クロス分が大分出ていてテニスをほぼしていない番外編。
立海の話、序盤。
モブ多いです。
【Keraunos 前編】
仁王雅治はレイトショーの映画を見に行き、帰るところだった。
今は春休みだが、中学生にしろ、高校生にしろ、深夜の出歩きは禁止されているし警官に見つかったりすれば、
補導されたりするかもしれないが、彼は上手く警官の目をかいくぐっていた。
家の近道である裏路地を歩いている。
速く帰って眠らないと、テニス部の練習に疲労を残したまま出ることになるため、急いでいた。
いつもは歩いているはずの野良猫の気配が今日はしないと想いながら、細い路地裏を抜けた。
抜けたとき、腹部に痛みを感じた。
「……あ……?」
咳が出た。舌先に血の味がした。
見下ろせば、血が染み込んだ気に入っていた私服のシャツがあり、脇腹が怪物のような手で貫かれていた。
映画で出てくる獣人の手が見えた。
手が、引き抜かれる。
身体が倒れた。
(何じゃ……映画の撮影……特撮……でもなく、化け物に襲われるドッキリとか……いずれにせよ、ありえんのう)
頭が混乱してくるが、痛みも増してくる。脇腹が抉られているように寒い気がしてきた。
グロ系の映画は観てきたがまさか自分が同じ目に合うとは信じられなかったし、理解も出来なかった。
死にたくはないと想ったが、自分は死ぬだろうなとも想い、思考はぐちゃぐちゃだ。
そんな中で、弾ける音がした。電気がスパークした音と、似ていた。
「……遅かった……生きてるかな……」
(平坦な声じゃの……人が死にかけとるのに……馬鹿か……)
声が聞こえた。
誰かは分からない。少年の声だった。生きているか、と言うのは自分のことのようだが、心配が感じられない声だ。
自分が死のうが生きようがどうでも良いような態度だったので仁王は怒りが沸いてきた。
だが、彼が自分を助けられるとは考えられない。
すぐにでも手術が出来たりするならば別かもしれないが、彼の目の前には怪物が居るのだ。
触れられる。
腹部が温かくなり、傷の痛みが若干だが引いた。
「……ぎりで生きてる。コイツを始末したら、もう少し怪我を治すから、それまで生きていてね」
殺すと少年は言った。
仁王にはその言葉が信じられない。化け物を殺すとその相手は言ったのだ。
自分の腹を貫いた相手がどんなものか、仁王には見えない。
目が開けられないのだ。少年がどんな姿かも分からないが、彼はコイツを殺すと仁王雅治に大怪我を負わせた
何かを殺すと告げたのだ。
「考え込まないで。――疵は残らないようにするから」
……疵の問題か?
聞こえた平坦な声に仁王は心中で言う。死にたくはなかったので痛みと闘いながら意識をつなぎ止めていた。
ディオニージ・ドゥリンダナは手に大阪の観光マップを持っていた。
大阪駅で持って来たものだが、変換できそうなものがこれしかなかったのだ。荷物はビジネスホテルに置き去りである。背後には死にかけている少年が居る。
「一番目の血……だけかな?」
グレージュの瞳には身長が三メートルほどの獣人化した男が映っていた。腕が四本あり、ゴリラを改造したような容貌だ。
身体のあちこちには矢が突き刺さっている。自分が突き刺したのだ。
感覚的に狂気の血に支配された化け物であるとは、分かる。
化け物になってしまったならば殺さなければならない。どう見ても、理性を無くしている。
簡単に治癒はかけたが、このままだと彼が死ぬことには変わりはないので相手を葬ることにした。
獣人がいたぶるつもりで彼の腹部を貫いてから離してくれて良かった。
すぐに攻撃をたたき込めたので、隙を作って彼を簡単ではあるが治療できたし、距離も開いているからだ。
距離が近いと手間がかかる。ディオは大阪の観光マップを右手で握ると軽く力を込めた。
込められた力により、観光マップが砂になる。砂は地面に落ちるよりも先に幾つもの小刀になった。
小刀に電撃が纏われていく。
獣人が咆吼を上げて、飛び上がり、ディオを抉ろうと腕を伸ばした。
「ケラウノス」
左手を振ると、電撃が纏った小刀が次々と獣人に刺さる。観光マップ一つを全て砂に変えて武器に変換し、
