そら色ワルツ   作:高槻翡翠

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四天宝寺全員揃うのはいつのことやら


コンビニおにぎり 前編

【コンビニおにぎり】

 

窓がない部屋に二人の少女はいた。

蛍光灯の灯りが部屋を照らし、壁も白く、天井も白い。

病室を思わせる部屋の床には写真集や絵本がページを開いた状態で置かれている。

それ以外には部屋には簡素なベッドぐらいしか置かれていない。

少女は二人とも金髪だったが、髪を弄っている方の少女の瞳は紫色で弄られている少女の瞳は銀色だ。

銀色の瞳の少女は大きめの丸い手鏡を持っている。二人の顔が映っていた。

 

「出来たわよ。アスカ」

 

「ありがとうございます。姉さん」

 

ルシエラ・フラガラッハはアスカと呼んだ少女の髪の毛から手を放した。

アスカの髪の毛は右頬にかかる髪が三つ編みに編まれていた。先端はゴム紐で留まっている。

 

「訓練はしばらく無いみたいだから、ゆっくり出来るわね」

 

「姉さん、仕事は」

 

「分からないわ。他のみんなは?」

 

アスカは訓練ばかりであり仕事はルシエラの記憶している限りではしていない。

訓練とは言え、怪物化した者を殺したりはしているはずだ。アスカがルシエラの方を見て表情を曇らせる。

仕事になれば大人か、年齢が上の者が呼びに来る。

 

「顔は見てませんけど、仕事や訓練って聞いてます」

 

「いつものことか……」

 

自分達がやっていることと言えば上が必要だと思ったことを学ばされていたり、実験や訓練だ。

二人が話していると、ドアがノックされる。

 

「アン。居るかい?」

 

「……ヴァル兄さん……」

 

「しばらくしたら、また帰ってくるから」

 

か細い声でアスカがドアの向こうにいる者の名を呼んだ。

気遣いながらルシエラはアスカに手を振ると、ドアの方まで近付いてからドアを開ける。

見上げると、黒髪と青色の瞳があった。

ルシエラよりも五歳以上は年上の青年が立っている。見上げることを止めてルシエラは廊下に出てドアを閉じた。

青年の方を向く。

 

「仕事だよ。言わなくても分かっているだろうけど」

 

「私と、ヴァルだけ?」

 

「他は転戦してるよ。今、居るのは僕たちとアスカ、レーヴァぐらいだね」

 

アスカについて触れないのは彼女はまだ実験が上手くいってないからだ。戦力としては数えられていない。

戦闘能力は付いているが、上が望んでいるところまでアスカは達していないと言う。

何を上が求めているかは知らない。ただ、求められているものは剣王によって違う。

剣王が十、アスカロン――通称アスカはルシエラにとっては妹のようなものであり、出来る限りのことはしたかった。

彼女は戦いには向いていないが、戦ったり実験を拒否してしまえば、殺されてしまう。

彼の情報の方が最新であるとルシエラは想い、気がついたことを口に出す。

 

「……アスカに会わない理由が分かったわ。貴方にとっては連戦になるのね」

 

隣の青年からは濃い血の臭いがした。

彼は答えず、ただ笑うだけだ。

剣王が五、ヴァルムンク、奇数番である彼は近接戦闘が得意だ。その両手で敵を打ち殺して来たのだろう。アスカは血の臭いに自分以上に敏感であり、怯えさせてしまうだろうから、出来る限り逢わないようにしたようだ。

シルヴィオと言う名も彼は持っているが、剣王内ではヴァルと呼ばれている。

 

「偶数番は血の活性化の問題があるからね。奇数番が連戦するのは仕方がないことだよ」

 

「クラウもユースも、レイもティルもこき使われてるのね」

 

血の活性化――狂気の血に覚醒した者が必ず抱える問題だ。狂気の血は使えば使うほど活性化する。

活性化した状態で使える力もあるが、長く活性化し続けていると怪物になってしまう。そうなれば後は殺されるだけだ。

 

「レーヴァに逢っていこうか」

 

「……逢って良いの?」

 

「遠慮しなくて良いんだよ。君は好きな人ほど近寄らせないようにするんだから――」

 

