当方小五ロリ   作:真暇 日間

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34 私はこうして少女を迎える

 

 いつかの夜。夢の中で戯れにした約束。私はそれを破られたところで怒りはしなかっただろうけれど、少しくらいは残念に思っただろう。

 けれど、今はもうそれを考える必要はない。約束は守られ、フランはこうして地霊殿の門を叩いたのだから。

 

 ……ちなみにだが、勇儀さんが半戦闘態勢でこちらに来ているという話だが、けして嘘ではない。ただ、鬼の皆さんはいつだって喧嘩に入れるようにと起きている時は常に半分は戦闘態勢だ。

 そのことについて細かく説明はしなかったが、私にとっては鬼の皆さんが喧嘩や騒ぎに飢えているというのは常識と言ってもいいことだと思っているため説明はしなかったし、実際に彼らの中では常識だ。『酒と喧嘩は地底の華』とはよく言った物だが、できることなら私が一応形だけとはいえ治めていることになっている地底の華をそんな乱暴なものにしないでほしかったけれど……まあ、鬼の皆さんに言っても意味のないことだと諦めている。仕方ない。

 ……それはそれとして、まるで風のように素早く地霊殿から逃げ出した射命丸さんと、それを追ってこの場を念写することをやめたらしい姫海棠はたて。この二者に一つだけ言っておきたいことがある。

 

 相手の了承を得ない写真撮影は犯罪ですよ。と言うことで───憑依『祟り神・洩矢諏訪子』。

 写真と言う繋がりから呪詛を送る。正確には、写真を撮ると言う呪いにこちらの呪詛をのせて跳ね返す。日ノ本の古き最大神格の権能を扱う祟り神の呪詛はそう簡単に跳ね返せる物ではないし、打ち消せるものでもない。

 ……と言っても、今回の呪詛返しは効果としてはそう高いものではない。『写真を撮る』という行動を一種の封印術……この場合は『写真と言う本人の姿を模した媒体にその相手の魂を封じ込める』と言う呪詛を『人を呪わば穴二つ』と言う概念でもって何十回か跳ね返してから本人に向けただけ。

 呪詛と言うものは、本当に些細なことから相手にかけることができる。知識がなかろうが、力がなかろうが、ただの偶然でもって相手を呪ってしまうことがある。

 身近なところでは、対象者を指差す。それだけでも呪詛として扱うことができる。内容は基本的には軽いものばかりだが、力を込めればそんな軽い呪詛でも十分に効果を発揮する。

 その他にも相手を睨み付けたり、声をかけたり、本当に軽いものでは負の感情を抱くだけでも呪詛になりうる。

 そう言ったことを全て加味した上で最大効率を求めるならば、相手のあらゆる敵対行動を呪詛として扱い、呪詛返しを行えば……まあ、それが可能ならば非常に高効率で事を進めることができると思われる。

 ……実際にはあの洩矢の祟り神がそれを実行していないと言う時点でどれだけそれが難しいかと言うことがわかる。もしも実行するなら『あらゆる呪いを跳ね返す程度の能力』と言うものが必要になるだろうから非常に難しい。

 

 ……話が長くなってしまった。結局何が言いたいかと言うと―――盗撮魔には制裁を、と言うこと。ちょっとした呪い程度の効果だし、天狗ならしばらくすれば治るだろう。元々が呪詛返しと言うこともあってあちらがもし同じように返してきた場合、私ではなく本人にさらに二倍になって襲い掛かっていくようになっているから、大人しく受け止めておきなさい。

 

「……さて、待たせてしまったわね」

「なぁに、構いやしないさ。もし悪いと思ってるんだったら、ちょっと私と一戦やらないか?」

「……まあ、今回の事が助かったのは間違いありませんし、本当はあまりやりたくはありませんが構いませんよ」

「……え、マジ? いまさら『やっぱナシ』とか聞かないからね?」

「ええ。ただ、今すぐは駄目ですよ。お客さんが来ていますからね……ね? フラン」

「さとりお姉さまっ!」

 

 夢の中で一度会ったきりの吸血鬼の少女……フランは、それはそれは嬉しそうに私に飛びついた。あまりの勢いに吹き飛ばされそうになったけれど、一瞬だけ私自身に勇儀さんを憑依させて受け止めた。

 

「……へぇ?」

「また今度ですよ、勇儀さん」

「こんなに私を昂らせておいて放置するのかい?」

「します」

「…………」

「ん~♪」

 

