そら色ワルツ   作:高槻翡翠

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前に投稿したときはケラウノス(スピンアウト)だったんですが
未だに終わりが書けていないのでこの話を先に。
後編は三月までには書きたいかなとは


春休み終盤前に 前編

【春休み終盤前に 前編】

 

東京から大阪へ向かう深夜バスが、大阪へと辿り着いた。

バスから降りたのは手には荷物が入った鞄を持った、背中にはテニスバッグを背負い、眼鏡をかけた青少年だ。

伸びをしながら体をほぐすように体操をする。バスからは何人も客が降りていた。

 

「大阪、正月ぶりやで。前の行きは正月の時は新幹線を使たが、――帰りは新幹線や」

 

関西弁で彼は話す。

携帯電話を開きながら来ているメールを確認すると同級生のものだった。

要約すると”家出しようと想ったのにお前は大阪かよ”とか”楽しんできてくださいね。大阪”や、”お土産買ってきてー”など様々だ。返信は後にして彼、忍足侑士は携帯電話をコートのポケットにしまう。

四月に入ろうとしている矢先、暖かくなってきたのだが、朝方はまだ寒い。

 

「まだ速くないか? って、さすがに大阪の忍足家は今から行かんわ。見学、お前、正月の時は実家とか、ショッピングモールぐらいやったから、大阪と言えばここみたいな、観光をやな」

 

忍足は一人しかいない。

独り言を呟き続けている彼は奇異な目で見られそうだが、朝であるため、余り人がいないためか、

そんなことはなかった。

 

「昼より前ぐらいには忍足家に行ってな、ホームステイの子、見るんや。お前も興味あるだろ。”レームレ”」

 

二泊三日の大阪旅行、その一日目。

忍足にとっては東京よりも慣れている大阪は、変わらぬ空気で彼を迎えてくれていた。

 

 

 

ルシエラ・ガートルート・ジンガレッティは忍足家のテレビでお昼までやっている推理サスペンスを流していた。

起きたのは八時頃であり、忍足夫妻と忍足翔太と朝食を取ってから仕事場へ行った夫妻と遊びに行った翔太を見送る。

部活に行かなかったのは今日と明日、部活が休みだからだ。

最後の休みになるらしい。後は入学式までずっと部活があるのだそうだ。

雑誌を読んだり買い物に行ったりしてから、十二時に合わせて調理を始めた。

 

「お昼時に揚げるとして、パスタとかサラダとか作っておかないと」

 

彼女は昼ご飯を作っていた。イタリアに住んでいたときの都合で、和食も作ることが出来るが、

北イタリア料理が特に得意だ。

コルネ型と作ったタネをよけておく。

パスタを作り始めようとしたルシエラだったが、時計に目をやる。

時間が気になった。

 

「まだ起きて来ないのね。謙也」

 

謙也はまだ寝ていた。

休みだからと言って夜中にずっとテレビばかり見ていたせいだとルシエラは想う。

起こすべきだろうと、ルシエラは調理を中断して、階段を上り、謙也の部屋に行った。謙也は熟睡していた。

春先で暖かくなってきたとは言え、夜は寒い。

布団を厚くしておいたのに暑くなったからとずらされていた。

 

「一時間もすれば十二時になるわよ」

 

「……十二時まで寝かしてや」

 

「今日は、従兄さんが来るんでしょう」

 

「ユーシか。ユーシは昼頃や言うとった」

 

今日から二泊三日で謙也の従兄、ユーシこと忍足侑士が来るとルシエラは聞いていた。

いつもなら忍足の姉も来るらしいが、姉は大学入学があるので、今回は来ないらしい。ルシエラが謙也を起こすために蹴り飛ばそうと考えていると、謙也の携帯電話が鳴る。ルシエラが充電器から携帯電話を外して、着信画面を眺める。

ユーシと出ていた。

 

「ほら、電話よ」

 

「くれ」

 

ルシエラは謙也の手に携帯電話を握らせる。

 

『謙也、こっちはそろそろ行くで。お前、まだ寝とるんか』

 

「お前が着く前ぐらいには速攻で着替えるわ」

 

「食事の準備はしているわ。謙也が言っていたカンノーリも作ってる」

 

「さすがやな。食うてみたかったんや」

 

「――Leave the gun. Take the cannoli.――ね」

 

