そして、比企谷八幡は世界から忘れ去られる   作:T・A・P

1 / 1
そして、比企谷八幡は世界から忘れ去られ歩き出す

 さて、いきなりですが比企谷八幡と言う男の事を語りましょう。

 あなた方としては聞いたことのない名前でしょうが、わたくしとしては彼以上に存在感溢れていた名前を持った人間を見たことがないのです。しかしながらそれを分かっておらっしゃった、理解していた人間はそれほどいなかったでしょう。いえ、今では誰一人としていないと申し上げた方が正しいでしょうか。ですが、過去に理解できずとも理解しようとした方や、理解の寸前までいかれた方はおられましたでしょうね。

 と、今のあなた方に申しあげましてもわたくしの言葉を理解する方はございませんでしたか。いえ、それは無理からぬことでしたね。

 申し遅れました、わたくし【傍観者】と申します。

いえ、本名ではなく役職と言いますか通り名と言いますか。他には【観察者】とも呼ばれておりますので、お好きな方で呼んで結構です。

疑問をお持ちの方がほとんどではありますが、全ての疑問は語り終わってからお聞きいたします。

ただ一つだけ答えるとしますと、あなた方の夢に出てきた理由として一時の後悔をお持ちいたすためでしょうか。遺憾ながら夢でありますので、一晩と言う時間しか与えられておりませんので皆様が起床する頃には全て忘れてしまわれるでしょう。ですが、一晩だけでもあなた方に知ってもらいたいのです。

『自身がどれだけの絶望を生みだされたのか』

 いえ、これはわたくしの私情でございますね。

 全てはあなた方が判断すべき事ですゆえ。全て見終わった後にお聴きいたしたい事がありますので、どうか目を逸らすことのないように。

 

 

 

 その日、比企谷八幡は珍しく目を覚ました。アラームが鳴る前に、小町に起こされる前に目を覚ました。いつもとは違う目覚めに、珍しい事もあるもんだと眠い目をこすりながら洗面所に向かった。

洗面所に向かう途中リビングに顔を出したが、小町はまだ起きていないのか姿は見えなかった。顔を洗い、歯を磨き自分で軽く朝食を作り(と言っても、パンを焼いただけだが)小町を待っていたがそれでも下りてくる様子は無かった。

時間が押し迫り、部屋に戻り制服に着替えているとようやく小町が起きてくる音が聞こえてきた。

「お兄ちゃんごめん、小町寝坊……誰?」

 部屋の扉を小町が開けて、時がとまったように立ちつくしていた。

「小町、さすがにそれは……」

 八幡が全てを言い終える前にドアから離れ、小町はどこかへ行ってしまった。

「……なんなんだよ」

 少しだけ困惑するも「まあいいか」と、気にも留めず着替えを済ませ鞄を手にとり学校へ行く準備を終わらせた。するとどこかへ行っていた小町が戻ってきて、

「小町、さっさと準備しねぇと遅刻すんぞ」

 そう、いつものように声をかける。

「お兄ちゃんはどこ!」

 小町の強い言葉を聞き反射的に顔を向ける。顔を向けると、その手には家のどこにあったか分からない木刀が握られていた。

「おい小町、それは何の冗談だ」

 八幡は諭すように声をかける。いつもの突発的な何か、だと判断したのか特にこの状況に疑うことなく不用心に不用意に近づいてしまった。

 大きく振り上げられた木刀は八幡の頭上めがけて、振り下ろされた。

「マジでなんなんだよ小町!」

 寸前で鞄を盾にしてどうにか木刀を止め、入れ代るように部屋から廊下へと追い出された。

「いったい何がしたいんだよ小町!」

 ようやく何かがおかしいと感じ始めたが、それでも何が起こっているのか見当もつかない。

「うるさい!お兄ちゃんはどこ!」

「なに言ってんだ」

 小町は息を荒げて八幡の言葉を聞くような状況じゃなく、一度間を開けた方がいいと思いなおし逃げるように玄関へと向かう。その間、小町の追撃は無く無事に玄関へとたどり着き靴を履いて外へ出た。

「なんなんだよ、ほんと」

 肩をすくめてため息をつき学校へと向かう。帰った話をしねぇとなぁ、と事の本当の重大さをいまだ気付かずのんきにペダルをこいでいた。

 

 

 

