当方小五ロリ   作:真暇 日間

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49 私はこうして希望を掲げる

 

 命蓮寺には三人ほど知り合いがいる。一人はそれなりに好意的であり、一人は私を視界に入れるだけで声も出ないほどに震え、一人は私の存在を本能で察知した瞬間に胃の内容物を地面にぶちまけてそのまま気絶して泡を噴くような関係ではあったが、どんな関係であろうとお互いがお互いのことを知っていればそれは間違いなく知り合いであると言えるだろう。だから私と彼女たちは十分に知り合いだといえる。

 最近になって声も出ないほどに震える方は私を見ても小さく悲鳴を上げて物陰に隠れて私を見つめるだけで済むようになり、もう片方は私に出会っても嘔吐するほどに怖がるようなことはなくなった。おかげで私もこうしてまた命蓮寺に堂々と顔を出すことができるようになったわけで。

 

「こんにち―――」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!?!?!?!?!」

 

 いきなり飛んできた拳の軌道を捻じ曲げて本人の胴に直撃させる。正確には本人でなく繰り手の身体であるのだけれど、雲でできた巨大な拳に殴打された彼女の身体はまるで木の葉のように飛んでいく。吹き飛んだ身体は本堂に飛び込み、床にぶつかって幾度も撥ねながら奥へ奥へと転がっていく。……いったいどれだけの威力で拳を振るわせたんでしょうね彼女は。

 まあ、確かに吐いてはいない。錯乱して私に襲い掛かるようになってはいるけれど、嘔吐したり気絶したりはしなくなった。どっちの方がましかと聞かれると少し迷うところだけれども。

 

 ……しかし、いきなり襲い掛かってくるとは何とも酷い寺ですね。私は今回は普通に情報収集とついでにお土産を渡しに来ただけだというのに。ちなみにお土産の中身はおなじみの地底うどん……の姉妹商品である地底そうめんである。地底のさらに下に旧灼熱地獄があると言うこともあって地底には冷暗所と言える場所が非常に少ない。そのため熟成させるという工程を踏むのに非常に手間がかかっているが、お空に身体を借りて核エネルギーをマイナス方向に向けることで冷暗所を確保。光と熱を常に飲み込み続けるなんとも恐ろしい状態になってしまっているが、吸収された熱はその先で旧灼熱地獄の深部に吐き出されているので暴発することもない。

 そんな手間暇かけて作ったそうめんが、あんな勢いと威力で殴られたりしてはバキバキにへし折れてしまう。それを何とか止めるためには、尼入道と見越し入道を抑え込まなければならない。合気柔術の一つでも学んでいれば私は自分の力だけで相手を抑えることができたのかもしれないが、私にできることは相手に相手自身を抑えさせることだけ。私はまだまだ学ぶことが多いということですね。

 

「それはそうと突然襲い掛かってくるのはどうかと思い―――」

「―――ぁぁぁぁぁあああああああっ!!!」

「―――ますよっと」

 

 襲い来る尼入道と、それに付き従う見越し入道の連撃を操作し、ほぼ全ての拳を彼女の背中に直撃させる。このような連撃を見ていると、つい言いたくなってしまいますね。

 

「―――無ゥ駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」

 

 確かこの技は―――『仏罰の野分雲』。尼入道の持つ技の中でもそれなりに高火力のもので、ある意味では必殺技に近いものでもあったはず。初めの一撃は『懺悔の殺風』で、一撃だけではあるが非常に強力な拳を相手に叩き付ける技のはず。巨人の拳ともなれば一撃があれだけの威力になる理由も十分にわかる。

 まあ、残念ながらそれらの打撃のほぼ全てが彼女自身に向いているのだけれど。

 

 そして呆然とする見越し入道には一言。

 

「『見越した』」

 

 私が見上げすぎて倒れるよりも早くそう言えば、見越し入道という妖怪の性質上、大気に溶けるようにして消えてしまう。残ったものは参道に減り込んでいる尼入道と、私がさっきまで言っていた『無駄無駄』を山彦している彼女だけ。暴力的な事をするつもりなど全く無かったと言うのに、いったいどうしてこんなことになったのやら。

