「こうして直接顔を合わせるのは初めてになるのでしょうね、古明地さとりさん。豊聡耳神子と申します。あ、これお土産です」
「存じあげていますよ、古代の為政者であり聖人である聖徳太子さん。もう知っておられるようですが、私は古明地さとりと申します。これはご丁寧にどうもありがとうございます。……最中ですか。よく作れましたね」
「このくらい出来ずして何が聖人ですか」
「聖ジョージにでも謝ってきてください」
「なかなか酷いですね……ですが、会えるのなら構いませんよ?」
「では天界へのホットラインから呼び出しますので少々お待ちを。聖ピエトロか聖アンデレあたりが出たら少し時間がかかる上に大人数になるかもしれませんが―――」
「あ、いえ、すみませんでした」
私と彼女の挨拶はこのようにして幕を開けた。まあ、お互いの初めの意思の確認が主体なのでこんな掛け合いでも問題はない。
まず、今回の会談に乗り気なのかどうか。また、相手の自分への意志はどのようなものかを確認する。彼女は私に対して利用したい、取り込みたい、そのためにはまず近づきたいという思いを持っています。ですが私は少々手厳しく返すことで『貴方達と必要以上に付き合っていく気はない』と言うことを示しました。
それに、彼女はどうやら相手の欲の声から心をある程度読めるようですが、私の場合は私の欲や感情の声を無駄にしないようにと全て私が食べているため聞き取る事はできないのでしょう。私の言葉の裏が取れないためにやりにくさを感じているようです。
まあ、それを狙っている私が言えることではないのですけれど。これもまた交渉術といえるでしょう。普段からこういうことをしてばかりいると嫌われてしまいますけどね。
ちなみにですが、天界ホットラインでかつての大聖人たちを呼び出せるかと聞かれればそれはノーです。できるわけないじゃないですか常識的に考えて。ただ、ホットラインで話すことはできますし、そうやって話した結果であちらがこちらに興味をもって勝手にやってくるということは十分に考えられることではありますね。新約聖書の皆さんは基本的に気安いというか軽い方が多いので。
そんな彼らも彼らが父を罵倒されると簡単に切れたりしますけれど、それについては仕方がないでしょう。人生をかけて信仰した彼らが造物主を罵倒されてしまえば大体の方は怒るでしょう。布都さんの前で神子さんを罵倒するのと似ていますね。すぐ切れるのが簡単に予想できる。彼女は何というか、子供なところがありますからね。すぐ火をつけたがりますし。
あ、もし地霊殿に火をつけようとしたら八雲を敵に回してでも殺害しますのであしからず。自業自得、悪因悪果、因果応報等々そういうことを表す四字熟語は多いですが、そういうものですね。
つまるところ、やったことには責任を持て、ということです。TRPGのパラノイアじゃないんですから。
「それで、その聖徳太子さんが一体何の御用でしょうか?」
「大したことではありませんよ。私がここに来たのはあなた方よりも遅い。ですから先住の方々にご挨拶を、と思いまして」
「ついでに戦力調査と素行調査、あわよくば宗教勧誘ですね」
「……」
「ええ、まあ、覚妖怪ですから。宗教家であり為政者でもあるあなた方の考えることはいつも変わりませんから、今の貴女のように読心に対する策や術を使っていても察すること自体はできるのですよ。読み切れる、とは言いませんがね」
「……なるほど。流石は賢者に恐れられ、巫女に畏怖される大妖怪と言ったところですか」
「あなたも私の思考は読めなくなっているでしょう? 私のこれは術ではありませんから揺さぶりをかけても緩みませんよ。あと、私はそんな大妖怪と言われたり恐れられたりするような存在ではありませんよ」
これは事実であるはずだ。私を恐れる妖怪よりも、聖人であり古代の劣化の少ない術を使う聖徳太子を恐れる妖怪のほうが多いだろう。なにしろ私はただ心が読めたり幻覚を出したりできるだけの妖怪ですしね。実際にはあの炎なども究極の思い込みの産物によって実際にあると勘違いした相手の身体が勝手にダメージを受けたのに合わせて幻覚でそれを補強することで傷をより深刻化させているだけですしね。まあ、赤子くらいならそれで殺せますし、ある程度の経験をしてきただろう者たちに使ってやればそれだけで壊すことも可能といえば可能ですけど。