ルシエラが憧れ、尊敬する彼女の愛称を彼は言う。仕事に出る前の僅かな時間、彼の気遣いでルシエラは剣王が二、レーヴァティンに逢えることとなった。

 

 

 

昔のことを回想してしまうと、手が止まってしまう。

ルシエラ・ガートルード・ジンガレッティはヘアーブラシを手に握ったままで、長方形型の卓上鏡を眺める。

かつてよりもくすんでしまった金髪と変わらない紫色の瞳、目を一度閉じてからルシエラは気持ちを切り替えた。

鏡の隣にあるシンプルな置き時計は午前八時になろうとしている。

忍足家に居候を始めて何日かが経過した。この家の人達は良くしてくれている。

髪の毛を整え終わったルシエラはジャージに着替えた。四天宝寺の制服は近いうちに作るつもりだし、

入学手続きも忍足家がしてくれるらしい。

 

(考えなければいけないことは……)

 

学校のこともあるが、どう戦闘能力を取り戻していくかもルシエラにとっては大事なことだ。

血の力も落ちているが身体能力も落ちている。ファルソファミリーとの戦いだって、

薬品精製能力で自分に能力上昇の薬品を入れたり、切り札を使って終わらせている。

切り札の方も以前以上に何度も使えるものではないし、そんな戦闘になるのも困るが、万が一のこともある。

身体を鍛えなければならなかった。

問題としてルシエラは病弱として通ってしまったので、運動をするにしても慎重にしていかなければならない。

時計をもう一度眺めてからルシエラは部屋を出た。

忍足家は二階に子供達の部屋がそれぞれある。

ルシエラが借りているのは、一番奥の部屋で物置として使用されていた部屋で、家具を運び込んで部屋らしくした。

 

「まずは――」

 

呟いて、部屋を出る。

すぐ近くの部屋のドアノブを手に持って捻る。雑誌が床に無造作に置かれていて踏まないように、

気配を出さないようにしながら、ルシエラはベッドで寝ている少年を見下ろした。ブリーチされた茶色い髪の毛が、ぐしゃぐしゃである。シャワーを浴びてすぐに寝てしまったからだろう。

 

「Si svegli presto.」

 

青年の耳元でイタリア語で言ってみる。

”時間なので起きろ”と言う意味だが、寝ている忍足謙也は反応をしない。寝息を立てている。

昔に誰かを起こしていたときは武器を使っていた。殺意を込めて剣を振り下ろしたりすれば、目覚めて剣を受け止めていたが、謙也は一般人だし、そんなことは出来ない。

ルシエラは謙也の頬を軽く叩いてみる。

二十回ほど叩き続けると謙也は目を覚ました。

 

「……ルシエラか……俺を起こしに来るとは……俺がそんなに信用出来んのか」

 

「準備は余裕を持ってするものよ」

 

謙也は起きればすぐに動ける。寝起きは悪くはない。

テニス部では『浪速のスピードスター』と言う異名を持つ謙也は何事もスピードにこだわる。

しかし、彼はスピードがあるからとぎりぎりまで寝ているということを良くやる。

 

「昨日はユーシと電話しとって、アイツと会話しとると時間忘れるわ」

 

「貴方の従兄だったわよね……」

 

ユーシとは忍足侑士のことであり、同じ年の謙也の従兄であるとルシエラは謙也の弟である

忍足翔太から聞いていた。一週間のうち、二、三回は電話で話しているそうだ。

 

「逢える機会があればお前にも逢わせたり、話とかさせたいけどな。お前に興味持っとったわ。お嬢様でイタリア人で世間知らずとか」

 

「世間は知っているはずよ」

 

「でも、ずれたところあるからな。お前は」

 

謙也は起き上がるとルシエラの頭に手を置いた。謙也は日本に不慣れである気を使ってくれるのは良いのだが、ルシエラを子供扱いする。子供扱いというかルシエラは謙也よりも年下と言うことになってしまったので、仕方ないと言えば仕方がないが、ルシエラは不服だ。

 

「……私の方は準備が終わっているし、待ってるから」

 

ルシエラは部屋を出る。

先に朝食を食べておいてから、謙也と共に四天宝寺中へ向かうのが、このところのルシエラの朝だ。

日本の風習には少しずつ馴染んでいるつもりだが、日本とイタリアでは違いが多々ある。夕食だってイタリアでは夜八時辺りに取るのに、忍足家では全員が揃ったら……午後六時や七時に取っていた。

