東方流星記 ~ Imperial Fugitive.《帝国の逃亡者》   作:Exar Kun

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第8話A Yes, think.But no words.

 言語とは、知的生命体が用いる意志伝達手段であり、社会集団内で形成習得され、コミュニケーションや、抽象的な思考を可能にし、結果として我々の社会的活動や文化的活動を支えている。幼年期における言語の取得は環境適応の手段であり人格形成の基でもある。人が人らしく生活するに必須とも言えるだろう。だが、必ずしも幼年期に特定の言語を得なければならないという訳ではない。寧ろ人は年を重ねるにつれ新たな言語を習得する必要となる。それは事業の為であり、任務の為であり、異文化交流の為であり

 

「全問正解、完璧ね」

 

 日々の生活の為である

 

「「おめでとー!!」」

 

[満点おめでとう]と記載された鉢巻を額に巻く姫様とてゐさんが前者は大袈裟に、後者はどこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら賞賛の言葉を述べる。両手には手書きと思われる満面の笑みをした自分の似顔絵が描かれた小さな旗を持っている。そしてその後ろでは鈴仙さんが小さく拍手をして下さっている・・・目前の二人を奇怪な目で覗きながら。宣告すれば、このテストは確かに永琳さん曰く最終試験とのことだが、だからといって合格により何かしら得る物は無く、この世界における私の生活能力の向上と言語力の発展が結果として現れたに過ぎない。それにこれまで何の関心も示さなかったにも関わらずこの期に及んで何故この様な賛美を行ったのかと疑問が浮かぶ。

 

「あなたたち、一体何しに来たの?」

 

「暇だったから応援しに来たの」

 

「右に同じく」

 

「わ、私はこれからの業務に支障が無くなるかどうかと思って・・・」

 

 おおかた二人に無理矢理連行されたのであろうと思いつつ、当の二人を見る。わざわざ鉢巻を作る程暇を持て余しているのか、そう思うと共に自分の努力の結果が暇潰しの余興扱いであるという事実に多少ながら遺憾の念を浮かべる。

 

 だがそれでも

 

 何時の間に作ったんですか? ―

 

 愛さえあれば一晩で出来るのよ! ―

 

 愛ウサ~ ―

 

 皆が喜ぶならば、悪くないのかもしれない

 

「ふふふ」

 

 

 好きな物を見つけた子供を思わせる囁くような笑い声が感傷に浸る自分を貫く。微笑ましい光景を見たような、そこか楽しそうな、慈愛が満ちたと称すれば良いのか、"素敵"な笑顔を見せながら永琳さんがこちらを覗く。

 

 

「とても優しい表情をしていたわ」

 

「・・・」

 

 その嬉しそうな表情は安堵をもたらすが同時に照れを感じる。

 

 あの日から三週間程経過した。この世界の生活環境への適応も上昇しつつある。見慣れぬ筈であった屋敷は今や安心感を引き立て、まるで生後常に住居としているような錯覚を醸し出す。一つ屋根の下、女性が囲む中男性が一人という生活状況多少なりとも意識が誘発されてしまい未だ慣れることはないが、永遠亭の住人の一人としてのスタートは順調に進みつつあると評価する。

 

 伴って各人との仲も進展したと思われる。一方で未だに気を遣うという事が前提とするような接し方をしている―――これまでの経験や技術で磨かれた上辺の接遇をしがちであるとも自覚する。敵拠点より直接的に情報を獲得するだけが諜報活動ではない。寧ろ対象自身やその近辺等人間関係や状況を利用した"柔らかい"情報収集が諜報活動の半数を占める。その諜報の核となる任務で必須となるのが処世術や会話術等心理的偽装である。これらの巧手を持たずに諜報戦線へと足を踏み入れるのは、装甲服を着用せずに最前線へと向かうストームトルーパー(機動隊員)と同一とも言える。

 

 生来の本質故か幼年期の経験からか自分は寡黙な性格、気質であった・・・いや、その性質は今も変わらない・・・だがその様な気性を形成してきたからこそ比較的短期間で私は"役者"としての技術を会得した。どう返答すれば人は喜ぶのか、どう振る舞えば人を魅了するのか、どのような口調を使えば存在の顕著を抑えるのか、どう捲し立てれば人は弱さを吐露するのか・・・

 

