当方小五ロリ   作:真暇 日間

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31 私はこうして他人を助ける

 

 異変の原因となった彼女の昔語りを聞き終え、昔々から抱き続けていたらしい白蓮和尚の悩みを聞いて、それらしい解決策のようなものを実行した結果。私はどうやら彼女にいつもとは少し違う方向に誤解されてしまったらしい。

 私は別に困っている人を助けて回るのが趣味と言う訳でもないし、悩みがある人の悩みを解決させていくのを生きがいにしているわけでもなければ聖人君子のように優しいと言う訳でもない。

 だと言うのに、白蓮和尚は私の事をそう言った物だと思ってしまっている。何度違うと言っても誤解が解けそうにない。

 それと、私が彼女にやって見せたように精神世界での自分の黒い一面との向き合いは良い修行になると思ったのか、できる事なら他の者たちにも同じように修行をつけてやってくれないかと言われてしまったのだけれど、それに関しては全力で断らせてもらった。

 妖怪相手に自身の存在の矛盾を突くというのは、言ってしまえば存在の否定と同じ。そんな惨いことを当然のようにやれと言われても、私も妖怪である以上簡単に頷くことはできないわけで。

 人間から人外に至ったものの、妖怪にはなったことのない白蓮和尚には妖怪と言う存在の根源がわかっていないのだろう。まあ、妖怪のことが一番理解できるのは妖怪自身だ。妖怪になったことのない存在に理解しろと言う方が無理がある。

 そして、そんな妖怪達の在り方を全て覗いて共通する部分を見付けることができれば、妖怪とはこういう存在だということを理解する一歩になるのではないだろうか。

 

 ……まあ、多くの妖怪にとって『理解される』と言うことは致命傷を負うこととあまり変わらない。『現象』を『そういうものだ』と理解しないままに納得させると言うところから妖怪は生まれるのだから。

 

「……そう言うわけでして、しっかりと覚悟してからだったり、元が人間でかつしっかりとした肉体を持っているのならばともかく、妖怪にあれをやると高確率で自壊して消滅しますよ?」

「あら……そうなのですか。困りましたね……」

 

 どうも、雲居一輪と封獣ぬえの二人が私が来る前に寝込んでいるようで、かつそれは恐らく精神の問題であるということ。だから、精神世界でそれらの恐怖に打ち勝つことができれば……と考えたらしい。

 けれど、その方法には問題がある。これは恐らく本人と私にしかわからない話だと思うが、あの二人の仲に存在する恐怖は狂気を由来とするもの。恐怖と言う形でその狂気を発散させていかなければ、いつか根元から枝葉の先まで狂いきって壊れてしまうだろう。

 それに、あの恐怖は抗えるようなものではない。一部の頭がおかしい人間や、神格を見ても死体を見た程度の衝撃しか受けない図太い物ならともかく、精神的な感受性の高い妖怪がこの状態になってしまえばそうそう治るはずもないし、時間経過とともに治っていけば御の字、治っていかなくとも進行しなければ幸運、最悪の場合は時間経過でも治療行為でも進行してしまうことすらある。

 そこまで行ってしまったのならば、もういっそしっかりと狂わせ切った方がまだ救いがある。狂気に満ちてはいるものの、完全に狂気に落ちてしまえば正気とのせめぎ合いが無くなる分だけ楽にはなるし、狂気の方向性を決めてしまえば物によっては十分に利用できるようになる。

 

 例えば、狂信。『そういうものだ』と自身が本気で信じてしまえば自身の力が許す限りでそれが真実になってしまう妖怪ならではの方法ではあるが、人間でも時々狂信によって聖人にまで成り上がったり、時に新たな世界まで作り上げてしまう怪物も存在する。

 ……ちなみに、私は以前一度だけあの自己愛の塊の心を覗いてみたことがあるが、あの感情は非常にまずかったとだけ言っておく。少なくとも、好き好んで覗きたいとは思わない。今なら当時の彼を『想起』して自身に憑依させることも可能だろうけれど、あんな格以外の何も持たない怪物をこの身に降ろしたいとは思わない。第六天魔王。大欲界天狗道。自己愛に満ち満ちながらも他者の存在を飲み込みすぎたせいで歪みに歪んだ異世界の最大格。出会う事がまず無いと言う事だけは喜べる。

