当方小五ロリ   作:真暇 日間

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鬼はこうして彼女を知り、怪物少女は怪物となる

 

 多くの妖怪にとって、生きることとは戦うことであった。

 戦わなければ殺される。相手が妖怪であろうが人間であろうが神であろうが、その大原則は変わらない。

 鬼のようにそう言った戦いを楽しむものもいないわけではないが、多くはそういった戦いから逃れようと、勝てない相手と戦うことは極力避けようとして生きていた。

 

 しかし、何事にも例外と言うものは存在する。

 

 その妖怪は弱かった。妖力もそう多くなく、力もそう強くない。

 特筆するべき点はただ一つ。相手の心を読むことができるその『眼』のみ。

 しかしてそのちっぽけな妖怪は、自分にできることの全てを使ってのしあがっていった。

 その妖怪は強くない。妖力は殆ど増えないし、肉体の力も上がらない。普通に戦えば刀を持っただけの人間にさえ負けかねない。

 しかしその妖怪は、負けてはいけない戦いに負けることはけしてなかった。

 

 星熊勇儀は思い出す。その妖怪と戦った時の事を。

 自分の弱さを知っていて、自分の弱さを理解していて、自分の弱さを受け入れている、とある妖怪との戦い。

 弱くありながらも強く、弱点を理解しながら強みも理解し、弱さも強さも全て纏めて受け入れる、弱くて強い大妖怪を。

 

 

 

 ■

 

 

 

 始まりが何だったのかはよくわからない。酒はあるけど出せないとか、今はまだそんなに美味くないとか、酒を美味くするのに時間がかかるから出せないとか、そんな感じの理由だったはずだが、そんな細かいことを覚えている存在はそこにはいなかった。

 そこにあるのは単なる喧嘩……いや、ある意味では蹂躙とも言えるのかもしれない。額から一本の太い角を生やした鬼と、髪飾りから延びた目玉の形をしたアクセサリーのようなものをつけた少女の争いは、一方的なものだった。

 

 攻めるは鬼。右の拳を振りかぶり、一撃で大岩を文字通りに粉砕することができる拳を少女に向けて振り下ろす。

 対して少女はなにもしない。ただじっと鬼の瞳を両の眼で見つめ、その攻撃を避けようとも、まして防御しようとすらしていない。

 このままでは間違いなく拳が当たる。全力ではないにしろかなりの力を込めた打撃だ。受ければ少女の身はただでは済まないだろう。

 しかし、その予想は当たらなかった。少女の指先がピクリと動くと、鬼の身体が勝手に強張り、意識していない場所に突然力が入り、重心がずれ、拳が明後日の方に向かってしまう。

 それだけではない。勢いよく振りすぎたのか、それとも意識していない場所に妙な力が働いてしまったのか、肩や肘に痛みが走った。

 突然のことに鬼は少女から離れるために後ろに跳ぼうと両脚に力を込めるが、跳ぼうとした瞬間に片足だけがかくんと膝から崩れ落ちてしまい、結果として片足だけが地面を強く蹴り、身体が横向きに回転してしまう。

 鬼の鍛え上げられた身体が大地に叩きつけられ、何度かバウンドしながら離れていく。土にまみれながら少女を睨み付ける鬼は、自分を見つめる少女の三つの眼と眼が合った。

 

 鋭い眼だった。普段見ていたような面倒臭げだったりぼんやりしていたりと言う隙などどこにもなく、その身の全てに意識が行き届いている。

 鬼は歓喜に身を震わせる。まさか、こんなところにこんな方法で鬼と戦うことができるような強者が存在するなど、思いもよらないことだったからだ。

 

「いやぁ、お前さんは意外にやるね……もっと弱っちいと思ってたよ」

「弱いですよ。出力は低いし力もありません。ただ、多少小手先の技が使えるだけです」

 

 そう言いつつも少女はふいっと視線を逸らす。気が付くと鬼は少女の視線の向いた方向に顔を向けてしまい、一瞬だけ少女の事を意識から消し去ってしまった。

 そのツケは即座に払わされることとなった。首が瞬間的に回転し、可動域を越えて捻じれていく。それを鬼は自らの手で押さえつけるが、首自体はすでに160°近くまで捩じ上げられていた。

 

