当方小五ロリ   作:真暇 日間

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無意識少女は巻き込まれ、仙道少女は追われ始める

 

 古明地こいしは無意識に棲む。姉に関わらないことでは大概無意識に行動し、姉に関わることだったとしても八割近くは無意識である。

 そんな無意識で動く彼女は、無意識の中に居るがゆえに多くの者に気付かれない。気付かれるには余程強く彼女の事を思うか、あるいは子供のように純粋無垢な心を持つ必要がある。そうでなければ無意識の中に棲む彼女を見つけることは至難の技だ。

 

 ……つまり。例えば古明地こいしが宗教戦争の見物をしていて、その時に偶然誰かの放った大技で広範囲が炎に包まれ、偶然にも近くにいた古明地こいしに炎が当たって火傷を負ってしまったとしても、その事に気付くことができる者はそう多くはないということである。勿論気付かなければ技を中断させることもなく、またそれを治療しようとする者もあらわれるわけがない。

 そしてそんなことが起きるとすれば、それは広範囲かつ自身でも広がる範囲のわかりにくい技でなければならない。基本的にはそんなことは起きないし、大体の戦闘者は自身の技の効果範囲をしっかりと把握している。効果範囲が広くても制御さえしっかりしていればだれかに当てるようなことはない。

 

 ……さて、ここに仙人としては目覚めたばかりで自身の能力の制御がまだ甘い尸解仙を自称する道士がおるじゃろ?

 そしてこっちには無意識で宗教戦争を眺めているこいしがおる。

 

 これを(布都人気100%)

 こうして(ラスワ発動)

 こうじゃ!(火の海)

 

 こうなった結果として、古明地こいしと呼ばれる少女は火傷を負い、そして覚妖怪(姉)はにっこり笑いながら半分キレつつ探し人ついでに人気集めをしているということじゃ。

 もしもその道士が、姉の覚妖怪に見つかってしまったのならば……どうなるかは神すら知らぬことだろう。ただ確実に言えることは、その道士は間違いなくまともな死に方はできないということだ。

 

「……」

「あはは……」

「なに笑ってんですか(社会的に)殺しますよ」

「うちの布都が本当に申し訳ないことをいたしました」

 

 そんな理由があったからこそ、聖徳太子、宇宙を司る全能道士は目の前に居るすさまじい笑顔をした少女に平謝りしているのだ。

 古明地さとり。豊聡耳神子にとって数少ない『苦手な相手』。力で勝てないとは思わない程度の力しか感じることはないが、しかしそもそも根本的に勝つことはできないと思わせる何かを持っていると感じさせられている。

 神道の神を排し、自らが神になろうとした豊聡耳神子にそのようなことを思わせる相手というのは非常に少ない。そのほんの僅かな例外こそが、古明地さとりであった。

 また、今の彼女は本気で怒っているのが神子にも伝わってきている。普段なら全く伝わってこない感情が、まるで濁流のように押し寄せてきている。欲の声として彼女の声を聴くはずが、内容が明らかに筋者のような口調で話しかけてくるほどに。

 

『おうおう姉ちゃん、あんたんとこのちみっこがうちのモンに火ぃ付けていきよったんよぉ? それで火傷までしてよぉ? あんた一体どう落とし前つけてくれるんや? お?』(意訳)

 

 はっきり言って、神子の背中は今まさに冷や汗で大変なことになっていた。

 無数の欲を聞いてきた。その中には当然と言うか、復讐心に満ちた欲も存在する。そんな欲であろうとも全てを食らい尽くしてきた神子であったが、今のさとりほど強力な意思に満ちた復讐欲とでも言うべき欲の声を聞かされたことはない。できることなら全力でこの場から逃げてしまいたとすら思うが、そうなったら自分に付き従う布都の身が危険に晒される。幸運なことにさとりは理性的な妖怪であり、復讐相手以外に力を積極的に振るう姿勢ではない。そうでなければ八つ当たりで自分は大変な目にあっているだろう。

 

「大変な目に遭わせて差し上げましょうか? 幻想郷には妖怪に犯されて孕んだ娘もいます。それを苦にして自殺した者もいます。そんな彼女たちの記憶と経験をこの場で想起すれば、追体験できますよ? 軽い触り合いで少し怖いと思ってしまうような方には少しきついかもしれませんが」