部活に行くまでは余裕がある。準備されていた和食の朝食を食べてから、謙也と共に四天宝寺中へと向かう道を歩く。

 

「体の方は調子ええみたいやな」

 

「良くなったし、安心よ」

 

「春先とか寒いから、体調が崩れやすいんや。イタリアの春ってどんな感じや?」

 

「Marzo marzo pazzarello,vedi il sole prendi l'ombrello」

 

聞かれたのでルシエラはイタリア語で答える。

 

「……お前は日本語上手いけど、こう言うのを聞いとると異人や……とか想うで」

 

「意味としては、三月は狂った天気。太陽が出たら傘を持っていけって感じ」

 

「その手の言葉……日本語にもあった気がするで。天気が崩れやすいんやな」

 

「イタリアの春と言うと言葉が広すぎて一概にこうとは言えないけど、北は雪が降ってるけど中部や南は花盛りね」

 

「そう言われると、日本もそうやな」

 

日本だって北海道から沖縄まで、本州も季節が違いすぎる。

大阪の空気は肌寒いが、イタリア北部ほどではない。

息を吸うと冷たい空気が肺に流れ込んでくる。このところ、大阪の天気は晴ればかりだ。

通学路は人が少ない。ゴミ捨てに行く主婦や遊びに行こうとしている小学生とすれ違ったりはしていた。

日本の風景も見慣れてはきた。

 

「ルシエラ。謙也、おはよう」

 

「蔵ノ介。おはよう。今日は少し、遅めなのね」

 

歩いていると白石蔵ノ介がテニスバッグを右肩に担ぎながら、自転車に乗っていた。ブレーキを操作して自転車を止めると、自転車から降りた。

白石は男子テニス部の部長であり、部活にはかなり早く来ている。

 

「今日は小石川が鍵当番やからな」

 

小石川健二郎はテニス部の副部長であり、頼りになる。

 

「小石川が部室を開け取るとは言え、速めに行かんとな」

 

「走るの?」

 

謙也はせっかちだ。

『浪速のスピードスター』という異名を持ち、テニスでもそのスピードを生かしたプレイをしているが、生活面でもスピードを重視している。食事を食べるときだって早すぎるし寝付きも早い。

 

「それやと、お前を置いて行くやろ。あるいは白石の自転車に乗せてもらうとか」

 

「嫌。それをやるなら謙也の上に乗るわ」

 

「オレがお前を背負って走るんかい!? そんなに自転車嫌いか」

 

「蔵ノ介が悪いのよ」

 

ルシエラは自転車の二人乗りはしないことを誓った。

白石の自転車の後ろに乗ったことはあるが、気分が乗った白石は警察官に追われても走り続け、しまいには歩道橋の階段の上も自転車で上って行った。

 

「今度はそんなことはないで。俺の気持ちは穏やかなんや」

 

「する気無いわよ。それをするぐらいなら走るわ」

 

「お前は病弱なんやから、運動はちょっとはしたほうがええやろうけど、体力とか無さそうやし」

 

「運動ね……した方が良いんだけど……前はしていたんだけど」

 

白石とルシエラが話していると謙也が割って入る。

速度に関して言うならばルシエラはそれなりに速い。

テニス部のマネージャーの仕事をしながら、謙也のことは観察したが、謙也は短距離ならば非常に速いスピードで走れるが。バランス感覚がなかった。ロケットのようなものである。

ルシエラはバランス感覚はある方だ。スピードならば謙也に負けるだろうが、バランス感覚では負けない。

 

「運動なら、テニスとかやってみんか? ルシエラ」

 

「選手として活躍するとか無理よ」

 

「趣味とかでやるならええやろ。俺が教えたる」

 

運動はしていたと言うが戦闘のために体を鍛えていると言った方が正しく、スポーツはルシエラは余りしたことがなかった。

テニスもそうだ。疲れるから運動は嫌いではあるが、体は動かしておきたい。

白石が自転車を押しながらルシエラを誘う。

 

「……やってみようかしら。でも、やるのは遅すぎない?」

 