 他意の無い自然な心理を保ちつつ会話が進んだ状況も無論存在した。だがどうしても会話の流れを読むような―――機嫌を取るような方向へと誘導しようとする意志が介在しがちである。そしてそれに付随するかの如く上辺な、時には気取った様な物言いが口元より発せられてしまうのだ。軍人としての日々のみ過ごしてきた弊害とも言うべきか・・・

 

「銀河系の人間は褒められると考え事ばかりする性質なのかしら?」

 

「いえ、そういう訳では・・・」

 

 思考に落ちた自分を引き揚げる様な声に対し、反射的に反応する。相手に思考の状態を悟られるとは・・・諜報員失格である。

 

「ゆっくりと馴れていきなさい。時間は沢山存在するのだから」

 

 確かに彼女たちはその様な事を気にすることはないだろう。そして彼女が述べたように時間は膨大に存在する。

 

 見透かされた事実に驚かされながらもその言葉に同意する自分がいた

 

 

 

 

「三色団子六本、お待たせしました!」

 

「ありがとうございます」

 

仕事を終え、団子屋で一息。外の世界では旧式と認知される木造建築の中でも、この店は自分のような"素人"にも外観でいくたの年月を経てきたと感じさせる。一見濃色に見える茶色の板々は淡い団子との不思議なコントラストを醸し出す。

 

「ご主人の趣味らしいよ、普通の家を建てるより高かったって言ってたわ」

 

  成程、道理で板々の劣化や腐食が感じられないと思ったがその様な訳があったとは。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 団子を食するのは今回で二回目。病みつきと表現するのは過誤であるが、自然の甘味を口内で引き立てるこの菓子は早速自身の舌に適うものと化した。

 

「―― ― ― !」

 

「ドロイドは食べられないだろう?」

 

「― - — ――!」

 

「洗浄液に混ぜるってそもそも液状化が困難だ」

 

 R2は生物学的行動等に関心が強いのかよく食べ物を食べたがろうとする。そして今回はこの団子が彼のお目に適ったらしいが、言わずもがなドロイドは食事が出来ない。

 

「マタジュースヲマスターノオ顔ニ吹キカケルツモリカ?」

 

 以前、駄々をこねるR2にジュースを流し込んだ経験があったが見事内部経路で異常を発したのか頭部よりジュースをまき散らし、私の顔を液体まみれにしたことをマグの発言から思い出す。地上軍の将校達の談笑がまるで時が止まったように一瞬消え、怪訝な顔でこちらを観察していた状況は正直あまり思い出したくはない。

 

「アル君はR2の言ってる事分かるの?」

 

 過去の惨劇を思い返しているとふと鈴仙さんが疑問を呈する様な表情を浮かべながら質問してくる。確かにドロイド語ことバイナリ―を理解する姿は他の原語で会話する光景よりも奇妙に感じる事であろう。

 

「はい、彼が使用するのはバイナリーというドロイド言語です」

 

「ドロイド言語?」

 

「ドロイドたちが発する幾つかの機械音の抑揚により構成される・・・モールス信号のような物です。ですから完璧に理解できる物ではありません」

 

 基本的な信号はマニュアル化されておりそれを暗記すれば事足りる為、多くの人々はバイナリ―を習得しようとしないが少なくとも三年も接していれば自然に会得している言語でもある。中には肯定―――ピッチの上昇、否定―――ピッチの下降、のみを知っているという人も少なくはない。

 

「アル君の世界にはどれくらい原語があるの、やっぱり一千語くらいはあるのかしら?」

 

 銀河系における正確な言語数は調査されてはいないがサイボット・ギャラクティカ社のベストセラー、3POプロトコルシリーズは確か

 

「最低でも六百万語は」

 

「ろ、六百万!?」

 

予想を遥かに上回る答えに驚愕したのか団子を持ったままたじろぐ鈴仙さん。思わず団子を落とさないかこちらまで心配してしまう。

 

「銀河系は広いのね・・・他に喋れる言葉はあるの?」

 

「そうですね、ボスィーズやマンド`アならば日常会話程度は」

 

 巨大で且つ透明なスパイネットを保有し、中立を示しながらも同盟軍の強力な情報戦力として活躍するボサン。同盟軍の諜報部と"戦う"我々からすれば彼等の言語を習得するのは必須であった。そしてマンド`ア―――銀河にその名を馳せた傭兵部族、マンダロア戦士団が使用する特殊言語。帝国領ながらも度々反乱の起きる当地での任務では同じく必要不可欠であった。独特の音程を持つこの言語を取得するにはどれだけの時間を費やしたか・・・

