当方小五ロリ   作:真暇 日間

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35 私はこうして昔に戻る

 

 さて、今日は忙しくなると思っていたのだけれど、もしかしたら『忙しい』と言う言葉では済まなくなるほど大変な一日になるかもしれない。と言うか、ほぼなることが確定した。理由はとても簡単。こいしとフランが私を取り合ってベッドの上でころころ一塊になっているとか、勇儀さんがそれを見てかっかっかと大笑いしたりしているとか、フランの家族がフランが部屋にいないことに気付いて大慌てで探しているとかまあそういう理由だ。

 こいしとフランはそのうち喧嘩から遊びになるだろうからいいとして……勇儀さんとの喧嘩の件と、フランの家族の件だ。フランはどうやら家族に私のところに行きたいと言っていたらしく、私のところにいるんじゃないかと博麗の巫女に地底への移動の許可を取ろうと動いている。しかも、明らかに臨戦態勢だ。

 門番をしている中国妖怪は門番の役目を他の妖精たちに任せ、館の中のことは七曜の魔法使いに押し付けて他の全員が地底に向かって来ようとしている。

 

 門番。華人小娘。紅美鈴。

 メイド長。完全で瀟洒な従者。十六夜咲夜。

 当主。永遠に赤い幼き月。レミリア・スカーレット。

 

 そんな錚々たる顔触れが、地底に喧嘩を―――いや、戦争をしに来たのなら。きっと私はこの場所を守るために何とかして彼女たちを追い返そうとするだろう。方法は問わず、私にできるありとあらゆる方法でこの場所を守る。必要なら……少々どころではなく非道な手段だろうと使って見せよう。とある存在を『燃える三眼』、『顔のない黒いスフィンクス』、『月に吠ゆるもの』、『闇に棲むもの』、『チクタクマン』と言った化身の形での多重召喚も視野に入れよう。同時に紅魔館に直接『星々からの貪食者』を召喚できる魔法陣を張っておけば後片付けも簡単に済む。

 ……まあ、実際にそんなことができるかと言われればできるわけがないのだけれど。

 私にできることと言えば精々相手に幻覚を見せ、それを本物と思い込ませることくらいだ。それではトラウマを作ることはできても敵を倒すことは難しい。特に、今回相手する可能性の高い紅魔館の彼女たちのように強い意志を持っている相手には効果が出にくいのだ。

 恐怖を感じながらもそれを乗り越えていくことができる精神を持ち、一歩一歩であろうと前に進んでいける存在。覚妖怪にとっては種族的にとても相性が悪い。

 

 ……純粋な魔法使いが相手では、せっかく作った狂気神話の魔導書もしっかりとした効果を出すことは無いだろう。残念だが、あれは魔力を自在に扱うことのできる類の存在には効果が薄い。そもそも魔力を扱えるような者には気違いが多いため、壊れていようが壊れていなかろうがそう変わりはしない。あの白黒魔法使いも、もしかしたら一度壊れてしまった方が魔法を上手く使うことができるようになったりするかもしれない。そうそうない可能性だが、一応魔法使いの端くれならば可能性が全くないわけではないだろう。実際にそうなのかどうかは保証しないが。

 もしもそれを実行して壊れてしまったとしてもそれは私のせいではない。そもそもこの考えを誰かに伝えるつもりは無いのだし、現段階では私しかこのことは知らない。その状態で誰かが私の思った通りのことをして壊れてしまっても私のせいではない。それは明らかなことだ。

 

 けれど、今はそんなことを考えるのは無粋と言うものだろう。私の隣には、私と唯一血の繫がりのあるこいしと、私に懐いているフランの姿がある。どちらも私に甘えるように抱き着き、時にお互いに睨み合い、時に私に頭を撫でられて甘えたい盛りの子猫のように私に頬を擦りつけ、時に私を上目遣いで見つめてそれまで以上の接触を強請る。

 人間と言う動物の意思から生まれた妖怪。そんな存在であろうとも、動物としての本能と言うものは間違いなく持っているらしい。そして、幼いが故の強い独占欲も。

 

「しかし、モテモテ、って言うのかい? その状態は」

「……まあ、一概に間違いだとは言えない状態にあることは認めますが、やはりそれは何かが違う気がしますね」

「そうかい? 私にはよくわからないんだがね」

「『萃香の奴ならわかるんだろうが』ですか。まあ、一応子供もいますしね、彼女。恋もしたことがあるようですし、相手を抱いたことも相手に抱かれたこともあるようです。出産経験はまだのようですが」

「…………おい、それ本当だろうな?」

「記憶をさらった限りそのようですよ。ただ、酔っぱらいの記憶は美化されるものですからね。それが本当に事実かどうかはわかりませんよ? 本人の覚え違いかどうかは誰かの記憶を見ただけではわからないんですから」

 

