東方流星記 ~ Imperial Fugitive.《帝国の逃亡者》 作:Exar Kun
上流階級のもてなす晩餐会に於ける形式上の目的は相互の交流と友愛の提示であるが、実質的には以降の密接な継続的関係の維持と新規の連関の創出に出席者は野心を奮い立たせる。事実、自身の視界内を占めるのはその多くが貴族や上級官吏に群がる企業家、役人、著名人等の姿である。自身の権限や能力、外見上の魅力を惜しみなく浸透させようとするその光景や彼等の内心より滲み出る焦燥には中産、下層階級に於けるパーティーでの愉快や娯楽という気持ちが感じられない。金や権力を持ちながらも心の平静が維持されることは無い・・・滑稽にも思える。
「あら、他の女性に目移りかしら?」
降りかかる疑問の声と妖艶な微笑。軽薄な魅力に内心苦笑しつつ、目前の女性の瞳を覗く。
「まさか・・・唯貴女のお顔は少し目に毒でしてね」
「目に毒?それはどういう事かしら?」
動ずることのない表装を取るも、その内心からは自分に対する軽蔑と憤りが痛い程感取される。だがその原因たる私の発言は彼女に対する侮辱の念を付与させ発した訳ではない。右手に持つシャンパンで満たされたグラスをわざとらしく揺らしながら言葉を続ける。
「私、余り女性には免疫がありませんでして、貴女の様な美しい女性の姿を目に入れていると、つい自分を見失ってしまいそうで・・・」
「ふふ、クサい台詞。免疫が無いと言っておきながらその実、何人の女性を手玉に取ったのかしら?」
相手の自分に対する否定的感情が一気に分散される。人は肯定的な評価を他者より付与される事に愉快や喜びを感じる―――例えそれが如何に劇的な台詞でも。
「もし、これまでに付き合いがあろうとも―――貴女はその中で最も輝いていらっしゃる」
「それ程まで私に魅力を感じるならば、是非とも取引を交わすべきなのでは?」
「勿論、積極的に検討させて頂きます。しかし、私も単なる企業の取締役に過ぎない。他の役員や顧客の意見を無視してまで契約交渉を結ぶには至れないのです。ですから誠に遺憾ながらもうしばらく時間を頂きたい、レディ」
「ご謙遜を。シグナス・スペースワークスきっての子会社の取締役が単なる役員とは思えませんわ」
「光栄です・・・ああ、すいません、そろそろ本社への定期連絡の時間だ」
左手で女性の髪を梳きながら、自己の役割への失念を示唆する様な名残惜しい表情を形作る。
「では、またお会いしましょう、Mr.コネリー」
「ええ、また、Ms.ロビンソン」
軽度のお辞儀を示し、回頭する。離れ行く私の後ろ姿に彼女は何を思うのだろうか。自身の賛美に対する優越感、契約交渉への第一歩とならん関係の構築。いや、恐らくこう思っているに違いない―――
だがそんな彼女の優越を粉砕する様に言わせてもらうならば―――脚下照顧を忘却すべきではない
会場の出口より離れた裏口は先程まで体感していた盛況を掻き消す様な静寂と沈黙が支配していた。裏方として働く作業員等の影形すら感じられない。無駄に費用の掛かる背広の上衣を一息で脱ぎ捨て、粗雑に屑かごへと投げ入れる。上部を開かれ、袖部を捲られた純白のドレスシャツと背広と同質の下衣との組み合わせは先程までのフォーマルな客観的雰囲気とは一転し、標準的な若者風の印象を主張する。
「・・・」
側面に並列するガラス張りで洋装を確認するが、外見評価で最重要と評価される人面に違和感を発見する。目の前に映し出された自分の顔面は
「此方デルタ1、第一段階終了。対象の位置、発言に注視せよ、オーバー」
始段階の完遂を報告すると共に発信機より発せられる信号とマイクが収集する発言の可聴監視を行う兵長の低い声が報告として返って来るのを待つ。彼の本職的技能からすれば違和感の感取や能力不足のの表出が存在しても異を唱える様な事実ではないが、元より多目的な技能に特化している訳か、諜報任務に於いて重要視される忍耐等諸能力は兼ね備えている様に思える。
《デルタ3了解。対象は会場施設退出後、北東の方角へ移動中。ブラスト通りを経路として使用中。状況更新の発言等は無し。ビーコンの追跡を継続します、オーバー》
