霊夢さんに勝利。まずは一勝。実に幸先のいいスタートだけれど、次の対戦相手が私を待っている。実際には待っていないんだろうし、おそらくあちらも戦いたくて戦っているのではないのだろうと思うけれど―――
「お、いたいた」
「…………ああ、白黒の盗賊さんですね」
「私は魔法使いだぜ?」
「申し訳ありません。なんと言うか貴女は色々と物を盗んでいるという認識が強くて」
「おいおい、まだお前の所からは何か借りたりはしてないはずだぜ?」
「まだ、と言い切るあたり業が深いですね。あと、地霊殿にある物は大概触れただけで精神に直ちに影響を及ぼしかねない物ですので持って行くのはお勧めしませんよ」
「……ほほう。そいつは興味が出てきたぜ。勝負が終わったらお前んちまで借りに行かせてもらうぜ」
……まあ、トラウマ作りたいならどうぞご勝手に。あれ持ってるだけで発狂しかねないものですから本気で危ないんですけどね。以前私を襲ってきた魔法使いの精神を飲み込んだ物を復旧して読ませてみたのですが、読んだページ数が二桁に入る前に発狂して自殺しましたし。私の精神の中なのでそのあとも何回か直して別の本を読ませてみましたけどね。
ちなみにこうして話をしていると言うのは、単なる戦闘前の会話というわけではない。これには実は少しだけではあるが意味がある。
そう、ネガティブキャンペーンである。
もし、食中毒を大量に出した食堂があるという噂を聞いたとして、その食堂で食事をしたいと思う者はいるだろうか。あるいは、医者が駆け込んでいく所を見たという噂のある娼館に行こうと考える者は居るだろうか。大概の者はそんなところに行きたくない、と考えるはずだ。自分に被害が来ることでもあるし、身を守るために危ないところに近付かないというのは動物の本能の一つであるともいえる。そう考えて当然だ。
しかし、その食堂が実際には食中毒など今まで一度も出したことがないとして……一度流れてしまった噂を駆逐してそれまで通りに営業を続けていくことができるだろうか?
―――否。断じて否、だ。
人は情報に踊らされる存在だ。どんな小さな噂でも、いつの間にかその話は大きくなって相手を蝕む。その対象が今まさに神聖視されようとしているところであったり、ある程度の権勢を誇っていたりすれば完璧だ。誰もがとは言わないが、多くの者がその噂に振り回されてそれまで信じていた相手を見放し、そのとき一番手近にいた、その信仰対象だった者と敵対している誰かに信仰を捧げるようになる。
……希望を失った人間は、目先の事にしか囚われなくなる。今の生活を続けた結果のことを考えなくなるし、そうして信仰を移した相手を信仰し続けた結果としてどんなことになるかを考えもしない。まるで、知恵の無い動物と変わらなくなってしまう。
私はそんな人間が、嫌いではない。愚かで、矮小で、考えの足らない、塵のような、有象無象と言えるような人間は……私は大好きだ。
「……おいおい、お前、笑えたのかよ」
「勿論です。私は楽しければ笑いますし、悲しければ泣きます。嬉しければ喜びますし、イライラすれば怒ったりもします。当たり前の事でしょう?」
現状の人間たちにとってそのことが一般的なことであるかどうかは置いておいて、私は普段における事であれば極一般的な正論を彼女に返す。白黒の盗賊……人間代表の魔法使いに。
……今回の私は無宗教。いつもの私と変わらない、というところ。基本的に何かを信仰するといったことはしないで、必要な時に必要なものをあるところから引っ張り出してくるのが私のやり方だ。
そして初撃。私は突撃しながら撃たれる弾幕を全て暴発させて相手を巻き込む。見事にカウンターとして決まったその攻撃に、周囲の人気が私に集まる。その流れに気づいたのか白黒魔法使い(ただしサポシ)はスペルカードを全員に見せつけるように掲げ―――
「だが使わせない」
「恋hってこらおい発動時に手からスペカ叩き落すとかありかよ!?」
「無しというルールは聞いておりませんので」
「お前予想以上にゲスいな!?」
私はゲスではない(無言の腹『星熊右拳』)
「ごべぁっ!?」
「えっと……なんでしたっけ?」
「ぉ゛……ぁ゛あ゛……」
「えい」
背中、と言うより腰。脊柱と体側のやや体側寄り。彼女から見て右側の部分を『茨木脚撃』を使い踵で踏みつける。そこには肝臓という器官があったような気もするが、とりあえず破裂したり使えなくなったりはしない程度に加減しつつ呼吸が一時的に止まるように打ち付けた。まあ、初撃に『星熊右拳』が入っているのだから呼吸はしばらく復活できないと思うけれど……それでも攻撃はしてくるあたり本当に最近の人間生まれの怪物たちは打たれ強いのが多い。
なんとか箒を操ってその場で回転し、私を弾き飛ばそうとする彼女だったが、私はそうしようとすることを知っていたので離れておいた。まあ、今のは一応カウンターを取ろうとすれば取れなくはなさそうだけれど、この状況で追撃は
私の狙いはそこにある。
……とはいえ、まだ早い。まだ必要な量の希望は集まっていないし、キーとなる彼女もこの場にいない。特に鍵がこの場にいないことが一番の理由だ。
「さて、さてさて、さてさてさて……気分はいかがです? 格闘戦なら勝てると思いましたか? 弾幕ごっこで勝てないからともっと純粋な地力の差が出やすい弾幕格闘なら勝ち目があるとでも考えましたか?