 少しだけ歯車が狂いだしているこの世界だが、八幡は入学式のような事故に会う事もなく事故以上に衝撃を受ける事となる。

 学校に到着し、自転車を置いて自らが所属している教室へと向かった。ここで八幡は少し違和感を覚えた。周りから見られている、と言う感覚が今日に限ってないのだ。見られているという違和感ではない、見られていないという違和感。比企谷八幡と言う人間は自身が認めるように目立つことを良しとしていない。しかし、とある事情から今では目立つ人間となっている。目立ち方の善し悪しは別にして。

 故に必ずと言っていいほど、こと総武高においては視線を感じるようになっていた。しかし、今はその視線が皆無である。まるで、自分と言う存在が否定されているような気がするくらいに。

 だが、ここでも比企谷八幡は深く考えなかった。深く考えた所で答えなどでるはずもなく、答えが載っている人生の参考書があるわけもなく違和感を切り捨てた。その行動は、ほぼ正解だろう。誤解とはすでに解が出ている、とはよく言ったもので、全てが終わっている物はもうどうしようもなく終わっているのだ。

 無言で教室の扉を開け少しの視線にさらされ、自分の席へと足を運ぶ。いつものようにイヤホンを耳につけ机に顔を伏せた。が、すぐに声をかけられてイヤホンを外した。誰が声をかけてきたのか、そんなのは顔を見ずともすぐに分かったからだ。

「えっと、あの……」

「どうした、戸塚」

 戸塚彩加、天使です。

「あの、言いにくいんだけど。その席は君のじゃないと思うんだ」

 比企谷八幡は石化した、追加で9999のダメージ。

「…えっと、戸塚、ここは俺の席なんだが」

 まさか戸塚に『お前の席ねぇから』と言われるとは。もう八幡のライフはゼロよ!

「そこは僕の友達の席なんだ、えっと……あれ、おかしいな、名前を度忘れしちゃったけど、でも、君の席じゃないよ」

 ようやく、おかしいと気がついた。変だと気がついた。しかし、気がついたからと言ってどうにかできることなんてない。何が起きているのか、どうして起きているのか、何にも分からないからだ。分かったところで、無駄だという事が分かるくらいだろう。

「それに、なんで僕の名前を知ってるの?」

「おい、戸塚、お前らしくない冗談だな。俺を忘れたのかよ、比企谷八幡だ、なぁ」

 問い詰めるような、問いかけるような、すがりつくような。

 今すぐ立ち上がり、戸塚に詰めよらんばかりの表情をしているがいかんせん足に力が入っておらず、生まれたての小鹿の様に震えていた。そして、追い打ちをかけるかのようにもう一人、近づいてきた。

「ねぇさいちゃん。どうかしたの?」

「うん、ちょっとね」

 戸塚は目線で由比ヶ浜の視線を八幡の方に向けさせた。

「あ~えっと、そこは知り合いの席って言うか……」

「由比ヶ浜、お前も、なのか…」

 落胆をしているわけじゃない、落胆なんて生ぬるい。腐った目がより一層腐りかけるほどに、絶望が顔を見せる。

「え、なんで私の名前知ってるの!もしかしてどっかであったことある?もしそうだとしたら、ごめんね」

 両手を合わせて謝っている由比ヶ浜を見て、次の言葉が口から出なかった。口はどうにか動くものの声帯が仕事をしていない。いや、全ての指令を出す脳がすでに動いていないのだろう。

「結衣、どうかしたのか?」

「あ、隼人君」

「あれ、彼は誰だい?」

 トップカースト、葉山隼人の登場である。葉山は八幡を見て何か考え込んでいたが、ある可能性に気がつくと声をかけてきた。

「ああ、君は転校生だね」

 その言葉に戸塚、由比ヶ浜はなるほどという表情を見せた。

「多分だけど、平塚先生が先に教室へ行っておくように言ったってところかな」

 さわやかにそんなことをのたまった。

「俺は葉山隼人、よろしく。その席の、えっと、おかしいな度忘れしたみたいだ。まぁ、その席の生徒が来たら教えるから、その時はHRまで俺の席に座っていてくれ」

 そう言って葉山は由比ヶ浜と一緒に自分のグループへと戻っていった。

「僕は戸塚彩加、よろしくね」

 戸塚も同じように自己紹介をした後、その場から去っていった。

残されたのは……

 