謙也はスピードスターを自称しているせいもあってか行動が全て早いが、雑なところがある。

早口で英語を言うとルシエラは部屋を出る。料理の準備があるからだ。

昨日、テレビでゴッドファーザーの映画をしていた。謙也とルシエラは一緒に映画を観たのだが、

その時にカンノーリという菓子が出て謙也が食べてみたいと言ったのでルシエラが作ることとなったのだ。

手早くパスタを作り、サラダも仕上げておいた。ルシエラは生パスタが好きなので、生パスタの機械も買うつもりではある。

十分ほどしたら謙也が降りてきた。

ルシエラが謙也に声をかけようとするとドアベルが鳴る。

 

「ユーシかな。迎えに行ってくるわ」

 

ルシエラは頷きで反応しておく。謙也がドアの方に向かう。ルシエラは揚げ物の準備をしていた。

 

「お邪魔します。アンタがルシエラ?」

 

「こんにちは。貴方がユーシ? 私はルシエラ・ガートルード・ジンガレッティ。この家にホームステイをすることになったわ。よろしく」

 

「俺は忍足侑士。こっちこそ、よろしくな。ルシエラ」

 

低めの声が聞こえた。ルシエラは忍足侑士については謙也の従兄で同じ年と言うことぐらいしか知らない。

彼は謙也より少しだけ背が高くて髪の毛が少し長く、眼鏡をかけていた。旅行用の荷物を持っていて、

テニスバッグやコーティングされた紙袋を持っていた。

 

「昼飯に来るとはタイミングええな」

 

「合わせたんや。スイス土産も持って来たで」

 

忍足が紙袋を軽く上に上げた。

 

「お前の所は海外に行きまくりや、さっすが金持ちの氷帝学園やで」

 

「スイスは良いところね。ワインが凄く美味しいのよ」

 

「……ルシエラ、お前、ワインが美味しいって飲んだことあるんか? 未成年やで」

 

凄く、を強調して言ってしまったルシエラだが謙也がルシエラを見下ろす。ルシエラは自分の失言に気がついたので、誤魔化すことにした。

 

「屋敷にいたときに差し入れられたのよね。ウチだとワインは料理に使うのよ。味を見るために少しだけ飲んだわ」

 

少しというか差し入れでワインが来るときはあるのだが、料理に使う以外はルシエラは皆、一人で飲んでいた。

同居人はワインが苦手な者ばかりだったのだ。

ルシエラ的にはスイスワインは貴重品なので飲みたい方だ。スイスは自国でワインを消費するに消費するので、数が出回らない。

 

「未成年は酒、飲んだらアカンで。お前はまだ十三歳や。酒は二十歳から」

 

イタリアでは十六歳から飲酒が出来るがルシエラは表向きは十三歳となってしまっている。

そのことを訴えても意味がないため、黙ったルシエラに忍足が場を切り替えるようにしながら土産の話を進めた。

 

「土産はスイスチョコレートとか刺繍製品や。オルゴールとかも良かったんやけど、翔太にも買ってきたで」

 

「翔太もそろそろ帰ってくるわ。……私はこれからカンノーリを作るから、これ持って蔵ノ介の家に午後から遊びに行くし」

 

「四天宝寺の部長やな」

 

白石がルシエラを家に誘ったのは昨日のことだ。このところのルシエラは漫画喫茶に行ってみたり、動画を見てみたり、カラオケをしてみたりボーリングをしてみたりと日本生活を楽しんでいた。四天宝寺のテニス部のメンバーが、ルシエラを誘ってくれたのだ。何日かは充実していた。

忍足も白石の存在は知っているようだ。

 

「カンノーリ、どんな菓子かわからんかったからな。映画やと箱に入っとったから」

 

「今から作るわよ。材料の問題で日本で作るとかなりアレンジが入るけど」

 

シチリアのカンノーリの材料は日本では手に入りにくいものがあるため、日本でも作れるレシピを探した。

 

「お前は本場のカンノーリ、食うたことあるんだろう」

 

「……ヴァルが奢ってくれたわ。あれは美味しかった」

 

「ヴァル?」

 

「友人よ。シチリアに住んでいるの。拳法が強くて、たまに助けて貰ったわ。……パスタ、どんな味が好み?」

 

短くルシエラは答える。

呼び名を出してからルシエラは不都合に気がついたが、そのまま会話を進めながら、カンノーリを揚げ始める。

仕事の交換条件でカンノーリを奢ってもらったが、美味しかった。彼も日本に居るはずだが連絡を取る気にはなれない。

苦手なのだ。故郷の話はしたくなかったのでパスタに話題を移動させる。

 

「パスタやけど、あれがええ。ジョジョの四部のパスタ」

 

「プッタネスカ? 作っても良いけど、【パール・ジャム】は使えないわよ」

 

「使えたら使えたで恐いわ」

 

「ルシエラちゃんもジョジョ読んどるんか」

 

