当方小五ロリ   作:真暇 日間

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鬼と覚は戦場に立ち、決着の時がやって来る

 

 拳を叩きつけた瞬間、勇儀は間違いなく古明地さとりに触れ、拳を打ち付けた感覚があることを確認した。地面には幾筋もの皹が蜘蛛の巣のような形で走り、ちょっとしたクレーターが一つできあがっていた。

 しかし、勇儀の顔は真剣なままであり、一切の油断も隙も見せていない。

 

「……どうやったか、ってのは聞いたら教えてくれるかい?」

「……駄目です」

 

 そんな、いつもとそう変わらない声とともにいつもとそう変わらないさとりの姿が土煙の中から現れた。

 足元は地面に埋まるような形で陥没し、左腕で勇儀の腕を真正面から受け止めている。ギシギシと軋みを上げているが、その腕は原形を留めたままそこにあった。

 

「―――憑依」

「ぬおっ!?」

 

 突如として勇儀の身体が軽々と振り回され、大地に叩きつけられる。今まさに勇儀が作り上げたそれよりもさらに大きな陥没が生まれ、勇儀の全身が大地に埋まってしまう。

 

「―――喝」

「ごふぅっ!?」

 

 衝撃。無音にして瞬きの間もなく勇儀の意識そのものからかつて身体に刻み付けられたその衝撃とダメージが勇儀を襲う。そしてこれは―――

 

「っが―――茨木の拳か!さては、あいつを自分に憑依させたな!?」

「……やれやれ、鬼の直感は本当に怖い。本当によくもまあそう簡単に看破してくれる……」

「っぉ!?」

 

 さとりの振り上げた脚が、残像すらも消し飛ばすほどの高速で勇儀の顔面に振り下ろされる。その直撃を転がりながら回避し、衝撃を両腕で防ぐ。

 

「……は!覚ってのもやるな!まさか直接戦闘でも……お?」

「……何を驚いているんです? いつも言っていたでしょう。私は身体がそんなに強くは無いんですよ」

 

 土煙から現れたさとりは、既に血に塗れていた。特にそれが酷いのは、勇儀を振り回して叩きつけた右腕と、踵落としを行った左足。強すぎる威力に身体が耐えられなかったのか、腕は筋肉が皮膚もろとも裂けてだらんと垂れ下がっているし、脚は足首から先がひしゃげてしまっている。

 しかし、それを一切関知していないかのようにさとりは僅かに宙に浮いて勇儀に向けて進んでいく。ぽたぽたと血が溢れるのも構わず、第三の眼を奇妙に輝かせながら。

 

「―――憑依『不死人・迦具夜比売命』」

 

 ぬぞぷりゅりゅ……と奇妙な音とともに、傷が逆再生のように修復されていく。瞬きの間に完全に修復された手足を軽く動かすと、さとりは地面に降り立った。

 

「覚ってのはそんなことまでできるのかい。何とも器用な種族だねぇ」

「これは種族だからできると言うものではないですよ。本人のそれまでの経験がものを言う方法だから……できるのはあまり多くないんじゃないかしら。―――顕現『欲望都市ソドム』」

 

 さとりの言葉に合わせて、まるで陽炎のように古代の建築物が現れる。さとりの感知可能範囲からすればかなり狭い範囲ではあるが、地底のほぼ全土を巻き込む形で、その光景は現れた。

 

 

 

 ───それは、勇儀ですら言葉を失うこの世の闇。狂気と罪と欲望が渦巻く、ひたすらに醜い人間達の棲む都。

 目に映る場所では人間たちがあらゆる罪を犯し、その場に居る人間たちに罪を犯したことのない者など一人もいない。

 当然のように人間が死に、当たり前のように死体に人が群がっては奪えるものはなんであろうと奪い尽くしていく。

 男が男の死体の腹に空いた刺し傷にいきり立った逸物を納めて腰を振っていたかと思えば、髪を振り乱した老婆が産まれたばかりの赤子の肉を刃溢れだらけの包丁で解体してその肉を生のまま頬張りながら嗤う。ありとあらゆる背徳が、現れたばかりのこの都市に存在していた。

 

「……おい、おいおい、おいおいおいおいおいおい……なんだいこりゃあ?」

「旧約聖書にその存在を描かれた、背徳と大罪と欲望の渦巻く都市、ソドムですよ」

 

 さとりは何事もないかのように辺りを見回しながら、自らが生み出し、今も広がり続ける背徳の都市からその欲を吸い上げる。

 人間たちの底知れぬ強欲は、初めにほんの一欠片を用意してやるだけで際限なく広がっていくと言うことを、古明地さとりは知っていた。だからこそ、彼女はこの狂気の都市生みだした時にその完全にして不完全な歪んだ在り方を再現する。

