「おは……うぇ?」
「おは……あれ?」
「あら、おはよう、こいし。おはよう、フラン。……どうしたの?」
「いや、だってお姉さま……おっきくなってる」
「…………誰と? ねえ、お姉ちゃん、誰と? ねえ、誰とナの? ねェ、オねえちゃン?」
「ちゃんとした決闘方式だったから問題ないわ。それに、相手は勇儀さんだしね」
「――――――なぁんだ、そっか!それじゃあお姉ちゃん、安心したところでおはようのちゅー……」
「はいはい」
朝早くから元気なこいしを抱き止め、おでこにキスをする。なんだか少しだけ不満そうな顔をしたけれど、続けてほっぺに二回、鼻の頭に一回してあげたら機嫌はすぐに直った。無意識と言うけれど、こいしは間違いなくそこに存在する。なら、無意識に触ることもできるし干渉することだってできないわけがない。
……と言うことで、私は可愛い妹を抱きかかえたまま椅子に座って頭を撫でる。私の髪と違ってふわふわしているこいしの髪は、触れていると気持ちがいい。
と、そこでこいしと私をじっと見つめたまま寂しそうな表情を浮かべたフランの思考が私に届いた。
私はそんな寂しがりな小さな吸血鬼に向けて、手を広げる。
「おいで、フラン」
「! さとりお姉さまっ!」
むぎゅう、と飛びついてきたフランを受け止めて頭を撫でる。私のことを姉と呼ぶこの子だけれど、そういえば本当の姉のほうはいったいどうしているのだろうか。確か最後に広域で読んでみたときには私のいる地霊殿に特攻かけようとしていたはずなのだけれど……少なくとも今は地底にはいないようだ。
彼女たちの移動速度を考えれば半日もあれば空間が歪んでいるわけでもない地底など簡単に踏破できるだろうと思っていたのですが……もしかしたら違うのでしょうか?
少し読心の範囲を広げてみれば、どうやら彼女達は紅魔館にいる様子。気になるのは、吸血鬼という妖怪の中では非常に頑丈な存在が簡単には再生できないほどのダメージを負っているという事ですが……いったい何があったのでしょうね? どうも精神に傷を負った上でその直後に神聖属性―――正確には不浄な存在に対する特効がついた攻撃でも受けたようですが。
彼女が気絶してしまっているためにそれがいったいいつのことかはわからない。わからないけれど、そこまで昔のことでもないだろう。具体的な時間で言えば……ちょうど、私がソドムを焼き払った神の火と硫黄の再現をした頃に攻撃を受けているらしい。場所は地底で、まるで炎に焼かれたかのような傷を負っている。
……私か。なるほど、どうやら私は無関係な彼女たちを巻き込んでしまったらしい。これは私が直接謝りにいかなければいけない事態だろう。
流石に喧嘩もしていなければ敵対関係にあるわけでもない妖怪にあれはやりすぎだといえる。死にかねない、というよりも死んでいないほうが不思議というレベルであるとハルパスとか言う悪魔が言っていたし、基本的に長い時を生きて罪を重ねていればいるほどに威力を増す系統の攻撃だから大悪魔などが受けると非常にきついとゴモリとかいう悪魔も言っていた。
その点を考えると、永遠に赤い幼き月は永遠という名を関している割に生きてきた時はそこまで長くもないので大した威力でもなかったはずだが、そもそもの威力自体がかなり高いはず。何しろ神が滅ぼすと決めた相手に対して行われた攻撃だ。例え何の罪を犯していないものが受けたとしても軽減されるのは神聖属性の攻撃のみであり、物理的な威力に対してはまさに無力。炎も硫黄も防ぐことができなければ結局死ぬのみ。
そう考えると、余波とはいえあれを食らって生きていた観客たちや永遠に赤い幼き月を褒めるべきかもしれない。一番はあの門番でしょうが。
あの門番は素晴らしい。気を使って神の火と硫黄をほぼ防ぎ切った挙句に、物理的な余波と属性として存在していた神聖さに当てられて意識を消し飛ばされていた主とメイド長を拾って逃げきることができたのだから。あの反応速度はまさに賞賛すべきものですよ。
ですから、落としていった帽子もしっかり届けてあげましょう。お土産は……前回はこっそりと置いて帰るという形で置いていったので、今度こそ受け取ってもらえるものがいい。何が好まれるのか、心を読んで確かめてみれば……どうやら主と同僚、そしていなくなってしまった妹様……つまりフランのことを心配しているらしい。