電撃を纏わせて発射した。全てが獣人に当たる。獣人はディオのすぐ近くに倒れた。
ディオが気絶した獣人に触れると、獣人は銀色のカードとなる。
殺さなくてもカード上にしておけば暴れはしない。殺さなかったのはけが人の治療を優先とするからだ。
倒れている少年を俯せから仰向けにする。
着ている服は血まみれだが、後で何とかするとしてまずはディオは腹部に触れた。
集中してから治癒の力を出し、傷ついた箇所を一気に治癒していく。全て治してから、ディオは服にも触れた。
血で汚れたり、貫かれたことにより破けた箇所を直していく。
呼吸音が正常になった。このまま寝かせておけば良い。
「これで……夢だと想ってくれるかな……放置すると余計に面倒だし、家に運んでおこう。身元が分かりそうなものは……」
身元が分かるものはないかディオは少年の荷物をあさり始める。
財布を見つけたので、中身を探るとレイトショーの半券が入っている。その中にレンタルビデオ店の会員カードが入っていた。
『仁王雅治』と書かれている。
「……じんおうみやび……」
『わざとそう呼んだのか? ディオ』
聞き慣れている声がして、ディオはポケットから多機能情報端末を取り出す。操作すると、立体映像が出た。
「雇い主は頭良いけどおれはそうでもないんだよ。におうまさはる……だね……雇い主、調べて欲しい。
レアは、寝てるだろうから。那岐も」
立体映像に映ったのは身長四十センチほどの人間だった。赤ん坊とも言える。
緑色の髪をしていて、白衣を着ている。ディオが雇い主と呼ぶ男だ。
赤ん坊の姿をしているが、裏社会では有名である。ディオの頼みに雇い主であるヴェルデはコンピューターを動かした。
すぐに答えは返ってくる。
『立海大付属中の生徒のようだな。住所は送る』
「玖月に手伝って欲しいけど、出来る限り、結社でやるべき?」
『向こうも人手不足だ。緩やかにではあるが狂気の血は増えているのだ……。トゥリニセッテのこともそうだが、面白くなってきている』
狂気の血が増えていると言うことは余り喜ばしいことではなかった。狂気の血の覚醒に耐えられる者は少ない。
トゥリニセッテについてはヴェルデも関わっていることではある。
「――頼まれたのは、意図的に怪物を増やす奴を殺すことか」
『玖月機関の判断に寄れば、覚醒者をばらまいていると言うことだからね。誰かが手当たり次第に怪物にしている。
先ほども言ったように世界全体を見れば緩やかに狂気の血の覚醒者は増えているが、それにしてはこの辺りの覚醒ペースは速すぎる』
玖月機関は日本における狂気の血を引いた者達の互助組織だ。財閥の面も持っているが、裏社会からしてみれば、狂気の血の互助組織としての面の方が有名である。ディオやヴェルデのような結社、ヴェルデ達なりに言うならば、
好き勝手に研究をしている組織の力を借りたりもしているが、互いに持ちつ持たれつだ。
渡されたデーターをディオもヴェルデも読んでいるが、この辺りで狂気の血絡みの怪物が増えてきていた。
誰かが覚醒させているらしい。
「探してみるよ。……日本での裏社会のことは、ボンゴレや玖月の動きを張っておけばいいのかな……」
『……ボンゴレと言えば、ディオ。そこで寝ている仁王雅治は沢田綱吉や獄寺隼人と同じ年だぞ。中学二年だ』
多機能情報端末にデーターが送られてくる。ディオは立体映像をしまうと、送られてきたデーターを眺めた。
仁王雅治は確かに立海大付属中の二年生である。中学二年だとディオには知り合いとしてマフィアボス候補とその守護者が居たが、彼らと同学年には見えない。知っている中学二年生を浮かべてみるがどれも当てはまらない。
「クラウの一つ下にも……見えないな……地方のギャップ?」
かつての同胞の愛称を言いながらディオは首を傾げる。大人びて見えたからだ。ディオは彼を自分と同じぐらいの
年齢だと判断していたが、年下である。
データーから彼の家の所在地を知ると、ディオは彼を家まで連れて行くことにした。やれることは一人でやる。
ディオは仁王に、手を伸ばした。
