当方小五ロリ   作:真暇 日間

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30 私はこうして語りを聞く

 

「初めまして。私がこの命蓮寺の住職をしています、聖白蓮です」

 

 そう頭を下げる彼女が、封印から解放されることになった尼僧であり、他の妖怪たちが異変扱いにされるようなことをしてまで復活させたいと願った心優しき尼である。

 まあ、異変云々に関しては博麗の巫女や白黒の魔法使いが早とちりしてそうなったと言うだけの話なのだが、それでも自分たちの意思を曲げようとせずに行動するだけの理由となれるのは当人の器の大きさを示しているのだと思われる。

 そんな彼女に、こちらも頭を軽く下げる。

 

「直接顔を合わせるのはこれが初めて、ですね。古明地さとりと申します」

「……貴女が、古明地さとりさん?」

「ええ。先日は色々とあったようで。……一輪さん、と言いましたか。彼女たちは息災で?」

「残念ながら突然体調を崩していまして……それで、いったい何用でこの命蓮寺まで?」

 

 少し態度が固くなりながらも、突然追い返そうとはしていない。正体不明を操っていた時にした話を賢将から聞いているのだろう。私がどんなことをしたのか、その話は聞けていないようだけれど、賢将から出た私の名前に尼入道や正体不明が悲鳴を上げたり狂乱したりと言うのを見てしまっているらしく、かなりの警戒心が透けて見える。

 まあ、それを見て警戒心を抱くだけで済んでいるという時点でいろいろと警戒心その他が足りていないような気もするけれど、私にとっては好都合なので何も言わないでおくことにする。

 代わりに、問われた事に正直に返しておくことにする。嘘など一つも混ぜることなく、正直に。

 

「先日、少し地上に用があって出た時に異変扱いになってしまった事件が起きていましてね。どうやら私はそれに巻き込まれたようなのですが、その件について私は詳しい説明を受けてはいないのですよ。誰が何を求めた結果、どんな内容の事件が起きて結果的にどうなったのか、など、私は巻き込まれたにもかかわらず教えてもらっていないのです。なので、その異変扱いの事件を起こした方に直接話を聞こうかと思ってこうして顔を出したわけです」

 

 ……嘘は一つも言っていない。確かに私は先日地上に出た時に異変扱いとなっている事件に巻き込まれたし、その時に正体不明の化身と出会い、尼入道と再会した。その際正体不明の化身は私が弾幕ごっこで撃ち落としてしまったし、尼入道は私に出会うだけで気絶してしまったが、巻き込まれていたという事実は間違いなく存在する。

 また、私は事件が終わってからと言うもの誰にも説明は受けていない。様々な存在の記憶を探ったりして情報自体は色々と揃っているが、それはあくまでも自分で探ったのであって誰かから聞いたわけではない。そして今日はその内容を教えてもらえればいいなと考えて、今のようにこの寺に来ている。

 現状、私の言っていることに間違いなど一つも無いし、嘘だって一欠片も混じっていない。全てが本音かと聞かれれば、私は浄玻璃の鏡の前でも頷いて見せよう。嘘など一つも無い。

 ……真実? 勿論真実ですとも。ただ、全ては話していないだけで。

 

「……そうでしたか」

「ええ、そうです。……ああ、これをどうぞ。お土産です」

「これはご丁寧に」

「生臭物は駄目だと聞いたことがありますので、お米なのですけどね」

 

 私からのお土産を受け取ると、彼女はそれを自分の隣に置いて再び私に向き直る。彼女の知る妖怪達から聞いた言葉。そして今の私の態度。そう言った物を材料に、聖白蓮は私の事を知ろうと考えを巡らせているのがわかる。いったいどんな結果に落ち着くのかはわからないけれど、とりあえず私と言う妖怪を知ろうとしているその姿には好感を覚える。

 何もかもを鵜呑みにせず、しっかりと自分の考えを持つことができる。そういった存在は私としては好ましい。

 覚妖怪の本能としてはもう少し精神的に脆い存在の方が嬉しいのだけれど、本能はまた別のところで満たせばいい。彼女を壊すとなると、用いることのできるトラウマはそう多くないし、楽しいものでもない……と思い込むことで本能を大人しくさせた。