まあ、フランは私に跨って気持ちよさそうにしていますけどね。傷一つついていませんので安心してもらって構いませんが……不思議なのは、何故あのメイド長だけで来なかったのか。あのメイド長だけならば時間を止めて地霊殿中を探し、フランをこっそりと連れ帰ることだってできたでしょうに。
まあ、そうなったらそうなったでまた発動直前に彼女の能力を借りて私の時間だけは止めさせないようにして話し合いに持ち込むつもりではあったのですけれどね。『こんな幼い子供をずっと地下室に閉じ込めておくとは何事ですか』と。まあ、お説教のようなものになってしまいますが……同じように少し問題のある妹を持つ先輩として、少しくらいアドバイスをしてあげるというのも悪くはないと思ったわけなんですけどね。
お説教といえば四季さんですが、四季さんは残念ながら能力ありきのお説教をしますからね。能力で『聞かなければいけない、受け止めなければいけない』と言うように思考を誘導していなければ、おそらくお説教なんて聞きたくて聞くわけじゃないんですから殆どの方はお説教なんて聞くことすらせずにさっさといなくなっちゃうんでしょうね。
「それで、いったいいつまで見ているつもりですか?」
「いやぁ、なかなか面白いものを見せてもらってるよ」
「もう一回叩き込んでさしあげましょうか?」
「そりゃ勘弁だ。まだ傷も治りきってないし、今は治すのに集中したい」
からからと笑いながら、勇儀さんは普段から持っている杯でお酒を飲んでいた。確か……星熊杯、と言いましたか。効果は、注いだ酒が非常に美味くなる杯だとか。
私の知る限り、鬼の四天王の持つ宝具の一つ。他の三つのうち、一つはかつての戦いの中で持ち主とともに失われてしまっているため現存しないが、残りの二つは現存するし持ち主も生きている。
一つは伊吹瓢。酒虫と言う虫の体液を内側に塗り付けられ、空気中に漂う僅かな水を吸って大量の酒に変えることのできる宝具。もう一つは茨木の百薬枡。酒を薬に変えることができるが、その酒で酔えばまるで鬼になったかのように乱暴でがさつな性格になり、一時的にではあるが人間とは思えぬ膂力を得るという宝具。持ち主である彼女はこの酒を飲み、切り落とされた腕を漬けることによって腕の腐敗を止めているそうだ。
……私なら一応戻せなくはないのだけれど、正直に言って一度に何千年分も戻したり進めたりするには今のように完全憑依が必要なのでやりたくはない。疲れるし、肩も凝るし、いきなり大きくなるせいで歩こうとするとバランスがとりにくくて仕方ない。腕をくっつけることができる薬が欲しいのならば、自分で作ってしまえばいいのだと思いますけどね。仙人だと言うのなら、そのくらいやって見せてほしいところです。得手不得手というものがあるでしょうからあまり期待はしていませんけど。
「ん~♪」
「んん~♪」
「おや」
ゆっくりと二人を撫でながらの考え事は、二人からほっぺへのキスを受けて中断された。少し恥ずかしそうにはにかむフランと、無邪気に笑うこいしに癒されつつ立ち上がる。二人合わせても勇儀さん一人よりずっと軽いのでこのくらいなら問題なく運ぶことができる。
「ふふ……それじゃあ、ご飯にしましょうか。何が食べたい?」
「お肉!」
「お魚!」
「「むむ!」」
まるで二人は示し合わせたかのように同時に違うものの名前を言い、そして睨み合う。けして喧嘩になるようなことはなく、まるで初めての友達にじゃれつくように二人は見つめあっている。
そうですね。それでは今日のご飯はおにぎりにしましょうか。具を魚にしたりお肉にしたりすればどちらの意見も拾えますし、大丈夫でしょう。
「私にはなんかないのかい?」
「お茶漬けでも出しましょうか?」
「帰れってか?」
「いえ、お酒の後に食べるお茶漬けはそれはそれは身体に染みて落ち着くものだと聞いたので完全に善意です。嫌ならまた何か考えますよ」
「いや、お茶漬け貰おうか。美味いんだろうな?」
「さあ? 美味しいと思っている方がいるというだけですので、私がそれを保証するものではないですからね」
と言いながらもしっかりと出汁からとってくさとりはいいやつだよな、ですか。それはどうも。