向かった先は妖怪の山。今回の宗教戦争にはあまり関わらない場所ではあるけれど、本の僅か、新聞を出すという形でほんの僅かだけ関わってもいるのだ。
そう言う訳で私は今、妖怪の山で伝手のある天狗の元に来ている。
「あややや……なんで私のところなんですかねぇ……」
「貴女が一番早く、その割に内容としては正確な新聞を書くからですよ。恨むのならば自分の日頃の行いを恨みなさい。それに、今の私にはそれなりに人気が集まっていますし、私で号外でも出せばそれなりに売れると思いますけれど」
「ぐぬぬぬ……何が目的なのですか」
「勝手に写真を撮って、勝手に新聞にした分を情報として徴収しに来たのですよ。ちょっと今冗談とかを言っている余裕がないもので」
「―――ほほう? 何かあったのですか?」
「こちらから来ておいて申し訳ありませんが今ちょっと余裕がないですから―――触れるなら細心の注意を払ってくださいね」
どうやら私の本気度がわかったようで、笑みが見事にひきつった。これ以上不用意につついたら死ぬと思ったらしく、言葉を必死に飲み込んでいた。
「大丈夫ですよ。その件に関係のないものまで巻き込もうとは思っていませんからね」
「……それでは私はその件に関係してはいないと?」
「貴女の新聞がその件の原因を教えてくれましたので、正確に言えば関係はしていますがむしろありがたい方ですから安心してください」
助かった、という感情を隠せていない幻想郷最速の伝統文屋から視線をずらし、新聞の内容を確かめていく。このところは多くの号外のようなものが出ているため手間がかかるけれど、幻想郷を虱潰しにしていくのもまた効率が悪い。だからこそこうして高速で作られる号外を見て、時系列順に並べて捜索しているわけだ。
……なるほど。後始末を任せたというだけあって、確かに放火魔の姿は聖徳太子にそれとあまり変わらない場所に見られているようだけれど……この一か所だけ妙だ。
妖怪の山の河童と、放火魔の戦い。放火魔が勝利したらしいけれど、聖徳太子はここには来ていない。だと言うのにあの放火魔はそこに行った。
ついでに、放火魔が最後に大きく戦ったのも妖怪の山で、そこで多くの人気を得ることに成功したらしい。
……まだ、いますかね?
まあいないだろうと思いつつ、私は立ち上がる。これから向かうべき場所も決まったし、さっさと行って行き先あるいは飛んで行った方向だけでも聞かなければいけない。
「……お時間を取って頂きありがとうございました」
「あはは……まあ、聞きたいことは聞けましたし構いませんよ。スクープもありましたしね」
「……そうそう、これは忠告なのですが、新聞にする前の私の写真の第三の目は見ないことをお勧めいたしますよ。小さすぎて恐らく見えないとは思いますが、一応ね」
「? ……まあ、覚えておきます」
「そうしてください」
死にますので。
■
移動した先は妖怪の山に存在する滝の近く。ここにあの放火魔と戦った河童……河の便利屋さんと呼ばれる河城にとりがいるはずなのだけれど……どこだろうか。
きょろきょろと見回してみると、一ヶ所に固まった妖怪達がいる。中心に居るのは色々な商品を地面に敷いた布に並べた河童で、その河童はどうやら周囲の妖怪達に好かれているようだ。
それを、最低限の距離だけ心を読める範囲を広げた中に入れる。もしも突然あの放火魔を視界に入れてしまっても即座に発狂させないようにと言う気遣いのためにそうしているのだけれど、どうもなかなか会わないようなのでやめてしまってもいいような気もする。
そうして心を読めば、その中心にいるのが探していた河童だと言うのがわかる。どうも結構な人気があるようで、人間以外……妖怪にまであの面の効果があるようだと再認識した。これならこいしにも───
