当方小五ロリ   作:真暇 日間

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41 私はこうして痛みに耐える

 

 筋肉痛で動けない。どのくらい酷いかと言うと、指先を動かそうとすると指から手、手から前腕、前腕から上腕、上腕から肩、肩から背中と胸、そして胴体、胴体から下腹部と首、首から頭、下腹部から太股、太股から下腿へと痛みが走り抜け、その痛みについ悲鳴をあげてしまうと声帯の振動が喉を伝って首だけではなく胴体まで痛み、痛みに耐えようとお腹に力を入れようとするとお腹から胸、そして隣接する筋肉を伝って全身が痛むため全く動くことができないくらいに酷い状態だ。

 ……今なら私、この身体を治してくれた相手に信仰心を捧げられそうだ。ディアンケトやアスクレピオス辺りにならいける。

 まあ、実際にはアスクレピオスは神ではないのだけれど。アスクレピオスは神の元に行くはずの死人すらも生き長らえさせてしまっただけの人間であり、何度も言うが神ではない。

 特に西洋における神格とは、神であるがゆえにそれは神である、と言う定義の元にされている。日本のように長く存在したものが神になる、と言う考え方とは無縁。それは西洋の宗教感では当然のことであり、一神教であろうと多神教であろうと変わらない。

 また、神以外が神になるにはそれなりの理由が必要だ。元から半分神の血をひいていたりだとか、竜を殺すことでそれまでに竜が喰らった神性を奪い取ったりだとか、戯れに神から与えられたりだとか、基本的に神になるのにも神が関わる。

 日本神話……正確には神道を初めとする神話形体では、神となるのに必要なものは多くない。なにしろ神として崇められることがなく、存在を知られておらずとも神へと変ずる存在もいれば、どれほど信仰されていても神になることのできないものもいる。存在を始めて三日と経たずに神になるものもあるし、千年生きても神にはなれない妖怪変化もいる。神に成るのに絶対に必要なものが存在しないのだ。

 だからこそ、そうして神が増えるのが当たり前である日本神話圏では神を身近に感じるのが当たり前であり、人間と言う矮小な存在が神を殺したり封じたりという話が非常に多い。神が絶対的な存在でないがゆえにそう言った話があるわけだ。

 

 ……つまるところ何が言いたいのかと言えば、私の信仰程度で何かが変わるわけがないと神は思うだろうから恐らく神に祈ったところで意味はない。そんなことに時間を使うくらいなら解決策を考えた方がよほど有意義だ、と言うことですね。

 そう言うわけで解決策を……あー、最後に神格の完全憑依なんてやったの千年単位で昔のことだから薬をどこにやったか忘れてしまった。あの貼り薬はよく効くのだけれど、張られたその時が地獄。痛み止ではなくちゃんと身体を治してくれる薬なので重宝していたのだけれど……と言うか、なにぶん作ってから日が経っていますし、効果が保たれているかどうかは首を傾げざるを得ないところ。だったら新しく作り直した方が早いかもしれない。

 薬草……そういえば残りもあまり多くないし、また取ってこなければいけない。薬膳料理やカレーを作るときにもいくつか使うし、減りはなかなか早い。カレーに使える物は多くないけれど、旧灼熱地獄の一部には罪人の血と怨念を吸って育つ燃えない植物があり、その実は加工方法次第で様々な味を出す。それを使えばカレーを作ることだってできる。

 

 今でなければ。

 

 ……今? さっきも言った通りに筋肉痛で動けませんし、他人の体では上手く扱えません。故に無理です。泣きますよ? 痛みで出せない悲鳴の代わりかってくらいにぽろぽろ涙流して泣きますよ? いい年した妖怪が思いっきり泣いちゃいますよ?

 あ、そこにこいしを呼ぶのは駄目ですよ? 顔中唾液まみれになるようなことはちょっと。

 

 ……それはそれとして、どうしましょうかね、この状況。

 薬はない。身体が自然に治るのにかかるのは恐らく数週間。まともに動けるようになるまでと考えても最低五日。ペットたちの世話はペットたち自身にやってもらっているし、わからない所があったら私が想起で直接指示を出しているから今のところ問題は出ていない。ただ、フランとこいしはとても詰まらなさそうだ。

 特にこいしは私の想起を受け取ることができない。会話をしようとしても会話にならないのだ。

 ずっと私のベッドの隣にいるのはわかっているけれど、こちらから話しかけることはできない。なぜなら口を開けようとした途端に口から顎、顎から首、首から胸と痛みがどんどんと広がっていって話すことができないから。今は口を開けても悲鳴しか出てこないという自信がある。