プッタネスカは正確に発音するとスパゲッティ・アッラ・プッタネスカと言い、日本語にすれば、娼婦のパスタだ。

忙しい娼婦が手早く作ったパスタとされている。謙也は日本の有名な漫画、ジョジョの奇妙な冒険で知った。

【パール・ジャム】は話に出てくるスタンドという超能力の一種のことで食べた者を内側から健康にする。

ルシエラも薬品を体内の薬品プラントで製造し、入れれば似たような効果が出せるが、不審がられると困るので、薬品は入れずに調理していた。

 

「今は第六部を読んでいるわね」

 

「五部はイタリアが舞台やろ。コイツに聞いたら全部行ったことがあるって」

 

(仕事で)

 

カンノーリを揚げながら、ルシエラが答える。ジョジョの奇妙な冒険の第五部は舞台がイタリアだ。

数日間をコミックス十巻以上で書いている。ルシエラは観光旅行というか復讐屋の仕事で行った。

ローマもヴェネツィアも訪れた。

 

「ヴェネツィアは鐘の音が綺麗って聞いたんやけど、そうなんか?」

 

「鐘の音は好きね。一つで、だけど遠くまで広がる音」

 

忍足が聴く。

イタリアはキリスト教、カトリックの国だ。何処の街にも教会があり、鐘がある。

”彼女”が鐘の音が好きだったことを思い出す。ルシエラが鐘が好きなのは”彼女”が鐘が好きだったからだ。

 

「寺の鐘とは、違うんやな」

 

「……謙也」

 

「彼女、滅茶苦茶呆れとるで」

 

感傷的な気持ちが消える。謙也の方を見ずに声だけでルシエラは違う、と意味を込めて呟いた。

 

 

 

昼過ぎ、白石蔵ノ介は自室でルシエラを待っていた。家には白石だけだ。

昼食を終えてからルシエラは来るし、忍足家には謙也の従兄である侑士が泊まりに来るという。

 

(ルシエラちゃん、気軽に家に来たいとか言うたしな)

 

忍足が来ることもあってか忍足家に居るよりも、別の場所に居た方が良いと感じたらしい。昨日、話していたら、

白石の家に来ると言っていたルシエラではあるが、白石としては女の子が家に来るというのが余りないことだ。

妹の友人ならたまには来るが、白石の友人の女子が来ると言うことはない。

時計の音を聞きながら、白石は自室の椅子に座っていたが、机の上にある携帯電話を手に取った。

 

「那岐君が、接触してくるとは……」

 

白石は昨晩のことを回想する。

直江那岐が白石の携帯電話に電話をかけてきたのは昨日の夜のことだ。七時頃、白石が適当にお笑い番組でも

見ようとしていたら、登録していない携帯電話の番号がかかってきていた。警戒しながら白石が出ると、声が聞こえた。

 

『もしもし? 今のルシエラの雇い主である白石蔵ノ介だよね。僕は直江那岐。ルシエラの補佐役』

 

声を直接聞いたのは二度目だが、白石と同じぐらいの年頃の声に聞こえた。

いきなりの自己紹介に白石は深呼吸をする。真面目な態度であることが分かるので茶化せないし、

茶化したら刺客でも送られそうだ。単刀直入に切り出された。

 

「そうや。那岐君は……ちょっと前にルシエラちゃんに電話、かけられとったな」

 

『時差を知っている癖にわざとかけて来たしさ』

 

「きっついな。……で、俺に用事か」

 

『……僕が君に接触を取ったのは、ルシエラのせいだよ。いつもはルシエラの依頼者に僕が接触するなんて無いけれど、今回は特殊だから。お前とも知り合いになるべきだと判断した』

 

ルシエラの力が落ちてしまい、体が縮み、隠れるハメになったことだ。白石がルシエラの依頼者となり、ルシエラを大阪に留めた。

 

「体が縮んだとか、血の力が落ちた言うたな」

 

『それもある。衝動のケアはアイツがしてるだろうけど、……アイツはそのこと、メンテって呼んでるか』

 

メンテはメンテナンスの略だろうが、ケアと言うべきではないかと白石は想う。

 

「衝動のケア?」

 

『説明しておくと、衝動は何時起きるか分からないんだ。外部刺激とか、突発とか、衝動は精神制御が居るんだけど、成功しても失敗しても侵蝕率は上がる。それに失敗すると衝動が発動するし、成功した方がベストだけど』

 

「発作みたいなもんか」

 

『そう。発作だね。狂気の血が覚醒した時、血が宿主にもたらす感情、それが衝動だ。十二種類ある。君はルシエラの依頼主だし、状況が状況だから狂気の血について知っておいて欲しい。ディオが言うには君は信用出来るみたいだから』