「……鬼とは頑丈なものですね。人間ならば死んでいますし、人間でなくとも多くの妖怪は死にますよ、それ」

「……か、はぁ……いや、こいつは効いた……もうちょっと捩じられてたら死にはしないだろうけどしばらく動けなくなってただろうよ」

「そういう風にしましたからね」

 

 少女の言葉に、鬼は確信を抱く。どのような方法かはわからないが、この小さな妖怪は鬼である自分の身体の動きをある程度自由にできると言う事に。

 

「……薬でも使ったのか?」

「主語が『あなたに』、ならば否定します。あなたが飲んだ酒は、間違いなく何の混じり気もないただの酒ですよ。私が少々『美味くなれ』と言う念を込めたことを除けば(まじな)いの方に関しても何の細工もありません」

 

 酒を造る者に対しての最大の侮辱ですよ? と表情をやや不満げなものに変えながら嘯く少女は、きっと嘘は言っていないだろうと鬼は感じた。毒を盛ったならば恐らくそのことを秘密にはしないだろう。少なくとも、毒や薬を使ったかと問われればそこは正直に答えるはずだと、鬼の勘は言っている。

 悪かった、いえいえ、とまたちょっとした言葉を交わし、鬼は少女に向けて蹴りを打ち込む。真正面から撃ち込まれる蹴撃に視線を合わせた少女は、その脚を見つめる目をかすかに細めた。

 

 効果は劇的だった。その蹴りは少女に向かっていたはずの軌道を突然に外れ、急激に上へと向いた。膝の関節が外れた音がやけに大きく響き、鬼はその痛みに眉を顰めながらも追撃する。

 振り上げる方向に軌道を捻じ曲げられた脚を少女に向けて振り下ろし、同時に下からもう片方の足を振り上げる。踵落としと蹴り上げによる上下からの同時攻撃。読まれていようが人間に少し毛が生えた程度の身体能力しか持たないさとり妖怪にはけして避けれないはずの攻撃。

 しかしさとり妖怪は、ほんの僅かに首を横に傾けるだけで動きを止めてしまう。代わりに鬼の脚の軌道が再び変わり始め、少女の傾けられた頭をかすって横に向かってしまい、さらに無理矢理に軌道の変わった脚からは骨が軋むような音がした。

 

「さっきから私の攻撃の軌道が変わるんだが……なんかやってるのかい?」

「やっていますよ。鬼が相手なので加減していませんが、いやはや流石は鬼、筋力だけで外れた骨を接ぎなおしますか」

「このくらい鬼ならできて当然さ。鬼をなめるんじゃないよ」

「呆れただけですよ。……時間がありませんし、早めに終わらせましょう」

 

 少女は呟き、自分の顔の前に指を一本立てた手を持ってくる。

 そのまま指を折り曲げると、突然鬼の身体が宙に浮いて地面へと叩き付けられた。受け身をとる暇も無く突然に身体を叩きつけられた鬼が体勢を立て直そうとするも、それより早く少女の指が手首ごと倒されて鬼の身体は再び大地に叩きつけられる。

 

「か……っはぁ……術とか、そんなんじゃないみたいだね……っけほ……」

「術では効かないことが多いですからね。私のような弱小妖怪の使う術では、鬼の身体に作用させるようなことは不可能ですよ」

「だが、私に効いてるだろう?」

「効かないなら効かないなりにやり方と言うものがあるのですよ」

 

 戦いの始まりから全く変わらない無表情のまま、少女は指揮棒でも振るかのように立てていた人差し指を下から上へと跳ね挙げる。直後に鈍い音と共に鬼の顔面に鬼自身の脚がめり込んだ。

 

「……暫く待っていていただければいいんです。そうすれば納得できるであろう理由を提示します」

「ハッ!ここまで鬼をたぎらせておいて、そんな言葉が通用するとでも思っているのか!?」

「通用しなかったとしても、まずは言葉にしなければ始まりすらしませんよ。覚である私が言うのもおかしな話ではありますが……」

 

 言葉を続ける少女に鬼が襲いかかる。力において勝る者など数える程度しかいないその腕が目にも止まらぬ速度で少女に迫り───逸れる。飛び掛かっていた鬼の身体が突然になにかにつっかかり、そして地面に全身を叩き付けた。