仁王が目を覚ましたのは、朝方だった。
自室で、ベッドの上に寝かされている。傍らの目覚まし時計は八時十分をを指していた。テニス部の朝練には間に合わない。
「……ベッド……」
上半身を起こした。何故、自分は自室にいるのか。
今日の夜に大怪我をしたはずだ。服を眺めてみたが綺麗なままであった。シャツをまくって腹を確認してみる。
傷口がなかった。
昨日のことは夢かと想った。しかし、そんなことはないだろうと仁王はすぐに想う。
ベッドの傍らに置かれていた携帯電話が鳴った。
着信画面には柳生と出ている。
「柳生か」
『仁王君!! 朝練に遅刻ですよ。真田君が怒っています。出来る限り早く来てくださいね!!』
「すまんのう。どうにか誤魔化してくれ」
簡単な会話で終わる。
柳生比呂士は同級生で、仁王のダブルスのパートナーだ。ベッドから出た。テニスバッグは部屋にある。
歩こうとして目眩がした。身体の血が抜けたように怠い。
柳生は速く来いと言っていたが速く行こうが遅く行こうが変わらないだろうと仁王はゆっくりめに準備をした。
朝食代わりに台所にあった栄養補助食品を食べて、シャワーを浴びて部活に出る。
春休みは部活だけであるため、立海のジャージを着てテニスバッグを持ち、立海大付属中へと行く。
仁王は低血圧な方で、朝は調子が悪いのだが、今日はいつも以上に悪い。
春休みの朝練が八時からなのが幸いしていたようだ。学校があるときの朝練は七時である。
幸いとは言え、身体の調子は悪すぎた。
「仁王!! 貴様、遅刻とは――!!」
「……調子が悪いんじゃ。騒がんといて欲しい」
学校に辿り着き、テニスコートへと着く。練習は既に始まっていた。テニス部の副部長である真田弦一郎は怒声を飛ばした。
仁王が言うと真田が黙る。真田があっさり引くとは珍しい。
珍しすぎて夢かも知れないと仁王は考えてしまう。真田は厳格で、自分にも他人にも厳しい。
「顔、白すぎですよ。仁王先輩!! いつもよりも白」
「徹夜で映画でも見に行っていたのか?」
「映画は見に行ったんじゃが……」
後輩の切原赤也の声も聞こえた。真田の問いに答える。仁王は深呼吸をした。春の空気を肺に入れる。
気配がして、立海大付属中テニス部のレギュラー人が集まってきたというのが感じ取れる。
「不審者にでも襲われたとか」
ジャッカル桑原が的確に言う。不審者に襲われたのは確かだがあれは人ではなかった。襲われたと答えたら、余計に話がややこしくなってしまう。
「ジャッカル、この辺りは平和なんだぜ。事件とかあったら噂になるじゃねーか」
「不審な噂は聞いていないな」
丸井ブン太と柳蓮二が会話に加わる。テレビでニュースになるような事件は起きていないようだ。
起きていたら起きていたで仁王も聞くことにはなる。
「今日のところは帰れ。仁王、それに夜に映画を見に行くのは禁止だ!! 夜には出歩いてはいけないと条例で決まっている」
「助かるのう。夜に映画は……しばらくは見に行かんことにする」
真田が腕組みをしながら、帰宅を許可してくれた。来てすぐに帰るというのも、労力だったが顔色が悪いというのは、全員の共通見解のようだった。
「お大事に、仁王君」
「送っていく奴とかいるか?」
「一人で帰れる」
柳生やジャッカルが気遣いの声をかけた。仁王は一人で帰宅できると伝える。
「行く前に待ってろ。食えそうなもん渡すから」
「オレも差し入れ渡すんで」
「……菓子を持ち込みまくっているのか。丸井……赤也もか。仁王、病院には行っておけ」
「何なら父に連絡を入れておきましょうか?」
「行きつけの病院があるからそっちに行く」
ブン太や赤也が自分達が食べる分だったらしい菓子を持ってくる。仁王は菓子を受け取る。チョコレート菓子や飴、
スナックなど多種多様だ。コンビニの袋に入れた菓子を片手に仁王はテニスコートから離れた。
一日、安静にしていれば治るはずだ。柳から病院へ行くことを進められた。柳生が内科医である父親に頼んでおこうとしていたが、気持ちだけを受け取り、仁王は行きつけの病院へ向かう。
テニスバッグを背負い、病院までの道のりを辿った。