 世界の記録を見れば客観的に起きていた事実だけならわかるのだけれど、そのことは黙っておくことにした。その方が後々伊吹萃香を怒らせないで済むだろうし。

 ただ、彼女はそうそう怒ることは無い。本気で怒らせたいのならば勇儀さんを卑怯極まりない方法で殺害して骸を辱めるか、神便鬼毒酒を用意すれば簡単に怒ってくれるはずだ。その後のことまでは責任とれないし、地底の運営に問題が出てくるだろうから実行しようとした瞬間にトラウマを穿ったうえでそうして生まれた羞恥心や罪悪感などを億倍にして叩き込んで見せよう。若かりし頃の黒歴史などの香ばしいもの。初恋の甘酸っぱさとそれが破れた時のいつまでも舌に残り続けるような苦みと渋み。覚妖怪にとってはご馳走だ。

 萃香さんなら……あの恋については恐らく『言いたくない』と言うでしょうね。中々の大恋愛ですし、悪くはないと思うのですがねぇ……。

 

 さて、それはそれ。私はやけに甘えてくる二人を好きに甘えさせ続ける。どちらも家族からの愛情を理解できないままに育ってきてしまったのだし、今くらい、私くらいはしっかりと甘えさせてあげたいと思う。

 ……座った私の膝の上にいる彼女たちが少し重いのだけれど、その辺りはもう仕方ないと諦めよう。言っても直ることは無いだろうし、言うつもりもない。

 こいしはもちろん、私の事を姉と呼んで慕うフランを無視するという選択肢はない。花妖怪である幽香さんが自分の同族である花を愛でるのと同じように、自分の血縁であるこいしとよく似たフランを愛でていたい。そう思うのはおかしいことでしょうか?

 おかしいと言われたところで私のやることは変わりませんけどね。こいしを可愛がり、フランも可愛がる。それはもうすでに決定づけられています。誰であろうと邪魔させるつもりはありません。

 

 ……特に、これが最後になるかもしれないとなれば、自分にできる限り、しっかりと向き合いたい。

 

 勇儀さんは私との再戦が決まってからと言うもの、ずっと撒き散らし続けていた戦意も妖気も自分の中に押し込めて臨戦態勢になっている。ほんの僅かでも自分のコンディションを良くしようと努力し、それを実行し続けている。勇儀さんの戦意は私が知る限りで最高潮。未だ戦いは始まってすらいないと言うのに、既に過去に私と戦った時の最高潮と遜色ないほどに昂っている。

 しかしそれを一切気付かせないように自分の内に抑え込み、必要な時に全てを解き放つことができるように溜め込む。このままなら、こいしたちが眠って実際に戦う時には完全にできあがった状態から始まることだろう。

 

 ……私も、少しずつ火をつけていかなければいけない。昔のように、一人で戦い、こいしを守って生きていたあの頃のように。意識を鋭く。真正面から不意を突き、一瞬の不意を致命の隙に変え、必勝の一撃を撃ち込めるようにならなければ。

 他者の意識を失わせる方法はいくつもある。意識と身体を繋ぐ紐のようなものを切断すれば意識が残っていたとしても身体は動かなくなるし、妖気も扱うことができなくなる。意識を叩いて散らせば混濁して前後不覚になるし、意識を高速で揺すれば一時的に崩れ落ちる。そうなってしまえば妖気での強化のなされていない肉体は簡単に……ではない場合も多々あるが、ちょっとした刃物で深く傷をつけることもできるし、精神が崩れていたり切り離されていたりすればそこに別の物を混ぜ込むこともできる。それは今はお空の中に存在する八咫烏の分霊とほとんど同じ方法だが、使うことはできる。

 

 ……鬼は強い。それは誰の目にも明確なことだ。

 特に、鬼の四天王の一角、星熊童子ともなれば余計にそうだ。物によっては神社を持つ大神すらもその拳で消し飛ばすことができる彼女が強くないと言うことはまずありえない。最強には遠くとも、準最強級の中では最上とも言えるほどの力を持つ。

 

 だが、しかし。そういった『強い存在』を倒すのはいつだって弱者の仕事。許される方法の中で、私はまた彼女を打倒して見せよう。

 強者はより強者に蹂躙される。しかし、いつだって下剋上と言うものは存在しているのだ。弱者が弱者のままに強者に勝つ。私は昔から、そうやって生きてきたのだ。

 

「……」

「……」

 

 お互いに、視線と思考で語り合う。勝負は、この娘たちが眠ってから。

 どちらともなく頷き、そして互いに今必要な行動に没頭していく。

 

 ――――――ああ、まったく。今夜はとても長い夜になりそうだ。

 




 
 昔のさとりんはきっとこいしを守るために必死に頑張っていたと思います。
 周りには強い(さとりの主観)存在ばかり。そんな中で生きていくために、いったい彼女はどれだけ頑張ったことでしょう。


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