 まあ、そこまで行かせるつもりは無いし、そんなところまで行ってしまったらいろいろな意味で取り返しがつかないことになるだろうから私も止めさせてもらうが、とにかく彼女たちをどうにかするなら私が白蓮和尚にやった方法では問題が出てくることが目に見えている。

 ではどうするか。あるいはどうもしないのか。

 まず、どうもしないと言う選択肢を取ることはない。せっかく結んだ友好な関係なのだから、ここでそれを揺るがせることをするのはもったいないし、そもそも彼女達の症状なら解決策は無いわけでもない。

 記憶を失わせれば狂気から来る恐怖は鳴りを潜めるだろうし、人格を大小つけて割って小さい方に狂気や恐怖を全部纏めて押し込めれば普段外に出ている人格は綺麗になるだろう。そんなことをしないでも蓋を被せて封印したり、出てくる狂気の量を抑えて少しずつ狂気に打ち勝てるだけの精神を鍛え上げていくと言う方法もある。

 

「まあ、私にできることはこのくらいです。ちなみにおすすめは精神を鍛えていく方法ですね。他の二つは精神を削りますが、最後のものは最終的に強くなりますからね」

「あら、それはとてもいいですね……けれど、お手間では?」

「覚妖怪にとっては大したことはありませんよ。精進出汁でお鍋を作るより簡単です」

 

 ちなみに精進出汁とは、昆布と椎茸から取った出汁を合わせたもの。肉や魚の出汁を使えない場所……つまりはこういった寺院などでよく使われる出汁の事だ。さっぱりしているため、おかゆなどに使うのもいいだろう。

 ちなみに私はおかゆよりも雑炊の方が好きだ。おかゆを美味しく作るより、雑炊を美味しく作る方が遥かに簡単だし手間もかからない。そしてお腹も膨れるし、昨日の夜の残りご飯で作れてしまうから無駄もない。水分も多く酔い醒ましにも最適。そして手軽。

 ……そうそう、雲居一輪と封獣ぬえの話でしたね。一度話に夢中になるとつい脱線してしまうんですよね。

 

 とりあえず、二人の寝ている部屋にまで行く。するとそこには顔を真っ青にしてガタガタと震え続けている正体不明の化身と、口から泡を噴いて動かない尼入道が横になっていた。私が一歩近づくにつれて震えが大きくなったり拭いている泡が小さくなったりしているところを見ると、どうも私の事を無意識のうちに感知してそういった反応を返しているように見ることができる。

 無意識を操るならばこいしの方が適任なのだけれど、私でも無意識に干渉することはできる。二人の額に掌を当て、能力を使う。彼女たちの受けた恐怖の記憶……それを一度隔離して、繫がりを薄くする。思い出しても大きな影響は出ないように調節して、感情をいじる。あまり褒められたことではないけれど、今回はこうしておいた方がいいだろうと判断した。

 そうして感情を制御する手助けをしたら、次にそれらの恐怖を小分けにして小さくしたものをまた別々の部屋に入れていく。一つの感情を飲み込んだら今飲み込んだものより少しだけ強い次の物へ。そしてまた少しだけ強い次の物へと進んでいくことができるように調節しながら層を作り上げていく。

 言うは易く、行うは難し、と言う言葉が存在するが、文字通り。態々壁の厚さを一枚一枚手作りで調節しなければならないというのは非常に面倒なことだし、労力も必要となる。こんなことでもなければもっと楽な方法を取りたいところだ。

 だが、そんな苦労をした甲斐はあったと言えるだろう。私に触れられていただけで分身するんじゃないかと思ってしまうくらいの勢いで震えていた正体不明の化身は顔色が若干悪くなるくらいにまで持ち直したし、噴いていた泡が完全に止まり、顔色が白から薄暗い紫色になっていた尼入道は呼吸を再開し始めた。

 

 ……その元々の原因が私だということを知らなければ私も素直に喜ぶことができたのだけれど……正直に言ってかなりショックだ。そんなに怖がられることをしたつもりは無かったのに、と言うか正体不明の化身の方はあちらから私を殺しにかかってきたというのに、いったいどうして私の方が恐れられているのだろうか。実に理不尽だと思う。

 

 礼を言う白蓮和尚にまたいつか来るということを伝え、私は自宅である地霊殿に向けて飛び立つ。今日はたくさん美味しい物を作って、おなか一杯になるまで食べて、そしてさっさと寝てしまおう。そうしないと私の精神が持ちそうにない。

 

 

 


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