(映画は見た。その帰り……)
レイトショーを見に行ったのは確かだ。映画の内容も憶えている。昔にやっていた映画だった。観客は自分やサラリーマンや、親子ほどに年の離れた男と女の恋人通しの二人ぐらいである。
歩くのも疲れてきたので仁王は休むことにした。周囲に休める場所はないかと探すと二階建てのドーナツ屋があった。
テレビのCMでよく放送されているフランチャイズ店だ。
ついでに栄養補給にドーナツでも食べようと仁王は店の自動ドアをくぐった。
「黒炒飯一つと野菜つけ麺一つ、点心セットBを一つ、ホットカフェオレ一つ、カラフルハートのチョコチュロ……」
仁王がそこで遭遇したのは、次々と頼まれていくメニューと、頼んでいる少年と注文に引きつった笑顔を見せている二十代前半の女性店員であった。少年は硝子ケースを指さしながらドーナツを頼んで行っているが、量が多い。
「持ち帰りですか?」
ドーナツが八個に中華にカフェオレと組み合わせが微妙だった。仁王は少年の注文する声に聞き覚えがあった。
グレーシュの髪をした少年は外国人のようだが、日本語が流暢すぎた。コートを着ている。
「食べていきます」
「……どんだけ食うんじゃ」
店内の店員、客が全員想っていたことを仁王は口にしてしまう。少年はその声に振り向いた。
「おれとしては、頼まれ事ばかりしていて甘いものとか食べたくなったから買ってたんだけど、まだまだ食べられる」
少年は仁王よりも若干背が低い。薄ぼんやりとしていた雰囲気が一瞬だけではあるが濃くなる。
まだ食べられるという言葉に店内の温度が下がった気がした。少年の発言に引いている。
「八分目で終わらせたんか」
「そんなところ」
「丸井のようじゃのう……お前さん、俺と何処かで逢ったことないか?」
丸井もよく食べる。ディオはコートから財布を取り出していた。雰囲気は元に戻っている。
真田のように威圧感があるわけではない。気配が薄いのだ。
「お支払いの方は」
「今します。気のせいじゃないのかな」
コートのポケットから財布を取り出すと少年は支払いをすませていた。ポイントカードも出している。
そのまま無視するように少年は頼んでいた中華を持つ。店員にドーナツを運ぶことを依頼していた。
彼は二階へと上がり、開いている奥の席に座る。仁王は後を追いかけた。
二階には大学生ぐらいの女子が二人、隣通しで座り、話している。席はほぼ全てが空いていた。
「……気のせいじゃない。少なくとも俺は声に聞き覚えがある」
「聞き覚えとか言われても……。ドーナツ、まだかな」
少年は黒炒飯を食べ出していた。やや通る声で話している。少年はわざと話をズラしているようで、そうではないようで、声音からは判断が出来ない。
「お前さん、人と話のペースが合わんとか言われんか」
「よく言われるね」
黒炒飯が三分の一ほど減ったときに女性店員がドーナツのお盆を持って来てくれていた。ありがとう、と少年は穏やかに礼を言う。食べるペースが速い。
「味わって食べんのか」
「胃に入れるのが重要なんだ。味わえるときは味わいたいよ。この手のドーナツ、意外と好きでね。バールがあればそこで食べたいけれど、日本だから……でも探せばあるかな? 日本だし」
(……バール……)
胃に栄養をやっているような食べ方で、質よりも量を重視しているようだった。バールと聞いて仁王は工具しか浮かばない。
工具を食べるわけではないだろうが、今の彼ならば工具でも食べられそうだ。
適当に噛みながら少年は頼んだものを食べていく。
「君、部活をやるならやって、やらないなら帰るか、遊ぶべきだ。家で寝てる方が良いかな。顔色が悪いから」
「顔色が悪いんは今日ぐらいで……。その理由は――」
話がまたずれていきそうだったので仁王が戻そうとすると、携帯電話の着信音が鳴った。食べていた少年は手を止めて、ポケットから多機能情報端末を取り出す。左手で持ち、右手で画面に軽く振れた。
「残り、あげるから食べなよ。体は治した方が良い」
一言告げられる。
仁王が返そうとしたとき、彼はすでに席を立ち上がると一階へと下りて行っていた。速い。
