人の切り替わる瞬間。

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境目

 

 

 どこか疲れた印象のある男だった。小さな皺のついたスーツが、男をよりくたびれて見せた。

 市内ではそこそこ大きい方の公園で、真ん中には噴水がある。遊具の設置してあるエリアと広い原っぱのエリアに分かれていて、男の座るベンチはちょうどその間にあった。自販機、時計、街灯。それらが、ベンチを囲むように配置されていた。

 原っぱで四、五人の男の子が鬼ごっこに興じていた。男が、チラリと時計に目をやった。四時半。街灯を見る。点くにはまだ大分早かった。

 男が、息を吐いて背を丸めた。そうすると更にくたびれて見えた。髪は短くグレーのスーツで、リストラを言い渡されたサラリーマンのような感じだ。それからぼうっとした顔で空を見上げた。雲の流れを追っているようだった。顔は動かさず、視線だけが右から左へと流れた。動きは速くなかった。風は、ゆるやかに吹いている。

 男の子が六人、公園に入ってきた。男がそちらに目をやった。男の子達は遊具のエリアには目もくれずに走っていく。元々いた子ども達と合わさり、一つの塊になった。最初から同じグループだったようだ。後からきた組の持っていたボールを使いサッカーを始めた。ゴールネットなどはなく、大きめの石を二つ並べてその間をゴールにしていた。

 どこかほっとしたような表情をして、男が視線を戻した。風が少し強くなっている。雲と雲の間の青に一筋の白が走った。音が聞こえた。飛行機。すぐに、見えなくなった。しばらくの間、惜しむように男は飛行機の音に耳を傾けた。

 ボールが転がってきた。男の二メートルほど横で止まった。子ども達の内の一人、いかにもガキ大将といった感じの大柄の少年がこちらを見て片手を挙げた。どこかに図々しさはあるものの、悪ガキという風ではない。男が大儀そうに腰を上げて、ボールを掴むとぎこちないフォームで投げた。子ども達が一斉に声をあげた。ありがとう。男は口許だけでちょっと笑って小さく手を振った。次々と子ども達が背を向けてサッカーに戻っていく中、大柄の少年は最後までこちらを向いていた。他の子が全員背を向けた後、頭を下げてから大柄の少年も走っていった。それを見届けてから、男は自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに戻った。

 缶を念入りに振ってから、男はプルタブに指をかけた。軽い音を鳴らしながら缶を開けると、一息で飲んだ。口の端に零れたコーヒーを手の甲で拭い、時計を見た。五時二十分。もう一度確認してから、男は缶の縁に僅かに残ったコーヒーをすすった。

 高校生ぐらいの男女二人組が通った。男の右手と女の左手が繋がれている。どちらも、不要な力が篭っていた。女が耳元でなにかを言い、男がはにかんだ。初々しいカップルだった。男の目が束の間細められた。それは羨んでいるようでもあり、微笑ましいものを見るようでもあった。

 カップルはしばらく公園を歩きながら語らい、ゆっくりと出ていった。

 チャイムが鳴った。児童達へ帰宅を促すチャイム。男が時計を見た。六時。街灯に明かりが点いた。

 不意に、男の気配が鋭くなった。くたびれた印象は、元々なかったかのように一瞬で消えた。獲物を見つけた獣のようだ。空き缶を、片手で握り潰した。煙草をくわえ携帯でどこかと連絡を取ると、ベンチから立ち上がった。

 子ども達の横を通った。子ども達は遠巻きに男を見るだけで、決して近づかなかった。男は、急に足の向きを変えると子ども達の方へ歩きだした。だんだんと距離が詰まる。あと十歩というところで、一人の子どもが男の前に飛び出してきた。大柄の少年だった。男と、睨みあった。十秒、二十秒。少年は、目を逸らさなかった。挑みかかるような目だ。男が、口許だけで小さく笑った。その瞬間だけ、獣が引っ込みくたびれた気配が顔を覗かせた。

 男は獣に戻ると、振り替えることもなく歩き始めた。男が公園を出るまで、少年はその背から目を離さなかった。

 

 

 

 

 




缶の縁に残ったコーヒーをすすりながら思い付いた話

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