射命丸文。彼女は天狗らしく、実に計算高い。自分では勝てない相手と勝てる相手を相性込みでかなり細かく察知できるようで、しかしその結果を態度に一切出すことなく他者と触れ合うことができると言う才能の持ち主らしい。
そんな彼女は今、私の目の前でニコニコと笑顔を浮かべている。要件自体は私が心を読んだ時と変わらず、私に対しての細かな取材。最近になって変わったことはないかと言う話や、色々な出来事についての話を聞きに来ただけ。
他の誰かにやったような無理矢理な写真撮影などは無く、あくまでもお互いの口から出た言葉だけを基準にした話し合いを続ける。
洩矢の祟り神との話し合いの時とは違い、険悪な空気は何もなく、私も相手の心の中から情報だけ吸い出してそこから口に出した言葉と擦り合わせて相手の言いたいことと言いたくないこと、伝えたいこと、伝えなくてもいいこと、伝えたくないことなどを割り出して一番効果的な時にそれを知っていることを明かしたりする必要がない。とても気楽な、けれど本当に何でも明かすわけにはいかないと言う微妙な距離感。鬼の方々はまどろっこしくて嫌いだと言うだろうけれど、私のような基本が根暗な妖怪にはこういったやり取りの方が性に合っている。
「さて、それで……私の心の中を読んだのでしたら私が何の用でここまで来たのかはもうお分かりですね?」
「勿論です。……しかし、心を読んで手早く済ませるのも嫌いではありませんが、会話を楽しむのも楽しみ方の一つなのですが」
「あややや、それはそれは申し訳ないことをいたしました。覚妖怪と言うのは心を読むのが当たり前であり、こちらの思考と会話をするような方だと思っていたもので」
「確かにそういう者も多くいますね。むしろそちらの方が主流と言えます。ですが、それだと味気ないのですよ。会話を楽しむと言うのは一種の娯楽のようなものでして。可能であれば私の娯楽にお付き合いいただければ幸いです」
……これでいい。私は記事になりそうな内容の話を彼女に提供し、彼女はその代金として私の娯楽である会話に付き合う。少なくとも、彼女の中ではそういう形に落ち着いたはずだ。
実際にその通りだし、何も間違ったことは無い。私は基本的に会話することが好きだし、他心通などを持たない存在がこちらの思考を論理や技術で読み解こうとしながら行われる舌戦などは大好物だ。実に好ましい。
その理由は簡単。私との会話で生まれた感情は私が食らい、力とすることができる。その時の感情が苦悩と煩悶の先に生まれた物であったり、ひたすらに練り上げられた物であればその味は素晴らしいものとなる。
相手が知ろうが知るまいが、私の事だけを考え続けた結果として生まれる感情は、その作り手がどれほど未熟な存在であろうともその味を素晴らしく上質なものに変える。
恐怖、悲哀、憤怒、憎悪、嫌悪、殺意、狂気……どれもこれもが非常に美味なものになる。
ただ、私の記憶の中に存在する彼ら、あるいは彼女らによって齎された狂気や恐怖は私宛ではなく彼らあるいは彼女らに対して贈られた物であるが故にそこまで美味に感じることは無い。
そう言うこともあって、私は会話をするのが好きだ。娯楽でありながら食事でもある。実にいいものだ。
「……さて、それでは最近、貴女の周りで何か変わったことなどはありませんでしたか? できれば大き目のスクープがあってくれるとうれしいのですが」
「残念ながら、大きな事件と言うのは中々起きないからこそ大事件なのですよ。最近この近くであったことと言えば、精々勇儀さんがフリルやらなにやらの沢山ついた可愛らしい服を身に纏っていたのが非常に似合っていたとか、伊吹童子が昔付き合っていた相手の名前を寝言で呟いていたのを聞いてしまったけれどその相手の居場所を知りつつ教えないでいるとか、お空が自分の卵で卵かけご飯をしていたとかそのくらいですよ。ああ、ちなみに鬼のお二方については知ってしまったことを彼女たちに知られれば間違いなく縊り殺されると思いますので気を付けてくださいね」
「記事にできる内容の物をお願いしますよ!なんで記事にもできない上に命の危機を呼び込むような内容をさらりとぶちまけてくれやがりますか!?」
「スクープでしょう?」