「そんなこと無いで。財前とか、中学入ってからテニスとか始めたし、中学校やと、新しいことやろうかとかで、部活を選ぶとかの方が多いんや」

 

小さい頃から色々とやっておくべきだというのがルシエラの考えの一つにある。これは彼女が陥った状況に起因していた。

白石が丁寧にルシエラに教えているがこれはルシエラが日本の状況を知らないのと、一般的なことには余り詳しくないから、言っておくというのがあった。

 

「やるんやったら、道具とか揃えなアカンな」

 

「そんなに急いでやらないわ。他にやることはまだまだあるもの」

 

テニスならば良いだろうと謙也も想っているようだ。今日すぐにテニスをルシエラは始めたいわけではない。

それよりも優先でしておかなければならないことはいくつかあった。

 

 

 

ルシエラが白石や謙也と共に四天宝寺中男子テニス部の部室に入ると小石川健二郎が壁に色紙を止めていた。正方形の白い、ボール紙で出来たサインをしたりする色紙だが四天宝寺中での部活では、部日誌として使われているようだ。日々の部活の記録を書く部日誌ではあるが、一般的には部日誌用のノートに書いたりしている。

教えてくれたのは白石で、彼はルシエラに一般のことと、四天宝寺のことを分けて教えてくれていた。

色紙はルシエラも書き込んだが、他のテニス部部員がコメントをつけたりしてくれていた。

 

「小石川さん、色紙の整頓をしているの?」

 

「ルシエラか。オモロい奴を貼るようにはしとるが、定期的に変えんと壁が埋まるからな」

 

「誰かがポスター貼ったりするしな。お笑いライブのポスターとか」

 

「……部室に貼ってどうするのかしら……」

 

小石川は四天宝寺中男子テニス部の副部長であり、ルシエラも世話になっている。解らないことがあればすぐに教えてくれているし、白石やテニス部の顧問である渡邊オサムの補佐もきちんとしていた。

謙也が壁を軽く拳骨で叩いていた。

お笑いライブのポスターを貼るならば部室に貼るよりも、四天宝寺中の校内にある掲示板に貼った方が、宣伝効果がある気がした。

他の部員はと言うとまだ来ていないようだ。

 

「白石。渡邊監督からやけど、今日ぐらいに千歳が来るらしいから、補佐頼むって」

 

「千歳がか、寮に入るんやよな。そうしたら師範にも話しとくか。オサムちゃんは……」

 

「宿直室に居ったわ。競馬でか麻雀でスッたみたいで、空腹そうやったから、朝食のサンドイッチを差し入れたわ」

 

「……オサムちゃん、たまにこういうことあるよな」

 

千歳というと、聞いたことがあった。九州の強いテニスプレイヤーらしい。四天宝寺に来ると言っていたが、今日のようだ。千歳の話題はそこそこになり、男性陣の話題はオサムの方に向かった。

競馬新聞を読んでいるオサムをルシエラは何度か見たことがある。白石と謙也がオサムを心配していた。

 

「寮って、四天宝寺にあったの?」

 

「あるで。ちょいボロボロやけど、うちやと、師範とか入っとるな」

 

「師範が?」

 

「銀は東京出身で、四天宝寺にはテニスの特待生で入っとるんや」

 

(関西弁だったのに東京の人だったのね……)

 

四天宝寺に寮があることをルシエラは始めて聴いた。

小石川や謙也が答えてくれたが、寮のことよりも銀が東京の人であることの方がルシエラの興味を引いた。

銀はテニス部の中では落ち着き払っている人であり、謙也のダブルスの相方だ。

身長がテニス部内では一番高い。

 

「俺、オサムちゃんの様子見てくるわ。千歳についても話とかなアカンから」

 

「渡邊監督、まだ何か食べた方が良いんじゃないかしら。食事と睡眠は取っておかないと駄目よ」

 

「テニス部の部費の一部を削ってオサムちゃんがこうなったときの救済資金はためとるんや」

 

「……蔵ノ介……学校をよく知らない私でもそれは何かあっているんだけどずれていると想うの」

 

白石が対処をすぐにしている辺り、オサムはたまにこういった状況に陥るらしい。

 

「謙也、宿直室に一緒につきおうてくれ。買い物を頼むわ」

 

「ええで。コンビニぐらいひとっ走りや」

 