 仕方ないので私は尼入道の身体を操って寝かせられる所まで運び、そして私の能力のちょっとした応用で尼入道の身体に『不死人・迦具夜比売命』を憑依させる。するとあっという間に尼入道の身体の傷が治り、呼吸も穏やかなものになる。さっきまでは明らかに肺に肋骨が刺さっていたとかそんな軽い言葉で済むようなものではないくらいに損傷していたのだが、これでいい。

 

 ……こいしには、使えない技なのだけれどね。

 無意識の塊であるこいしには、自我と言えるものは殆ど存在しない。自我から身体へ辿り、そして効果を及ぼす私の『憑依遷し』ではこいしの火傷は治せない。せめて感情があれば感情を励起させ、組み合わせ、自我のようなものを一時的にでも作り上げることができるけれど、目を覚まさないままではその手も使えない。

 ―――だから、この面霊気の面を使うのだ。

 この面には感情を呼び起こす力がある。眠っていようと、目が覚めていなかろうと、その効果は間違いなく存在するはずなのだ。

 六十五枚の面は未だに面霊気が持っている。だから私は、彼女から面を『借りる』必要がある。もしも貸してくれなければ――――――ころしてでもうばいとる。

 

 ……顔を片手で隠し、息を整え、そして決めポーズ。こんな顔を人間たちに見せてしまっては人気を失ってしまうし、そうなれば目的が遠くなる。けれど今私がやっているように決めポーズをとったり、傷ついた相手を癒してやったりすれば人気がさらに増える。今の人間たちの信仰という物はかくも移ろいやすく、操るに手間のかからないものだ。

 特に今の私には希望がある。溢れ出るほどに多く、濃厚で、眩い希望がある。それは私のものではなくて別人の……人間達の物であるのだが、それを一つにまとめ上げた希望の面と言う存在を知らなければ恐らくずっと私についてくることだろう。その先が破滅に繋がっていようとも、破滅以外に先がなかろうとも―――。

 

 ではそろそろ読ませてもらうことにしよう。龍脈を司る風水師、物部布都の居場所について。知っていればよし、知らなくともここには来ていないということで指標にもなるのでまたよし。問題ではない。

 結果は同じだ。

 

 ……どうやら尼入道は知らないらしい。念のために近くにいた小さな小さな賢将と山彦、寅柄の毘沙門天代理にも話を聞いてみたが、知らないという。ちなみに正体不明には逃げられたが、記憶を漁って知らないことは確認したので問題ない。

 では、次はどこに向かおうか……時間も遅い。そろそろ日が暮れるし、人間はもうそろそろ家に戻ることだろう。仙人に人間の感覚が当てはまるのかはわからないけれど、少なくとも苦手とする相手に対する対応については仙人も人間もあまり変わらないようだった。もしかしたら色々と互換性があるかもしれない。

 サンプルは多いほうがいいが……時間はあまりない。人間ならば体表面の五割が火傷に包まれてしまえば重傷を通り越して危篤状態に近いと言われるが、それは妖怪も変わらない。もちろん阿呆みたいに再生力が高かったりすれば話は別だけれど、こいしにはそんな再生能力はない。実に残念なことに。

 読心の範囲を広げれば簡単に面霊気は見つかるかもしれないけれど、その時に道教の放火魔が範囲に入ってしまったなら間違いなく我慢しなければいけないという思考が働くより早く、それこそ反射というほどに素早く彼女の思考にシュブ=ニグラス一家を放り込んでしまう。それは少々まずいから、わざわざこうして直接この目で見つけようと探しているのに……早く出てきてくれないだろうか。早くしてくれないと自重も何もかも放り出して幻想郷中に読心範囲を広げてしまいそうだ。

 

 まあ、流石にそれは良くないので早めに見つけなければ。そうしないと異変認定されて討伐されてしまう。それはよくない。私はまだ死にたくないし、消えたくもない。せめてこいしをちゃんと治してからでなければ死にきれない。まあ、死ぬ気は初めから欠片も無いのですけれど。

 


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