当方小五ロリ   作:真暇 日間

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36 私はこうして鬼と戦う

 

 こいしとフランが眠りについて、ほんの少し。その間に二人の意識を深い深い眠りに落として早々の事では起きないようにしてから私は地霊殿を後にする。

 私の隣には一角の鬼。鬼の四天王、星熊童子。いつもは手放さないどころか酒を並々と注ぎ、その杯から酒が一滴でも零れてしまえば自分の負けだという枷を填めている彼女だったが、今はその杯は地霊殿の床に放り投げられ、ころがっている。

 そんな彼女と私は、地底でも特に人気のない場所に歩いていく。勇儀さんからはただひたすらに戦いを望む声が聞こえてくるし、私と勇儀さんが戦意を滾らせて連れ立って歩いているのを見た他の妖怪達は全速力ともいえる速度で逃げだし、そして逃げた先で私と勇儀さんの喧嘩について話をしている。

 地底にいる多くの妖怪達は夜になっても眠らない。彼らが眠るのは酒に酔い潰れた時と、喧嘩で気絶した時くらいのもの。妖怪だから眠る必要がないとはいえ、健康面を考えるとあまりいい生活ではない。

 そんな暇を持て余した妖怪達が、私達の喧嘩があると知って大人しくしているわけもない。ただ、巻き込まれないような遠くから眺めている。

 

「……見られてますね」

「なぁに、構わんさ。見たい奴には見せてやればいい。私は気にしないよ」

 

 からからと、内側に溜め込んだ気を僅かに燐光として口の端から漏らしながら勇儀さんは言う。まったく、酒の入っていない本気の星熊童子と争うことになるとは……覚として長い時間生きてきましたが、初めての事です。生きて帰れますかね?

 ……いえ、生きて帰れるかを心配するのではなく、生きて帰るのだと強く思うことにしましょう。思いが力になると言うことを私はよく知っていますから。

 

「で、どこまで行くんだい?」

「今の勇儀さんが本気で暴れたら、下手な場所では地盤を貫いて旧灼熱地獄まで落ちますよ。その心配がないところに行こうとしているんですから大人しくついてきてください」

「う~ん、待ち遠しいねぇ……これからさとりと戦うことになるんだろう? 考えただけでもう身体が火照って凄いのさ」

「あーはいはい、わかりますからそう頭の中ピンクにするのやめてください恋する乙女ですか貴女は」

「あんたとの再戦を夢にまで見て、乞い焦がれていたのさ。このくらいの考えは見逃してほしいところだねぇ」

「わかっていますよ。……できれば互いに死にたくないのですが、勇儀さんは勝ったら私を……と言うか、私を殺して勝ち名乗りをするおつもりで?」

「加減に失敗したらそうなるな。努力はしてみるけど失敗しそうな気がするよ」

 

 まったく、これだからバトルジャンキーは困りますね。直接的な戦いは私の本領ではないと何度も何度も言ったにもかかわらずこれとは……。

 たしかに『それでこそ鬼』と言う気にもなりますが、それでももう少し考えてから行動してほしい物です。自分を偽らないという鬼の誇りともいえる習性は好ましく思っていますが、何もこんなところまで正直にならなくてもいいでしょうに。

 けれど、そんな彼女だからこそ私は近くに居てもそこまで苦痛でもなかったんですけどね。お礼を言うべきか罵倒するべきか悩むところです。

 

 そうして暫く進み、地面を貫いても旧灼熱地獄に入ることのない場所で、かつ住む者の特に少ない場所に来ることができた。ここにいるのは私と勇儀さん。獣や虫たちは勇儀さんとついでに私から放たれている威圧感ですでにこの場所から必死に離れている。

 この場所を見るのは数多くの妖怪。自分達が間違いなく安全だと思えるほど離れた場所から、私たちの戦いをじっくりと眺めているのがわかる。

 一部では賭けも始まっていて、どちらかと言うと私の方が優勢らしい。節穴揃いですね。

 

 周囲からほとんどの生物が消え、僅かな植物しかいなくなった頃を見計らってか、勇儀さんが私に声をかけてきた。

 

「……そろそろ、いい時間じゃないかい?」

「そうですね。周りに生き物も殆どいなくなりましたし、多少暴れても問題ないでしょう」

「ぃよっし!それじゃあ―――」

 

『始めるか』と続くより早く、私は能力を最大限発動する。効果範囲を狭め、より精度の高い深い読心をするための準備をして、同時に一つ、勇儀さんの記憶を『想起』した。

 