残念ながら、私とあなたでは経験が違いますよ。せめてあと三百年は生きてから出直しておいでなさいな」
まあ、純粋な砲撃系魔法使いを目指す限り三百年どころか一万年過ぎても届かないとは思うけどね。かつて悪魔の魔法を呪術と定義したうえで数回反射させてから跳ね返して異なる神話において太陽神と呼ばれた悪魔を炎で消し炭すら残さずに焼滅させたこともあるし、どうしても私に何とか攻撃を届かせたいなら出力を上げる方向ではなくて術式として意識を持たない自動性を持たせる必要がある。
本人に繋がっていればそこから辿って操作させられるし、繋がっていなくとも精霊やそういう存在に制御させているのなら術式を捻って無効化させればよほど好かれていない限りは無効化できるし、好かれていても精霊を滅ぼすことはできる。私が干渉できないのは『制御を離れた完全自動の術式』のみ。自律型なら読み取って解くこともできるけれど、完全自動は流石に無理だ。干渉しようがない。
あるいは制御していない魔法や広範囲無差別攻撃ならば関係なく私に効果がありますが、そんなものをこんなところで使っては観客を纏めて敵に回すことになる。宗教家達は特にそうした方法を取るわけにはいかなくなる。
その点、私の能力によって生まれたこの桜は、対象を限定すればそれだけで効果範囲を決めることができる。
西行妖の花びらは、知らない者からすればただの花びらでしかない。つまり、人里に住む多くの人間たちにとってこの弾幕はとても美しいものでしかないし、実際に彼らに当たったとしてもただの桜の花びら程度くらいしか影響はないだろう。皮膚に当たって痒い、程度だ。
だが、西行妖の実物を見た白黒シーフはこの花びらに当たれば不味いと思う。そしてこの光景から僅かに存在しているトラウマと不安と恐怖を私が呼び出し、接触すれば激痛と触れた所が消し飛ぶか塵となるか形はそのまま死ぬかと言う幻覚を見る。
限定的に影響を与えることのできる弾幕は中々に使い道が多い。ちょっとマゾっ気のある天人にそのお目付け役を十数人ほどまで増やして一方的にお説教すると言う精神攻撃などにも使えますしね。
あ、ちなみに図書館住まいの大図書館にやるなら桜の花びらが全部千切れた本のページになります。
グレイズしながら距離をとろうとする白黒シーフの移動を妨害。グレイズではなく直撃させ、いくつかの効果を発動。
今、彼女の頭の中では色々なものが流れているはずです。
彼女の初恋の相手に対する、子供ながらに精一杯のアピール。(ただし伝わっているとは言ってない)
ふとした時に出てきてしまう昔々の乙女思考。
自らの魔導書に残してしまった黒歴史。(メルトダウンってなんなんd(ry)
その他にも色々な失敗や恥ずかしい経験等々───
「オィィィィ!!」
「精神攻撃は覚のたしなみですので」
「性格悪すぎんだろお前よぉぉぉぉ!」
「はて、私としては喜んでいただくために綺麗な弾幕を張ったつもりなのですがね。対象は観客の皆さんですが」
「私への配慮は!?」
「していますよ? 痛くはないでしょう?」
「心がいてえよ!」
「ちなみにその羞恥の感情、美味しく頂いています。甘酸っぱい爽やかな恋心や、ひたすらに甘いけれどくどくない乙女心。そして非常に香ばしく後味がしっかりとしている黒歴史が素晴らしい」
「やめろぉぉぉぉぉ!頼むからやめてくれぇぇぇぇぇ!!」
「悲しいですが、これも勝負なのですよ」
「もう私の敗けでいいからやめてくれぇぇぇぇぇ!!」
言質は頂きました。わざわざこれほど鮮烈な感情を奢ってくださり、ありがとうございました。
「ところで、道教の仙人で一番小さい彼女がどこに居るか知りませんか?」
「あ? あー……あいつか。悪いが知らね」
「そうですか」
『小さい』と聞いて一番最初に胸が出てくると言うのは女性としてはどうなんでしょうね? 私としては構いませんし、実際背も胸も一番小さいようですから。