「待て……」
動こうとした仁王だったが目眩が来る。体が回復していないのだ。少年が座っていた席に仁王は座る。
頭の痛さを抑えながら、仁王は残されたテーブルの上のモノを見た。
中華はすでに食べられていて皿だけが残っている。ドーナツがいくつか残っていた。
体がふらついている。
「……体、回復してからか」
カロリーは取っておこうと、仁王は残されたドーナツを食べることにした。
ドーナツ屋を出たディオは多機能情報端末を操作すると電話をかけた。何コールかすると、相手が出る。
『寝る前に連絡をくれて良かったよ。頼まれたことは調べておいた』
「そっちは夜中だからね。那岐。レアが別件で動けないから、君に頼んだけど、アンが居ないから、色々と大変だろうに」
『大変とは言え、僕達のスタンスは変わらないよ。厄介なことには関わらないし、手に負えないことはしない。
ヨーロッパからでも日本のことは調べられる』
那岐こと直江那岐は日本語で返してきた。ディオも話しかけたのは日本語だ。会話は英語や他の言語でも出来るが、慣れている日本語でした。ディオはどの言語でも会話は出来る。
二人は結社の出身通しで仲が良い。
「どうだった?」
『玖月から資料を参考に、追加で調べたけど怪物になったのは六人程。被害者は十人を超えた。家族の一人が怪物化して、
腹いせで家族を倒したとか、同級生を殺したとか』
「典型的な例だね……。衝動に支配されるとまずそうなっちゃう。【破壊】衝動持ちなら破壊しないと気がすまないし、
【殺戮】なら殺戮しないと気がすまない」
多機能情報端末全ての情報を送ってくれているようなので話ながらディオは送られてきた情報を眺めた。
被害者は増えている。
どうにか、玖月機関は怪物を倒して場を治めているようだが、被害者は殺されている者ばかりだ。
狂気の血関連に対しては非常に強い権限を持つ玖月機関であるが、隠すのにも限界が出てくるし、彼等の権益を狙おうとしている者も居るだろう。
『増やしてる奴の衝動は【解放】だと想う』
「……【解放】……か……」
『怪物を増やしやすい血もあるけど、衝動が肥大化してる奴だと僕は推測する。誰も彼も能力が一段階は強いみたいだし、追加でまだ調べてみるよ』
「速めにやっつけないと危険かな……」
『町や都市が一つ破壊されることだってあり得るからね』
狂気の血によって怪物になった者は力によっては町の人間も都市の人間も、葬り去れる。
死んだ方がマシだという目に合わされるのだ。
『狂気の血によって、怪物になったら殺すしか無くなるのは殆どのところが採用しているルールだ。勢力によっては怪物も戦力として数えてるところもあるけど』
「危ないから辞めた方が良いんだけどさ、そう言うの」
自分がいずれなってしまうかも知れない怪物を嫌悪する。電話越しに那岐が一息ついたのが聞こえた。
『前に怪物を商品として扱って、手に負えなくて仕事に行っていたルシエラが巻き込まれてキレながら殺してた』
「アンはキレると怖いんだよな。今は力が落ちちゃったけど」
付き合いがある同胞は那岐の雇い主であり、今は大阪に居た。
怪物は狂気の血に支配され能力を強く使用できる。重火器が効かなくなる時もあるので、対抗できるのは同じ狂気の血や異能力になってくる。那岐は電話越しに欠伸をしていた。
『……今度、ルシエラに何か連絡するときは僕の方に連絡知るように言って。アイツは用事がないと連絡しないから。
追加で、怪しいと想った組織のデーターを送っておいた。……寝る』
「寝なよ」
ディオが言うと那岐が電話を切った。送られてきたデーターを最後まで眺める。焦りは禁物だが、速く怪物は狩るべきだ。
自分の血の活性化率を感覚的に計りながら、ディオは多機能情報端末をポケットに入れた。
仁王にあったのは計算外ではある。記憶を消せる能力を持った者が居れば頼んで消して 貰えるが居ない。
ルシエラが能力を持っていたが、精度が落ちたと言っていた。
「考えることは、嫌いなんだけど……」
狂気の血のことや裏社会のことや同胞のこと、考えておくべきことが増えた。仁王のことは置いておく。