……可能だからと言って理由もなく実行したりはしません。実行するとしたらそれなりの理由があってのことでしょう。どんな理由かはその時になってみなければわかりませんが。
「ところで、あなたは
「ええ、そうですが……」
なるほど。では外で盗聴用の術式を仕込もうとしている彼女とは意見を異ならせていると考えていいのでしょうね。では邪仙に簡単な注意を飛ばしておきましょう。仙人と言うことですし、一般的な人間に比べていくらか精神的に強靭であるはず。霊夢さん……は、あれは別格。守矢の風祝……は、半分神だから除外。白黒サポートシーフは……確か普通の魔法使いを名乗ってはいるけれど種族的には人間とそう変わらないはず。では彼女の精神耐性を基本として内容を決めましょう。
彼女は邪仙であり、死体弄りをよくしているはず。彼女には人間の死体などを見せても喜ぶばかりでしょうし、意味がない。ではどうするか。
…………彼女の感情を全て喰らい尽くしますか。喜怒哀楽も何も感じなくなり、生きるために生きるような機械的な存在にしてしまえば―――おっと、その前に確認しておきましょう。彼女の記憶の中には目の前にいる聖徳太子の姿があるようですし。……なぜか男性ですが。
「もう一度聞きますね。いま、この地霊殿に盗聴と探知妨害の術を仕掛けて回っている霍青娥と言う邪仙が居ますが、彼女と貴女は本当に何の関わりも持たないのですね?」
「―――すまない。それは私の友人だ。何をするつもりでここに来たのかは知らないが、できることなら穏便に返してやってほしい」
「盗聴の術を仕込まれて何もするなと?」
「私でよければ解除を―――」
「貴女では駄目です。私が心を読むことができる相手で、かつ彼女の残した術を全て残さず解除できる者でなければ」
普通に考えて、心が読めない相手に実際にしたかどうかのわからない相手方の策を解除させるなんてことができるわけありませんよね。私は普通に読めているんですが。
ただ、ここであえて読めないと言わずに相手に勘違いさせるように話したのにはわけがある。聖徳太子に、この程度の術を使えば私の読心に対抗できると思ってもらう。そう言った正確ではない情報を持って行かせることが必要だった。
ただ、今の彼女には私が言っていることが事実かどうかはわからないだろうし、そのまま鵜呑みにすることはないだろう。彼女は為政者であり、豪族同士の間に一時期とはいえ君臨していた存在だ。このくらいの腹芸なら呼吸するようにこなして見せるだろう。
それが、力の無い者の恐ろしさ。演技と腹芸、そして人間を率いるということに特化した、いわばカリスマ。それによって他者を率いるということを常態と変わらなくしている。それがまた実に面倒臭い。
「……やれやれ。それでは代案はないようですので、こちらで何とかしますね。霍青娥と言う邪仙は暫く預かりますが、傷一つつけずにお返ししますよ」
この地霊殿で見たことも聞いたことも感じたことも、そもそも地霊殿に来たことも忘れているかもしれませんが……という言葉は胸にしまっておく。わざわざ彼女にそんなことを伝える必要はないし、伝えて暴れられるのも、気付かれて不信の目を向けられるのも、敵対されるのも、面倒極まりないですからね。
ただ、私の言葉から何らかの反撃は行われると理解はしたのだろう。表情には仕方ないという苦笑いを浮かべているが、その内側では私を試す機会が来たことに霍青娥に僅かに感謝してすらいるようだ。
仮にも師匠の危機かもしれないというのに、全く本当に能天気なことだ。いくら貴女の師匠である彼女が何度も死神の襲撃を退けて生き延びている邪仙だと言っても、絶対に安全だというわけではないというのに。
私はそういった思考を全く表面に出すことなく、今も術式を組み上げている霍青娥の首を刎ねた。