 

 ……できることもありませんし、眠っておきましょう。筋肉痛と言ってもこれ身体だけでなく魂の器にも若干ガタが来ている状況ですから、時間経過が一番いい薬なんですよね。ほんと。

 

 

 

 ■

 

 

 

 さとりお姉さまは、今見ているだけでも少しずつ小さくなっていっている。最初は昨日と同じ大きなさとりお姉さまだったのが、今では初めて見た時のさとりお姉さまに近くなっているように見える。きっとこのまま暫くするといつものさとりお姉さまに戻るんだろう。どのくらい時間がかかるかはわからないけど、ここには私を閉じ込めようとする奴なんていない。あいつも来ないし、私はとっても自由でいられる。

 

 ……けど、自由だからって何でもやっていいわけじゃない。私は自分がさとりお姉さまの住むこのお家を壊したくないし、私の狂気がここを壊そうとしたら頑張って止めたいと思う。もしできなくて壊しちゃったら―――ちゃんとさとりお姉さまに謝ろう。

 

「……まあ、いいんじゃないかな。うん、合格点」

「あ、こいしだ。いつから居たの?」

「ずっと。お姉ちゃんが小さくなり始めて、動けなくなっちゃってからずっと私はここにいたよ」

 

 ゆっくりと息をしているだけでも苦しそうなさとりお姉さまをじっと見つめながらこいしは言う。無意識の中にずっといるって言ってる割には、こいしってさとりお姉さまの近くにいることがすっごく多いよね。

 

「こいしもさとりお姉さまが好きなのね」

「大好きだよ。うん、大好き」

「私もさとりお姉さまのことが大好きだよ!お揃いだね?」

「―――ふふっ……そうだね、お揃いだぁ」

 

 やっと眠ることができたさとりお姉さまを起こさないように静かに笑い合う。私の閉じ込められていた地下室には色々なものが置いてあったけれど、こうしてお話しできる相手だけはどこにもいなかった。だから、こいしとこうやってお話しできるっていうことがとっても楽しい。

 きっとこれは普通のことなんだと思う。誰もがやって当たり前のことで、誰もができて当然のこと。だけど私はそんな当然のことをする機会も持っていなくて、こうしていざ話をしようとするとどうしていいのか少しわからなくなってしまう。

 

「―――お姉ちゃんはね。とっても優しいんだ」

 

 こいしから、ぽつりと言葉が溢れ出す。無意識に話し始めてしまったみたいに、ぼんやりとさとりお姉さまを見つめながら話は続く。

 

「お姉ちゃんは、誰よりも心が強いの。精神で生きている妖怪の強さが本当に精神の強さだけで決まるなら、この世のお姉ちゃん以外の全員を相手にしたって負けの目が見えないくらいに。

 ……だけど、そのせいで他人が自分を見てどう思うか、っていう予測をしたときに、自分を基準にして考えちゃうといっつも規模が大きくなりすぎるの。

 ちょっと驚かせて威嚇するためにって言ってノアの洪水を遺伝子の奥底に眠る記憶から呼び覚まして陸上で相手を溺れさせちゃったり、ちょっと恐怖を覚えてもらうって言って超巨大隕石が直撃した瞬間の地球の記憶を想起して精神崩壊させちゃったり……能力が強すぎることもあって、いつも弱いほうに弱いほうに抑え続けてきてたんだ。だって、あんまりたくさん怖がらせちゃって自分の周りから誰もいなくなったら寂しいもんね」

 

 ふと、さとりお姉さまが一人っきりでこの場所―――地霊殿で生活しているところを想像してしまった。一見何も変わっていないように見えたけれど、今のさとりお姉さまと違って表情が全然動いていなかったし、その無表情もなんだか少し寂しそうに見えてしまう。

 ……うん、やっぱり一人は寂しいよね。

 

 こいしは膝を抱えたまま、私に視線を向けた。

 

「……私は、いつまでもお姉ちゃんと一緒にいるよ。無意識に出かけて行っちゃっても、絶対に私はここに戻ってくる。

 ……フランも、たまには来ていいよ。お姉ちゃんと一緒に歓迎してあげる」

「……いいの?」

「いいよ。私に何かできるわけじゃないけどね」

 

 ぴょん、と椅子から飛び降りて、こいしはどこかに行っちゃった。私はさとりお姉さまのことをじっと見ながら、少しだけ頬を緩ませた。

 


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