 私と勇儀さんのやり取りを聞いていないかのように……実際に聞こえてはいるけれど認識はしていないらしいフランは私に抱き着いたまま頬ずりをしている。どうしてこんなに好かれたのかはよくわからない。おおよその心の動きを予想することはできても、実際に動くと予想とはまるで違う動きをすることもあるのが心と言うものだ。面倒でありながらも実に面白い。

 フランの心の中は殆どが私に会えたことへの喜びに満たされていた。心の奥底には『こうやってお姉さまに甘えたかった』と言う後悔に似た感情や『嫌われたくない』と言う後ろ向きな感情が無いわけでもないが、それは些細な問題だろう。そういった感情の全てを取り払うなど、よほど徳の高い聖人か何かにでもならなければ不可能だ。そういった本人すらも認知していないような感情まで口に出してしまうようなことは無い。私だってできるだけ他人に嫌われないように努力しているのです。

 読んだ心の内容を口に出して本人に聞かせてしまうのは覚妖怪の本能のようなもの。それを押さえるのに私はどれだけ努力したことか……。

 

 フランの頭を撫でながら、私はすぐ隣にある私が意識することのできない空間に話しかける。

 

「こいし? 居るんでしょう?」

「……お姉ちゃん」

「?」

 

 ふと見てみると、こいしの手は私の袖をつまむように握っている。そしてなんと言うか本人の顔はとても寂しそうで……。

 

「……そう。そうなのね。こいし。今日は一緒にご飯にしましょうか。お客様もいるから、きっといつもより賑やかになるわよ」

「……うん」

 

 ……………………流石に、無意識を読むことはできない。意識から生まれる思考や、意識的に繰り返すことで身体の無意識にまで染みつけた行動などは何とか読めなくもないのだけれど、完全な無意識を読むのは流石に今の私では無理であるらしい。

 もしもこいしの心が読めるようになったら……この関係がどう変わるのかはわからないけれど、少なくとも今より関わり合いになる時間は増えるはず。できればいつの日か、私の記憶にないくらい元気で、意識的に行動しているこいしと一緒にみんなでご飯を食べてみたいわね。

 今、こいしは感情的になれている。閉ざし続けた第三の目が、もしかしたら開かれる時が来るのかもしれない。

 

 右手にこいしを、左手にフランをそれぞれ連れて、私は地霊殿の食卓を目指す。と言ってもご飯はこれから作るし、出来上がるのにもまだ時間がかかってしまうだろうけど。

 

「リクエストは?」

「おうどんたべたい!」

「おそばがたべたい!」

「「む!!」」

「はっはっは、元気だねぇ!ああ、私はなんか酒に合うつまみでも作ってくれればいいよ」

 

 どうやら私と戦えるまで私から離れるつもりがないらしい勇儀さんたちの注文を受けて、まずは作っておいた麺を茹でるためのお湯を沸かす。うどん用にそば用、二つに分けて沸かしているので問題なく同時に作ることができる。

 ちなみに勇儀さんにはジャガイモの薄切りを油でカラッと揚げたものに塩を振って出しておいた。地獄の炎を料理に使うとあっという間に熱くなるから便利ですね。その分火力の調整は難しいのですが、その辺りは慣れでどうとでもなりますし。

 

 お湯が沸いたらそれぞれにお蕎麦とおうどんを入れて少し待つ。その間にそば用とうどん用のつゆを別々に作り、調味料で味を調える。なお、フランがニンニクを食べられないのでそれは使っていない。このくらいの気遣いはできて当然だろう。

 つまみおかわりー!と大声をあげて催促している勇儀さんには茹でた枝豆と八寒地獄に繋がる洞穴で冷やしておいた地霊殿特産小麦で作ったビールを出しておいた。大豆は駄目なくせに枝豆は普通に食べられると言うあたり、鬼と言うのは本当に奇妙な生態をしている。大豆と枝豆は物としては同じはずなんですけどね。

 

 そして麺が茹で上がれば汁の入った器に移し替えて、薬味や他の材料を盛って完成。これをこいしとフランのところに持って行けば完了です。ちなみに私の分はパスタを作りました。

 勇儀さん? お酒に合う物と言われたので汁無し担々麺を作っておきました。お酒に合うかどうかは知りませんが、お酒を飲むなら他に汁は無い方がいいでしょうしね。

 

 では、両手を合わせて……いただきます。

 

「「いただきまーす!」」

 

 




 
 さとフラ。さとこい。貴方はどちらが好きですか?

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