「了解、引き続きお願いします。デルタ1、アウト」
予想経路を見事に利用している対象―――当初の想定通り奴等の拠点は当地域内に存在する可能性が向上した。本来、追跡装置を仕掛けたならば発信電波を辿る事で対象拠点は判明するが、超小型発信機である故、風等の環境条件によって破損、落下又は対象が装置の付着を感知する考慮も付随する。その為、人員等の条件が揃っているならば実際に視覚化する事で確実性を持たせるのがセオリーでもある。
「此方デルタ1、第一段階終了。現在対象は作戦区北東、ブラスト通りを移動中。可視監視の用意に入られよ、オーバー」
現実的追跡を求めるべくもう一人の部下へと連絡を取るが返答が返ってこない。異常事態が発生したのか?再度連絡を取るべく、コムリンクを口元へ近接させる。
《だーから、500クレッドなんて絶対価値ねえから。精々、300クレッドしか値は付かないから――えっ?300で良い?・・・交渉成立だな》
しかし、部下が異常事態下にあるとの予想に反して、その返答内容は現実の引き渡しを伴うであろう何らかの売買取引の詳細であった。
「デルタ2、状況を報告して下さい」
何時もの事であると認識しながらも再度確認を取る。もっとも、彼は任務に蛇足な行為を行ったとしても、最終的には自らの役割を果たす事は自明であるが。
《ああ、少――じゃなくてデルタ1。此方デルタ2。現在、トワイレックのグラビアを300クレッドで購入。コア・ワールドじゃ500なんて有り得ねえぜ、オーバー》
「・・・了解デルタ2。対象の捜索を開始せよ、オーバー」
《ああ、金髪巨乳の姉ちゃんだろ、見つけたぜ。あの女街中だってのにクソ目立つ赤いドレス着てるから分かり易いったらありゃしない、オーバー》
「本当に対象であると確定していますか?オーバー」
《おいおい、俺達友達だろ。信用しろよ、オーバー》
「上官と部下の関係です。継続して尾行監視をお願いします、オーバー」
《冷たいねぇ。まあ、取り敢えず対象のケツ眺めながらストーキングしてやるか。デルタ2、アウト》
上官相手の応対とは思えぬ反応。しかしそれが彼の評価するべき点とも自分は思う―――何度かの危機状況下が彼の帰責事由である場合も存在するが・・・
「見ろよ、デュラスチールの販売を生業にしてる割にはチンケな場所に事務所を置いてんだなぁ、あいつ等」
部下二名と二体に相対すると即座に可視監視を行った部下―――伍長がそう感想を述べる。対象が進入したのは築20年は凌ぐであろう古めかしいビルの一室―――行政官の施行するパーティーへ参加する様な身分と考えるにははいささか違和感が生じる。
「兵長、彼等の"証拠"は?」
「録音もしました、少尉。奴等で間違いありません」
外観という不明確な証拠にみならず確定的な証拠も此方は保持している。それに何れにせよ、情報部に刑事事件の捜査を委託するという事実が事件解決への迅速を要求するに異論は無い―――直ちに任務を完遂しなければ。多少の"間違い"が生じたとすれども、"我々"の権限の下では何の不利益を生じさせる事は無い・・・
「ここです。ビーコンはこの部屋の内部より反応しています」
建造物全体の外観に比例する様に色落ちた扉の前で手を触れる―――内部より感じる人物は六名、彼我不明の男女が五名・・・最期の一人はつい先程まで見つめ合っていた女性。
「間違いありません・・・突入準備」
号令に従い、部下達は扉の左右の壁に分散し、身体を押し付け、各員の武装を用意する。即応体勢が維持出来る事を確認した私は腕を翳し、意識を集中させる。
《ドゥゴォォォォォォン》
掌底より放たれた不可視の力が古めいた扉を容易く吹き飛ばす。同時に待機していた部下達は突入し、相手の行動を封じ込める。内部の対象等は突然の事態の反転に驚愕の声さえ上げる事は無い。全員の配置が完了したのを見計らい、ゆっくりと部屋へ進入する――ベルトより自身の得物を外しながら
キャシィィィィィィ ―――
