当方小五ロリ   作:真暇 日間

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 前話に短編を投稿しています。まだ読んでいない方はお気をつけください


52 私はこうして彼女を誘う

 

 人里。いつもならば今の時間では誰もが家の中で眠りについている頃だ。

 しかし、それは今現在と言う条件下において適応されない。殆どの人間は一様に仮面を被ったような無表情を崩さない。それどころか疲れを感じていないと言うかのように外に出て、ぼんやりと立ち続けている。

 心を読んでみようにも誰もが無感情にして無感動。こんな場所では食事ができなさそうだし、今日のうちに何度も繰り返したパフォーマンスもあまり意味がなさそうだ。

 だから私は人里に降りてからはただ進む。目的の場所……目的にしている相手がいる場所まで、進む。

 

 希望の無い人間達は生きることにすら疲れを覚え、どうしようもない疲労は生きる気力を奪う。絶望しているだけならばまだなんとかなるけれど、これは違う。絶望しているのではなく、全ての感情が見当たらない。

 けれど彼らは私に視線を向ける。疲れきった人間達は人間としての感情を殆ど失い、動物としての本能で動いている。本能だけで動く相手は扱いやすいし、初めから理性を削り落として意識の端にでも保管しておけば狂気神話の神々を見ても復帰することができるようになる。つまり、私にとって彼等はどこまでも都合のいい観客だ、と言うことだ。

 

 そんな中で、ようやく私の前に目的の相手が現れた。

 

「……」

 

 秦こころ。桃色よりも少しだけ薄いピンク色の髪に、ころころと変わるお面と一切変わらない無表情。探していた相手が、ようやく見つかった。

 

「もしもし、そこのお嬢さん」

「あん!? なんだコラァ!」

 

 先程まで被っていた白い面は突然に怒りを表すらしい鬼の面に代わり、内面から感じる感情も怒りの物に変わっている。面が足りなくなると不安定になると言うのは本当らしく、一瞬たりとも感情が安定していない。

 けれど私は彼女に近付き、腕を引いて抱き寄せる。

 

「わっ!何を───」

「───貴女が欲しい」

 

 私の言葉で、彼女の全てが一瞬だけ止まった。この隙に、少しだけ彼女の意識に干渉する。

 落ち着こうとしても落ち着けないように。緊張や驚愕と言う感情を持続させ、羞恥を増幅し、僅かに存在する喜びの感情をじわじわと増幅させつつ刷り込んでいく。

 片手で引き寄せた彼女の腰を抱き、もう片方の手で顎先を持ち上げて私と視線を合わさせる。こうすることで、私が彼女よりも大きな存在であると思わせる。実際にはそれはほんの僅かなのだけれど、空を飛んでいるなら少し高く浮けばそれだけで事足りる。

 

「───あ、え……え?」

「貴女を私のものとしたいのです」

 

 ゆっくりと羞恥の感情が膨らみ、同時に喜びの感情も溢れそうなほどに増幅される。感情が顔に出ないだけで、内面は人一倍感情豊かな彼女の感情の動きは手に取るようにわかる。

 暴走している間は難しいが、今は私が希望の面を持っているため彼女の暴走は押さえられている。突然の事に、彼女の頭の中では様々な出来事や思考が渦巻いているようだ。

 

 ……交渉の基本。まずは相手を交渉の席につかせること。ただし、その際に自分が下になるようではいけない。最低でも対等に。できれば自分が優位な場を初めから作れるようにしていきたい。

 それから、相手に主導権を握らせず、終始自分が主導する。相手のペースを崩し、自分の独壇場を作り上げること。ただし、できるだけ嘘はつかないようにする。本当のことしか言わないように気を付けつつ、しかし真実の全てを話す必要はない。隠すところは隠す。

 

 ……しかし、本当に表情が変わりませんね。内面は凄まじい勢いで慌てたり喜んだり焦ったりしているのに、表情としてそれが出ることはない。代わりにお面がころころと変わっているのは、それが感情を表しているのでしょうね。『表情豊かなポーカーフェイス』とはよく言ったものです。

 あうあうと言葉にならない音を吐き出し続ける彼女。私は彼女に問いかける。既に知っていることでも、やはり本人に聞いてからのほうがいいだろうし。

 

「私はさとり。古明地さとりよ。貴女の名前は?」

「あ……秦、こころ……だけど」

「そう。いい名前ね」

 

 笑顔を見せ、囁くように誉める。一度良い印象を私に抱かせれば、今のように小さく好感度を上げるようなことを繰り返せば良い。私の場合は特に一度で上げられる量が多いのだし、好感度が高くて悪いことはあまり無い。

