いやしかし、天邪鬼は強敵だった。まさか彼女の策のほぼ全てが漏洩している状態から、あんなところまで食い下がられるとは思わなかった。
初めに起きた道具の反乱の直後、幻想郷の名だたる強者達が名乗りを上げて天邪鬼の討伐に乗り出した。
ある
ある
ある
ある
ある
ある
それぞれの思惑は違えど、目標は一つ。幻想郷の転覆を狙う天邪鬼の思惑を打ち砕くこと。数々の勢力が一時的にとはいえ手を取り合い、戦った。
起きている事象自体はそこまで凶悪な物でも無かったためにそれだけの力を持った者たちが集まるのはどうかという思いもあったが、しかし万が一にも天邪鬼の計画が成功してしまった後のことを考え、誰もが何も言わずに天邪鬼の計画をつぶすために全力で動いた。
こうして天邪鬼の計画は失敗。打出の小槌で動き始めた道具は元の通りに大人しくなり、小人族の末裔は打出の小槌の反動によって文字通りに一寸ほどまで縮んでしまった。
被害としては、勝手に動き回った道具がいくつかどこかに行ってしまったり、突然動き出した道具にぶつかって軽い怪我をするくらいで死人や重傷者は出ていない。
……ただ、本棚の横に置いてある金庫に入れておいた水神クタアトがどこかに行ってしまったのが問題だ。他の三冊───死喰教典儀、無名祭祀書、日本語訳版カルナマゴスの誓約───は普通に金庫の中に眠っていたのだけれど、水神クタアトだけがどこにも見当たらない。
一応探してはみたが誰の記憶にも存在しないし、拾われたわけでもない。そうなると、いまだにどこかに転がっているはずなのだけれど……どこに行ってしまったのやら?
あれはあくまで罠でありセキュリティなので拾われてしまうと不味いんですが……どうしましょうね。
それにあの本に触ると罠が発動しますし、私が誰かにそれを見つけてもらうように頼むわけにも行かない。ある意味詰みと言う奴ですね。
幻想郷は狭くも広い。私が一人で探し当てると言うのは現実的ではありません。しかしあれは本物の魔導書であり、風雨に曝されようと数十年は形を止めたまま在り続けるでしょう。
そうなると誰かが見つけて読んでしまう可能性もかなり高くなる。そしてそれに触れて発狂してしまっては、色々と困ることになるのだ。
……こんなことになるのなら、奥付けに名前など書くのではなかった。大失敗だ。普段から自分の物には名前を書くようにしていたのだけれど、まさかこんなところで裏目に出るとは……!
まあそれはそれとして、解決策はいくつかある。
一つ目。一番最初に誰かに触れてもらい、狂気に堕ちたその人の側に水神クタアトがあるはずなので私が取りに行く。
この方法の問題点は、被害者がまず間違いなく一人は出ると言うこと。なにしろ被害者の位置から場所を逆算して行く訳で、被害者が出ることが前提となっている策で被害者が出ないわけもない。
勿論私がしっかりと治してあげるつもりではあるけれど、正気を失ってしまった者は中々元には戻らない。どうしてもそれまでより正気を失いやすくなってしまっている。
だからあまりやりたくはないのだけれど、恐らくこれが一番楽な方法なのは間違いない。
二つ目。ちょっと本気で読みに行くことで知識と理性のある存在だけでなく、本能しか存在しないただの動物や虫、果ては植物の意識まで探って見つけ出す。
もう少し慣れれば所謂コンピューターの思考も読むことができそうなのだけれど、残念ながら今はコンピューターの思考や記憶を読んだところで意味はない。読めたところで幻想郷ではレトロゲームで偶然の余地を存在させなくするくらいしか存在価値がない。
本そのものの記憶が読めればいいのだが、残念なことにあの本には意識と言うものが存在していない。あるのはあくまでも父なるダゴンを想起させる力であり、ダゴンの意識そのものは存在していないのだ。
それに、力があっても作り上げられてからの時間が足りない。まだたったの数ヵ月。人間ならば床を這って進むことすらできないような時期だ。付喪神になるには時間も経験も足りなさすぎる。
