東方流星記 ~ Imperial Fugitive.《帝国の逃亡者》 作:Exar Kun
[ウビクトレイト]情報部の最高権限を有する人員で構成された委員会。メンバーの人数や詳細は極秘であり組織的戦略の考案に寄与している。唯一認識されるのは彼等の最高位にある帝国情報部長官のみで主にそこから下部部局へと指令が下る。つまりアイサードのBBAはここのトップである
[調整局]ウビクトレイトに対する直接の報告が認められた直轄極秘部局。他の部局が対処不可能な状況に陥った場合は、ウビクトレイトより直接派遣され事態の収拾と回復を図る。その命令や任務報告書が記録に残る事は無いらしい。所謂エリート
[作戦局]情報部最大の部局で支局が対応出来ない様な任務や実行作戦を遂行する実働部隊。アルはここの傘下である暗殺部門にかつて所属していた
[帝国元老院]新三部作で御馴染みの銀河元老院の後釜。名称の変更と権限の低下以外特に変化はない。秘密裏にタワーを尋問官の拠点にされたり、結局解散されるなどかわいそうな組織
「―――これまでの様に、いえ、これまで以上の意欲を持って皆さんとこの都市、引いては惑星全体の発展に貢献したいと思います―――」
惑星トプラワ―――帝国領カラミス宙域トプラワ星系地殻惑星。森林を主要地域としながらも都市化された地域を有するアウターリムの玄関口。その主要都市―サリク・シティ内中央部にそびえ立つサリク劇場にて、前任期からの続投の結果を勝利した前兼新市長の再就任演説が浸透する。大人数の存在にも関わらず完全と評して良い程の静粛を維持しているが、それは参加者の政治的関心とそれから成る現時での集中が高い事を意味する。
「―――ご来賓の皆様、そして休日にも関わらず足を運んで頂いた市民の皆様に改めて感謝の意を表します。皆様、ご清聴、ありがとうございました!これからもよろしく!」
拍手と歓声で大劇場内部は覆い尽くされた。人気ある政治家や著名人等の演説後の反応としては普遍的なものとも捉えられるが、来賓の礼儀上の礼節のみに制限されることの無い本心からの反応である事が、市民の表情や流れを基に推測出来る。元より確固たる人気と投票率を誇った彼にとっては市長続投の結果は本人にとってもその享受下に収まる市民にとっても自明の理であるのかもしれない。仮に彼が死亡するという事態が発生した場合には如何なる状況へと当市の行政、政治は変化するのだろうか。市長役職を持つ者の死亡という手続き、行政上の損害と、衆望を持つ市長という個人の死亡に対する市民等の心理的不安や悲嘆を引きを超す事に反論は無いだろう。
数ヶ月前、解析局からある解析結果が発表された。長年トプラワで議員を務めてきた元帝国元老院議員、シン・アルバルトに反乱軍との密接的関係の嫌疑が掛けられたのだ。共和国末期、皇帝に対する反抗的議員組織リパブリック・グループに参加していた彼は、帝国樹立後に於いても長期間我々の対象の一人であり、何らかの行動に参与しているとの推定を前提に調査は継続されていた。敵対諜報員の潜伏支援、惑星に於ける反乱勢力増大等を危惧した
《続きまして、トプラワ・サリク学芸団の少年少女達による市長への祝典合唱です》
"私達"のそして"私"の任務の始まりである。壇上より席に戻るアルバルト。最前列中央に居座る目標との距離は約15m―――数歩で到達する程の短距離。丁度目前に位置する事により客体全体が伺える。長い演説や挨拶を終了させて間もないにも関わらずその表情からはこれより芸を為す子供等への期待や慈しみが取れる。
指揮者が拍手の下、登壇する―――5,4,3,2,―――
指揮者が手を上げた―――1,
ドゥゴゴゴォォォォォン!―――
防音環境下に於いても聴覚可能な音量の爆発音が劇場上階より響き渡る。それと共にする様に劇場中の電灯がその輝きを反転させる。
何だ?何が起こった!? ―――
停電?それに爆発? ―――
管理室、直ちに非常電源に切り替えろ! ―――
参加者の戸惑いと子供達の悲鳴が反響する中、
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?―――
しかし照明の回復にも関わらず、悲鳴が止む事は無い。一体何故だ?疑問を生じさせながら警備要員が後ろを振り返るその視線の先には―――
「し、市長!!」