まずは怪物を狩ることに集中することにして彼は街中へと入っていった。
仁王が動けるようになったのは午後に入ってからのことだ。
残されたものを食べ、体を治すために休んだ。ドーナツ屋でコーヒーを頼んで居座っていた。貰った菓子もそこそこに食べておいた。
(病院に行くか。アイツを探すか)
探そうにも手がかりは無い。
あるとすれば髪の毛がグレージュで気配が薄いと言うぐらいだ。友人達に聞き回ろうにも、自分に起きたことが本当であると仮定したとしたら、それは危険だ。
危険なことには巻き込めない。
打つ手を考えようと仁王は公園へとやってきた。ドーナツ屋に居続けるのが限界であったし、行動も起こさなければならない。
「――仁王君、具合、悪いの?」
ベンチにでも座ろうとしたときに呼びかけられる。
仁王の前に少女が立っていた。自分と同じ年齢の少女で、制服は神奈川の学校のものだった。立海大付属中の制服ではない。髪の毛が黒のセミロングで制服はきっちりと着られていた。
優等生といった印象を受けるが、仁王は彼女のことを知らない。
「お前さん、知り合いじゃったか」
「忘れたの。私達、数日前に逢っていたじゃない」
ほんの少し哀しそうに彼女は言う。
数日前というと昨日よりも前の筈だから、まだ仁王は大怪我をしていなかった。
記憶を辿ろうとすると頭に霞がかかるようになっている。怪我のせいかと仁王は考えたがそれにしては、おかしい。
何かの匂いがした。
「数日前……」
幸村の見舞いは近いうちに行くとか、赤也とゲームセンターに行ったとか関係のないことが浮かび、
その中で、別のことが浮かんだ。
仁王は、彼女を知っている。
「お前さん、告白してきたけど、俺が付き合うのを断った……」
思い出す。
練習が終わってから仁王は彼女に告白されたのだが、仁王は女性と付き合う気は無いと断ったのだ。
彼女は笑うと、仁王の胸の辺りを押した。
「断ったんだよね。私、付き合いたいって言ったのに、仁王君は断ったの」
仁王の制服越しに胸元に触れながら彼女は話す。楽しそうにだ。触れられたときに体の細胞が書き換わるかのような強い衝撃が仁王を襲う。仁王を襲う。
「お前さん……」
「付き合ってくれないんだ。それなら、付き合ってくれるまで――」
彼女の声音が変わる。付き合うも付き合っていないも言っていない。仁王の体がふいに倒れた。
体が重くなる。
「ゲホッ……」
「凄いでしょう。あの人からもらったの。お父さんもコレで言うことを聞かせようとしたら動かなくなっちゃったけど、
いいや。蘇らせて貰うから、仁王君も、私と付き合ってくれるなら解放してあげる」
体が潰されそうなぐらいの重さが仁王にかかる。喋ろうとしても喋られないし、仁王は肌寒さを感じた。
彼女は手をかざしたままだ。
「つき……」
「付き合ってくれるよね。付き合ってくれないの? なら――」
「それ、脅迫だよ」
付き合うも付き合わないも勝手に解釈されてしまう。彼女が言おうとしたとき、冷めた声が聞こえた。
頭上から何かが弾ける音がして、落下音も聞こえる。
仁王の息苦しさが消えた。深呼吸を数回してから仁王は起き上がる。声は、男の声だ。
「お前……」
「また逢ったね」
光る何かが放たれ、彼女がそれに当たり、吹き飛ばされた。
グレージュの髪と瞳をした少年が、浮き上がるように動くと仁王の側へと降り立つ。
吹き飛ばされた彼女は胸に短剣を突き刺したまま、起き上がる。
「仁王君との時間を邪魔しないで!!」
「……怪物化してるか……さっさと殺らないと……十二番目の血っぽいな」
声を聞きながらも受け流していた。
淡々としている。
「アンタなんか……仁王君以上にいたぶってあげる。仁王君が盗られないように爆発させて」
「【加虐】か。――おれから、離れないで」
コートのポケットに手を入れた少年が取り出したのは、チラシだった。折りたたまれた眼鏡屋のチラシである。
彼女は言葉を発しながら周囲に風を起こし、公園にあるゴミ箱や電灯を浮き上がらせていく。
「お、おい。ソイツ、念力……」
「重力操作だよ」