 勇儀さんの頭が弾け飛ぶような勢いでずれる。まるで強力な力を持った何かに殴り飛ばされ、その結果だけが表に出てきているような状況。

 はるか遠くからこちらを眺める妖怪達にざわめきが広がる。やはりと言うか、地底の妖怪でこの程度の距離で私たちの動きが見れなくなるようなものはそうそういないらしい。ただし、流石に話す程度の声まで聞き取れるような者は数少ないらしく、極僅かな耳がとてもいい妖怪達が私たちの会話を拾って代わりに話すことで何とかこちらの状況をより詳しく知ろうとしているらしい。

 

「……っ、なるほど。今のは……萃香のだろう?」

「よく覚えていますね。ええ、貴女と彼女の前々回の喧嘩での開幕の一撃です」

「いや、なるほど、確かにあれは効いた。だけどさ―――今のはそこまで効いてないぞ?」

「知っていますよ。開幕だとわかってもらうついでの一撃ですし。……そもそも、今の貴女は当時の萃香さんとの喧嘩中より遥かに昂っていますからね。効果も薄いです」

 

 記憶の中から、痛みを受けたものを抜き出し、再現し、そして強化する。それは既に『受けたもの』であるがゆえに回避は不可能。やればやるだけ傷とダメージは積み重なる。

 ただし、今の勇儀さんには効果が薄い。ここまで彼女が滾っていた記憶は殆ど無く、真剣勝負における敗北がすなわち死である戦いを繰り返してきた彼女が初めて真剣に戦って負けた相手との再戦。友情などを持っていたり、同族でない相手との戦闘で負けたにもかかわらず命を取られることのないまま生かされていた彼女。その鬱憤は計り知れない。

 けれど、私はここで負けるつもりはさらさらない。ここでの敗北は死に繋がりそうだと言うこともあるし、また私が負けてはそれはそれで面倒なことになる。鬼に地底の運営を任せるなんてことをしたら、それはもう悲劇と言っていい物が生まれるだろう。

 私が平和に暮らしていくためにも、負けるわけにはいかない。絶対に。

 

「―――らぁっ!!」

 

 勇儀さんの動きに合わせて彼女の身体を必要ない方向に動かす。踏み込もうとした足の指を必要以上に曲げさせたまま踏み込ませることで足趾を骨折させ、急な痛みにバランスを崩したところで前に出して転倒を防ごうとした足をさらに強く曲げさせて自分の顔面に蹴りを入れさせる。以前にもやったことのある方法だが、いまだに効果はあるようだった。

 

「くっ―――はぁ!わかったぁ!」

「ふむ……おお、大体正解ですね」

 

 彼女の思考を読んでみれば、私が何をやったかと言うことの詳細がほぼ正解の形で読み取れた。どうやら彼女は彼女なりに自分で考えて私の技を攻略しようとしていたらしい。

 では、彼女がいったいどのようにして私のこれを抜けるのか……楽しみにしてみましょう。

 

「だったら……ふんっ!」

 

 突如、彼女の身体が大きくなった。全身の筋肉と言う筋肉を限界近くまで隆起させているようだ。

 

「これなら、さとりは私の身体を操れないだろう?」

 

 …………確かにこれでは難しい。本来緩んでいる筋肉を収縮させたり使っている筋肉を必要以上に使わせることで身体を動かさせているのだけれど、全身の筋肉を満遍なく働かせ続けるという方法ならば確かに私の能力で無意識から意識を叩きこんで動かさせることは非常に難しい。

 代わりに彼女はその機動力を大幅に削られる上に体力の消費も凄まじいことになるでしょうが……鬼に疲労を求めると言うことがそもそも間違いだと言われるほどの体力を種族的に保有し、その中でも特に優れた鬼である彼女を相手にするのでは体力勝負に持ち込むことは愚かな選択でしょう。

 

 ―――仕方ないですね。

 

「さあ、じゃあ続きを―――しようじゃないか!」

 

 私に向けて叩きつけられるように振るわれる星熊童子の全力の拳。全身の筋肉に力を入れて振るわれたそれは、彼女の本当の拳からすれば大した威力も速度もない拳のはずだ。

 けれど、そもそもの身体能力が私とは段違いの彼女の拳は、遅くなろうと私に避けられる速度ではなかったし、弱くなろうと私を一撃で殺せるだけの威力があった。

 

 そんな攻撃が私に迫る。私はそれを前にして、ひっそりと囁いた。

 

 ――――――想起

 

 


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