―――胸部より流血する護衛対象の無残な姿が晒されていた
「うーん、こんなに疲れたの久しぶりかもしんない。あのお嬢様が家の兎達みたいに大人しかったらいいのに」
「そんな事言ってあんたも楽しんでたじゃない。貴方達いい友人になれるんじゃないの?」
「成程、成程、ポンコツ頭の鈴仙ちゃんにはそう見えるんだ。友人?―――どう見ても姉と妹だったじゃないか!勿論、私が姉!」
「だとしてもあんたの方が妹に見えるときもあったわ。彼女、幼い部分もあるけど所々聡明に見えたし・・・あと、ポンコツ頭はあんたでしょ?」
「なにぃ!?」
日光より強い日差しを浴びる中、クリムゾン・コマンドから帰投する我々三人と二体はその経路上に並ぶ河川や田の間を通りながら永遠亭を目指している。竹林等の自然環境や家屋等の人工物の不存在により日光の直接投射下にいる現状は体感温度の著しい上昇を導いている。言い合いというその現状不考慮を思わせる行動を開始した同行者達に失笑を想起しながらも先程までの状況を思い返す。自己意思の形成と他への遠慮を期待した当主は血を分けた妹に対して再び館内での行動を許可した。地下への抑留という心理的、身体的拘束から解放されたからか彼女―――フランは随時、今我々を照らす日光の様に輝かしい笑顔を見せる結果へと帰結した他、自分が誠意の上で伝えた意思は彼女に伝わったらしく、自ら他人の為に行動をするという発展的余波をも伴うという自身の努力が最大限認められる事態へと幕を閉じた。そして光栄な事に、彼女は私と再び遊びたいと申してきたのだ。彼女への恐怖と義憤は既に消失していた。無論、その姿を視界に入れれば、当時の記憶が印象として現れる事はあるが、現状の彼女の印象と期待がそれに優越し、否応にも此方が自然と笑顔を形成するようになった。
思うに、私は彼女に自分自身を投射していたのかもしれない。道徳的、普遍的、社会的観念の欠如による認識、理解能力の低い子供―――昔の自分自身を。だがそれは肯定される訳ではない。彼女が自分を殺害し掛けた事実は変わらず・・・いや、彼女の場合は殺害という実行結果に至る事は無かった―――彼女の努力で。しかし、自分は・・・
アル君、待ってよ~ ―――
後方から掛かる呼び声に思考が一時中断され、現況の把握へと移行する。思案という緊張を包括する状態下、無意識的に歩行速度が上昇してしまったようだ。反省をしつつ、彼女等の元へ引き返す―――それまでの思考を打ち消す様に。
幻想郷に於いて人間が生息する区域は主として人里である。だが、円形の人里より分岐する様にして幾つかの集落、特に農村がその周囲を連なり、それらの区域に於いても多数の人間が生活を営んでいる。クリムゾン・コマンドに通ずる経路上にも比較的広大な集落が存在しており、現在、我々は休憩を取りつつ、再び足を進めている。人里の門が遠目ながらも視認可能な範囲に進入した頃、自身の感覚がフォースを通じ警鐘を鳴り響かせた。物置群が連なる一本道、その物置間に生じた隙間より何らかの攻撃の可能性。客観的以上、環境的異常共に無し―――だが確実性を有する警報だ。対応すべく後方の同行者達へ横顔を向ける。
「御二人とも、止まって下さい」
「どうしたのアル君?」
「忘れ物?」
突然会話に横槍を入れた自分に対し、疑問を提示する二人。その返答は為さず、マグとR2に対し、彼女等を防衛するよう手信号を送付する。事後の行動に着手する二体を確認した自分は、右腰部より筒状の非致死兵器―――
「目を閉じて、耳を塞いでください」
「アル君、どういう事なの?何をするつもり?」
「敵対意思を持つ人員の気配を感じました。今は指示に従ってください」
「指示って言ったて・・・」
「いいじゃん、何かおもしろそうだし」
新たに創出した疑問を示す片割れに対し、見物として状況を捉える他方。不満の視線を見せながらも指示に従う二人を確認し、上部に付いたボタンを押し続け、対象潜伏地へと投擲する。
ドゥゥゥゴゥゥォォォンン!―――キィィィィィン ―――
けたたましい爆音と短時間は聴覚に残置する残音を発生させる弾音が周囲1mに浸透する。100万カンデラ以上の閃光と180デシベルの爆音をもたらすこの手榴弾は被視覚対象者に対して一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状と、それらに伴うパニックや見当識失調を誘発する。つまり角を介する我々と異なり、対象は視覚的にも損害を享受する結果となる。