加速して飛んでくるゴミ箱と電灯を撃ち落としたのはチラシだ。
正確に言えばチラシが小型の短剣となり、ゴミ箱や電灯に当たったときに電撃をまき散らして全てが塵屑となった。
彼女の側には銀色の球体が浮いている。球体が輝くと仁王と少年の体に重みがかかる。
「……重」
「耐えて。直ぐに片付ける」
再び飛んで来たのは塵となっていた元電灯やゴミ箱であり、重力によって大きな球体となりそれが仁王と少年の側に超高速で飛来する。少年はドーナツ屋のチラシを出すと投げた。
ドーナツ屋のチラシは全長二メートルの長槍に変わる。
長槍が球体にぶつかり、砕く。砕いただけでは終わらない。砕かれた破片を長槍は巻き込み、長槍が黒くなっていく。
少年の右手から出るのは電撃だ。
槍は彼女の心臓を貫く。
縫い付けるように槍は停止した。
「わた……し……」
心臓を貫かれた彼女は仰向けに目を見開いたまま倒れた。仁王の体にあった息苦しさが消える。
「……待ってて」
仁王に向かって言うと、少年はそのまま倒したばかりの彼女に歩み寄ると彼女を物色している。
物色するように探ってから槍を右手で握ると、槍が光り、彼女と槍が消え、少年の右手には銀色のカードが握られていた。
「カードキャプター……」
「あの漫画、ナチュラルに百合とか歳の差婚とか男通しとか書いてるよね。アニメも面白かった」
仁王が言ったのは日本で描かれた漫画で大分前にアニメ化もしたものだ。姉の影響で見ていた。
その話を少年が分かったのに仁王は心中で転けかける。
「みとったんかい」
「暇潰しに。……単にカードにしたのは折りたたんで持ち運ぶためだから」
公園は電灯が消え、ゴミ箱が消え、ベンチも崩れていた。
少年がカードをポケットに入れてから携帯情報端末を取り出し、握っている。
「状況的には俺が、帰ろうとしたら女に脅迫されて女がお前が言うことを信じれば重力使ってきて、
それに対してお前は電気を使って、倒したな。……前の夜の怪物もお前が倒したんか」
「そうだよ。否定してもしょうがない。ってか、君、災難だね。神社か寺にお祓いをしてもらいなよ。
教会でもモスクでもいいし、――記憶消去はどうしようかな。操作とも言うけど」
「モスクはこの辺にはないわい。記憶操作とかあっさり言い過ぎじゃ、お前。目撃者だからって殺されるとかより、記憶操作されたほうがええが」
何者だとかお前も能力者かと言う前に仁王は彼の性格が掴めずに居た。真剣なようで真剣ではないようでいて、真剣だ。
一周してしまっているが、彼は彼女を倒すことに躊躇いなんてなかった。
仁王を殺すことも彼は躊躇いがないかも知れない。
「そんなことしないよ。おれ、無闇に殺すの嫌いなんだ。敵対者とか、怪物は殺すけどさ」
「怪物……あの女のことか」
「狂気の血に完全に呑まれちゃった奴、ああなるともう人間には戻れないよ。――場所変わろうか、荒らしちゃったし、おれも、今はこの場を修理出来ないし」
「……武器とかつくっとらんかったか」
「能力の無駄遣いが出来ないんだ。本命を殺せてないのに」
自分は殺されずにすむようだ。仁王は彼が歩き出したので、着いていくことにする。着いていきながら、仁王は問うた。
「お前、名前は」
彼は足を止めて、振り向いた。軽く微笑まれる。
「おれはディオニージ・ドゥリンダナ。デューで良い」
ディオは公園を離れて仁王と共に人気のない路地裏に居た。
多機能情報端末で玖月機関に怪物を狩ったと連絡をしたので返事待ちである。仁王のことも連絡しておいた。
玖月機関は日本全国の狂気の血の事件をどうにか表に出さないように彼等は活動していて、結社とは狂気の血の研究で交流がある。
「日本語上手いが、外人じゃろ」
「イタリア人、ってことにはなってる。生まれも育ちもイタリアだし」
なってるとつけたのはディオの場合、他の同胞と違い自分の産まれが曖昧だからだ。
ちなみにイタリア人という言い方にしたが、実際は地方名で言った方が良い。ナポリ人やシチリア人などだ。
日本語は上手いのは最初の組織で憶えさせられたからだ。世界の主要言語から余り話されない言語まで読み書きも話すのも可能だ。