 

ディオの名も出てくる。ディオは那岐に白石は信用出来ると言ったらしい。

 

「ディオ君とも知り合いか」

 

『同じ結社出身だよ』

 

「……念のために聞くけどルシエラちゃんについてばらしたりしたら裏社会から殺し屋とかマフィアとか……」

 

『状況によっては叩き込むかも知れないけどそんなことはしないだろう』

 

「せえへんわ。ルシエラちゃん、俺が言うたから大阪に居ってくれるし、……こういうと怒られるかも知れんけど、病気持ちなんやろ」

前のディオの説明を白石は想いだしていくが、衝動については詳しく言っていなかった気がした。

感情の高ぶりで発動するとか、落ち着かないと危ないとか、それぐらいしか聞いていない。

 

『認識はそれで良い』

 

「那岐君、狂気の血を発症しとるんか」

 

『僕は狂気の血を引いていないが、狂気の血については知っているよ。衝動についての説明をしておくと、衝動は十二種類ある。これは玖月や結社が調べた』

 

メモを取らなくてはならないと白石は買ったばかりのノートを一冊取り出した。

那岐に問い返しながら衝動についてメモを取る。ノートに下敷きを引いてシャープペンで書いた。

家に居る妹の気配も計りつつだ。

衝動は十二種類、【解放】【吸血】【飢餓】【殺戮】【破壊】【加虐】【嫌悪】【闘争】【妄想】【自傷】【恐怖】【憎悪】であり、どれか一つを狂気の血の覚醒者は持つ。

 

「衝動の制御に失敗したら、例えば吸血やったら血が吸いたくなるとか、闘争だと戦いたくなるとか……」

 

『能力を使ってしまうとかある。【破壊】なら能力で周囲を破壊するとか、戦闘で暴走状態になると、防御行動が取れなくなるぐらいの奴も居れば、変異暴走でもっと酷いことになることもある』

 

【憎悪】の衝動が暴走すれば、誰かに【憎悪】を抱いて、その相手を排除しかねない。それが何時起きるか不明というのが、狂気の血の厄介なところだ。能力を使えば血を支配されていくとも聞いている。

 

「参考までにディオ君やルシエラちゃんの衝動は」

 

『ルシエラはアイツから聞いて。ディオは【飢餓】だ。何をしても癒されることのない【飢餓】が襲う』

 

【飢餓】を晴らすために誰かに当たり散らしたり、飲食で見たそうとしても、衝動から起きた【飢餓】は満たされない。時間をかけてやり過ごすしかないと言うが、空腹のようなものが襲い続けているのだ。

 

「耐えるん。大変やな」

 

『もう一つの問題として衝動は制御に成功しても失敗しても、血に侵蝕される。侵蝕率とも言う』

 

血が自分の意識を飲み込んでいくのだ。侵蝕率が上がれば上がるほど使える技も増えたりすると言うが、使えば使うほど血に支配されると言うことも聞いた。侵蝕率は高ければ高いほど血に支配されるが、その分血の力を引き出せる。

 

「メモは取った。俺はルシエラちゃんと、どう接すれば」

 

『ルシエラとは普通に接していれば良い。過敏とかになったら、アイツも不安がるし嫌がるから』

 

「狂気の血とかは裏社会の方が詳しいやろうし」

 

『そう言う連中は隠れるしかなかったからね。生き延びるための技術も進歩させたんだ。――利用する技術も』

 

ルシエラを雇った白石としてはルシエラのフォローはするつもりである。

狂気の血についても知っておいて損はない。ただの中学生である白石に出来ることは限られるが、まずは狂気の血について知ることにした。那岐と電話番号を交換する。こちらからかけると電話代が危ないと言ったら那岐が携帯について聞いて、手はずは整えると告げた。

 

「ルシエラちゃん、来たんか」

 

ドアチャイムが聞こえ、白石は回想を止め、階段を下りる。ドアを開けると、バスケットとハンドバッグを持ったルシエラが居た。春物のワンピースを着ている。上が白で下は赤色のロングスカートだ。

 

「日本人は時間通りに来るものと聞いているからあわせたわ」

 

「イタリアは……」

 

「一時間か二時間遅れるのはざらでバールで待ち合わせとか。仕事に関する待ち合わせとかなら時間を合わせるけど」

 

イタリア人がルーズなのか日本人が勤勉なのか、仕事の場合だとイタリア人でも、待ち合わせ通りにはするようだ。

何の仕事かについては聞かない。ルシエラの場合だと分かっているが聞かない。

白石はルシエラを家に案内し、ルシエラは靴を脱いだ。白石の後に付いていく。階段を昇り、白石はルシエラを自室に入れた。

広い部屋には筋トレグッズや勉強机がある。

 