そう言うわけで、本のある周囲の存在を見つける。そしてその場にあるとわかれば取りに行く。それでいい。
三つ目は───これは解決方法と言っていいのかどうかわからないが、フランに協力してもらう事になる。私が新しく水神クタアトを作り、フランの能力の練習と言う名目でその場に無い方の水神クタアトを壊してもらう。
遠隔で、場所のわからない物でも壊すことができるかどうかが一番の山だが、恐らく問題はない。フランの能力は壊すことにかけては勇儀さんの物理攻撃や幽香さんの砲撃に勝る性能を持っている。その能力を使う対象が生きているならともかく、道具であるなら問題なく壊すことができるはずだ。
フランを鍛えることができて、私の問題も解決する。実にいいプランだろうと思う。ただ、フランの練習のステップがそこに到達するまでにどのくらいかかるかが一番の問題ではあるのだけれど……どれか一つに絞って行わなければいけないプランでもないし、できそうなものからやっていくことにしましょう。
とりあえず一番手っ取り早いのは二つ目のプランで、とにかく広範囲をじっくり眺めて確認するだけ。知っている存在を見付けたらそこまで行って、そして回収。そうしている間に誰かが拾ったりすればわかるし、フランが視認できない遠距離で物を壊すと言う段階になればそれで壊してもらえばいい。私はただ少し疲れるだけで、かなりのリターンがある。
何よりも、私が仕事をしながらでもできると言うのが素晴らしい。仕事は充実した人生には必要なものですからね。正確には仕事でなくともいいんですが、とにかくメリハリがなければつまらない一生を過ごし、生きていくのに疲れて自殺してしまうといった悲劇も起きてしまう。
つまり仕事でなくともメリハリは必要。できることなら目的を見つけるのが大切。それがやりがいのあるものなら、きっと人生は楽しいものとなるでしょうね。
と言う訳で探し始めましょうか。本気を出しすぎると筋肉痛その他で酷い目に遭うので、身体に変化が起きない程度まで押さえた本気ですけど。
……いや、どうやらそれより先にやらなければいけないことができたようですね。
「何の用ですか? 八雲紫」
「……」
「……まあ、いいでしょう。私がそちらに行きますか? ……わかりました。少し待っていてください。書置きを作りますので」
心を読んで言いたいことを理解し、そしてその通りに動く。この能力は中々に便利だが、相手にそれを誤魔化す意思があると邪魔になってしまうのが面倒ではある。
今回は、私の能力によって相手の言葉の真偽を問うことを求められた。場所は博麗神社。相手は少彦名の末裔であり、一寸法師の血をも引く一族の姫君、少名針妙丸。内容は―――鬼人正邪の本当の意思について。
なんでもあの天邪鬼は、毎夜毎晩彼女に向けてなぜか謝罪を続けていたらしい。何についての謝罪かはわからないし、その後、つまり異変が失敗に終わってしまった直後には囮として捨てられてしまったのだが、それでも彼女はあの天邪鬼の流した涙が本物だと考えているらしい。
……こればかりは天邪鬼の方をしっかりと見てみなければわからないのだけれど……まあ、それはいい。少し忙しいし、やるべきことはまだあるけれど、それでも時間が無い訳ではないし急ぎの用事など皆無と言ってもいい。
あの本が誰かに拾われるより早く終わればいいのだけれど……。
私はこっそりとそんなことを考えながら何枚かの手紙を作る。こいし達三人に一つ。お燐とお空のために一つ。そしてこれは地霊殿の中にいる者に渡すわけではないのだけれど、紅魔館のレミリア・スカーレットに一つ。内容はまあ、『お宅の妹は私の下で元気にしています』といった内容。家族に対しての説明は、初めに「預かりました」と言うもの以来出していませんでしたからね。経過報告というのも必要でしょう。
さて、それでは出かけるとしましょうか。
さて、まだまだ続くぞ輝針城編!