「日本のコンビニは便利よね……イタリアだとローマとかしか無いわ」

 

「イタリアは田舎なんか……」

 

二十四時間営業のコンビニなどイタリアには滅多には無い。ルシエラは謙也の方を見た。

 

「……タバッキならあるけど、元々日本とイタリアじゃ生活形態も違うし、イタリアは保守的なところがあるから、コンビニが入らないし、治安も悪いから、自動販売機だってお金が盗まれるを理由で檻に入っているのよ」

 

タバッキとは雑貨専門のイタリアのコンビニだ。イタリア人は何件かのタバッキを知っていてそこで細かい雑貨を買う。

治安について言えば良くなってきているところはあるが日本に比べたら悪い。日本が安全すぎる共取れるが。

 

「檻の中の自動販売機とか……使いにくくないか?」

 

「使いづらいわよ」

 

謙也が想像してみているが、自動販売機が犯罪でもしているかのような様子だと想っているようだった。日本が二十四時間営業の店が多すぎるだけであり、外国に行けばそんなにはない。治安や宗教の問題があるからだ。使いづらいが自動販売機で飲み物を買いたいこともあり、置いてあると言うのがイタリアだ。

 

「ルシエラは小石川の手伝いしとってや」

 

「渡邊監督に、賭け事は程々にと伝えて。やるなら臓器とかかけちゃ駄目よとも」

 

白石は自分と謙也でオサムのところへ行き、ルシエラは部室に置いて行くという考えのようだ。ルシエラは賛成すると、オサムへの伝言を頼む。

 

「お前な、ルシエラ、漫画みたいなことを言うな」

 

(……実際にあるんだけど)

 

ルシエラが伝えようとした言葉は謙也からしてみれば冗談に聞こえたのだが、ルシエラとしては本気なところがあった。

彼女は裏社会に居た。裏社会の賭け事というのは賭けられるものはなんでも賭けたのだ。

 

「伝えとくわ」

 

微苦笑を見せた白石が謙也と共に部室を出る。部室には小石川とルシエラが残された。

 

「他の部員はまだなのね」

 

「もうそろそろ集まり出す時間や。……そや。師範にも連絡を取らんと」

 

小石川は携帯電話を取り出す。

白石も気配りが上手いが、小石川も上手い。連絡というのは速めにしておくべきだとはルシエラも想う。

耳に携帯電話を当てていた小石川だったが話もせずに携帯電話のボタンを操作していた。

 

「連絡が取れないの?」

 

「電波が届かん言うとったから、裏山で滝に打たれとるんかな」

 

「裏山とかあるのね」

 

「四天宝寺は意外と敷地とか広いんやで」

 

(学校の中にも華月とか食い倒れビルとかあるし……)

 

ルシエラが知る四天宝寺中の敷地はグラウンドや校舎や部室などだ。学校というのは皆こんなに広いのかと考えたが、かつて見たことのある並盛中はそんなに大きくなかったことを想い出す。

 

「師範は滝に打たれようと想えば一日中とか打たれとる。呼びに行かんと、今日はフリーの試合練習やし」

 

「小石川さん、私が呼んできましょうか? 大体の位置を教えて貰えれば行けるから」

 

「ルシエラがか……裏山は道はあるけど、行けるか……」

 

「裏山には行ってみたいし、入学する前に見られそうなところは見たいの」

 

「それなら、簡単な地図なら書くから頼むで。俺は部室を離れられんし」

 

四天宝寺の練習は練習メニューによっては出なくても良いが、フリーの練習試合は実力を確かめたり、

磨いたりするためには出た方が良い。小石川は渋っていたようだがルシエラは言葉で押した。

机の上にあるいらない紙の上に小石川は裏山の地図を黒の油性マジックで簡単に書いてくれた。ルシエラは受け取ると、小石川から裏山の方向を教わってから、部室から出て、裏山の方に行く。

今は春休みで他の部活も練習に来ているようだった。サッカー部やアメフト部の生徒とすれ違う。

裏門から少し歩いて、裏山に入る。裏山は校舎から離れた位置にあった。人が二人分歩けるぐらいの道が上の方へと延びている。ルシエラは小石川からもらった地図を眺めたが、滝は頂上近くにあると書いてあった。

