後編は今年中とか言うんだが色々キャラが増えたりとかで
夢を見ずに目を覚まし、着替えてから顔を洗い、ルシエラは朝食を準備する。
ルシエラは朝は余り食べない。
これは朝から食欲がないわけではなく、イタリアでは朝食が非常に簡素であるからだ。エスプレッソにパンが少し、人によってはビスケット十枚で終わる。そのため彼女は日本の朝食に当初は慣れなかった。
日本式の朝ご飯をルシエラはテーブルに準備する。忍足夫妻は先に食べてしまっているし、翔太もそうだ。
ゆっくりしているのは謙也も忍足も春休みだからである。
「謙也はまだ寝取るわ。おはよう。ルシエラちゃん」
「ユーシ。おはよう。眼鏡が無くても見えるのね」
「伊達眼鏡なんや。裸眼を見られるの、照れてな」
忍足が起きてくる。忍足は謙也の部屋の床に布団を敷いて寝ていた。ルシエラは茶碗にご飯を組み、
味噌汁を組んで忍足の前に出す。納豆も出したが忍足の動きが止まる。
「私、謙也を起こしてくるわ」
言うとルシエラは謙也の部屋へと行く。忍足がその場に残された。
『ああ、君、納豆嫌いでしたっけ』
想い出したかのように青年の声が聞こえた。
誰も居ないため、忍足は声に出す。
「……関西人は納豆、嫌いなんやで……」
『食文化の違いですね。日本は京都や奈良の方が昔は都でしたから』
何故知っているコイツとか想いながらも忍足は話す。
「あっちの忍足家やと普通に食うとるから」
納豆が出たことにより忍足は話しかけてきた声にまた、声に出して返答する。忍足は納豆が嫌いだ。
想い出したかのように幽霊が言うのは納豆を食べることを彼が避けてきたからである。
六人分の椅子が置かれた……実際はまだある。こちらの忍足家はたまに泊まる場所になるため……テーブルセットの前で忍足は硬直していたが、椅子に座る。
『謙也君が来れば納豆が嫌いだと彼女に説明してくれるでしょうから、そのまま食べればどうです?』
「……お前のアイディアに乗るか。……レームレ、お前、納豆食うたことある?」
『生前、食べたことがありますよ』
忍足侑士には幽霊が憑いている。
去年の秋頃、事故で死にかけた忍足は白い空間で幽霊と出会い、彼と魂を半分共有することで今も生きていた。
事故のショックで忍足の魂には傷が入り、このままだと死んでしまうと言われたからだ。
良くて寝たきりであった。幽霊との関係はトラブルにたまに巻き込まれるが良好である。
幽霊の提案に忍足は乗る。空になっているコップがあり、忍足家では前から無かった、カプセル式の本格カフェシステムの機械があった。カプセルを入れて、一杯ずつ本格的なコーヒーが飲める機械だ。
「ルシエラちゃんが買うた機械か。エスプレッソの……」
『マキネッタを買うぐらいならこっちを買ったんでしょうかね』
忍足はテーブルの上に瓶詰めにされたふりかけがあったのでご飯にかける。たまごと海苔のふりかけだ。
味噌汁の具材は豆腐と葱である。忍足はテレビもつけずに無言で朝食を食べ続ける。
マキネッタは幽霊から前に聞いた。エスプレッソを入れる小さなポットのようなものだ。
耳に謙也の足音が聞こえてきた。
「爆睡しとったわ。ユーシ。お前、食べるのゆっくりやな」
「お前が速いんや」
「このまま放置しておこうともしたんだけど」
着替えているが眠たそうな謙也が来る。ルシエラが自分の分や謙也の分のご飯や味噌汁をよそう。
納豆の白い発泡スチロールのパックを謙也が取る。
「ユーシは納豆が嫌いなんや」
「そうなの? ごめんなさい」
「俺も言うとらんかったし」
「アイツが帰ってから食おうな。ルシエラ、納豆、食えるから」
忍足からすれば大豆を発酵させた納豆を食べられる人間の方が驚きだが、イタリア人であるルシエラは納豆が食べられるらしい。
「フォルマッジョ・マルチョよりはマシじゃない」
「どんな料理や」
「食べ終わったら言うわ。食事中に言うと、ご飯が食べられなくなりそうだし」
『美味しいんですけどね』
焼き魚などを食べながら食事を終える。忍足は食器を出した。ルシエラと謙也も終わらせていて、ルシエラは食器を洗い始める。
(で、フォルマッジョって……)
『イタリア語ですよ。サルディーニャのチーズで別名をcasu marzuと言います。意味は腐ったチーズ』
聞けば大概のことを教えてくれる幽霊に聞いたのは速めに知りたかったからだ。発音が非常になめらかだ。
(腐ったチーズ食うとるんか)
「farmaggio marcio、casu marzu、腐ったチーズで蛆が入ったチーズよ」
ルシエラが謙也に話している。謙也が想像しながら聞いた。
「……蛆って蠅の幼虫の?」
「それよ。前にユースが食べてみたかったんです、とか言って、私を誘ってね。出されたものだし、仕方がなく食べたわ。サルディーニャの名産品」