 僅かに生まれた欲。微かに存在した背徳。それらはその場に存在するあらゆるモノを喰らって広がり続ける。

 ただ、この光景はさとりがその力で世界に、全てに見せつけたもの。生きとし生けるものも、既に死んでしまっているものも、その存在を感じ取ることはできる。感じ取ることはできるし、殴れば壊すこともでき、包丁で切り付けられれば傷がつく。

 そんな中で、初めから意思を持つことのない無機物だけはこの地獄のような光景を目の当たりにすることは無いとさとりは知っていた。無機物には通用せず、通用しないからこそ周囲の大地に影響を残すことのない、ある意味ではとてもクリーンな方法だと言うことを理解していた。

 

 そして、さとりは自らが生み出したこの地獄のような都市から、感情を吸収していく。

 自分の手で、自分の能力の影響で生み出された感情はさとりの力となり、そうして得た力でこの都市は拡大していく。それはまるで完全なる永久機関のようにも見えた。

 しかし、その拡大は旧都を飲み込む前に止まる。さとりにとってはこの地は広ければ広いほどに効果が高い物になるはずであるし、さとりの能力の効果範囲もこの程度ではないと言うことを勇儀はよく知っていた。

 では、なぜ止まったのか。勇儀がそんな疑問を持ちながらさとりに顔を向けると、さとりは不思議そうな表情で、それがごく当たり前であるように答えた。

 

「なぜ止めたか、ですか? これは私と貴女の喧嘩ですので、見物客ならまだしも全く関係の無い物まで巻き込むのは少し気が引けまして」

「……ああ、うん、まあ、そうだな。そのとおりだ」

「『こんな地獄を生み出せるようなやつなのになんでそんなところばっかり常識的なんだ』ですか。ちょっと昔天使の軍と争ったことがありまして。その時にこの街を顕現させて天使を背徳に巻き込んで丸ごと堕天させたんですが、色々あって神との調停でその天使たちをもう一度昇天させ直すことで私たちが生きていくのを直接間接問わず妨害しないことを72柱の悪魔たちの前で契約してもらった時に気のいい悪魔さんたちから常識を教えてもらいまして」

「具体的にはどんな常識だ?」

「『覚妖怪は戦いでは弱い』とか、『弱い奴は守りたいものも守れないからどんな手を使ってでも強くならなければいけない』とかですね」

「それ絶対そのあとに『悪魔になれば簡単に強くなれるよ』とか『悪魔になって俺の部下になれば守ってあげよう』とか『俺と契約して悪魔になってよ!』とかそんな感じの勧誘があっただろ?」

「……おや? あの場に勇儀さんっていましたっけ?」

「いねえよ!」

 

 勇儀は頭を抱えた。さとりの歪んだ常識の大本がまさかそんなところにあったとは夢にも思っていなかったのだ。しかもそれを教え込んだのが勇儀ですら名を知る大悪魔達。そんな奴らが口を揃えて『覚妖怪は弱い』なんてことを言ったら、そりゃあ変な所で純粋なさとりはその言葉を信じてしまうだろう。ちくしょうそいつらは馬鹿だ。

 そして、頭を抱えた理由はもう一つ。この地獄はかつて顕現されたもの。かつて存在しただけでなく、神によって注がれた火と硫黄に焼かれてからも、その記憶はさとりの中に残り続けている。

 そんな記憶の中に、新たに天使が群として入り込んでいる記憶すらも存在していると言うことは―――

 

「鋭いですね。流石は鬼、と言うべきなのでしょうか。……では―――顕現『欲望都市の堕天使軍』」

 

 まるで神が泥から人を作った時のように、ソドムの血に塗れた泥が翼を持つ人型へと姿を変える。ぐにゃぐにゃと不安定に揺れていたその姿は、ほんの数秒でしっかりとした形を持って勇儀に迫る。

 

「これも私の能力です。―――卑怯とは言いませんよね?」

「おうとも。こいつがあんたの能力で作った泥人形ってのはわかるし、能力を使うことを卑怯だなんていう気は全く無いさ。そんなことを言っちまったら、私なんて殴る蹴るが何にもできなくなっちまう」

 

 そう言いながら、勇儀は目の前にいる堕天使をその拳で殴り飛ばす。作られたばかりの堕天使は脳漿をまき散らせながら吹き飛び、建物の壁に叩きつけられて四散した。

 四散してしまったその身体は、なぜか土に変わることもなくそこにある。そうして飛び散った屍肉を、襤褸を着た子供が必死になって口に運んでいる。他にも、建物から出てきた数人の人間達も同じようにその肉を拾い集めては口に運び、貪り喰らっている。