「そこに座っとってや。飲みもん、持って来るわ」

 

ルシエラを待たせて白石は一階に下りてから台所の百パーセント林檎ジュースを用意して氷を入れてグラスに注いだ。

二つ作って持って行く。部屋に戻ればルシエラは座ったままであった。

 

「カンノーリを作って来たから、食べて」

 

「ゴッドファーザーの菓子やろ」

 

「暗殺に使われたお菓子ね」

 

笑いながら言うルシエラに白石は硬直する。

 

「ルシエラちゃん……」

 

――性格が悪いとか言われんか?

と言おうとしたが彼女の同胞であるディオニージ・ドゥリンダナはアイツはサドだと言っていた。

 

「この手の冗談はある程度、私のことを知っている人にしか言わないから」

 

(気を許しとると想て、ええんか)

 

「毒も薬も入れてないわ」

 

白石は硬直を解いてグラスの一つをルシエラに渡してからバスケットの中を覗き込む。

バスケットの中に入っていたのは、両端を切り落とした茶色い春巻きのような生地の中に白いクリームが入っている棒状の菓子だ。直系はおよそで三センチほどである。白石は囓ってみる。揚げたココア味の生地と刻んだレモンやチョコが

入ったリコッタチーズの味がした。リコッタチーズには飾りとしてドレンチェリーやレモンピールが付いている。

 

「美味い。これがカンノーリか。ルシエラちゃんは料理が美味いな」

 

「やってたら上達したというか誉められると嬉しいわ。屋敷でもたまに作ってたけど」

 

ルシエラが微笑む。両手の指を組む。カンノーリはまだいくつかあったので白石は二個目を取り、頬張ると、

生地をかみ砕く音が部屋に響いた。

 

 

 

忍足は謙也の部屋に居た。フローリングの床に座っている。謙也は居ない。家には謙也と忍足しか居ない。

謙也の両親は忍足医院の方だし翔太は友人の家に遊びに行き、ルシエラも白石の家に出かけたという。

 

「ルシエラを発見した言う白石やけど、白石は四天宝寺の部長で、二年生で部長になっとる。

跡部は一年で部長になったけど」

 

『知っていますよ。君と謙也君は三日に一度は電話してますからね。年齢も同じですし、双子みたいな感じでしょうか』

 

「双子、アイツと双子は嫌やな。兄弟みたいに扱われとるのはあるけど」

 

部屋には忍足だけではあるが忍足は誰かと会話している。忍足にしか聞こえない声とだ。

謙也が部屋に来る。

 

「今日はどないする? 明日は一日買いもんに使うって決めてるねんけど。ゲームでもやるか?」

 

「一日ぼちぼちやるわ。スイスの疲れも抜けてへん」

 

「スイスで合宿か。こっちはそないな金やるやったら、寮を建て替えて欲しい。千歳とか苦労しとるし」

 

テニス部には跡部が居るので、合宿の費用も気にならない。合宿は正レギュラーと一部の準レギュラーだけなのだが、グアムやスイスで合宿をするのだ。泊まるところは跡部家が所有している屋敷や建物である。

 

『……寮というと……彼女が壁をぶち壊したとか言う』

 

「ボロかったよな」

 

「来年、立て直す予定や。来年まで持つようにとか願っとる」

 

「願っとるんかい!!」

 

願うレベルでもちそうにないようだ。

壁を壊した話は聞いている。千歳千里を迎えるときに壁が壊れたのでルシエラは部屋を広くするために壁を壊そうとして、白石も同調し、他の部員に止められたという。

 

「明日の出かけるの。ルシエラも誘ってええか」

 

「構わん。了承は貰っとるんか」

 

「これから貰う。病弱であんまり出歩けんかったみたいやから、遊びには連れて行きたいし」

 

忍足が知るルシエラの情報はイタリアの貴族で、病弱で謙也よりも頭がいいと言うことだ。日本語を難なく使いこなせている。

箸も簡単に使っていたと謙也は言っていた。謙也は世話焼きであり、ルシエラも世話焼きの対象なのだろう。

印象では線が細いお嬢様だ。

 

「イタリアの何処に住んどるんやっけ」

 

「アイガモに似とる都市名やった」

 

『ベルガモですか』

 

「……ベルガモ?」

 

「それや。屋敷に使用人とかと暮らしとったとか」

 

 ガモしか合っていないが忍足は聞こえた声の通りに言う。

 