謙也がひいている。忍足も引いた。食事中に聞かなくて良かったと思った話題だ。
casu marzuは羊の乳を発行させたチーズだ。
「サルディーニャはイタリアの……どっかで聞いたな」
「特別自治区。サルディニアと言った方が良いかしら。ジョジョの奇妙な冒険第五部のディアボロの故郷ね。リゾットとディアボロが闘ってアバッキオが死んだ場所よ」
『観光地として有名ですよ。サルディーニャ州です』
忍足もジョジョの奇妙な冒険の第五部は読んでいる。テニス部でジョジョが大好きないつも寝てばかりのナンバー二が居るのだ。
「無言で蛆ごと食べて、変わった味ですねと呟くあの子にええ。そりゃそうでしょう、蛆が入ってるんだからと答えたら、
貴方も蛆ごとどうですか、とか言うから丁重に断りつつ、蛆を抜いて食べたわよ」
「食うたんかい」
「刺激的な味だったわ……ゲテモノ食いなところがあるのよね。ホビロンとか河豚とか食べてたし」
「河豚もゲテモノに入るんか?」
「食べるのは日本人ぐらいよ」
ルシエラがその時のことを想い出したのか顔を押さえている。河豚ならば日本では最近では養殖が出回っているし、加工技術も発達しているから魚屋にでも行けば買って食べられるが、河豚は猛毒の生物だ。
体に含まれるテトロドトキシンは人一人をあっさり殺す。
『ちなみにホビロンは孵化する前の鳥が入った状態のタマゴを蒸したものです。バロットとも』
(……変わった友達を持っとるんやな)
忍足だったらホビロンは食べたくはない。
「そろそろ行こか。スポーツショップも開いとるやろうから」
ホビロンの想像を忍足は頭の隅に押しやりながら謙也とルシエラを促す。そんな中、
幽霊が笑っている気配を忍足は感じた。
『君の反応が、楽しくて。有意義な話も聞けました』
どの辺が有意義なのだろうと忍足は想うが、幽霊が本当に楽しそうだったので追求しないでおいた。
それなりの付き合いで察しているが、彼は笑っていても心の底から笑っていることは、少ない。
謙也と侑士とルシエラで出かけたのは商店街にあるスポーツショップだ。四天宝寺中や謙也の自宅からも近い。
スポーツ用品の他にもフィットネス器具まで売っている。
初心者にも扱いやすいラケットを購入しボールやルシエラのジャージを買い物かごに入れて、必要なものを買いそろえる。
「ゆっくり、やってみるわ」
「お前、運動、苦手そうやもんな」
「好きではないわね……疲れるもの。余り運動はしたことがないし」
スポーツタオルをルシエラは手に取っていた。頭のところがフードになっていて被れる形式のものである。
春休みのためか、中学生や高校生も何人か見かけた。
高級なものを気合いを入れて買うと飽きたときに虚しくなるので、それなりに性能がいいものを必要な分だけ購入だ。これは店員にも聞いた。謙也も忍足もテニスはしているが、二人で話しあうと喧嘩になることもあり、ルシエラが店員を呼んだのだ。
ルシエラはフィットネス器具の方を眺めていた。
「欲しいんか」
「こういうのも買ったら押し入れになるのかしらね」
スポーツショップの床に丸くて大きなゴム系統の素材で出来たボールが見本に出ていた。上に乗ったりしてバランスを鍛えるアレだ。
忍足家にもあった気がすると謙也は思い出す。
「ダイエットをするにしろ、きちんとした手順でやらんとな。身体に悪影響がでたらアカン」
「貴方はいい人ね。ユーシ。男って気楽に痩せた女が好みとか言って、結果的に女の子が無理なダイエットをして、
身体を壊すとかあるのに」
「あるな。男としては何気ないつもりなんやろうけど」
恋をした女は一途とかあるかも知れないが、女性も男性も体型を気にしているものは 維持にも気を使う。
忍足とルシエラの会話を聞いていた二十代ぐらいの男が肩を震わせていたり、学生らしいブレザー姿の高校生が慌ててスポーツショップを出て行っていた。
(心当たりある人等やな……)
「謙也は欲しいものはないの?」
「ある。買うわ」
黒色の買い物かごに必要なものを入れたルシエラが先に会計をしに行こうとする。テニスバックにテニスラケットにテニスシューズ、
ウェアにタオルなど初心者で必要そうなものはそろえていた。
「重いやろ。持つわ」
「気が利くわね」
買い物かごの方を謙也はもってから、会計を先にすませておく。ルシエラの財布にはいくらかの一万円札が入っていた。
彼女は現金払いばかりである。侑士の方は一人でテニスシューズの方を見ていた。
「お前、ほしいもんあったら買えや」
「ルシエラの方は買えたんやな」
「コイツ、金持ちでお嬢さんやからな」
侑士は見ているだけにしたらしい。次に行こか、と話す。謙也も目星だけはつけておいた。