 すぐにHRになり平塚先生が教室に入ってきた。そのまま教室を見渡し、それで出欠席を把握し不審な顔になった。

「ん?お前は、誰だ?」

 八幡は自分に言われている事がすぐに分かった。

「俺ですよ!比企谷八幡です!」

「ひきがや?そんな名前知らんが。ああ、転校生か?そんな話は聞いていないが、また連絡ミスか。ったく、教頭め。毎回毎回………」

 教室中の視線は八幡へと注がれた。しかし、そんなことを気にする余裕は今の八幡にあるはずもなく。鞄をひっつかみ、後ろの扉から廊下へと出ていった。

「おい、ひき、がやだったか。どうした!」

 後ろから平塚先生の声が聞こえてきたが、俯き表情の見えない八幡は止まることなくどこかへ行ってしまった。

「なんだったんだ」

 そんな後ろ姿を眺めながらそれ以上引き止める事なく、教室に戻った。

 

 

 

 八幡は奉仕部の教室でとある人物を待っていた。

昼休みには必ず来るであろう少女を、奉仕部の部長であり、虚言を吐かない彼女の事を。HRから昼休みまでかなりの時間があるが、それでも八幡は時間を潰すことを暇をつぶすことをする状況ではなかった。茫然としながら、今朝の事を教室でのことを頭の中で反芻して考えていた。『どんなにありあない事でも、最後に残った物が真実だ』と言ったのはシャーロック・ホームズだったか、とそんなことを思い出しながら考えていた。

何が起こっているのか、これはすぐに答えが出る。

『おそらく、比企谷八幡という存在を忘れている』

 しかし、答えが出た所でにわかに信じることはできない。どんなに残った物が真実であれど、あり得ないことはあり得ない。『ありえない、なんてことは、ありえない』なんて言葉も思い出したが、どうにも納得することはできない。それよりも、八幡以外の全員が忘れたふりをしている方が幾分か現実的だ。

だから、ここで待っている。

 

 

 何度目かチャイムが鳴り、外から喧騒が聞こえてきた。そこから数分経ち、扉が開かれ、雪ノ下雪乃が入ってきた。

「………」

 雪ノ下は扉を開けていきなりそこにいた八幡に幾分か驚いた表情になっていたが、すぐに表情を戻した。そんな表情の変化に心に少しだけ希望が顔を覗かしたが、すぐに絶望へと顔色を変えた。

「あなた、一体誰かしら」

 その一言で、十分だった。

いつもの罵詈雑言ではない、本当に知らない人間に対しての拒絶の言葉。人の目ってのは、口ほどに物を言う。だから目を見れば何を考えているのか、だいたい分かってしまう。だから言葉以上に分かってしまう。

「それに誰の許しを得て、その椅子に座っているの」

 虚言を吐かない彼女、だから彼女の言葉に虚言はない。

「悪い、さっきまでここの部員に相談していてな。そいつ、用事があるとかで俺が伝言役として残ったんだよ」

「そう、うちの部員がごめんなさいね。あの男、何様のつもりかしら。放課後に問い詰めなければならないわね」

「いや、数日部活に来ることができないと言っていたが」

「……そう」

 話はそれで終わりとばかりに、雪ノ下はいつもの椅子に座り誰かを待っていた。それを見て、八幡は立ち上がりそれ以上言葉をかけず扉の前に立ち最後に、

「雪ノ下、サヨナラだ」

 聞こえるか聞こえないかの声を残し、

 

姿を消した。

 

 

 

 翌日のニュースに短くこんな事を言うアナウンサーがいたとのことだ。

『今朝、高校生の死体が発見されたとのことです。遺体には争った形跡もなく、死亡状況から見て自殺と発表されました。

遺体の衣服と持ち物から総武高校の生徒だという事は分かっておりますが、いまだ身元が判明していないとのことです。では、次のニュースです』

1分も流れなかったそのニュースは、同時にその人間の命の軽さを言っているように見えた。

 

 

いかがでしたでしょうか、これが皆様の忘れている比企谷八幡と言う存在の最後でございます。いかがでしたでしょうか、思い出されたでしょうか。あなた方が忘れてしまった、そして、思いだされました比企谷八幡との、別れ。

今、一時的とはいえ記憶が戻ったあなた方にわたくしはようやくあなたがたに問う事ができる。

雪ノ下雪乃様、由比ヶ浜結衣様、戸塚彩加様、平塚静様。そして、《比企谷》小町様。

わたくしが問わしていただきます。

 