 

「Ori'jate」

 

「おりーえいと?」

 

「"美味しい"という意味です」

 

「へぇー・・・ねえ、どんな風にそういった言葉を使うの?敵の通信を解読するとか、潜入で使うとか・・・」

 

「そうですね」

 

 どの様に使用するか・・・一言で表すには余りに抽象的であるが・・・そうだな

 

 

「任務地で相手を口説く際には必須でした」

 

 

 最も顕著な例としてやはり口説きは外すことは出来ない。対象地近隣に住む住人からターゲットの親族に至るまで、行動心理学諸々習得した知識を演技と並列することにより多くの情報を入手してきた・・・私の場合はフォースによる手助けもあるので固有の要素とは言えないのだが。

 

「口説くって・・・女の子を!?」

 

「ええ・・・ん?いや―――」

 

 驚きに満ちた様子を見せながらこちらに顔を向ける鈴仙さん。どうやら世間一般で言うところの"口説く"と混同してしまったらしい。いや、確かにいきなり口説くなど言ったらその様に想像するのは当然であり過失は自分にあるだろう。

 

「アル君って意外と女好き?ブン屋とのデートも実は本当だった!?」

 

 まずい、誤解が飛び火している。直ちに是正しなければ。

 

「違います!口説くと言うのは職種用語で・・・この場合は男女関係なく―――」

 

「男女関係なくって・・・男好き?いえ、この場合両刀使い!?」

 

 急迫状態での説明では自らの意思とは矛盾する言葉を発してしまう事が多々ある。今回の場合決して矛盾した事実を伝えたわけではないが、その伝達自体が相手の発言により割り込まれた現状は特に違いは無いだろう・・・落ち着いて抗弁を行おうと再度彼女に振り向いた瞬間

 

 カシャッ ―――

 

 右側面より銃の引き金、よりは軽い単発音とフラッシュバンとは比べものにはならない程低威力な発光が浴びせられる。とは言え視覚器官には十分な"攻撃"となり得る発光、思わず右目を覆うように腕を上げ、同じく目を閉じた鈴仙さんの様子を片目で追いつつ、原因源へと顔を向けると

 

「新聞の見出しは、そうですね・・・『永遠亭の薬売り二人、団子屋で痴話喧嘩?』なんていかがでしょうか?」

 

 見知った顔の天狗が好機を得たとでも言わんばかりの笑顔を浮かべながら我々を見ていた

 

 

 

 

 

「そりゃ口説くなんて言ったら誰しもそう解釈するでしょうね。でも本当にスパイだったんですね、007みたい。あんまり想像つきませんけど」

 

 R2とマグを調べながら射命丸さんがそう呟く。見出しについて反論しようと言葉を発する前に"わあ、これがドロイドというやつですね!"と新しい玩具を見つけた子供のような勢いで彼等の下へやって来た為、抗弁は後回しという結果となった。被写体二体は一方はされるがままに撮影され、もう一方は"上手く撮れよ"と繰り返していた・・・R2、君はいつからモデル・ドロイドになったんだ・・・

 

「で、あんたは何しに来たの?まだ取材し足りないのかしら?」

 

「あややや、まあそれもありますけど今回は偶然と言うか何というか・・・人里の上を飛んでいたらあなたたちの姿が目に入ったのでご挨拶をしようと」

 

「いきなりカメラで撮るなんて随分なご挨拶じゃない」

 

「いやぁ、とっても仲良さそうに痴話喧嘩していたのでつい」

 

「だから違うって言ってるでしょう」

 

 しつこい、そう言うように射命丸さんを跳ね除ける鈴仙さん。皿と茶碗を返しながらその姿を目に映す。屋敷でもてゐさんと喧嘩?じみたことを多々行う彼女であるが硬化した、攻撃的と称せば良いのか・・・とにかく自分には見せないような態度を屋敷の外では見られる。いや、攻撃的というよりもそれだけの仲であるということか。自分もいつか彼女等の様な仲になれるだろうか。どこか消極的な思案を念ながらも再び席へと戻ろうとするが

 

「あら、ごめんなさい」

 

 フードで顔を隠した女性とぶつかってしまう。

 

「いえ、こちらこそ失礼。お怪我はありませんか?」

 

 一端距離を取りつつ一応確認をする

 

「紳士的な殿方ね・・・見ない顔だけれどもしかして外の世界からいらっしゃった方?」

 