……今はいい。まず、人気を集めること。そして面霊気を探し出すことが最優先事項だ。放火魔を誅するのも大切だが、それよりもこいしを治してあげたい。姉としてそう考えるのはおかしいことではない筈だ。
そう言うことで、私は店を出している河童に近付く。記憶を読んでみればわかるが、この河童は人間妖怪問わずに商売相手として見ているようだ。自分に人気がある今は、自分の用意したガラクタがよく売れるのでありがたいとすら思っている。
……なんとも人間らしい妖怪だ。いや、人間らしいと言うよりは、商売人らしいと言った方が正確か。なんともえげつない商売をするものだ。
ただ、それも普段は自身で商売をすることはなく、他人に屋台を貸したり複雑なものを直したりと言う技術で糧を得ているからこそできることだと理解している。自分が今ここで人気を失って物が売れなくなっても、技術さえあれば食べていけると確信している。最悪畑でも作れば食うに困ることはない、とすら。
大昔は土蜘蛛が出す毒で畑を作っても作物が枯れてしまうからできなかったが、今では土蜘蛛は地底に引っ込んでいる。ならば河童の技術で胡瓜畑くらい作れないはずがない。胡瓜以外にも作るつもりではあるようだが、やはり河童と言うことで一番は胡瓜だそうだ。なんとも分かりやすいと言うかテンプレートと言うか……。
「……もしもし」
「ん? ああ、いらっしゃい。見ない顔だね。なんか買ってくかい?」
「喧嘩でも売ってくだされば買いますけどね」
「……なんだい、あんたそっちの方?」
「それと、情報ですね。私の妹に火をつけた放火魔を追っているのですが、どこに行ったか。あるいはどの方向に向かったかわかりますか?」
「んー……なるほど。なるほどなるほど……残念だけどそいつの行き先は知らないね。どうやら道教の頭の後始末をしているようだけど……どっちかと言うと余計に広めてる気もするね。あと、こいつはサービスだ。次来た時にはなんか買ってってほしいからね」
「……火傷の薬、ですか」
「河童は技術職。今じゃ機械弄りが主流になっちゃったけど、本来私達は薬師としての腕の方が高いのさ。新しい材料を探してるうちに薬師から機械整備とか発明とかにはまった奴も多いけどね」
「……ありがとうございます」
「一応言っとくけど、完全に治るとは言えないよ。あんまり広い火傷だと痕が残ると思う。どのくらいだい?」
「左半身、頭から足先までです」
「……あ、ごめん、薬足りないわ。買って……いや、喧嘩するんだったね。賞品ってことでいいよ。火傷は辛いからね」
「……今度、お酒を持ってきます」
「たくさん頼むよ。……それじゃ、やろうか」
河童さんがイケメンすぎて戦うのが辛い。まあ、戦いますけどね。
お互いに構え、そして勝負が始まる。まあ、相手は勝つ気が初めから無く、私もあまり相手を傷つけたくない。となればやることはもうほとんど決まっているようなものだ。
第三の眼に両手を添えて、そして一息。
「『永夜返し』」
暗い夜と輝く月が想起され、周囲を月夜に塗り替える。河童さんは動かず、両手を広げて待ち構えている。
「それじゃあ、薬はあんたの家に届けておくよ」
「重ね重ね、ありがとうございます」
「いいよいいよ。なんと言うかあんたは上客になってくれそうな気がしたからね。そう言うことさ。だから気にすんなって」
そう言って笑いながら、河童さんは月から降り注ぐ光に呑まれていった。初めからスペルカードの宣言もせず、ただ私の攻撃を受け止める。
……心を読んでみても、私を嵌めようと言う思考が見つからない。本当にこの河童さんは妖怪なのか、少し心配になってしまった。
まあ、とりあえず私は彼女にできるだけ害を与えないようにすることにする。そう決めた。
私は倒れた河童さんに頭を下げて、それから妖怪の山を去る。僅かに増えた人気とちょっとした情報を得て、ゆっくりと空を移動していく。
……探し物はいったい何処だろう?