スポーツショップを出る。
「次は……」
「本屋がいいわ。大きな本屋があるでしょう。そこで」
「漫画なら読むんやけど、小説とかはな……ユーシは恋愛小説とか読むんやけど、ルシエラ、おすすめの恋愛小説あげてみれば?」
「おすすめね。I Promessi Sposiとかは?」
「いいなづけか……読んでみるわ」
「ユーシ。お前、英語、訳せたんか!?」
「イタリア語や。跡部に教わったんや」
跡部と言えば氷帝学園中等部のテニス部部長で、侑士と一年の時にテニス対決をして、三年間氷帝学園のテニス部部長を務めているお金持ちである。
帰国子女だと聞いていたので、イタリア語も分かるのだろう。
すかさず侑士が謙也の言葉に切り込んできた。
(危なかった……)
忍足は思う。イタリア語は全く出来ない。それでも、I Promessi Sposiを許嫁と訳せたのは幽霊のおかげだ。
『イタリアでは神曲と同じで、どこの家庭でもある物語です』
神曲は幽霊が前に教えてくれた作者が初恋をこじらせて書いた小説らしい。もっと詳しく言えば地獄編と煉獄編と天国編に別れている。
(日本語版は)
『氷帝学園の図書室にならあるでしょう』
本屋にて、忍足は恋愛小説の文庫本を一冊、手に取りながら幽霊と話す。黙っているようだが、心中ではよく喋っていた。
大きい本屋は品揃えも豊富で、ルシエラはざっと本棚のチェックをして謙也は週刊誌の立ち読みをしようとしている。
このところ、本には紐や透明のカバーがつけられていて読めないようになっているが 謙也は読めそうな雑誌を手に取っていた。
忍足も中学生だ。本は小遣いで買うのもあるが、図書室で借りてばかりである。
謙也がファッション雑誌を手に取り、立ち読みしていて、ルシエラはライトノベルの本棚を眺めている。
すぐに謙也は雑誌を読み終わり、次の雑誌を手に取る。
「アイツ、速読が出来るけど、あんまり本は読まんからな」
忍足は本を読む方だが、謙也は余り本を読まない。
十分ほどしてからルシエラが推理小説の文庫本を一冊とノートやボールペンを手に持っていた。忍足は恋愛小説の文庫本を買うことにした。
「くじをしてるのね。ぬいぐるみとか当たるみたいだわ」
「当たったらやけどな」
「やってみようかしら」
二台有るレジは一台が休止中だった。ルシエラの後ろに忍足が並んでいる。ルシエラが読んでいるポスターには人気のくまの商品が当たるくじの紹介が書いてあった。
デルフォメされたリラックスしているくまでマスコットキャラとして人気がある。
値段は高めだが、運が良ければぬいぐるみが当たるし、特賞はワッフルメーカーだ。湯飲みやお茶碗も書いてある。
会計をし始めたルシエラがくじを三回やると言った。
「三回か。どれが欲しいんやろ。ぬいぐるみとか、でも、当たる確率は少ないよな」
『そうですね……』
バイトらしい二十代の男の店員からルシエラは箱を受け取ると、抱えるようにして持った。
左手で支えながら、箱の中身を探ると中から一つずつ、くじを取り出していく。三枚のくじがカウンターに並べられていた。
箱を返したルシエラは一つずつくじをめくっていく。
「だらりんぬいぐるみとふわっとぬいぐるみに湯飲みですね」
「上の方の賞当てたんやな。運、ええやないか。部屋に置いとくんか」
「一部はイタリアに送ろうかなって」
ルシエラは嬉しそうに微笑んでいた。
休止中だったレジに別の店員が入る。
ルシエラが当てたぬいぐるみの一つは三十センチはある大きなぬいぐるみだ。もう一つは十五センチほどだ。湯飲みの方はピンク色でくまが描かれている。
大きい袋にぬいぐるみ達が詰められていく。
「ルシエラ、くじでぬいぐるみあてたんか」
「可愛いわよね。このくま、私はピンク色のくまも好きだけど」
「ピンクのくまとかそっちもかわええな」
(……ピンクのくまって)
『公式設定の身長二メートルで飼い主を襲うアレだと思いますが』
謙也は気がついていないようだが、ルシエラが言っているのはリラックスしているくまではなく、シュールな方のデルフォメくまだろう。
「イタリアに送るんはどっちや」
「小さい方ね。大きい方は畳め……小さい方にしておくわ」
ルシエラが会計をすませて荷物を抱えた。
「侑士。俺等は先にでとるから、昼飯やけどルシエラにあわせるで」
「分かった」
謙也がルシエラが持つ荷物を抱えて、ルシエラと共に本屋を出る。
忍足は会計を始めた。
『優しい人ですね。謙也君は』
(あのぬいぐるみ、当てたんや。ほんまに運ええな。くじは一枚しかないやろ)
『その一枚を引き当てたんですよ』
呆れたように幽霊が口にしていた。
スピンオフで忍足と幽霊の話もあったりはする