「本命を殺すとか言うとったが、アテはあるんか」
「……そろそろ、向こうから反応があるはず……あるといいな」
多機能情報端末が音を立てる。端末を取り出して操作し、メールを読む。玖月機関で人員が一人、都合が付きそうなので送ると言うことだ。
女で近接戦闘が得意なのと、引いている血について書いてある。来るにはやや時間がかかるようだ。
仁王の保護は了解したと書いてあり、待ち合わせ場所も記されていた。
「見た目が人間の怪物と見た目が怪物になってる怪物が居るんじゃな」
「血によって変質しちゃうんだけど、人間の方は中身が完全に違うから、殺すか、隔離するしか無くなる。戻す方法、無いから」
中身だけが変わった怪物も外見が変わった怪物も血に支配されすぎた人間の末路だ。
怪物になってしまったかつて人間だったモノは元には戻らない。方法は研究され続けているが、手がかりすらつかめないのだ。
「狂気の血、とか血なんか」
「今の研究だと別の説がある。でも、今のところは狂気の血と呼ばれてる。どんなものでも、目覚めたらはしゃぐ奴らが多いから処理が手間取るんだよな」
ボランティア精神でしているわけではなく、裏社会というのは表があるからこその裏社会なのだ。表社会がない裏社会なんてただの社会である。
まだ狂っていないディオのような狂気の血発症者であっても、怪物になる可能性があり、その数は一般人よりは少ない。
怪物よりも表社会の大多数の人間は怖いというのもあるのだ。
どんなものでもとつけたのは別の能力者というパターンもあるからである。
「処理って」
「穏便にいけば説得だけど、殆どの場合は自滅とか、こっちで処刑とか、狂気の血は覚醒したら高確率で怪物化するから殺害率が高い。次が捕獲」
「お前さんは」
「おれは運良く怪物にならずにいるだけ。出来ることは物質精製と体内電流を操作すること」
右手を出して軽く電気を出す。ディオが発症した狂気の血は電撃捜査と物質精製の力をディオに与えた。
現代社会を生きるには便利すぎるとか、言われる。
「電気代が浮きそうじゃな」
「発電は失敗すると機械をぶっ飛ばしてね。雇い主達に怒られるんだ。イタリアは電気代が高いし。……怪我、平気? 死んでない?」
イタリアは電力を輸入に頼っているため高い。仁王は壁に体を預けて休んでいるし、ディオも休憩中で、二人は距離を取っていた。
「死んどったらこうして会話なんてしとらん。怪我の方はきついが、治したのはお前さんか」
「肉体を再構成した。物質精製の方だよ。仁王のことは保護を頼んだから、保護する人、待っていれば来るからさ。一緒に待ってて。逃げないでね」
改めて多機能情報端末を取り出して、那岐が送ってくれた情報を読み直す。
書かれていたのは宗教団体のことだった。日本は宗教に寛大な国と聞いているが、教祖が凄まじい力に目覚めたとか情報として書かれていた。
サイトのアドレスも着いていた。
「……お前、何歳?」
「十七。日本の学校に合わせると、四月から高校三年生ってのになる。学校は通ってないけど」
「同じ年に見えたぞ」
「その年に見えないとは結構、言われるけど、そっちの方が老けてるんじゃないかな。おれの知り合いのマフィアボス候補とか君と同じ年でもっと童顔だしさ」
血筋でボスを受け継ぐ最大規模のマフィアのボス候補は背も低いし、髪の毛が独特の形をしていた。以前に誘拐したことがあるが、話していて楽しかったし、
彼の覚悟も見せて貰った。それが面白くて、面白くて、その後で手助けをしたら、怒られたり引かれたりしていた。
「老けとるなら俺より真田じゃ」
アドレスをクリックしてサイトを見ようとする。カラスが飛んでいた。カラスはディオと仁王の前に降り立つ。
ディオの感覚が違和感を感じる。
「……十番目の血……?」
ディオはポケットからカード型のチラシを取り出し、変化させて撃ち込もうとしたとき、世界が歪んだ。
【続く】
そら色世界はリボーンとクロスしてますが前にも書いたかも知れませんけど、
ヴァリアー編で分岐して未来編とか継承編とか経由してないです。