まったく、本当に厄介だ。
鬼人正邪はそう呟きながら面倒臭げに頭を掻いた。
ある日、実験をした。幻想郷の支配体制をひっくり返すために、一番手っ取り早い方法としてどこかを治めている統治者の性格を反転させようとしたのだ。
その実験のために、正邪は統治者たち……幻想郷の中でもとりわけ力有る者達を調べ、そして白羽の矢をたてたのが地底の支配者である古明地さとりだった。
妖力や身体能力が低いことや、話から聞いたその甘さから対象とすることにしたのだ。他の支配者たちは、効果がないどころか能力の残滓から追跡してきそうだったり、効果がすぐに切れてしまうことが予想できてしまったり、普段が好戦的なので反転させるとむしろ弱体化しそうだったり、そもそも能力の影響範囲に入れることが困難だったり、好戦的になった瞬間に自身が殺されかねないと思ったり、力が強すぎて効果が無さそうだと言う理由で無かったことにされている。
そして実験は中途半端に成功した。確かに効果は出たが、性格の一部しかひっくり返すことはできなかった上に効果は永続しない。その上何かがあったような気もするが、何も覚えていない。
ただ、もう古明地さとりに何かしようと思えなくなった。何かしようと考えるたびに理由もわからないまま全身に震えが走り、丸一日以上眠ってしまうようなことになる。
しかも、そうして気絶した後ではなぜか利用している間抜けな小人の視線が優しい物になっているのだ。そんな視線を向けられるなど、考えただけで気分が悪くなってくる。なんでそんな目を向けてくるのかはわからないし、自分に原因があるとは思えない。だと言うのになぜ私がそんな目を向けられなけりゃならないのか。本当に理不尽だ。
そんな不満も原動力に、私は幻想郷をひっくり返すために日々実験をしたり道具を集めたりしている。あの小人は本当に使い勝手のいい駒だ。私の言ったことを盲目的に何でも信じるような間抜けっぷり。私の言った適当な嘘を信じて日夜無駄な努力を続ける純粋馬鹿っぷり。本当に嗤わせてくれる。
幻想郷の妖怪たちが小人族を虐めたぁ? 小人族は打ち出の小槌の副作用で地獄に行っちまったんであって、妖怪たちに無理やり放り込まれたわけでもなければ誰かの意思が関わってるわけでもねえ。当然、小人族が幻想郷の奴らに屈辱を与えられたなんて事実もなければ復讐する理由もない。
だってのに簡単にそんな大嘘を信じて利用されて、結局お前もかつての小人族と同じように鬼の巣食う世界に行くことになる。私がそんなことを考えてるなんてことに気付きもせず、能天気に笑ってやがる。いつまでそんな笑顔を浮かべてられるかねぇ?
弱者が強者を支配する世界。そりゃあきっと楽しいだろうな。なにしろ弱者は数が多い。弱者の要求を全て叶えようとしたら、数少ない強者なんてあっという間に力を使い果たして消えちまう。結果的に残るのは全体的に弱くなった奴らだけ。
それでもそれまでの事を忘れられないそいつらは、こんどはもう少し弱いけれど強者の中に入る奴を同じように使い潰す。それが繰り返されれば、最後に残るのは弱々しい雑魚妖怪と、そんな雑魚妖怪にも勝てない人間ばかり。
そうなったら後は簡単だ。私がそういう弱い奴らの意識をひっくり返して、強い者が正しい世界に戻してやる。それだけで私は残った全ての物より強くなれる。私が何をしようと止めることのできる存在なんていないし、私に敵対しようとしてもさっさと全部潰せる。ありとあらゆる意味で私は自由に行動できるってわけだ!
なぁ~ンにも知らずに私に笑顔で協力してくれてるお前さんは、本当にいい駒だったよ!