うわぁぁぁぁぁぁ!?目がぁぁぁ、目がぁぁぁ!!―――
悲鳴を挙げる対象。経験的予想と異なる女性の声であった為、驚愕を伴うも、確認すべく近接する。だが角に進入する寸前、対象たる少女がその姿を表す様に爆発地より這いずり出てきた。ブラスターを対象へ向けつつ、その外観を視覚する。水色のショートボブに髪に同色のスカートを纏う自身と同年代、いや、多少下の少女。漠然たる印象と情緒から想察するに妖怪。そしてその推察に最大の寄与をする、表面に目とされる感覚器と長い舌を有する紫色の唐傘の存在。群青色に類似する紫の色は本能的な不気味さを醸し出し、通常の傘に見られぬ"妖怪的"要素の随伴に警戒心が向上するのを自覚する。この傘が付随物であるのか、固有の意思を有する様な幻想郷的常識外生命体であるのか・・・疑問の増出が断絶する事は無いが、直ちに身元等の確認を行わなければ。その指針の下、横たわる対象へと再度接近するが
「こいつ・・・里で有名な唐傘お化け?」
鈴仙さんの一言に行動が止まる。交友関係・・・は存在しないようだが、その存在は認知している様な物言いであった。
「あーあ、殺しちゃった。もう永遠亭から追放だね」
「彼女は死亡していません、一時的な気絶状態にあるだけです」
「でもやりすぎじゃない?」
「確かに」
「・・・」
彼女等の保護を優先目標としていたとは言え、自身の防衛行為は先制攻撃につき過剰であったとの評価を受けるのを免れない。確実に敵対意思が存在したとは断言出来るが、その範囲が我々に対する重大な利益侵害を包括するとは恐れながら肯定出来ない。対象への警戒に依る確認ではなく危虞に従う意思の下、直ちに確認をしようとする。最中、前方より男の子が此方へ駆けて来るのを視認した。その視線は横たわる妖怪に集中しており驚愕と不安を示唆するかの如く焦りを見せながら彼女に近付く。
「お前、小傘ちゃんに何をした!?」
視線を前と上げた彼が自分を睨め付ける。その表情には疑問と怒りの念がフォースを通ずども感じられる。
「ああ、その・・・襲われると思って少しの間気絶してもらったんだ。直ぐに目を覚ます筈だ」
「嘘吐くな!小傘ちゃんは人間を襲ったりはしない、驚かすだけだ!」
彼の言葉に衝撃が走る。襲いはせず驚かすだけ―――だが彼女からは明確な敵対意思が感取された。だが考えようにはその攻撃意思を単なる実行意思と錯誤した可能性もある。仮にそうであるならば自身は大変な過ちを為してしまった事となる。急激な自身の帰責性の増大を自覚する事により、反対に自己を肯定する要素が機能し、罪悪感から退避しようとする心理状況の変化が生じるが、過去の事実を変更するなど無論不可能である。それ故か未だ怒りの消えぬ少年の視線から逃れる様に被害者に注視しようとする意識が作用する。
「ん・・・ここ何処だ?」
通常であれば数分は気絶状態が維持される筈であるが、妖怪である為か彼女は人間よりも逸早くその目を開いた。客観的安全を確認できた為か、内心の否定的感情が緩和されるのを自覚する。しかし、自身の重過失の可能性の消失への安心とも取れる保身的感情の生起に良心部分の激し反応へと発展する。
「小傘ちゃん!大丈夫?どこも痛くない?」
「・・・あれ、信一?何でここにいるの?ていうか私・・・あれ、あなた達―――私が驚かそうとした!」
意識も安定した様に見える被害者に対し謝罪をする中
「申し訳ありませんでした」
汗が地面に滴るのを目撃し続けた
「いや、元々驚かそうとした私に非があるし―――自業自得だし」
「だとしても過剰でした。自分にも過失はあります」
「別に過失って訳でも・・・」
「そうだよアル、こいつが悪いんじゃん」
物置群近隣の広場に設置されたベンチに於いて再度被害者へと謝罪する。当の被害者はあまり気に掛けている様には思えず、第三者からの評価に於いても彼女の過失が認められると取れるが、自身の気は晴れない。仮に一般的な生産過程により人為的に生産された何の謂れも無い兵器による攻撃でなく、精神的な―――妖怪の"生死"に関わるであろうフォースによるものであったならば彼女の存在が消失していたかもしれないのだ・・・釈明するならば、対象の種やカテゴリーが不明である場合は極力その様な攻撃手段を選択する意識を創発しない自負はあるが。