「帝国情報部だ―――貴様等を組織的詐欺行為及び銃刀所持の嫌疑により拘束する」
「じゃあお前が永遠亭の代表として行くって事か・・・羨ましいぜ!」
羨望の感情を付随させながら答える少年の返答に是非とも自身の役割の代替を果たして欲しいという考えが浮かぶが、その現実逃避的性質が無駄であるという実感を私を蝕む。
「一体何が気に入らないってんだよ?確かにやばそうな妖怪がうじゃうじゃ来るらしいけど、端っこで座ってれば絡まれる事なんてねえよ」
「だけど最近は男性が全く参加しないと聞いた。香霖堂の主人にも催促したんだが行くつもりは無いらしくて・・・」
「そんなんいいじゃねえか。ある意味ハーレムだぜ。何より普通に考えて貴重だろ―――博麗神社の宴会なんて」
人里への経路途中に存在する農家を営む佐伯家。甘味の染みる米を生産する事で知られており、多くの住人が里を出でて購入をするべく尋ねる程の盛況をもたらしている。家主は今宵で60代後半へと差し掛かる祖母とその孫である目前の彼―――佐伯亮太の両名が存在しており、姫様が此方の商品を甚く気に入っていることから自然と個人的関係が形成された。面識して日は浅いものの既に商取引外でこうして交流する結果となり、同年代且つ同性という新鮮な友好関係に愉悦を感じる現在である。面識浅き人物が生意気にも友人振るのは如何とも思われたが、彼の高社交的な印象と自身の関係を促進したいという趣旨の欲望とがその考えを阻害し、結果的には好意的関係が構築されつつあると考察する。今回の訪問目的は、自分が代表として選出された"博麗夏の大宴会"なる集いへの参加についての相談である。未だ慣用の高いとは評価できぬ現状と参加者の性別の割合は自分には客観的にも心理的にも荷が重いと思わさざるを得ない。それらの問題を自己解決すべく唯一の同性友人である彼にも参加を催促したが、別の集いがあるとの事で拒否されたのが正に現在である。任務失敗に落胆しつつも思考を楽観的にすべく覚悟を決める。
「まあ、なんとか頑張ってみるよ。今日はありがとう、亮太君」
「君付けなんかしなくていいって。俺だってもうお前の事"アル"って呼んでんだし」
"君"という二人称は被発言者への親交性の欠如若しくは下位にある立場への呼称として認識されるものであるが、現状に於いてそれを撤廃する事は親交の向上と関係の促進を意味すると言えるだろう。その事実を理解する事で、自身の欲が満たされたという愉楽と慣れない呼称に対する羞恥が混同するが、内心が心理的に温まっていくいくのを身をもって実感する。
「分かった。ありがとう・・・亮太」
「ちょっ、何でそこで顔を赤くすんだよ!お前もしかしてあれか―――ゲイってやつか?だから女だらけの宴会には行きたくないのか!?」
「違う、誤解だ、誤解!」
想定外の指摘に一層羞恥を感じるという悪影響をもたらしたが、その結果さえも友宜を感じずにはいられず、永遠亭に於けるのとはまた異なる笑顔が自然と生み出された
ギュウィィィィィィィィィン!―――
騒々しい駆動音を響かせながら、日が沈む事で暗転に突入しようとする森の中をスピーダーは疾走する。一日の終了を思わせる夜間の静寂など気にも掛けないけたたましい音響は強制的に昼間の環境を味わおうとする独善とこれより行われる集いへの否定的念と例える事も出来よう。
「スピード出し過ぎじゃない?」
狼狽を感じさせる雰囲気を醸し出しながら後方に座る玉兎が尋ねる。夜間という時間的環境と樹木の連なる地帯という自然的環境の中を高速で移動するのは今回が初搭乗の彼女からすれば不安要素満載であることが推測出来る。最中、ふと連想された疑問を問い返す。
「空を飛ぶ方が怖くないですか?」
「全然、落ちた事なんて無かったし、落ちても問題ないし!あと別に怖い訳でもないし!」
最期の文言から多少強力な語尾が聞き取った事に微笑しつつ、徐々に減速する。それと共に、落下しても問題は無いとの主張に、仮にその落下が自身であればという想像を生成してしまい、身震いを起こすが、冷静に思考すれば自身にとっても特には障害となる様な事故へは繋がらないのではないかという考えに帰結した。