必死に努力を続けているチビを横目に、私は逆さになって眠る。まったく、今日は
■
―――目が覚めると、『私』は自分の行いに身を震わせる。
ああ、私は何ということをしてしまっているのだろう。純粋無垢で可愛らしい針妙丸を利用し、嘘の情報でいいように扱おうとし、それを嗤いながら何もしないでいる。自分は一切努力をせず、ただただ無数の物を利用し尽くして生きていこうとしているのは、それはとてつもない悪の所業。閻魔大王に裁かれ、永遠にも等しい責め苦を受けるべき罪。
けれど、今の『私』は身体を震わせるだけで何もできはしない。カタカタと小さく身体を震わせ、奥歯が打ち合わされる音を一人で聞き続けることしかできない。『私』は私が起きている間は行動できないし、私が眠っている間は身体を休めるために動けなくなってしまう。無理をすれば動かすこともできるのだけれど、その無理の代償は次の日の疲労や気怠さといった形で帰ってくる。それに、もしも私が『私』に気付いてしまえば『私』はまず間違いなく消されてしまうだろう。彼女はそういうことができる能力を持っているし、『私』はそれに逆らえない。
『私』の能力は「全てを正位置にする程度の能力」。私の「なんでもひっくり返す程度の能力」によって『私』がひっくり返されてしまう場合、正位置は私である以上逆位置に当たる『私』が元に戻ることはできないはず。
だから、『私』にできることは―――これくらいしかない。
眠っている針妙丸の頭を撫でる。優しく、これから起きることに対して、何もできない『私』なりの精一杯の気持ちを彼女に。
『私』みたいな存在に、力を貸す気になってくれてありがとう、と。『私』のような存在に力を貸させることになってしまってごめんなさい、と。針妙丸のような子に頼らなければいけないほどに力の弱い私が、そして勇気を出してこのことを誰かに伝えることもできない『私』が最も罪深い。
もしも、だれか『私』の心を読み取り、そして私のやろうとしている異変を妨害してくれる方がいるのなら、どうかお願いしたい。
私の立てたこの計画が、けして成功しないようにしっかりと備えてほしい。幻想郷の主な存在に伝えて、誰もがそれを警戒し、妨害するために動いてほしい。
私の行為は『私』の罪。それは私と『私』が全て受けます。ですからどうか、この小さく可愛らしく勇ありし少女を裁くことだけは―――
『私』はそれだけを祈り、眠っている針妙丸に向けて手を合わせる。針妙丸に祈るのではなく、針妙丸を見ているかもしれない少彦名に。あるいは私と『私』の存在を知ることができた誰かに向けて、静かに祈る。
力の無い私にできる、これが精一杯のこと。
―――誰か、この美しい幻想郷を、守ってほしい。何もできない私の代わりに、私の遺志を継いでほしい。
■
……今日も、正邪は私に謝っていった。昼間の天邪鬼さや乱暴さが全部嘘であるかのように、私が眠っている時にやってくる正邪の手つきはとても優しい。
そして正邪は私を撫でて、何にかはわからないけれど謝っていくのだ。何度も何度も、毎日毎日。
初めにこの事に気付いたのは、偶然に私が夜に目が覚めてしまった時のこと。何かが聞こえると思って目を開けないままその音に集中していったら、それが正邪の声だということに気が付いたのがきっかけだった。
毎日毎日、飽きもせずに私に謝っていく。私にいろいろなことを教えてくれたのは正邪なのに。私に仕返しの機会をくれたのも正邪なのに。それなのに正邪は自分が弱いからと。自分だけでは何もできないからという理由で私を巻き込んでしまったと、そう謝り続けているんだ。
―――私は、きっとこれが正邪の心なのだと思っている。天邪鬼として、あらゆるものに嘘をつき続けている正邪は、誰も見ていない所でこうしていつも誰かに謝り続けている。そう考えると、昼間に正邪に何を言われようと全然気にならなくなった。むしろ、正邪がそうして私に様々な言葉を吐きかけていても、それを微笑ましいものだと思えるようになった。
それはきっと本心ではない。私の嫌がることをして喜んでいるのを『天邪鬼の習性』と言っていたけれど、それが私……と言うか、正邪以外の誰かの前だといつでも発揮されてしまうものなら―――私が夜にこうして聞いてしまっていることが知られてしまったら、きっと正邪はもう二度と私の所に来て謝って行ったりはしないだろう。それがわかるから、私は今もこうして眠っている振りを続けている。
けれど、私からお願いがある。正邪が立てたこの作戦。失敗してしまえば正邪は何をされてしまうのかわからない。殺されてしまうかもしれないし、人間達の欲の捌け口にされてしまったりもするかもしれない。
そうなりそうな時には、私が身代わりになる。私をどんな風に使っても、文句も言わないし逆らいもしない。
―――だからどうか、この素直でない私の友達を、助けてあげてほしい。
私の声は小さくて、誰にも届かないかもしれないけれど、それでも私はこの願いを唱え続ける。
どうか、
鬼人正邪と貴人聖者。どっちを出すか迷ったんですよ。
そしたら、流離のジョースター卿が脳裏に表れてこう言ってくれたんです。
「なに真暇? 鬼人正邪と貴人聖者のどちらを出せばいいかわからない?
真暇、それは無理にどちらかに決めようとするからだよ。
__.. -―─ 、__
/` 三ミー ヘ、_
ゝ' ;; ,, , ,, ミミ , il ゙Z,
_〉,.. ////, ,彡ffッィ彡从j彡
〉,ィiiif , ,, 'ノ川jノ川; :.`フ公)了
\.:.:.:i=珍/二''=く、 !ノ一ヾ゙;.;.;)
く:.:.:.:lムjイ rfモテ〉゙} ijィtケ 1イ'´
〕:.:.|,Y!:!、 ニ '、 ; |`ニ イj' 逆に考えるんだ
{:.:.:j {: :} ` 、_{__} /ノ
〉イ 、゙! ,ィ__三ー、 j′ 「どっちも出しちゃえばいいさ」
,{ \ ミ \ ゝ' ェェ' `' /
-‐' \ \ ヽ\ 彡 イ-、 と考えるんだ
\ \.ヽゝ‐‐‐升 ト、 ヽ、__
\ ヽ- 、.// j!:.} ` ー 、
ヽ\ 厶_r__ハ/!:.{
´ / ! ヽ
わかったよ、ジョースター卿!
ということで、こうなりました。後悔はしていません。