られると思い、ゆっくりと部屋を出た。

 

「幽香さんですか? 準備が早いですね……私のペット達だともっと時間がかかるのでついそんな感じで行動していたのですが……」

「ペットと一緒にするのはどうかと思うわ」

「家になかなか帰ってこない妹を除けば私の周りにはペットしかいませんから、つい比較対象に出してしまうんですよ。……はい、どうぞ。鶏ささみと卵のおかゆです」

「……ありがとう。早いわね」

「慣れていますからね」

 

 二人分のおかゆがテーブルに並び、幽香とさとりは向かい合って座る。

 そして同時に手を合わせ、一言。

 

「「いただきます」」

 

 


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