 次々に勇儀に襲い掛かる堕天使たちだったが、勇儀の肉体にその武器が突き刺さることは無い。元はさとりに身体を勝手に動かされないようにするためにやっていた全身の筋肉の隆起だったが、今はそれが鎧となって堕天使たちの持つ炎や光の槍から勇儀の身体を守るものとなっていた。

 そして防御を考えずともよくなった勇儀は、ただひたすらに堕天使たちを殺していった。

 拳で殴り飛ばし、脚を使って蹴り飛ばし、周囲を薙ぎ払う。数多くの堕天使が紙切れか何かのように吹き飛ばされ、血肉へと変わり果てていく。

 そして、勇儀がほぼ全ての堕天使を醜い肉塊に変えた時、それは起こった。

 

 空などと言うものが存在しないはずの地底。しかし今まさにこの都市の上空には空と呼べるものが現れていた。

 だが、その空には雲がなく、太陽が無く、命が亡く、何もなかった。唯一存在したのは、炎。

 見渡す限りの空から、炎が都市へと降りかかる。硫黄の混じった炎が、堕天使の軍や住民達と共にソドムを焼き払う。

 そしてその中には、星熊勇儀の姿があった。

 

「っっっっっ―――――――――――――――――がぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!」

 

 勇儀は自らの身体に降りかかる炎を振り払う。焼ける硫黄と、灼熱の炎。どちらも神によって邪悪なる存在を全て焼き払うための物であるという概念を持って作り出されたそれは、全力で身体を守る勇儀の防御を打ち抜き、その身を焼くに十分な熱量を持っていた。

 しかし勇儀もまた規格外の存在。神が定めた滅びの炎。複製品ですら凄まじい威力を持つそれを、己が肉体の力で弾き飛ばしていく。溜め込み続けた膨大な妖気を纏い、無形の鎧として、籠手として、脚甲として振るって炎と硫黄を弾き飛ばす。

 

 ……そんな時間がいつまで続いたのかはわからない。勇儀の体感ではほんの数十秒程度だったような気もするし、数時間は続いたようにも感じた。周囲に存在していた都市や人間たちは跡形もなく焼滅し、かつての灼熱地獄を思わせるような熱が大気に満ちていた。

 そんな中で、勇儀は何とか立っていた。全身には火傷があり、髪も先の方から三寸近く焼けて短くなってしまっている。皮膚は一部ベロリと捲れて血が滴っているし、最も多く火と硫黄に触れ続けた両手は半分以上の爪が剥がれ、剥がれていない爪も皹だらけになっている。

 服など見る影もなく、隠さなければならない場所を隠すという役割を既に果たせなくなっているただの襤褸切れと化してしまっている。

 

 ―――しかし、勇儀は笑っていた。自分と向き合い、真正面から戦い、自分をここまで追いつめられる存在が、こんなにも身近に居たこと。そして、かつては油断した状態から始まり、そのせいで全力を出せないままに終わってしまった戦いをもう一度、今度は初めから全力で行えると言うことに喜びを隠しきれない。

 

 口角が上がる。嬉しくて嬉しくて仕方がなくて、喜色に満ちた吐息がゆっくりと牙と唇をなぞって大気に溶けるのを感じる。

 視界が真紅に染まる。自分の目がより鋭い働きをするためにと血を要求した結果、その眼球が鮮やかな紅色に染まり切っているのが自分でわかる。

 全身の筋肉が一段階膨張する。しかしその膨張は一時的な物であったらしく、どんどんと逆に小さくなっていく。だがそれはけして力が弱くなったわけではなく、今までさとりの能力に対抗するために使っていた筋肉の全てに意思を行き渡らせることができるようになった証であり、そうしてより身体をスマートに扱うことができるようになったことが勇儀にはわかった。

 

「っ―――くふ、くふふぅ、くぅっははははははは!!いい!実にいい気分だぁ!―――さとり!お前は最初からこいつを狙っていたな!?」

「……まあ、ソドムは神の炎によって既に焼き払われた地です。ですからその再現は割と簡単に行えますし、現実を巻き込んでそれをすることもできます。……まさか耐えるとは」

「『思ってもなかった』ってか? そりゃあないだろ!なぁ!?」

「ええ、まあ。可能性としては考えていましたよ。勇儀さんは戦闘のことになると時々色々考え方が飛びますからね。……やはりだめですか」

「おお? 今私の身体を使おうとしただろ? なぁ!?」

 