……いや、俺が。俺、比企谷八幡が問う事になるか。

 

そうですね、わたくしではなく比企谷八幡様が問うべきでしょう。出過ぎたまねをいたしまして申し訳ございません。

 

さて、お前ら『どうだった?』

 

……雪ノ下、別に俺は答えを聞きたいわけじゃないし、何も聞く気はない。ただお前らにどうだったかを問うだけだ。

由比ヶ浜、なんで謝ってんだよ。何に対して、謝っている。別に俺は怒っちゃいねぇんだ。そんなただただ謝るだけの謝罪は意味がねぇんだよ。

戸塚、別に気に病むことはねぇさ。

平塚先生、いずれ結婚はできますよ。あと、一緒にラーメンを食いに行けなくてすみません。

小町、ごめんな。

これが俺の最後だ。どこまでも俺らしかっただろ。

「………………」

 雪ノ下、悪いなそっちの声はもう聞こえねぇんだ。もう朝だって事だ。心配するな、目覚めるとまた全て忘れているだろ。ああ動こうとしても無駄だ、ここはそう言うふうにできているらしいんだよ。動かせるのは言葉だけ。

「…………」

 だから聞こえねぇって。

「……」

 まったく、リセットどころかデリートってのは笑っちまうな。

「…」

 ……じゃあな。

 

 

 

 これで良かったのでしょうか、八幡様。

 

良いんだよ、これで。

 

 わたくしといたしましては真実を言ってもらいたかったのですが。

 

 どうせ忘れるんだ、言っても無駄だ。

 

 そうでしょうか、こんな事を引き起こしたあの方たちに真実を言う権利はあると思います。それが忘れるとしてもです。

 少なくとも、八幡様を明確に否定していたあのお二方には。

 

 言ってどうなる、言ったら元に戻るわけじゃねぇんだし。それに、全ての人間から否定されるような生き方をしてきた俺が何を言っても無駄だろ。

 

 八幡様ならそう言うと思っておりました。

 

 んじゃ、帰ろうぜ。

 

 はい、帰宅いたしましたら紅茶をお入れいたします。

 

 

 この世界、地球には意思がある。

 世界はたまに自身の都合で人の存在を奪う。その時、犠牲になるのは存在しなくても良い人物である。判断としては他から存在を否定されている人間らしい。らしい、と言うのはそれが正しいのか判断に困る時があるからだ。だが、おおむねこの判断で動いていると思われる。

 ここで勘違いしてはいけないのは、世界が悪いと言うわけではない事だ。世界は世界が維持するために必要な人数を必要最小限で押さえている。無駄に奪うことはしない。それに、自己が自己を守ることは最も自然で誰にも侵害できない事柄の一つだ。

 なら、悪を作るとしたらどこに責任が向くのだろうか。

 否定される生き方をして来た自身なのか、否定して来た他人なのか。まぁ、そんなことを言っても意味は無いだろう。

 比企谷八幡は自身の生き方を最後まで否定しなかった。それゆえに、比企谷八幡は最後の別れを言う事ができた、と言う事が今回における救いだったのかもしれない。

 

 

「やっはろ~ゆきのん!」

「や、やっはろ~」

「ゆきのんかわいい~」

「ちょ、ちょっと、由比ヶ浜さん」

「……あれ、ゆきのん何かあった?泣いた痕があるよ」

「いえ、特にないわよ。ただ、今朝気がついたら泣いていたのよ」

「ゆきのんも?」

「と言うと、由比ヶ浜さんもかしら」

「うん、今は御化粧で隠しているんだけど」

「そう。いったい何故かしら」

「そうだね~。そう言えばゆきのん、奉仕部の教室ってこんなに広かったっけ?」

「由比ヶ浜さんもそう思うのね」

「うん、誰か足りない気がするんだよね」

「私も何か分からないけれど、足りない気がするのよ」

「不思議だね~」

「ええ、そうね」

「おう、やってるか」

「平塚先生、ノックをしてくださいと」

「悪い悪い……なぁ雪ノ下、もう一人誰か奉仕部にいた気がするんだが」

「あれ、平塚先生もそうなんですか」

「なんだ、由比ヶ浜もか」

「で、平塚先生用事はなんなのでしょうか」

「ああ、ちょっと手伝ってほしいんだが………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪ノ下、サヨナラだ」