『ベルガモはロンバルディア州の県の一つです。ドビュッシーのベルガマスク組曲の舞台ですね』

 

(ドビュッシーとか言われても分からん)

 

『月の光なら聞いたことはあるでしょう。有名ですから、彼女にその話題すれば恐らく答えてくれるはずです』

 

「ルシエラはピアノとかも出来るんか」

 

「ピアノはそこそこに弾ける。ヴァイオリンもそれなりやと」

 

 忍足は謙也とも話しながら、声とも話している。声の主はレームレと言う、忍足の命の恩人で、幽霊だ。

 クラシックに話題を転換する。そこそこやそれなりだとレベルが不明である。

 ヴァイオリンは忍足も氷帝でやったことがあるが、基礎ぐらいしか出来ていない。

 

「金持ち系の話題は跡部とか榊監督、音楽やったら鳳やな」

 

「お前等の学校、どや。合宿から帰ってきて、三年生になって新規……とかでもないか」

 

「レギュラーは決まっとるし、入れ替えもそうはないで」

 

 氷帝学園のテニス部は二百人以上の部員が居るが正レギュラーや準レギュラーになれるのは一握りだ。

 忍足は正レギュラーの一人である。話題はお互いのテニス部のことになる。

 

『ヒートアップして喧嘩にならないように。煩いので』

 

(分かっとるわ)

 

 釘を刺した幽霊に忍足は告げる。

 幽霊が欠伸をしていた。死んでいる割に眠くなることもあるようだ。ポーズかも知れないが。

 

 

 

 ルシエラは部屋に来てから、能力の領域操作を利用して、白石家のことを調べておいた。調べるのは癖だ。

 ほんの少ししか血の力は使っていない。それなりに新しい家だ。

 調べておかないと落ち着かないのだ。

 

「猫が居るのね。この家」

 

「かわええで」

 

「台所の床のところで寝てるのね」

 

「……能力使て調べたんか。領域操作、便利やな」

 

 怒られる気がしたが便利と言われた。白石の態度が柔らかい。

 

「調べるのは癖ね。逃走経路を確認しちゃうとか」

 

「抜けん職業病か。衝動とかは」

 

 生命がかかっているのだ。狙われたりすることもあるし、染みついてしまった癖は抜けない。

 ルシエラはアップルジュースを飲んだ。白石の部屋に来てみたりしたが、行きたかっただけで目的は果たしている。

 謙也よりも白石は綺麗好きだし、健康マニアであるようだ。ルシエラからすれば健康にいいものは存在するが、その人の気持ち次第で効いたり効かなかったりすると言う感じだ。プラシーボ効果である。

 

「起きたとしても押さえ込めてるわ。衝動についてはデューから聞いたの?」

 

「概要は教えてくれたで。……ルシエラちゃんは、どんな衝動持ちや。ディオ君は【飢餓】って聞いた。教えたくないなら言わんでもええけど」

 

 狂気の血を発症した者が衝動を持つというのは教えたようだが、ルシエラの衝動については言わなかったらしい。

 ルシエラは一口アップルジュースを飲んで、言うべきか思案し、話すことにした。

 

「【恐怖】。血が理由のない【恐怖】をもたらすの。……恐怖感だけが送り込まれるわ」

 

 恐いと言う感情は人間ならば誰もが持っているものだ。狂気の血がもたらす衝動の【恐怖】には理由がない。対象も無ければイメージもない。恐怖感によっては嘔吐や目眩も起きてくる。

 

「例えば戦闘とかで【恐怖】で動けんくなったら致命的な隙やな」

 

「それなのよ。【破壊】とかなら周りを手当たり次第、壊すだけですむんだけど」

 

「だけやないような……」

 

「衝動は厄介すぎるのよ。狂気の血通しで……怪物と戦ったりすると血が刺激されて衝動も起きやすいから」

 

 怪物は狂気の血によって支配され、衝動に従い動くかつて人間だったモノだ。そうなっては殺すしかなくなる。

 殺しにかかろうにも、こちらはこちらで理性を保ちながら、血に呑まれないようにしながら、勝つしかない。

 兵器として利用しようにもハイリスク過ぎる。

 

「危険を冒して戦わなアカンのが裏社会か」

 

「【恐怖】の衝動は衝動自体がトラウマになる人も居るし、それ関連で別の精神疾患が起きたりね」

 

 衝動はどれも発症すれば大変なので、制御方法を叩き込まれる。組織や機関によって方法にずれはあっても、狂気の血を発症した者は個人的や組織的に衝動のケアを行う。衝動に踊らされる狂気の血の発症者は未熟だと裏社会では言われている。