道は舗装されていないが、歩きづらくはない。人の気配は感じない。ルシエラは頂上近くを目指し、歩き出した。

 

(能力……使ってみようかしら……領域操作の方)

 

ルシエラの狂気の血にどの能力が残っているのか、確かめきれないところがあった。

領域操作というのはルシエラの能力の一つで、自身が領域と認識したところに因子をばらまいていてそれにより、範囲内ならば自由に領域を操作出来るという能力らしい。らしいが着いているのはルシエラもいまいち、解っていないからだ。因子をばらまいているとは言うが領域を操るときは彼女はその範囲を見たり、感覚的に領域だと認識しているぐらいである。

狂気の血で今のところ判明している十三の能力のうち最も謎なのが領域操作であるとは言うがその通りだった。

確かめられたのは領域を不可視にしてしまう能力だったが、これは精度が落ちすぎていた。

白石に発見されたからである。白石は能力は使わないで欲しいと言っていたし、自分が許可を出してからと言っていた。

 

「……薬品精製に比べるとやれることは攻撃面だと雨粒操って叩きつけたり、地面割って相手を落としたり……」

 

する程度なんだけど、とルシエラは呟く。白石がいれば何処がその程度や! と言われそうではあるが彼女は気付いていない。

補助ならば領域内の音を全て聞くことが出来たり、因子を撒くことで情報を検索したりなども出来た。

問題として血の力を全て確かめるには血を活性化させなければならないる。それは怪物に近付くのと引き替えの行為だ。

 

「ルシエラ!!」

 

人の気配がしたので振り向く。ルシエラの名を呼んだのは財前光だった。肩にテニスバッグ、手にはリュックサックを持っている。

 

「財前……?」

 

「小石川先輩に聞いて、来たんっすわ」

 

どうして財前が来ているのかということをルシエラが疑問に想っていると財前が答えた。

部室に来た時に小石川からルシエラのことを聴いて、裏山に来てくれたらしい。

 

「蔵ノ介と謙也は渡邊監督のところよ」

 

「部長と謙也さんじゃなくてルシエラに用事があって……これを」

 

財前は持っていたリュックサックから、箱を取り出した。

取り出されたのは直方体をした透明のケースであり、ルシエラにはこれに見覚えがあった。中には緑色の髪をしたツインテールの少女のフィギュアが入っている。

 

「昨日、私があげた初音ミクのフィギュア?」

 

「返すっすわ。俺、大したことはしてないのにこんな高いもの貰うんわ……」

 

「高いかしら」

 

「……高い……お礼とかは良いんで……」

 

部屋の家具を揃えたり家電を揃えられたのも財前が店を紹介してくれたからである。お礼にとルシエラは初音ミクが好きな財前にフィギュアをあげたのだが、財前はフィギュアが高いと言っていた。

初音ミクのフィギュアは塗装費などを含めると一万円を二枚ほど使っておつりを貰った。

 

「解ったわ。でも、出来ることがあるなら言ってね。尽力はするから。これは……部屋に飾っておけばいいわね。人形だし」

 

「人形とか好きっすか?」

 

「好きよ。ぬいぐるみとか集めていたわ」

 

フィギュアは部屋に飾っておくことにした。買うときに直射日光には余り当ててはいけないと聞いていたので、日陰に置いておこうとは想う。ルシエラは少女趣味な所があり、本拠地の自室にはぬいぐるみが沢山置かれている。忍足家の部屋にも置きたいところだ。

 

「フィギュア入れるときこれ使ってください。それとフィギュアのことはばらさんように」

 

「財前のお嫁さんについては言わない方が良いのね」

 

「俺の嫁ってのは日本語の一つで、自分が好きなキャラクターに使う言葉というか……」

 

そうなの、とルシエラが頷きながら言う。日本語は理解出来るのだが、俗語になったりすると、解らないところがある。

 

「初音ミクは歌うパソコンのソフトだって聞いたわ。日本には凄い技術があるのね」

 

ルシエラは最新技術には疎い。苦手としている。そう言ったことは出来る者に任せていた。

簡単な操作は可能だが、難しい操作になってくると能力を使ったりするし、知識も大雑把だ。

 

「ネットとかパソコンとか疎い方っすか?」

 