「お兄さんは何で小傘ちゃんが驚かしてくるって分かったんだ?何時もみたいに傘が角から見えたとか?」
「い、何時もそうとは限らないもん」
彼女の行動への予測について少年―――信一君より質問を受ける。今回は完全な偽装を施していたが、彼の経験によると恒常的には万全とは言えない様だ。そのまま今回もそれらと同様にその存在の断片が確認出来た事に依ると弁解を為せば、それこそ過剰防衛の絶対性を証明するに値するものである。
「・・・私の能力が彼女の・・・我々に対する攻撃の意思を捉えたんだ」
「攻撃の意思?小傘ちゃんが?まさか!」
詳細を攪乱しながらも事実を表明する。対する反応は自分の能力に関する関心を寄せる性質では無く、私の提示した理由の一部に対する驚愕と道化を含む呆れであった。
「小傘ちゃんは人間に攻撃しようなんて思えないよ。人間の事怖がったりもするんだから」
「おいおい、あんた本当に妖怪?人間に恐れを抱くなんてダメダメじゃん」
「そ、そんなことないよ~!」
彼女は人を驚愕へと陥れ、その反応を糧とする心を食べる妖怪。ならば我々に対して攻撃的意思を保持する優位性も必要性も阻害されているように見える。彼女は一定期間、人間の驚きを得ていないと述べていた―――長期間の不摂取による本能的な搾取の傾向が内心にて形成されたが故にそれをフォースが感取したのか。若しくは、先制により実行行為を妨害された又は既知の少年に目撃された故、元より攻撃意思を有しながらも我々に対して欺罔を働く事によって現状を逃れようとしているのか。将又、自身のフォースの感応に異常や低下が生じているのか・・・或いはその双務的発生か。原因追及に悩むが確定要素を現時で把握する事は不可能であると判断する。
何れにせよ、自身に問題の根源が在るならば、これより未来への活動に於いて非利益的影響を及ぼす可能性がある。生を享受してよりその身に随従してきた
「はぁ・・・」
最中、被害者たる妖怪のため息が耳を貫く。改めて心理的負担が増大するのを自覚する一方、彼女の内心より諦念や焦燥といった事情の不達成、不到達等に対する否定的感情が湧き立っているのを感じる。その時の自分は今回の失敗に依る不満としか認識できずにいた
「私も妖怪じゃないから彼等の性質について確かな理解を得ている訳ではないわ。でも思うに、貴方の最初の意見が最も合致していると思う」
曰く、"暇を持て余していた"我が姫君は本日の案件についてそう見解を述べた。やはり一件は妖怪の本能部分に反応した結果に過ぎないのだろうか。上位者による考察だからか、下級たる自身の思考に深く浸透する。
「やはり本能的な志向に基づくものなのでしょうか?」
「人間は腹を空かせると食事を取る。家に材料が無いのなら買いに行く。買うお金が無いのなら人から奪う。食べる物が無いのなら―――人を食す・・・それが人間の本質的感情。ならば、同じように情緒や本能を持つ妖怪にそれが該当しないとは言えないのではないかしら?」
「・・・しかし、所謂心神耗弱に類する様な状態には見えませんでしたし、我々に対して改めて敵意を表す様な事もありませんでした」
飢餓状態下と仮定して、人間ならば生存を目的とする野生本能が理性を優越する可能性が想定される。それにより恒常的に内向な者でも攻撃的な志向へと移行する確率も決して低いとは言えない。そしてその状態下にある者は総じて外観による客観的判断が比較的容易である。だが当の彼女はその思案を誘発させる様な表出を示すことは無かった。しかし、人間と妖怪は例え似通っていると言えども、根本的に異なる種である。人間の場合と同様に考える事が確実性を有する結果をもたらすとも限らない。
「単に心を抑える事が出来る段階にあったに過ぎないのでは?」
姫様の言う可能性にも一理ある。けれども自分のフォースが感じた意思からは確かに敵意が・・・いや、やはりフォースの感取に異常や変化が?多様の疑問と考察に脳の中枢が機能停止するのではないかと錯誤する程の意見の衝突が内心にて繰り返される。
「あまり考え過ぎる事もないわ、アル。貴方には関係ない事なのだから。その傘妖怪が貴方に再び影響を与えるななんて事は確実ではないわ」
思考の循環を崩壊させる言葉に揺れを感じる。確かに自分がこれ程まで意識を集中するに利益性があるとは言い難いが