「ええ、そうですが」

 

 すると女性は口元に笑みを浮かべながら近付いてくる。相変わらず覗かすのは口元に限られ、全体の輪郭さえ見えない。だがその口元の笑みはどこか不気味で妖艶な―――(カモ)を見定める娼婦の様な印象を私に与えた。様々な惑星でその様な女性を見てきたがあまり近付きたくはない人種だった・・・そう思っていると彼女が目の前で停止する。

 

「あなた、外の言葉―――外国の言語を幾つか知っているのでしょう?ああ、ごめんなさいね、盗み聞きするつもりはなったんだけれど店に入る前に偶然耳に入ってしまって」

 

「ああ、いえお気になさらず・・・それが何か?」

 

「博識な方なのね。他の言語を理解する人間なんて幻想郷では珍しいわ。とても知的で―――魅力的」

 

 当然であろう。外の世界の人々ならばいざ知らず、この地の住人はベーシック・・・訂正、日本語を使用しているに留まるのだから。それよりも彼女は何者だ・・・携帯雨具(ポンチョ)に類似した服装に身を包んだ怪しげな女性―――妖怪だろうか・・・人間の本能なのか、これまでの経験が後押ししたのか、徐々に警戒感が増すのを自覚する。

 

 

「とってもおいしそう」

 

「っ・・・」

 

 

 本当に娼婦の様な女性だ・・・まるでからかわれている様にも思える。まさかこの世界での娼婦はこのような恰好が正装なのか・・・或いは職業柄、平時に姿を見られたくないのか。第一印象からくる考察に考えが圧倒されてしまう。いやその様な印象は除外しなければならない。ただ目の前の女性を見るのだ・・・推察如きに捕らわれてはいけない・・・

 

 

「ふふふ、また何時か会いましょう、博識な人」

 

 そう言って踵を返し、彼女は立ち去って行った。たった数秒の出来事だったが色々と疲れを感じる。

 

「でもやっぱり彼、女性を落とすの得意そうですよ。初めて会った時も私の事口説かれましたもん」

 

「なっ!やっぱりあんたたちデートしてたの?」

 

「はい、私もつい心奪われてしまって、家にご招待しようと思ったのですが『今日は先約があるんだ、ごめんよ素敵な天狗さん』と言われ、去って行ってしまいました」

 

 清く正しい射命丸という二つ名が偽りの名であることを改めて発見した。これまでの任務でもその様なきざったらしい言葉を吐いたことは無い。だが相手をその気にさせる物言いで口説いたことも多々あった。それらを思い返し且つ客観視する事で普段の自分とは似つかわしいであろう自信を想起する事により恥ずかしさを感じる。

 

 その羞恥を消すかのように射命丸さんの発言を是正するべく言葉を発しようとするが

 

 

「・・・」

 

 

 言葉が出ない

 

 

「・・・」

 

 

 印象深い光景に圧巻されてた状態を示す慣用句の方ではなく、言葉通り・・・いや、喋れない・・・

 

 アル君はそんな事言わないわ ―――

 

 あややや、だけど彼は"口説き"の天才ですよ ―――

 

 継続される二人の会話がつむじ風のように去っていく。一体何が起きた・・・発声機能に異常が?それとも失語症の様な脳血管障害か・・・

 

 

 ある種の恐怖に似た感情を抱きつつ混乱していると片割れがこちらを向いて何か喋ってくる。

 

「                      」

 

「                」

 

 だが分からない、理解できない。彼女たちが言葉を発しているのは聞こえる。聴覚に支障はない。だが中身がまるで空っぽのような・・・浮ついた"何か"にしか聞こえないのだ。どういうことなんだ!?何故発声が出来ない、理解出来ない!

 

「         ?」

 

 異常を感知したのか、疑問を浮かべながら二人が近づいてくる。相変わらず何と言っているか分からない。まるで他の惑星に来たような感覚が甦る。

 

「     ?」

 

「    ?」

 