「全力でお断りいたしますよ」

「断るのは構いませんが、そう言うところから慣らしていかなければいつまでも変わらないのでは? まあ、流石に初めからそれはきついでしょうから、もう少しソフトに……お相手は貴女のお嫁さんたちということでいかがでしょうか?」

「お断りいたします」

「怖い、ですか?」

「貴女が言うと本当にそう聞こえるからそういう冗談はやめてください」

 

 にこにこと笑いながら、片方は冷や汗を隠し、もう片方は怒りを隠す。片方は感情を隠しきることに見事に失敗してしまっているが、それでも笑顔は崩さない。

 その怒りを向けられている方は相手が何をするつもりかわからずにやや不安になる心と、自分の部下への心配といった多くの感情を隠さなければいけないことを強いられ、まともな戦闘よりもはるかに精神を削られていた。

 

「まあそう言うわけで、貴女の所の放火魔は何処へ?」

「さて、私の通った場所の後始末させていますから、その通りに来ているのでは?」

「後始末……つまり、全てを灰燼に帰すことで手に入れた人気や希望が他者の手に渡ることを防いで」

「違います」

「おや、それではいったいどのような?」

「私がこうして宗教戦争などということに興じている理由の説明をしてもらっているのですよ。貴女には私が説明いたしましょうか?」

「人間たちの精神状態の異常からくる不安定を取り除くためという内容でしたら知っていますよ。宗教者とはつまるところ民衆の不安に付け込む職業ですからね」

「言い方が最悪なんですけれども。違いますよ? 確かにそう見える側面があることは認めざるを得ませんが、実際にはそんなことはありませんからね?」

「ああそうそう、今度は私の方からそちらに伺いますね。貴女方の使う術式と力はおよそ理解しましたので、新しく作られた仙界のような場所へは自力で到達できるようになりましたし」

 

 にっこりと笑顔を作るさとり。そしてその笑顔をひきつった笑顔のような表情で受け止める神子。ちなみにであるが、今のさとりの言葉を意訳すると『家の場所は覚えた。逃げられると思うなよ』であることは言うまでもない。

 その言葉を受け止めることしかできない神子からすれば、文字通りに笑うしかない出来事である。彼女はさとりという妖怪が非常に苦手であったし、今回のことでさらに苦手意識は強まった。もしも次に布都と出会うことがあれば、その額をはたいて説教の一つや二つしてやりたいと思ってしまうほどに。

 

「……ところで、布都の居場所は本人の思考か記憶を読めばわかるのでは?」

「今本人の意識に触れるとそのまま発狂させて道教と貴女の株を凄まじく貶めるような事をさせてしまうと思いますがそれでもいいならやりますよ。と言うかいいならいいと言ってくださいよ我慢してたんですよ私」

「いやあのほんとやめていただけませんか? まさかそこまで我慢していらしたとは……」

「大丈夫ですよ。以前に私の屋敷に色々と仕込んていかれた邪仙も尸解仙も無事に傷一つ無く戻っていったでしょう? 傷一つつけませんよ」

「青娥はあれから暫くぼんやりしていてそれはそれで大変なのですが」

「大変なだけで済んでよかったですね。半身が火傷に覆われていたりしなくて本当によかった」

 

 ……心が読めず、自分達に非があり、力尽くで黙らせることもできそうにない相手。それはとてもとてもやりにくい相手である。

 これがもしも仏教徒等であれば異教徒ということで多少は言い訳も聞くのだが、無宗教、つまり今の人里の存在と変わらない相手であればそうやって責任転嫁するわけにもいかない。

 そして、相手は自分がそう考えるだろうということを知っていて、その上自分達がどこまでなら引けるのかということを雰囲気で察することができる。交渉相手としては非常に厄介な相手だ。

 

「では私はこのくらいで失礼させてもらいますね。それでは」

「……ああ、はい、それでは」

 

 ひらひらと手を振って、さとりはどこかへ飛んでいく。向かう先に視線を向けてみれば―――

 

「……命蓮寺、ですか」

 

 どうやら布都の寿命はまだ持つらしい。今のうちに何とか布都を捕まえて説教しておかなければ……と、神子は思いを新たにした。

 




 
 (-人-)

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