「・・・他の危険に繋がるかもしれないので」
社会に悪影響を及ぼすならばそれは自身にとっての不利益である。
「他人の為に思い悩む―――閉鎖的で滑稽な独善・・・だけど―――貴方のそういう考え、好きよ」
どこか嬉しそうに答える姫様。その言葉に小さく笑みを浮かべながら返事を返す。
「貴女も同じように思う筈です」
「私の心を読んだの?」
「読まずとも分かります」
永遠亭の主たる蓬莱山輝夜ならばそうすると私は確かに確信していた。
「それにもしフォースに乱れがあるならば、姫様の事を誤って殺しかねません」
「あ、確かに」
今日も私に驚く人間はいなかった。自分なりに工夫を施しても相変わらず皆笑うか好奇の目で見るだけ。こないだも永遠亭に来た外来人におみまいしようと試みたが、強烈な光と全てを消し去るような音を発する機械に気絶させられた―――人間如きに・・・
湧き上がる憤懣。もうかなり長い間驚きで腹を満たしてはいない。自身の理性がどんどん壊れていくのが自覚出来る。だからこんなにも苛立ちを感じるの?あの外来人は私に敵意があると言った。何を持ってそう思ったか分からないが自分自身でもないのによく易々と言えるものだ。何もかもイライラする・・・
「小傘ちゃん!」
私の名前を呼ぶ声。聞き慣れた若い少年の声。
「信一・・・」
「何やってんだよ小傘ちゃん、こんな所で。驚かす側が堂々とし過ぎじゃない?」
彼は何時も私が驚かすと飛び跳ねる様にして驚愕する・・・いや、驚いてくれると言った方がいいか。陳腐で大人どころか赤子も騙せない様なわざとらしい反応。そんな事をされても何の腹の足しにもならない。寧ろまともに驚かす事の出来ない哀れな妖怪を馬鹿にしている様に思えて不快であるのが正直な所だ。
「信一はさ、何で何時もわざわざ驚くふりをするの?」
その言葉に目を開く少年。まるで悪戯が親にばれた子供の様な反応。彼がこれまでわざと驚いていた事の証明だ。
「わ、わざとじゃないよ。俺は本当に―――『嘘吐き・・・』」
びくりと身体を震わす人間。その心からは驚愕と恐怖が満ち溢れる。自身の感情が溢れ出るのが止まらない。今までの鬱憤を晴らすかの様に私の心は躍動し続ける。
「甘く見ないで、あんたが本気で驚いていないのなんて誰が見たって分かる・・・ねえ、そんなに馬鹿にして楽しい?哀れな傘妖怪の姿を見て満足?」
「お、俺は―『消えて』―え?」
「不愉快だから私の前からいなくなって・・・」
「で、でも!」
「・・・」
何の返事もせず唯睨み付ける。そんな私の姿に恐怖したのか彼は走り去って行った。その瞬間私は満足感で満ち溢れた。馬鹿にしてきた相手を懲らしめたという鬱憤の消失が気分を高める。
「馬鹿な人間、私を・・・」
彼の恐怖を感じたからか思考が徐々に冷静となる。一体私は何をした?まるで自分自身でなかった様な、だけれども感じる充実感。そして回帰する、自分が何をもたらしてしまったかを。
「わ、私・・・信一に・・・ど、どうしよう・・・私は―――」
―――彼を傷つけてしまった
光を投射する青空に雲が侵入する光景をふと上空を見上げる中、視認する。外環境より予測するに、上昇気流により上層へと発達した所謂積乱雲。当地域上空での停滞を見るにいずれ雨天となる可能性が高い。傘等、雨具は不携帯―――至急帰投するべきであろう。最寄りの門へと向かおうと歩みを進めるが、その途中、記憶に新しい且つ自身の考慮の範囲に含む人物の姿を目撃する。一度観察を行うべきか思案するが、その外観が陰湿な雰囲気を纏っている事に気付く。全体を捉えるも、何らかの損害を被ったのか目は空ろであり進み行く足元は遅緩である。
「・・・多々良さん、大丈夫ですか?」
その異様性に緊急事態を想起し、駆け寄り声を掛ける。しかし、反応は見せない。
「多々良さん!」
未だ地面に視線を送る彼女に対して再度呼び掛ける。すると自分の存在に気付いたのか顔を上げる。
「っ、多々良さん、何が―――『私、』」
私の問い掛けを妨げる様に怯えを感じさせながら言葉を発する。
「大変な事しちゃった・・・」
「・・・そうでしたか」
半ば強制に連れ込んだ茶屋の席で彼女が現状を発生させるに至った原因を聞く。どうやら、私の彼女に対する第一の考察がその原因との間に間接的関係があるようだ。