 R2のバイナリ―もマグの機械じみた声は聞こえるがやはり理解できない。このような状況は銀河系に於いてはある意味慣用であったにも関わらず、自身の世界観が崩れるような疎外感と虚無感が少しづつ蓄積していくようだ。焦りの高まりが感じられるが、何とか気を落ち着かせようと深呼吸をする。そのおかげか多少肩の力が抜けていった。何れにせよ現状で判明していることは、現在の私はそれまで理解可能であった言語の把握が不可能となっている、という事実だ。身体器官の異常は見られない。確実に彼等の音声は正確に聞き取れている。だがそれがまるで他種族の原始言語にしか聞こえない。言語変換を行う脳の機能に異常が?やはり失語症や失声症か・・・しかし脳管疾患から発生する前者と向精神的疾患である後者がこうも並立して且つ突然に表れるとは想像がつかない。いや、失語症においても発声機能の低下は認められているが・・・

 

 様々な推測が浮かぶが現時点で私が解析可能な程の立証は成り立たない。恐らくこれは私の知識、経験等を凌駕した事態―――この世界、ひいては幻想郷由来の出来事の可能性が高い!つまりは私では認識できないような"何か"を被った可能性があると仮定する。しかしその前提を置くならばどの様にして被ったのだろうか・・・精神的な、身体的な、自然的に或いは人為的に・・・成程

 

 

 

 

 

「レッドフィールドさん今日こそ私の家へおいで下さいまし」

 

「そんな事させる訳ないでしょうが発情天狗」

 

 ブン屋の馬鹿な妄言に呆れつつ戻って来たアル君を視界に入れるがどうも様子がおかしい。どこか驚いているような混乱しているような。隣のブン屋も感じ取ったのかこちらに顔を向けてくる。

 

「アル君、大丈夫?」

 

 声を掛けるが彼からの反応は無い。いや、口を開いて何かを伝えようとしているのは見て取れるのだが肝心の言葉が出てこない。

 

「――――-?」

 

「マスター?」

 

 ドロイド二人もどこかおかしい主の様子に気付いたのか声を掛けるが相変わらず返事が返ってくることはない。すると彼は突如深呼吸を始め何か物事を思案するような表情を浮かべながら立ち止まった。一体どうしたって言うの?心配と疑問が内心生まれる。それと共に彼は何らかのジェスチャーをし始めた。両手の人差し指で四角い長方形?を書くように手を動かして、次に

 

「ペン?」

 

 思わず声に出してしまう。長方形にペン―――紙と何か書く物、っていうことかしら?

 

「紙とペンですか?少々お待ちを」

 

 ブン屋も同じことを思ったらしく使い込まれたように見えるペンと同じく所々傷の付いたメモ帳を彼に手渡した。

 

「永遠亭では口を使わない伝言ゲームみたいな事をしてるんですか?」

 

「してないわよそんな事」

 

「じゃあレッドフィールドさんの悪戯、いや気まぐれ?」

 

 後ろに振り向き屈みながら初見の印象を伝え合う。勿論、ブン屋の言うようなゲームなんかしたことないし・・・アル君の気まぐれ?本当にたまーに奇妙なことするけど―――無理な姿勢で手を地面につけようとしたり、洗面台に美肌クリーム置いたり、変な言葉呟いてたり・・・いやあれこそ他の言語だったのかもしれない。

彼の方を再び垣間見ようと首を動かす。一体何を書いたのかしら?

 

「・・・何も書いてないですね」

 

「・・・アル君?」

 

 テーブルを覗き込むが用紙には落書きの様な線が幾つか記されてるのみ。"何してるの"と聞こうとすると突然右腕を掴まれた。

 

「えっ、えっ?」

 

 いきなりの行為にびっくりしてしまい、身体が震えてしまう。外部からの圧力によって腕に緊張が走るが、力は緩い―――優しい彼が私を気遣うように・・・本当にどうしたのかしら?昔の事を思い出して怖くなってしまったのだろうか。詳しい事情は聞いていないが、思い出して心地良い事ばかりで無かったことは想像出来る。だが続くジェスチャーからするにそういう訳ではないらしい。

 

 口元に指を指し、両指で×を作り、ペンを持って何かを書こうとする真似をして再び×を作る

 

「喋れない・・・字が書けない・・・?」

 

「・・・」

 

 こちらを見つつも何の反応も示さないアル君。首を振る事もなくただ私たちを見つめる。大海原を連想するような青い透き通った綺麗な瞳。その目にはしてやられたとでも言うような悔しさに似た感情が波長を見るまでもなく感じ取れた。

 

「兎さん、もしかしたら・・・」

 

「ブン屋?」

 

 彼の仕草に何か気付く点でもあったのか独りでに呟く射命丸文。どうしたと言わんばかりに顔を覗く。

 

 

「これは妖怪の仕業かもしれませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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