 くんっ、と指先を動かしつつさとりは勇儀の身体を使おうとするが、失敗する。今の勇儀は自分の体内の全てを自分の意識の下に動かしていると言うことがさとりにはわかった。同時に、そのことが勇儀にも伝わる。何度も、それこそ夢にまで見た状況に、勇儀の心が咆哮を上げる。

 

 ―――今度こそ、あいつに勝つ。

 

 勇儀の心の中にあるのは、ただそれだけ。勝利への想いに埋め尽くされ、その他の感情も心も全てが意味の無い物として切り捨てられている。

 そして今、勇儀は勝利まであと一歩と言うところまで来ていると確信していた。

 

「―――憑依」

「遅いっ!」

 

 瞬きの間。否、それよりも遥かに早く、勇儀はさとりを殴り飛ばしていた。勇儀の拳は今度こそさとりの鳩尾に直撃し、さとりは身体をくの字に折って吹き飛ぶ。

 それを追って、勇儀は駆ける。自分が吹き飛ばしたさとりを追い越し、地に叩きつける。何度も何度も拳を振り下ろし、拳が直撃する度に大地が悲鳴を上げて砕けていく。無数に地割れが走り、平坦だったその場は巨大すぎるクレーターによって飾り付けられていた。

 

 しかし、勇儀は拳を振り下ろすのをやめない。これだけの威力で殴り続ければ、たとえ自分自身であっても間違いなく死ぬ。それがわかっているのに、勇儀は何度も拳を振り下ろす。まるで、まだ戦いは終わっていないのだと言うかのように。

 そして、その思いは―――

 

「―――クァチル・ウタウス」

 

 ───正しいことが、証明された。

 

 

 

 突然、さとりを殴り付けた勇儀の右手首から先が塵となって消し飛んだ。瞬間的に勇儀はさとりから距離を取り、土煙の立ち上るクレーターを睨み付ける。

 同時に右手に力を込めるが、普段ならば再生を始める筈の右手は治る気配を見せない。一応血を止めることだけはできたが、無くなった手は無くなったままだった。

 

「……まったく。本当に化物ですね、貴女は」

 

 そんな声と共に、さとりの影が土煙から浮き上がる。

 

「よく言うよ。あんなことをやれるお前さんだって十分化物じゃないか」

「私は過去に起きた出来事を劣化した状態で再生しただけで、私自身が起こしたわけではないんですけどね。……と言うか、鬼の腕力での物理攻撃からソドムの都を見ることによって起きる精神攻撃、堕天使の軍勢による攻撃に加えて劣化版かつ範囲も狭いとは言え神の用意した火と硫黄を浴びて四肢の欠損もなく生き延びるとは……勇儀さんが本当に妖怪かどうかと言うことすら怪しいと思えてきていますよ?」

「私は普通さ。普通の私だよ」

「そうですか。では私も普通と言うことで」

 

 それを聞いた多くの妖怪達は即座に心の声を合わせて呟く。つまり、『それだけはねえよ』と。

 

 やがて土煙からさとりが現れる。地に足をつけることなく浮きながら移動しているが、勇儀にはそれが大地を塵にしないようにしているのだろうと予想がついた。

 だが、それよりも気になることができてしまった。それは間違いなくさとりのことであり、この戦いにもある意味では関連することではあるが、それを無視したとしても凄まじい違和感のようなものに襲われてしまう。

 

「……あ~、さとりよう」

「なんですか? ……この姿? 神格の憑依に必要なんです。部分憑依ならともかく、完全憑依となるとあの身体では負担が大きすぎて脳漿が耳から溢れるんじゃないかと言うくらいの頭痛に襲われますし」

 

 そう言って、さとりはその場でくるりと回る。その姿は勇儀にとって見慣れた幼い少女のものではなく、明らかに成長期を終えた頃の女性のものだった。

 髪型や表情などは変わっていないし、第三の眼の位置なども変わっていない。ただ、普段から大きめの服を着ているさとりだが、今のさとりにはちょうどいいか少し小さいくらいのサイズになっている。

 女性としては割と背の高い方である勇儀には届かないが、胸にも届かないくらいだった身長は肩に並べるくらいには届いているし、胸もそれなりにあると言える程度には育っている。もしもさとりの姿が普段からこれだったとすれば、色欲にまみれた男なら心を読まれてでも近付きたいと思ってしまっても仕方ないと思えてしまう。

 少なくとも、私みたいな筋肉質な女よりはずっとモテることだろうな……と、勇儀は本気で考えていた。

 