「普通の妖怪は満腹にならないからといって相手に敵意を持つ事はあまり無い。そうじゃなかったら人里の人間は皆、人食い妖怪なんかに食べられてる筈だわ。妖怪は自身の目的を我慢する事が出来る。目的を達成せずに腹を空かしても一定期間過ぎれば空腹感は収まるし、何ら影響を及ぼす事はない・・・だけど私のような心を食べる妖怪は少し違う―――私達は人間の心と密接な繋がりがある。人間が空腹で苛立ちや不満を募らせる様に私達もその様な感情を持つ。誰も驚かないならば無理にでも驚かせようと思ってしまう程」
私の第一の考察は正解であるようだ。目的の不履行という事実に対する不満等の否定的感情の蓄積が彼女の本能にも影響し、それは対象への敵意を生み出す性質にまで発展したと判断する。フォースに何ら問題が存在しないという結果に安堵するが、対して目前の彼女には何の利益も感じさせぬものである。
「でもそんなのは詭弁・・・我慢しようと思えば出来る。だけど私は弱かった・・・驚かす事が出来ないっていう事実にちっぽけなプライドや不満が抑えきれなくて・・・信一を!」
彼女の悲痛な思いと意思が聴覚にも心理にも流れ込む。人間を優越するという妖怪にとっての原則的規範を達成出来ぬ日々は自尊心を歪ませ、空腹から成る精神不均衡を増長する結果をもたらしたと推定する。
「もうあの子には会えない・・・私は・・・」
「・・・彼の方は貴女を待っているかもしれません―――貴方と再び会うのを」
「・・・信一は私の事嫌いなのよ。さっきのせいでより一層・・・」
「落ち着いて考えてください。何故彼がわざと驚くような仕草を見せたのか。本当に貴女を見下しての事だと思いますか?」
侮蔑の念より行為を行ったという見解も無論予想出来る。だが初めて彼と対面した際の彼女を心配する焦燥、此方に対する怒気の表出―――彼女に対する軽侮の念など到底想像がつかない。更に述べるならば、相手に対する侮蔑を持ってその様な行為を継続する可能性は、彼が彼女に余程の恨みや侮蔑を保持していなければ高いとは言えない。通常ならば自己意思による連続した同種行為の継続は倦怠を発生させるからだ。
「・・・彼は貴女の為に驚くふりをしたんです。貴女を元気づけようと、喜ばせようと・・・」
彼女の目が見開く。その瞳からは真実の享受による驚愕・・・いや、内心理解していながらも目を背けた事実に対する後悔にも感ぜられる。
「その彼が最も辛いと感じる行動は、貴女が為した行為の理由も分からず時が過ぎる事です。だから―」
グゥォォォンゴロゴロゴロ!―――
言葉を続ける自分の意識が他方へ移る程の関心が外より発せられる。鋭い雷の響き。何時の間にか外は曇天の下と化し、付随する雨水が大量に滴り落ちる。その音より雷を認識した人々は傘を差さずに屋根のある地帯へと駆け込む。落雷の可能性は勿論、これ程の大雨量であるならば前者が在らずとも危険である。そう思う最中、ある想定が脳内を過ぎる。彼女からの言葉を受け衝戟したであろう少年の現状。
最悪の可能性を阻止すべく立ち上がる。
「どうしたの?」
驚いた傘妖怪は戸惑いを見せつつ質問をする。
「信一君が危険かもしれません」
「え?それってどういう・・・まさか」
彼女は走り去っていったと言った―――衝撃を受けた少年期の男子が選択すると考え得る行動は自身の最も親近な、例えば家の様な安心感を感じる場所若しくは―――その衝撃から心理的に離れようとして随伴する実質上の距離が離れた場所。仮に後者とするならば、その目的地までは土道上の足跡が残留している筈。しかし、雨天下に於いてはそれらの証拠は消失する・・・
直ちに向かおうと店を飛び出し駆ける―――後方より追って来る多々良さんを視界に入れながら。彼女も彼を捜索するつもりだろう。曲がりなりにも妖怪である彼女ならば多少の雨天下の損害も問題とはならない―――捜索の手が極端に少ない現状では必須。彼女の有用性を考えながらも走り続ける。門を抜けた先に分岐する足跡の大群。多くが雑多に混同する中、森の方へと別れる幾つかの足跡。その中の一つに着目する。大きさは対象の年齢の平均に近い25㎝程度。歩隔間は比較的距離があり多少の深みがある―――この足跡の持ち主が駆け足である事実の証明。再び手をその足跡へ触れ、集中する。緊迫している為か具体的な判断要素は感取出来ないが持ち主の感情は感じられる。驚愕、恐怖、後悔―――確証は無いが時間が無い。