 

「……それで、私は話を聞くことはできるのでしょうか」

「……ええ、勿論です。───ですが、その前に言っておかなければならないことがあります」

 

 そう言うと、白蓮は両手を着いて頭を下げた。

 

「我が寺の門徒達が、ご迷惑をお掛けしました」

 

 ……少し驚く。人の心とは複雑なものだと言うのはよく知ったことではあるけれど、またこうして心の動きで私を驚かせるものが居るとは。

 私がこうして考えている間も、白蓮和尚は頭を上げようとはしていない。考えてすらいない。心の底から、謝罪の気持ちを抱いている。

 

「……少なくとも当時の『正体不明』は仏門に帰依していたわけではない筈ですし、尼入道の方は何かをする前に勝手に気絶しただけです。貴女が頭を下げる理由はありません」

「いいえ。かつての行いを清算しなければなりません。ですが、彼女達は今限界に近い状態で、なんとか精神の均衡を保っているだけ。何かのきっかけですぐに壊れてしまうでしょう。

 私がこうしたからと言って、彼女達の行いが清算される訳ではありません。しかし、なにもしないで居ると言うのもまた悪なのです。

 ですから、私は私にできることをしなければならない。私にできることならばやっておきたい。

 ……古明地さとりさん。あの娘たちを許してほしいとは言いません。ですが、せめて彼女達にこれまでの行いを清算する機会を与えてやってほしいのです」

「構いませんよ。正体不明の方はともかく、尼入道の方は私に何かしたわけでもないですし、正体不明の方にしても次に傷つける気で襲われるような事がなければこちらも害するつもりはありません」

 

 ありがとうございます、と言葉を繋げる白蓮和尚は……どうやらかなりの善人であるらしい。

 記憶を読んでみたのだが、覚妖怪としてはかなり本能を刺激してくるいい記憶を持っている。

 

 弟と別れ、孤独に過ごしていた時期に感じた寂しさ。

 老いていく身体と死に対する恐怖。

 死して正道を歩み続けるか、生きて魔道に堕ちるかと言う葛藤。

 魔道に堕ちた自分を弟が見たらと言う絶望。

 負の感情から目を逸らすために始めた妖怪の保護が、いつの間にか本分となりかけている事に気付いた驚愕。そして安堵。

 

 負の感情と正の感情が入り交じり、飽きることがない。軽く見ただけでもこれだけの感情が見てとれるのだ。深く深く想起を繰り返せばいったいどれだけの感情の奔流が現れるだろうか。

 外の世界には『恐怖には鮮度があり、恐怖ばかりでは色褪せてしまう』と言った狂信者が居たそうだが、その意見には賛成できる。

 ただ、鮮度のある感情は恐怖だけではなく、あらゆる感情に、あらゆる感動に鮮度と言うものが存在すると私は考える。そして白蓮和尚の記憶は、その鮮度に満ちた長い人生で彩られているのだ。覚妖怪としてそれに心踊らないのは、恐らく心を読む必要のないこいしくらいだろう。

 

 そんな極上の食事を前にして、何もしないでいるのは覚妖怪の名折れ……などと考える者もいるかもしれないが、私はそうするつもりはない。敵対しているわけでもなければ空腹なわけでもないのに、なぜわざわざ敵を増やす必要があるのか。私のような不意打ちに弱い普通の覚妖怪では、知覚外から狙撃でもされたらあっという間に死んでしまう。それは少しどころではなく嫌だし、問題だ。

 だからこそ、こんなところで敵対者を増やすようなことはしない。身の安全が一番だ。

 

「……では、件の異変について、私の知ることを全てお話しさせていただきます。それで足りなければ―――」

「ああ、その場合は本人達に聞きに行きます。その時には少々手を借りることになるかと思いますが、傷つけることはいたしませんのでご安心を」

「はい。それでは……まず、昔話から始めようと思います―――」

 

 白蓮和尚はそう前置きをして、語り始めた。彼女の記憶している彼女自身の軌跡。彼女自身の『人生』を。

 




 
 本番は次回からになります

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