「……得意じゃないわね……興味はあるけど」

 

「ミクとか動画で歌とかアップロードされてるんっすわ。聞いてみます?」

 

「聞いてみたいわね。音楽とかクラシックばっかりなのよ。たまに勧められたアーティストの歌を聴くぐらいで」

 

「お嬢様や……ピアノとかヴァイオリンとかも……」

 

財前の呟きにルシエラは一度大きく瞬きをした。クラシックばかりを聴いているのは趣味と言うよりも、かつての生活でそれぐらいしか聞くものがなかったため、聞いていただけである。

 

「そこそこに弾けるわ」

 

「……お嬢様っすね」

 

「……教養の一種で憶えたのよ」

 

教養を憶えさせられたのは貴族社会で使うためだ。組織の教育方針は謎なところがあったが、ルシエラは教養は身につけさせられた。

ピアノとヴァイオリンならばピアノの方が好きである。憶えたと言うよりも憶えさせられたの方が正しいが、ルシエラは言い直さない。

 

「師範を迎えに行くんっすよね。俺も着いていくっすわ。一人やと、危ないし」

 

「平気よ。一人でも迎えに行けるわ」

 

危険があろうともルシエラはどうにかなる。裏社会の者が関わってこなければルシエラは今の状態でも十分にやっていけた。

しかし、そんなルシエラに財前は真剣な顔で言う。

 

「……ここは四天宝寺。笑わせたモン勝ちをスローガンにやっとる学校――。外とは常識とか違うっすわ」

 

風で周囲の木々が揺れる。常識が違うと言うのは白石から教わっていた。財前が真剣に言っているところからして、他とは違うことが四天宝寺にはありすぎるのだろう。

 

「(財前に話を聞いた方がいいかもしれないわね……教科書の話もしておかないと)着いてきてくれると、助かるわ」

 

こうして、ルシエラは財前と共に、銀を迎えに行くこととなった。

 

 

 

「……あれ?」

 

同時刻、ディオニージ・ドゥリンダナは携帯電話を耳に当ててから離した。電話の相手に電話が通じない。”おかけになった電話番号は電波の届かないところにあるか、電源が入っていません”と聞こえる。

 

「ディオ。電話か?」

 

「知り合いにかけたんだが通じなくて……またかけ直さないと」

 

ホテルの前でディオは電話をかけていた。迎えに来た相手の問いに答えながら携帯電話を操作してから、ポケットの中に入れた。騒がしくなってきた町並みを眺めると、知っている者が来た。

軽く手を上げておく。

 

「学校は始めてってお前やお前の雇い主が言うとったが」

 

「通うのは初めてだね。前に潜入してぶち壊したことはあるけど」

 

待ち合わせの相手が丁度来たのでディオは受け答えをしながら、待ち合わせの相手と共に歩く。相手はテニスバッグを持っていて、ディオは同じ服装をしていた。ディオが彼の服装に合わせたのだ。二人は着ているのは学校の制服である。ブレザーだった。

 

「入学手続きとかはやっとるんじゃろう」

 

「雇い主、日本に行くって言っていたし……並盛でトラブルを起こされると困るんだけどね」

 

「お前さんを案内すると言っておけば真田も誤魔化せる。練習も大事だが、案内しとる方が面白そうじゃ」

 

「……そういうものかな……? テニス部の練習って厳しい?」

 

雇い主がトラブルを起こすと対処するのはディオになる。雇い主には戦闘能力はあるが、本格的な戦闘になれば、兵器やディオが駆り出された。並盛に居る次期ボンゴレボスもその守護者も強くなっているし、かつての同胞も居る。

ディオは頭を掻いた。

 

「他の要因もあって今まで以上に厳しいのう。ウチは元々練習は厳しいんじゃが」

 

「大阪で見たテニス部は凄く速い奴がいたりしてたけど……そっちも凄そうだ」

 

頭から手を放すと、ディオは待ち合わせ相手の隣を歩く。連絡は学校について案内が終わってからにしようと決めた。

連絡相手はルシエラであり、自分の状況を伝えておくものだ。待ち合わせの相手は口元に笑みを作る。

 

「それより凄い。これから行くのは立海大付属中――テニス部は全国二連覇しとるからの」

 

 

【続く】

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