「多々良さん、此方です!」
焦燥を表情に表しながら足跡を識別していた彼女の返事を待たず足を進める。更に続く分岐点を超えながら森の奥へと繋がる足跡が先程のと合致した事を確認し、灰色の空の下、不気味に木々を揺らす森の中へ突入する。数歩もすると傾斜より集中して流れ落ちる雨水に掻き消されたのか足跡の痕跡は途切れていた。
「信一君!いるなら返事をしてくれー!!」
「信一!何処にいるの?信一!!」
大声を張り上げながら前へと進む。反応は無い。更に大きな声を形成しようと腹部に力を加える。
「!?待って!」
突然立ち止まる多々良さん。その指示に従い、行動を停止する。
「・・・聞こえる・・・こっち!」
左方向へと駆ける彼女を尻目に追跡する。幾らか地形を昇降する内、人影が視界へと進入する。間違いない、信一君である。安堵が身体中を駆け巡る感覚を伴うが、突然、彼に対する危険が警鐘を鳴らす。彼が直立する地点後方にそびえる崖―――水圧による負担が蓄積されたのかその断片が崩壊する危険性が客観的にも認識出来る。
「危ないっ!!」
反射で警告を発するがその声に呼応したかの如く、落岩、落石が重力に従い生じる。即座に両手を翳し、岩石群を"掴む"。だがその隙間を這うかの様に幾つかは落下を留まる事を止めない。
「信一ぃぃぃぃ!!」
最中、雄たけびを響かせた多々良さんが駆け出し、突貫する様にして彼を抱きしめ、地面へと共に倒れ込む。その数㎝後方では落下した岩石がその身を粉砕と化した。
「信一、大丈夫?怪我は無い?」
「小傘ちゃん、どうして?」
自身を抱擁する相手に驚きを見せつつ立ち上がる信一君。見た所重傷等は無いように見える。疑問を提示する彼を再度彼女は抱きしめる。
「ごめんね、信一。信一は私の事心配して驚いてくれてたのにあんな、あんな酷い事言って・・・本当にごめんね・・・」
自身の行為は間違いではなかった、また仲良く出来る、謝罪よりその様な推定を導き安心したのか、抱きしめられながら涙を流す。
「ほ、本当に驚けなくても、グスン、わざと驚いたら小傘ちゃん喜ぶと思って、グスン、俺・・・俺・・・」
「信一、ありがとう・・・信一・・・」
彼女達の問題も一先ずは終局に帰したと捉える。解決して良かった―――抱き合う二人の姿を見続けながら絶対的な安堵を感じる。きっと彼等の間には再び笑顔と信頼が回帰する、その未来に微笑みながら唯々二人を見守り続けた。
「外来人さんは入らないの?」
「・・・自分はこの周囲に危険な箇所が残っていないか調査します。ですので彼の事をお願いします」
「分かった。今日はありがとう。色々と助けてもらっちゃって」
「お兄さんありがとう!」
彼女と一心同体の唐傘に入る二人が坂を下る姿を、その姿が消えるまで見続ける。手を繋いで帰路に就く二人はあたかも姉弟であるかの如き錯覚を思わせ、素適さを想う。その後回れ右を行い、崖を見上げる。実際の所、更なる落石等の可能性が存在しない事は先程より既知であった。自分がここに留まった理由・・・正直な所、私にも分からない。唯今はまだここに残らなければいけない気がしたのだ。未だ降水の続く中、滴る雨水が地面に直撃する姿を矯めつ眇めつ見続ける。
ザーーーーーーーー ―――
流水の音が静寂という環境を破壊し、耳を貫く―――僕が初めて人を殺めた時も、雨が降り注いでいた。
照明の消えた劇場、誰もが視覚を奪われた中、何も分からぬ対象の心臓へとナイフを突き刺し、近隣の出口より脱出する―――実に単純で容易な任務。悲鳴が漏れる外部を脇目に、唯足を進めた。夜間の薄暗い空の下、滴る雨の中を何事も無かったかのように進む僕。
忘却しようとも出来ない、いや、してはいけない過去。その事実より逃避しようとも現実と良心という巨大な壁に道は塞がれ、前者は過去の事象の永久的存在を示唆し、後者は忘却してはならないという強迫観念を憑りつかせる。殺人という人の理を外れた行為、他人の未来を永遠に奪い取る行為、一方に衆愚な利益をもたらし他方で悲しみを創出する行為。殺人に対して拒否反応や否定的感情をもつように成長した頃、雨の日には当時の事が度々思い返された。だが逃避をせずともその考えは中断される―――新たな任務が僕を待っている。同種行為の継続は僕の心理的感覚を鈍感へと変化させた。それに付随してこうも思った―――これは人々の、帝国の為なのだと。