 ……時々好意が空回って色々大変なことになってしまったりするような子もいるけれど、それはそれで悪くはない。虫などでは割とよくあることだ。

 

 もじもじと恥ずかしそうに視線を泳がせる彼女だけれど、ちらちらと私の顔を見ることはやめようとしていない。純粋な子供のような存在にこうして汚い技を使うのはどうかと思うけれど、今回はそれでもどうしても手に入れなければならないものがある。

 だからこそ、彼女の思考を少しだけ操って状況を整える。

 

「で、でも、今私は希望の面を探していて……それが無いと人間達から感情が……」

「なるほど。つまり、希望の面があれば貴女は私のものになってくれるのね?」

「いやその……そ、それに私と貴女はまだ出会ったばっかりだし……」

「そうね、出会ったばかり。……つまり、これから私も貴女もお互いのことをもっと好きになれるかもしれないってことね。素敵だわ」

「はぅっ……でもほら私も貴女も女同士で―――」

「生物由来でない妖怪には性別なんてあってないようなもの。船は基本的に女性だし、女性用のものも変化すれば女の形をとることは多いけれど……貴女のようにお面の集合体なら、男にも女にもなれると思うけれど?」

 

 もちろん、私も男になろうとすればなれなくはないしね? と耳元で囁き、そして息を吹きかけると、彼女はぞくぞくと背筋を震わせ、潤んだ瞳で私を見上げる。

 ……ああ、覚妖怪としての本能がこの無垢な娘の感情を余すことなく食らいつくしたいと騒いでいる。妖怪としては当然の思いだが、今はそうする気は全く無いし、恐らくこれから先もそうなることはない。私は恩はしっかりと感じ、報いますからね。一度飼い始めたペットも一度も捨てたことはないですし。

 

 瞳が揺れる。感情が揺れる。彼女の思いが僅かにではあるが間違いなく揺れた。

 それを理解しながら、少しずつ少しずつ、蜘蛛が巣にかかった蝶に自らの糸を複雑に絡みつかせて逃げられなくするように少しずつ、彼女の意識に甘い毒を流し込む。

 

「あ……ぁぅ……」

「……ダメ、かしら? 私のことは嫌?」

「いやじゃ……ない、けど……このままだと世界中の人間の感情が……」

「それさえなんとかなれば、いいの?」

 

 問いかければ、彼女は顔を真っ赤にして目を伏せてしまう。けれど、感情には私に対しての嫌悪感は一切なく、戸惑いと驚愕と少しの疑問、そして喜びの感情が渦巻いていた。

 ここで私が疑問を押し潰すようなことはしない。その疑問を私が直接潰し、本人でもどうしてそこで疑問が消えたのかわからないようにしてしまうと、それは後々更なる疑問を生む。ではどうするか。本人の意識に語り掛けて、本人に疑問を解消させればいい。

 人間も妖怪も、自分の経験から導き出した答えを盲信するものだ。実際には違うとしても、自分にとって大地が平面だと思えば平面だと思ってしまうし、地球ではなく太陽が動いていると思ってしまう。最近では科学が進んで間違った情報が駆逐され始めたけれども、それまではずっと真実がそうだと思われていたわけだ。

 だからこそ、私は誘導するだけで決定するのは本人に任せる。その方が後のことを考えれば楽なのだ。

 

「こころ、と呼んでも良い? それとも『秦さん』の方が良い?」

「えっ……あ、す、好きなように呼んでもらって、いいです」

「そう。それじゃあこころ、って呼ぶわね。……ふふっ。ほんと、感情豊かな貴女に似合ったいい名前ね」

 

 照れの感情。羞恥と、喜色。少しの焦り。まったく、表情として出ていないだけで、態度や瞳には感情の色がしっかりと出ている。本人はむしろ隠そうともしていないようだ。それに、隠し方もよく知らないらしい。

 お面で顔を隠そうとするこころの頬を撫でる。恥ずかしげにいやいやと身体を揺らすが、その程度で放すほど鬼の腕力は弱くない。

 無表情だったせいで感情を読まれることなど一度も無かった彼女は、私に『感情豊か』と言われることに驚きながらも嬉しく思っているようだった。

 

「こころ。私は、貴女が欲しい」

 

 目を合わせ、鼻が触れそうになるほど近付いて、私はそう伝える。ただ、本心からそう思っているのだと見せ付けながら。

 

 そんな私に向けて、こころは恥ずかしそうに、しかし同時に嬉しそうに、小さくこくりと頷いた。

 

 

 

 ───面霊気一名、お持ち帰り。

 

 




 
 いやだってさとりん的には放火魔潰すよりこいしちゃん治す方が急務ですしおすし。

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