「至急到達せよとの命令だったので速度を高速にしたのですが!」
「別にそう焦らなくても大丈夫よ!どうせ私達一番乗りか二番乗りだから!」
「皆さん遅滞して到着するのですか?」
「あそこの宴会に来る奴なんて皆暢気なのばかりよ!来たい時に来て、帰りたい時に帰る。ただ適当に理由を付けて酒を飲む、そんなのばっか!」
今回の宴会について思案するのは異性や非人間種の高割合という個人的案件に留まらず、仮にも永遠亭という勢力の代表として参加するという点にも及ぶ。参加者は幻想郷に於ける主要勢力の一員である確率も高いと説明を受けた。被選出者としてはそれらに組する人々に対して永遠亭という外観の提示という自覚を持って接待しなければならない・・・と思っていたが、出発前に鈴仙さんが言ったように、それ程の緊張と観念を保持する必要性も高いとは必ずしも言えないのかもしれないと現在の彼女の発言より推定する。
「まあ日頃の鬱憤を晴らすには最適な機会かな!だからアル君も自然に楽しめると思うわ!」
「了解しました!」
止む事の無い駆動音に掻き消されないように声を張り上げ返答する。問題は無い、極自然な対応を維持すればそれで良い。スピーダーが草木を切り裂く中、私はそう思考する事で内心の均衡に努めた。
以前衝突しかけた大木を避け、開いた土地―――博麗神社の境内へ第一に到着したとの予想に反し、我々を迎えたのは当神社の巫女である霊夢さんの他、紅魔館の吸血鬼姉妹の姉、スカーレットさん、そしてその従者である十六夜さんであった。挨拶を交わしつつ、スピーダー後部より酒や食料を取り出し、神社内の調理場へと運んで行く。我々と同様に食料等の詰められたバスケットを運搬した十六夜さんによると事前の説明通り食事は各自の義勇によって調達されるとのこと。彼女が調理したと思われる洋食群が嗅覚を刺激した事で、視界に進入したその外見は元よりさらに食欲をそそらせる。
「料理の配置に規定はあるんですか?」
「無いわ。だけど殆どは自分が座る席の近くに置くけれど。大抵が自分好みの料理しか持ってこないし」
あくまで自給自足の前提が根底に存在するらしい。他人へと振る舞われる可能性を考慮して調理していた数時間前の自分の努力が無駄となったという落胆を感じつつも、一方で他者の評価対象となる確率の低下というちっぽけな安堵を感じながらも準備を進める。適数の皿や箸を置くなどしている内に多くの参加者が来場していった。瞬く間に幾多数多の声々が当初の静寂を引き裂く様にして盛況を浸透する。説明通り、各人の来訪時間に統一性は見えなかったが、準備が終了した際には既に半数以上の参加者が決して広大とは称し難い会場を占拠する光景が視界に入った。挨拶を交わしてくる面識や交友関係がある者は勿論、 既視感のあるあれど面識が無い者やそもそも見覚えの無い者等、様々に分類される人々が文字通り宴会を賑わせていた。風潮より察するに先程の説明通り、自己の立場や責任といった義務を考慮した接待の必要性は存在しないと見る。快適を有する一方で、周囲が自身を除いて女性に限定されているという事態はやはり平淡を維持するには不適であると感ぜざるを得ない。自分の心情を留意して下さったのか将又何ら意図は無いのか、私の同行者は空間の端に席を選択したことは幸いであるが
「――って訳で一から十まで私が彼の面倒を見てあげてるのよ。ねぇ、アル君?」
普段とは異なる態度の同行者に絡まれるのは如何なものか
「・・・はい、何時もお世話になっています」
右端部で並ぶように居座る我々の反対側に腰を下ろした妹紅さんと上代沢さんの両名が一方は少々戸惑いを見せ、片方は既知であるかの如く聞き流しているのを視界に入れながら、適当な相槌を返す。各人の勝手という無統制の中各々で開始された宴会の中で、当初自分は周囲に蔓延る参加者に注視していた。銀河系での日常と比較すれば豊富さが高いとは言えないが様々なニア=ヒューマン、もとい妖怪、亡霊、神々等々がその姿をさらしている。多量のアルコール摂取によるド―パミンの分裂によって気分が向上したか愉快に笑い合う者もいれば大脳新皮質の活発により生成された行動力を背景に会話をする者も、一方で騒々の中、友人等と静かに飲酒をする者も確認出来る。状況に応じて貯蔵庫の酒を適当に運びつつ、四人で交流を細々としていたが、何時の間にか隣に座る玉兎は顔を仄かに赤らめながら恒常の自身に対するのとは差異が見られる態度を浴びせる傾向に陥った。