心理的均衡の崩れを発生させる中、ふと雨水が自身に落下していないという現況を把握する。何故だ?原因たる存在の位置する上空を見上げようとすると何かが僕の上部を覆っているのに気が付く。それは先程の彼女の持つ、いや、彼女と同じ傘。だが自分は無論、それを保持している訳ではない。ではどうして傘がここに・・・
「こんな所で傘を差さずに立ってたら、風を引いてしまうわ」
どこか厳しそうで、しかし優し気な聞き慣れた声。例え傷付いていてもそれを癒す様な力を持つと感じる安心する声。正体を確認すべくゆっくりと後方へ顔を向ける・・・その先には
「さあ、帰りましょう」
塞がれた道から自分を引き戻す様な現実感と温かさを感じさせる
勢力を減退させる様子を見せぬ降水量は竹林内の経路を曖昧と化す。どの方角へ向かおうとも終着の見えぬ様な道、まるで僕を拒絶しているかの如く。だがその拒絶を打ち砕く様に彼女が僕を連れて行く―――まるで道を照らす様に。彼女は何も言わなかった。何故あそこにいたのか、一体何があったのかと。唯隣で傘を差しながら此方の歩測に合わせて歩いていた―――聞く必要など無いと明示するかの如く。呆然とした心理を維持する中、目的地の輪郭が視界に入る。無事に帰って来た、溢れ出る安堵に手足が震える。玄関を開き、内部へと足を踏み入れた瞬間、僕を引き留める雨が消え去り、心の内部に存在した重りが消滅する様な感覚を味わう。
「取り敢えず私の部屋へ行きましょう。床は後で吹けばいいわ」
そい言って先を進む彼女に慌てて着いて行く―――進まなければ自分が置いていかれる気がして。
「座って」
彼女の部屋へと入室すると同時に椅子へ着席するよう命じられ、何も言わず多少遠慮を見せる形でゆっくりと座る。髪の毛より滴り落ちる水滴が床を汚す光景に呆然を感じながら唯それを見続ける。すると頭部に何らかの接触を感じた。目の前に垂れる断片を目撃し、タオルを渡された事に気付く。
「私がやるからじっとしてて」
自身の力で行おうとするもそれを止められる。特に反応を返さぬまま、水滴が乾かされるのを唯享受する―――他人からこの様な行為の貢献を受領したのは初の出来事であると自然に思いながら。
「痛くない?」
加減について質問をする彼女。肯定を示す様に縦に頷く。
「よかった」
まるで子供をあやす様な柔らかい声に優しい感触。本来ならば羞恥によって行為の停止を求める可能性もある。しかし、今の僕にはその様な反応を行う意思の形成には繋がらない。唯この優しい温もりを少しでも長く感じていたい、そうとしか頭に浮かぶことは無かった。
「よし、これでいいかな」
終了を告げる声に継続を希望する執着と遺憾を想起しながらも、それを求める事は自分には出来ないと察し、項垂れる。何とかしてこの感覚を持続させたい―――如何なる方法はないかと躍起になって思考を巡らせるが、徐々に回復し、鮮明と化す冷静がそれは彼女に対する負担の創出であるとの見識を生み出し、自制させる。だがそれでも破棄出来ぬ感情を主張するかの如く、視線を彼女へと注視する。彼女はそれに気付いたにも関わらず、それを認識しない自分は見つめ続ける。これまでの自身の行動は彼女からすれば迷惑で薄気味悪いと認識され得るだろう。追い返されても何ら抗弁は出来ない。しかし彼女はその様な気配を見せず、微笑みながら此方へ手招きをしてきた。何の疑問も提示せずに従い、彼女の座るベッドの隣にさも当然の如く腰を下ろす。
「お風呂が沸くまで何か話をしましょう」
「・・・話・・・ですか?」
「ええ、思えばあなたとの会話はこれまで技術や世界の事ばかりであなた自身については聞きもしなかった。家族と言っておきながら呆れるわよね」
「・・・」
自分自身に呆れを見せるかの様な表現を見せる永琳さん。その通りであるという事実の回帰と、家族と称された事に対する歓喜の感情が混同するのを自覚する。
「それに―――」
此方を見つめる綺麗な瞳には慈愛と魅力が詰まっている。思わず目を逸らしてしまおうという考えが浮かぶが、自身の瞳との間に糸が繋がっているかの様にその視線を外す事は出来ない。
「―――話をすれば・・・貴方の気持ちも和らぐと思うわ」
自分を想う心理の感取に胸が熱くなるのを感じる。そう、まるで僕を愛してくれている様な優しく強い心。彼女に対する意識が変化するのを自覚しながら僕は思う―――今はこの