当方小五ロリ   作:真暇 日間

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正邪は一人逃げ惑い、聖者は一人祈りを捧ぐ

 

 この状況は何だ? 鬼人正邪は自問する。

 幻想郷を支配する強者たちを使い潰し、最後に自分だけがこの世界で好き勝手できるようにするという作戦。それは失敗したというところまではまだいい。成功する確率をかなり引き上げようとはしたが、それでも相手が相手ということもあって失敗することも考えていた。

 だが、いくらなんでも作戦のほぼ全てが読まれきっているように妨害されるだけでなく、幻想郷中の支配者階級の殆どが集まって一斉に叩いてくるとか予想外もいいところだ。そんなことを予想は一切していなかったし、予想させるような動きはしていなかったはずなのに、いったい何でこんなことになった?

 鬼人正邪は自身の問いに答えられない。自身では間違いなく隠すべきところは隠していたはずだったし、どこからかばれてしまうような事もなかったはず。一番バラしてしまいそうな小人族には全く違うことを教えておいたし、その小人族にしたっておおよその流れだけしか知らない上に最後には打ち出の小槌の反動で封印されたりくたばったりしてもらう予定だったから細かいことは知らないし、細かいことを知らない以上作戦の内容がばれるはずがない。

 

 いったい何故だ? と考え込む正邪には思いつかなかった。まさか、敵対していた相手に結界に阻まれていようが世界が違おうが関係無しに心の中を読んでくる覚妖怪が居るなどと、そんなことは想像することすらできていなかったのだ。

 そんなことを始まる前から予想することができてしまえばそれはある種の神の所業といえるが、神でもなければ力も強くない鬼人正邪にそんな権能や技術があるわけがない。なにも知ることができないままに始めてしまった作戦は当然のように失敗し、こうして追っ手から逃げ回っている。

 

「……はん、そんなの、これまでと何も変わりゃしないな」

 

 能力としてはけして強くない正邪は、これまでも多くの存在に追われてきた。

 時に食うために追われ、必死に逃げ回り、別の相手に擦り付けたり、捕食者同士が奪い合うような状況の中でこっそりと逃げ出したり、一秒と言う短い時間が何時間と言う長い長い時間に感じるほどの緊張の中で必死に息を殺し、妖気を押さえながら縮こまりながら隠れていたりもした。

 時に遊ぶためだけに追い回され、痛め付けられたこともあったし、辱しめられたこともある。

 

 しかし、正邪はそんな中でも生き抜いてきた。

 腕や脚を食べられたことはあっても、能力によって状態をひっくり返して無傷になることはできたし、弄ばれ、嬲られ、犯され、辱しめられても心を折られたことはない。

 諦めを口にしたことはあっても、心の中ではどんな時でも諦めに対して反逆を続けていた。

 何かに意図的に救われたことは片手の指で数えられるほど。逆に、何かに見捨てられた回数は数えることができないほど。それでも、正邪の心はおれなかった。

 

 ───しかし、その代償とでも言うかのように、鬼人正邪の精神は歪んだ。手加減を知らない子供が、書き損じた画用紙をぐしゃりと握り潰して捻るように。大きな屋敷に雇われた女中が、掃除の時に雑巾を絞り上げるように。正邪から見れば大きすぎる力が何度も何度も働いたせいか、その精神の向かう場所は傲岸不遜にして独善的なものになった。

 そうなっていなければ既に壊れてしまっていたかもしれないとはいえ、結果的にそれが幻想郷を崩壊させかねない行動に繋がったと考えれば、とても受け入れられるものでは無いだろう。

 

 そう言うわけで、鬼人正邪は今も逃げていた。精神を磨り減らすような弾幕を回避し、無数に放たれた索敵妖怪達の目を掻い潜り、妖精に紛れ、泥水を啜り、地べたに這いつくばるように身を伏せながら逃げ回り続けていた。

 

 用意していた隠れ家は待ち伏せに使われていたため入ることもできなければ道具を持ち出すことも、少し休むこともできなかった。

 隠し通路はどこもかしこも潰されていたし、やっとのことで撒いたと思っても休むことなく誰かが追いかけてくる。まるでリアルタイムで監視されているかのように。

 それでも正邪は諦めない。どこに行けばいいのかも、どうすれば逃げ切れるのかもわからないまま、必死に逃げる。

 

 ───そして、気が緩んだ一瞬。鬼人正邪は足を踏み外し、巨大な縦穴に身を踊らせることとなった。

 何日も動き続けて疲労し、疲弊し、空を飛ぶこともままならないままに……。

 

 

 

 ■

 

 

 

 ……目を醒ました時、目に入ったのは岩の壁だった。

 日の光など全く入っておらず、代わりに淡く緑色に光る苔が周囲の状態を僅かに照らす。

 

 ……思い出せるのは、(表人格)が最後の最後に気を抜いて、大地に空いていた穴に気付かずに落ちてしまったところ。どうやら疲労や衝撃から立ち直れず、一時的に気絶していたところで私が出てくることになったようだ。

 けれど、私の身体は動かない。身体は私も(表人格)も共通だし、疲労を取らなければ動けないのはわかる。だから私は、私にできることをやることにした。

 

 両手を合わせ、目を閉じて、ゆっくりと呼吸をする。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 

 唱える呪文は、かの神を崇め奉るもの。私が生まれるきっかけとなったあの夜に姿を現し、そしていつまでも私の中心にいてくださる存在。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 

 名は知らない。どんな存在なのかも知らない。ただ、その存在が神であるということと、その偉大なる神に信仰を捧げ、崇め奉るべきだということ。そしてその方法が、この呪文にあるということだけは、なぜか私の知識に存在していた。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 

 この呪文の意味は分からない。けれどこの呪文でかの神がお喜びになるのならば、私はこの喉が擦り切れ、声が潰れ、言葉の代わりに血反吐しか吐けなくなるまでこの呪文を唱えることを厭うつもりはない。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 

 ただ、かの神のおかげで私が生まれたというのならば、かの神はきっと悪い神ではないと思う。悪い神ならば、鬼人正邪()から生まれた私がこんな綺麗な性格になるはずがない。もっと汚物を常温で煮詰め、より腐敗させたような……そんな物になるはずだ。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 

 だと言うのに、私はこうして綺麗なまま存在できている。これは間違いなく、かの神が悪神ではないという証明となると考える。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 

 だからこそ私は唱えよう。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 

 ───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 

 洞窟の中で、私の声が響き渡る。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

 

 反響した声が何度も耳に入り、私以外にも誰かがかの神を信仰しているようにも感じさせてくれる。

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

 

 万歳、万歳、偉大なる神よ!

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

 

 バンザイ!バンザイ!イダイなるカミよ!

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

 

 ばんざい!ばんざい!いだいなるかみよ!

 

「───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

『───いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』

 

 ―――不意に、私の顔の上に小さな光が差す。閉じていた眼を開いてみると、そこには―――

 

 ――― 一冊の、僅かに湿ったような光沢をもつ本が、ふわふわと頼りなく浮いていた。

 

 




 
 貴人聖者
 職業:「狂信者」
 SAN:0

 多分これはだれも予想できなかったと思います。

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