 

「ルシエラちゃん、恐いから、恐いんか。だから、そんなに衝動については話したがらんのか」

 

「……そんなことはないわ」

 

 理由もなく恐怖が襲い、自分が怪物になってしまうかもと言う恐怖はルシエラの心に染みついている。

 怪物になってしまえば待つのは死であり、恐怖感から相手を手当たり次第に攻撃してしまう。

 白石に言い当てられ、ルシエラは黙る。白石は微笑んだ。

 

「カンノーリ。美味かったで。シチリアの菓子やろ。ゴッド・ファーザーは俺も見とった」

 

 白石が話題を変えた。ゴッド・ファーザーは名作と言われている映画でルシエラも何度か見ている。

 

「シチリアは良い島ね。ヴァルが奢ってくれたカンノーリはもっと美味しかったけど、

……ヴァルは、デューと同じ、最初の組織の同胞」

 

 最初の組織の同胞についてルシエラが白石に話したのはヴァルを話題に出したからだ。謙也の前では言えなかったが、事情を知る白石になら言える。素手の近接戦闘にかけては剣王トップだ。

 

「ヴァルさんか」

 

「シルヴィオ・ノートゥングでヴァル」

 

「……どうやったらヴァルになるんや……」

 

 カンノーリが入ったバスケットは空っぽになっていた。白石が食べてしまったからだ。

 

「剣王のコードネームは五のヴァルムンクで、ヴァル。ノートゥングはヴァルムンクの別称」

 

「裏社会の関係者か」

 

「今は日本で教師をしてるわ。余り逢いたくないけど……」

 

組織崩壊後、何年かしてからシルヴィオと再会した。彼はマフィアのフロント企業の諜報員の中でも実力者であるが、任務により教師をしている。逢いたくはないのは苦手だからだ。

 

「逢いたくない割にはカンノーリ奢って貰っとるな」

 

「私の仕事とヴァルの任務がかち合ってね。私が引いたの。後始末は任せたけど、シチリア巡りはその条件」

 

一騒動が起きて、対決しかけたがシルヴィオが妥協案を出してルシエラが従った。

ルシエラとしてもシルヴィオの組織の上とは争いたくはないのだ。シチリア巡りではシチリアを観光し、名物を食べ、充実していた。

 

「(こき使えるときは使うんが、ルシエラちゃんや)仕事って復讐で、向こうは……」

 

「色々と調べてたのよ。ヴァルの組織の上が最終的に手を降すで解決したから」

 

「穏和にすんだんやな」

 

「――本当にそう想う?」

 

ルシエラは心の底から笑う。からかいの意味でだ。白石が困っていると、誰かが白石家に入ってきた。

 

「ただいま。くーちゃん、お客さん?」

 

「友香里や、ルシエラちゃんは待っとって」

 

白石が椅子から立ち上がり、部屋を出て下へと降りていく。友香里は白石の妹だ。ルシエラは座ったままだ。

部屋をあさることもしない。白石の勉強机の上には携帯電話があったが、中身を見ることもない。

プライバシーはあさらないのだ。携帯電話と言うか機械全般が苦手であるため、扱いたくはないというのもあるが。

 

(機械は能力で動かしているから……)

 

領域操作能力には自分の因子を機械に埋め込んで簡単なことをさせられると言う能力がある。洗濯機に使えば勝手に洗濯をしてくれたり掃除機に使えば勝手に掃除をしてくれたりするが機械にとっては簡単で、能力者がこれは出来ると知っておかなければ使えない。

二人分の足音が聞こえた。

 

「るーちゃん、来てたんだ」

 

「こんにちは。友香里」

 

「うちの飼い猫、連れて来たで」

 

友香里が手を振ってきたので、ルシエラも振り返す。白いペルシャ猫を白石は両手に抱きかかえていた。

ルシエラの前に白猫を出す。

 

「……撫でるの?」

 

「疑問系の使い方がおかしくないか」

 

猫は鳴いた。

人なつっこそうな猫をルシエラは右手で触れる。顎の所を撫でるとくすぐったそうにしていた。猫に受け入れられた。

引っかかれることを予想していたが、外れて良かったとルシエラは想う。猫に引っかかれて猫を精製した睡眠薬で眠らせたとか前にやったのだ。

 

「るーちゃん、くーちゃんと話してるとつまらなかったでしょ」

 

「そうでもなかったけど」

 

「最後には健康の話になるんだから」

 

「健康の話はたまにしかならんで」

 

たまにでも、健康の話になってしまうようだ。

 

(健康に気を使ってるなら水に栄養剤でも入れた方が良かったかしらね)