 

 比企谷八幡は、姿を消した。

 

 

 その歩く姿は儚げで、吹けば消えてしまうような霧のようだった。その場に存在しているのに掴むことなどできず、陽炎のように揺らいで見える。だが、すでにその姿を観測する第三者の存在自体がいなかった。

 どこに向かっているの分かっていないだろうが、それでも足を止める事はなくただただ歩いて行く。

一人で歩く八幡は、昔聞いた懐かしい曲を口ずさんでいた。

 

『パフ 魔法の竜が暮らしてた

 海に秋の霧 たなびくホナリー

リトルジャッキーペーパー友達で

いつでも仲良くふざけていた

 

 パフ 魔法の竜が暮らしてた

 海に秋の霧たなびくホナリー

 

 パフ 魔法の竜が暮らしてた

 海に秋の霧たなびくホナリー

 

ボートをこいで 旅を続けた

大きなしっぽにジャッキーを乗せて

王様たちは挨拶をした

海賊たちは旗を下げた

 

 パフ 魔法の竜が暮らしてた

 海に秋の霧たなびくホナリー

 

 パフ 魔法の竜が暮らしてた

 海に秋の霧たなびくホナリー

 

 歳をとらない竜とは違い

ジャッキーはいつしか大人になり

とうとうある日 遊びに来ない

さびしいパフは 涙を流す

 

みどりの鱗 流して泣いた

桜の道を散歩もせずに

ともだちはなく ひとりぼっち

頭を垂れて ほこらへ帰る

 

 パフ 魔法の竜が暮らしてた

 海に秋の霧たなびくホナリー

 

パフ 魔法の竜が暮らしてた

 海に秋の霧たなびくホナリー』

 

 そんな歌を口ずさむ。タイトルはなんだったか、と頭をひねるが結局思い出せなかった。しかし、口ずさむことをやめず歩いて行く。

 

『パフ』または『Puff The Magic Dragon』と呼ばれるタイトルである。

おそらく八幡が子供の頃に聞いたことがあり、今の今まで記憶の奥にしまってあった物が掘り起こされているのだろう。忘れ去られたパフと言う魔法のドラゴンと今の自分が似ている故に思い出したのだろうか。それとも、一人ぼっちになったというところなのだろうか。

ただ思い出したから歌っているのか、それは八幡にも分からない。

ふと、何かに気がつき立ち止りそちらに顔を向けた。

 

「お待ちしておりました、八幡様」

 

 顔を向けた先にはギャルソンの恰好をしている女生とも男性とも判断のつかない人間が立っていた。戸塚のように女性寄りではなく、なんと言うか中性的であった。

 

「お怒りになられているのは当然かとは思います。申し訳ございませんでした」

 綺麗な姿勢で深々と頭を下げ、再び顔を上げた。

「いや、別に怒ってねぇよ。どうせ最終的には俺なんて忘れ去られていただろうからな。小町は、まぁ、俺の様な重りが取れて幸せになるだろ」

 ガシガシと頭を掻いて答える。

「んで、俺はどうなるんだ?」

「わたくしと一緒に来てもらいます」

「そうか、じゃ行こうか」

 素直にそのギャルソンに近づいた。

「もう少しだけ時間はありますが」

「別れならとっくに済ませたよ」

「そうですか。では、お連れいたします」

 軽く一礼し、踵を返そうとして八幡はあることに気がつきそれを止めた。

「ああ、そうだ。名前を聞いても良いか。一方的に知られているのはなんだかな」

「わたくしは【傍観者】もしくは【観察者】と呼ばれております。お好きなように呼んでもらってかまいません」

「……なら【パフ】って呼ぶ事にするぜ」

 ギャルソンはその名前で呼ばれた途端、目を見開き明らかに驚いていた。

「なぜ、その名前を?」

 口を振わせ、動揺しながら尋ねた。

「さぁな。ただ、すぐに浮かんだ名前がこれだったんだよ」

 どうにか【パフ】は落ち着き、踵を返して歩き出した。八幡はそのあとを追いながらもう一言だけ言葉を紡いだ。

「それに、どこか似ていたんだよ」

 自分にであろうか、歌詞にであろうか。

 八幡は目の前を歩く【パフ】の後ろ姿を眺めついて行く。

そして気がついていて、気がつかないふりを続ける。【パフ】が緑色の涙を流しているのを。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。