「おや、勇儀さんは勇儀さんで人気があるのですよ? と言うか、おぼこでもあるまいしその辺りは当然気付いているものだとばかり思っていたのですけどね」

「おいこらそういうことを人前で言うんじゃねえよ恥ずかしいだろうが」

「ほぼ全裸で暴れまわっている方が今さら何を言っているのやら」

「戦いの途中ならいいんだよ」

「……まあ、個人がどう感じるかは私の知るところではありませんし、構いませんけども―――」

「おっとぉ!」

 

 突如として勇儀の立っていた地面が無色透明の大爪に削り取られてしまったかのように塵へと変わる。真正面から行われる不意打ちとその威力に勇儀の米神から汗が伝うが、さとりは何事もないかのように言葉を続けていく。

 

「―――勇儀さんも女性なのですから、そろそろ子どもの一人二人くらい作ってみたらいかがですか? 私は良い相手がいませんしペット達や妹の世話で精一杯ですので暫く子供は欲しくないですけど」

「おいおい、私に言うならそっちだって作るべきだろっ!」

 

 今のさとりの状態を確認しようと、勇儀は足元の大地を蹴りつけ礫を飛ばす。人間では到底届きそうもない速度で蹴りだされた土と石の混じった礫は、さとりの身体に触れる寸前に勇儀の拳と同じように塵と化して大気に散った。さとりの顔や体には塵の一つもついた跡が見受けられず、あれだけ殴ったはずの顔や体にも傷が見当たらない。

 だが、勇儀は諦めることなくさとりに向かっていく。己の肉体も石の礫も当たる前に塵となってしまい、効果がないことがわかった。ならば今度は初めから形の無い物を当てようと妖力で作った弾幕を張り、妖力そのものがあの不可思議な現象の影響を受けるか。場所によって、状況によってなにか差がないかと調べ上げていく。

 同時に回復しなくなった右手を削り、新たに傷を作り直すことで回復しないかと試してみれば、じわじわと、ゆっくりとではあるか傷が治っていくことを確認できた。徐々にではあるが傷を治し、近距離から遠距離から次々に妖力と礫の弾幕を張ることで時間を稼ぎながらもじっくりとさとりの行動を観察し続けていた。

 

「……あまり時間はかけていられないので……早めに決着とさせていただきます」

「は!やって―――」

 

 みろ、と勇儀が続けるより早く、勇儀の首が肩の上から落ちた。勇儀の動体視力を以てしても影すら捉えられないほどの一瞬。反応することも、動くこともできない。今まで何度も危機を脱させた直感も、働くより先に胴と首が別れてしまっては意味がない。

 勇儀の首が地に落ち、血を撒き散らしながら転がる。視界が何度も回転する中、勇儀は自分の身体が塵となって風に流され、その背後にさとりが立っているのを見た。

 

「……これで、私の勝ち……と言うことでいいですか?」

「……ああ。満足いく喧嘩だったよ」

「…………首だけでも喋れるんですね。鬼と言うのは本当にふざけた妖怪です」

「それが鬼さ」

 

 勇儀の意識は少しずつ薄れてきている。いくら鬼が頑丈な存在だったとしても、生きていくのに必要な臓器のほぼ全てを失っても生きていけるほどおかしい存在ではない。

 ……否。正確には首だけになったとしてもその戦いに満足できていなければ───つまり、騙し討ちや毒を盛ると言った卑怯な手を使われ、真正面からの喧嘩ではない方法で討ち取られたのならばその怨念や執着によって首だけで生き延び、再生し、いつの日か復讐に走ることもある。

 だが、今の戦いにおいて、勇儀が不満を抱くことは何一つとして存在しない。

 勇儀は全力を出して戦ったし、さとりも切り札と思われる技を切った上での勝利を得た。勇儀は今までの自分の壁を越えたと言う自覚があったし、さとりとの戦いでは事前の準備や罠、食物に毒を盛るなどの卑怯な手は一切使われていない。

 ちなみに、あくまでも戦闘以外のところで毒を盛られるのは卑怯と思うが、戦闘中に武器に毒を塗ってそれで切りつけられようが、服に呪符を仕込んで炸裂反応装甲として使われていようが、歩法や外した呪符や武器による斬撃痕等によってこっそりと陣を張られて誘い込まれようがそれを卑怯だとは思わない。自分の目の前で作られたと言うのにそれに気付けなかった自分が間抜けなのであり、それを実行した相手はむしろ称賛の言葉を向けるに値する。

 

 だからこそ、勇儀の顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「……あぁ……勝てなかったのは悔しいが───」

 

 ───いい勝負(ケンカ)だった。

 

 それだけ言い残して、勇儀の意識は闇の中に落ち消えた。

 

 


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