「そうですけど!もう少しこう大人しい感じのをですね!?」
「では、土蜘蛛が地底のアイドルとしての活動を始めようとしているという話はご存知ですか?」
やはりと言うか記者。ネタになりそうな話題を見付ければ即座に文句などを全てしまい込んでメモ帳に走り書きを始める。けれど、恐らくこの話題は記事にはされないだろう。地底のアイドルと言ってもあくまで地底限定。地上ではそんなことを気にするものなんて存在しないだろうし、よしんば存在を知っていたとしても多くは地底に来ようとはしない。
そのことに気付いていたとしても、一応ネタとしてメモは忘れない。もしかしたらいつか使えるネタに成長するかもしれないし、ちょっとした記事の飾りつけくらいには使えるかもしれないという思いがあるらしい。
「後は……そうですね、美味しいお酒を造る店があるんですけど、そこの店主がまた新しい物を作ろうとしているようですね。幻想郷が閉じられるよりも以前、日の本と呼ばれたこの国にはなかったお酒のようだけれど、美味しいかどうかはわからないわ。自分で試してくるといいでしょう」
「ふむふむ、やはりさとりさんのところは情報が早いですね。これも心を読むことができるからでしょうか?」
「噂を聞いて、ちょっと出かけて、裏付けを取る。簡単に裏付けを取ることができるのは楽でいいんですが、代わりに噂話自体はあまり集まってこないんですけど」
心を読む妖怪に近付きたいと思う者はあまりいない。心を読まれることに嫌悪感を感じたり、あるいは恐怖したりする。目の前にいる天狗と同じように。
ただ、彼女はそういった感情を表にはあまり出そうとしない。勇儀さんのように大して気にしないのではなく、気にしていながらも隠すことに長けているという印象を受けた。
こういう方は内側に鬱屈とした感情を湛えていることが多いのですが、彼女はどうなんでしょうね? 堪えているのか、それとも上手いこと受け流したり発散したりしているのか……白狼天狗……悪戯……もふもふもみもみ……後者で確定ですね。
セクハラされても山の力関係のせいで訴えることもできないとは、白狼天狗と言うのも不便なものだ。私に助けられることなど何もないが、彼女はもう少し自分の行いに責任を持った方がいいかもしれない。
寂しがりの犬を構い、餌をあげて、そのまま放置すると言うのは……犬の方から見れば『生殺し』や『釣った魚に餌をやらない』と言うように感じられていることだろう。ペットの面倒が見れないなら、初めからペットを飼おうとなんてしては駄目ですよ。
「むぅ……けれどこれはスクープと言うには弱いですねぇ……」
「では閻魔の寝言ポエムでも載せますか?」
「なんでそう大人しいのとやばいので差が激しすぎるんですかね!?」
「それが駄目なら天魔さんの昔の武勇伝でもいかがです? 有名なだけあって色々な伝説や伝承が残っていますよ? 一部は新聞に載せていいものか迷いそうですが」
「何を知っているというのですか貴女は……」
「まあ、色々と。これでもそれなりに長く生きていますからね。有名な話ならば黙っていても記憶と言う形で入ってきますし、夢と言う形で思考に介入すれば欲しい記憶を取っても来れますし」
「おぉう……なんだか聞いちゃいけないことを聞いちゃった気が……」
「ばれたら妖怪の山で村八分ですかね」
「あややややややや!? それは困ります!本当に困っちゃいますよ!?」
……まあ、実際にはそんなことにはならないだろうけれど。彼女自身が天狗の中でも非常に強力であり、その上本人は知らないだろうが愛宕山太郎坊のかなり近い血縁。そんな相手を天狗社会で村八分になんてしたら、子供であり続ける太郎坊が嬉々として喧嘩を挑みにやってくるだろう。
妖怪の山の天魔が第六天波旬であるのならばともかく、ただの天魔では……あの神殺しの原初の炎をどうこうできはしない。天魔が女性であるならばそこにも特攻が付くだろうが、幸運なことに天魔は男性。死なずに済む可能性も高い。
まあ、そう言う訳で大丈夫でしょう。問題なく新聞は作れるはずです。
……私が作った四冊の本などに関しては、黙っておきましょうか。見つかったところで何もいいことなんてありませんしね。