 それまでのように軽くなく、しかも頑丈な背や腕等によって衝撃をいくらか分散できた側面などから落ちたときとは違い、鬼の総身の力で前面からまともに叩きつけられてしまえば、いくら頑丈な鬼であろうとも脳が揺らされる。

 鬼の視界にちかちかと光が瞬き、ぐらりと大地が揺れる。

 

「───やれやれ、いくら鬼だからと言っても少しばかり頑丈すぎるでしょう? 以前戦った鬼はもう少し脆かったですよ?」

「……はは……私は、四天王……だからねぇ…………鬼の四天王……嘗めんじゃないよ」

「嘗めてなどいませんよ。……では、さようなら」

 

 少女は伏した鬼の目の前に跪き、両手でその頬を包むように顔を持ち上げて三つ全ての眼を鬼と合わせた。

 

「───『想起』」

 

 少女の三つ目が怪しく輝き──────鬼は悲鳴の一つも挙げることなく完全に意識を失った。

 

 

 

 ■

 

 

 

 あの時何をされたのか、星熊勇儀はそれを知らない。ただわかっているのは、今のまま喧嘩に行っても同じようにして負けると言うことと、その少女───古明地さとりが少女らしいのはその外側だけであり、中身は見紛う事無い怪物であると言うことだけ。

 本人の言う通り身体能力は低く、霊力等を使える人間が少し鍛えれば十分に勝ちの目が見えるだろう。

 恐るべきはその能力。そして最も気を付けなければならないのは、底知れなさにあると、星熊勇儀は考えている。

 

 

 

 ■

 

 

 

 古明地こいしは知っている。自らの姉である古明地さとりの本質を。

 地底で最も恐れられている彼女の姉は、自らの本質を知っている。しかし、古明地さとりは自身の本質について誤解している。

 

 古明地こいしは知っている。彼女の姉である古明地さとりの本質が『平凡』であると言うことを。そしてまた、その事について本人である古明地さとり以上に理解していた。

 古明地さとりは平凡である。故に、古明地さとりが何をしようとそこに現れる結果は平凡であると言うのが、古明地さとり自身の見解だ。

 しかし、古明地こいしは知っている。古明地さとりの最も恐ろしい部分はその平凡さにあると言うことを。

 

 古明地さとり。彼女の持つ知識には、けして触れてはいけないものがある。それについてはさとり自身もいつからそれを知っていたのかを知らないし、そう言ったものがあると言うことを知っている者は既にさとりとこいしの二人きりである。

 その知識を知ろうとしたさとりとこいしの両親は、その知識の片鱗を見た瞬間に自ら首を掻き切った。そこまで酷いことにはならなかったこいしも、自ら覚妖怪の本体とも言える第三の眼を閉じ、無理矢理に縫い合わせると言う自傷行為に走ったこともある。

 その他にも多くの覚妖怪や読心の法を使うことのできる神仏が、ただ平凡であるはずの古明地さとりの知識を得るだけで自害し、自傷し、狂い死んでいった。

 

 そして、古明地こいしは知った。外から見ればただの少女でしかなく、内面すらもただの少女でしかないはずの古明地さとりが、あんなものを抱え込んだままにただの少女でいられると言うこと自体が異常なことであるのだと。

 たった一つの存在を知るだけで狂うことになりかねない存在。それも、ごく一部の情報を得るだけで狂う可能性を持つそれを、数十数百とその内面に納めたまま平凡であり続けることができる存在。

 古明地さとりとは、そういう存在である。

 

 古明地こいしは知っている。自らの姉が怪物であると言うことを。

 古明地こいしは知っている。自らの姉が平凡を愛することを。

 古明地こいしは知っている。姉の知識を得てもなお、こうしてある程度まともでいられる自分もまた、ある種の怪物であると言うことを。

 

 




 
Q.さとりが勇儀の身体を操った方法ってなに?

A.これ↓

①.相手の心を読みます
②.相手の意識の向いている部分と向いていない部分を知ります
③.相手の意識が向いている部分は操りにくいので、意識の向いていない部分を動かす意識を自作します
④.自作した意識をさも相手が自分で考えた物だと言うように相手の無意識に読ませます
⑤.相手の無意識が誤解して勝手に身体を動かします(無意識で動かしているので加減が効かない)


 指などで色々やっていたのは、自分が動かしたいところから相手の意識をそらして動かせるようにするためです。


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