 

薬に関してはルシエラは昔ほどではないが自分で精製が可能だ。白石が抱き上げている猫が呻いたのでルシエラは撫でるのを

止めた。猫は降りるとルシエラの膝の上に乗る。猫の毛がスカートに着いてしまったが、ルシエラは気にせず、猫の頭を撫で始めた。

 

 

 

忍足は午後、謙也の部屋でDVD鑑賞会をしていた。

ルシエラが白石の家に行ってから、謙也の部屋でごろ寝をしていると彼が四天宝寺中の図書室から借りてきたオススメのお笑いDVDを一緒に見ようと言ってきたので何本か見てからゴッド・ファザーを見た。

謙也がDVDプレイヤーのハードディスクに録画をしていたのだ。解説いります? と聴いて来た幽霊に、全て見終わってから疑問があったら聞くと言うことを伝えたので幽霊は黙っていた。

ゴッド・ファーザーは始めて観た映画であったが忍足としては楽しめた。

 

「ルシエラは、カバの鑑賞と同時に行われる暗殺劇とか、悲哀とか、一とは作風が違うけど三も好きやって」

 

(カバ……)

 

『カヴァレリア・ルスティカーナのことです。オペラですね。作中ではオペラと暗殺シーンが重ね合わせられています』

 

幽霊の解説がなければ忍足は混乱したままであった。気持ちを切り替えようと幽霊と会話をする。

会話は口で言い合うよりも速い。

 

(オペラなら七月に氷帝でもオペラ鑑賞会やるとか聞いたな。跡部がニーベルングの指輪見たいとか)

 

『四日もかかりますよ。総合上演時間は十六時間を超えますが』

 

見終わった謙也が言う。忍足は幽霊と心中で会話をしていた。

幽霊はオペラにも詳しかった。ゴッドファーザー三も鑑賞したことがあるようだ。忍足は舞台や映画は鑑賞するが、オペラは範囲外だ。ニーベルングの指輪が長すぎるオペラというのも今、知った。

氷帝学園のオペラ鑑賞会で、椿姫とかなら見たことはあるが眠気との戦いで、あらすじだけは読んだ。

 

「……カヴァレリア・ルスティカーナ言うオペラやで」

 

「オペラも見るんか、アイツ」

 

『イタリアはオペラの国ですよ。オペラは日本よりも簡単に見られます。教会でもしてますし』

 

日本では敷居が高そうなオペラではあるがイタリアではそうでもない。

 

「ただいま」

 

下からルシエラの声が聞こえ、少ししてからルシエラが階段を昇ってきた。謙也が部屋のドアを開けて、ルシエラに声をかけた。

 

「おかえり。ルシエラ、白石の家はオモロかったか」

 

「楽しめたわ。猫も可愛かったし、DVDの鑑賞会をしていたのね」

 

「ユーシとゴッド・ファーザー見とったんや」

 

「コイツ、カヴァレリア・ルスティカーナをカバとか略しとったんやで。アホやろ」

 

「駄目じゃない」

 

ルシエラが呆れていた。謙也が慌てて話題を変える。

 

「そや。ルシエラ、明日、ユーシと出かけるんやけどお前もどうや。買い物に行くんや」

 

「買い物? 行っても良いわよ。暇だし。出かけてばかりだけど資金は平気なの」

 

「まだあるしな。お前は余裕やろ」

 

「日本で暮らす分はキープしてるわ」

 

日本は物価が高いと言うがルシエラもかなりの金額を持っていそうだ。忍足は謙也からされたルシエラの話題を思い出すがルシエラはイタリアのお嬢様で、世間知らずなところがあると言っていたが、日本とイタリアでは違うところもかなりあるだろうし、彼女は病弱だったという。世間にも出なかったのだろう。

 

「お前とテニスで対決するのもええかもな。謙也」

 

「正月の時はユーシと勝負が出来んかったしな」

 

「どちらの方が強いのかしら」

 

「オレや」

 

「俺やて」

 

忍足と謙也が同時に言ってから、睨み合う。

 

「試合をしてみれば分かるわね」

 

「お前もテニスラケットとか揃えた方がええか。テニス、やってみたい聞いたし、身体に負荷がかからん程度なら」

 

謙也はルシエラのことを気遣う。謙也は場の空気を読む方だ。ルシエラと謙也がテニス用品を

どれを揃えるかについて話しあい始めた。

 

『君も場の空気を読む方、何ですけどね』

 

幽霊が言ってくる。忍足は心中で肩をすくめると、謙也とルシエラの会話に加わることにした。

 

 

 

 

【続く】




一部幽霊付きになってます。
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