「師匠も最近は私の事を評価するようになったしね。次期永遠亭の薬師の名は既に決まってる様なもの・・・ね?」
「はい、鈴仙さんは常に職務に邁進していますし・・・永琳さんの後継ぎとしての評価は得ていると」
「えへへ、ありがとうアル君、お姉さん嬉しいわ」
上機嫌を明らかにした鈴仙さんに頭部を撫でられる。目前の二人の満足感より成る慈愛の表情と平常とは違う彼女より撫でられているという自覚が羞恥を創発させ、アルコールの過剰摂取をしていないにも関わらず身体を心を熱くする。夏季という環境がそれを後追いするかの様に降り掛かり、タトゥイーンの砂漠地帯であるかの如く錯覚を感じずにはいられない。
「すいません、少し外で風に当たって来ます」
「もう?全然お酒飲んでないじゃん?」
「隣に酔っ払いがいたら酒を飲まずとも気分なんて悪くなるもんだろ」
「酔っぱらう?ふん、私達は地上の民の様にそんな下手な楽しみ方はしないわ。酒に飲まれるのではなく、そう、文字通り此方が飲み込むのよ」
「何言ってんだか・・・」
正論を放つ妹紅さんに取って掛かる鈴仙さん。好機だと言わんばかりに目線を調理場の方に向ける上代沢さんに会釈しつつ、足早にその場を去った。日が完全に沈んだという環境的所以か会場の雰囲気より脱したという心理的所以かは不明だが幾分の涼しさを感じる。唯一辺りを照らす松明に神々しさを見つつ、気分を落ち着かせようと石段へと腰掛け、普段見られない同居人の姿を思い出し微笑を浮かべる。執拗な絡みに快適を得ていた訳ではないが逆に考えればそれだけ彼女の本心は自分に関心や親愛を保持しているという事実の立証にも繋がる。この集いに参加した事に後悔を持たぬのは確定であろう。
「あら、先客がいたのね」
裏口より発せられる声の方向へ顔を向けたその先で、共に準備を行った十六夜さんがグラスを片手に直立していた。松明の火に照らされながら歩みを進める彼女の顔はどことなく妖艶を見せる。
「少し気疲れしてしまったので、外の空気に触れようと思いまして」
「私もよ。お嬢様が寝てしまったから手持無沙汰になってしまってね。丁度いい機会だから抜け出してきてしまったわ・・・隣よろしいかしら?」
「ええ、どうぞ」
姿勢良く上品に座る十六夜さんを横目で見つつ、心拍が上昇するのを感じる。永遠亭の女性以外で隣に、更には二人で座られる状況など無かった。かつての任務では自ら対象等の隣席へと割り込む事もあったが今は任務でも何でもない個人的な空間――否応にも緊張を誘発してしまう。
「お酒は苦手?」
「そうですね、飲めない訳ではありませんが余り好みません。周りに迷惑を掛けたくないので」
「真面目ね。まあ私もお嬢様方の前では醜態を晒さぬよう努力はしているけど」
彼女の酔った姿など到底想像出来ないがそれはそれで実に興味深いとも一方で思う。本日は館で留守番をしているフランなんかには恐らく大受けであろう。任務では酒に酔わせる事で視床下部を刺激し、性欲や食欲の提示を発展させ"口説く"事が多々存在したが、仮に彼女の様な人物が対象であったならば"口説か"れる事など無かったであろう。自分自身の管理が整頓されている事実もより拍車を掛ける。
「そういえば貴方って元の世界ではどんな生活を送っていたの?」
風に揺られる心地良さに作用する静寂が突然の問い掛けによって砕かれる。以前の自身に対する素朴な疑問から創出されたであろう単調な質問。単なる好奇心で聞いた彼女に対して過去の漏洩に依る対外的印象の悪化と内心に於ける精神均衡の崩れが予想され返答の意思に重りが圧し掛かる。
「・・・軍人でした、諜報関係の・・・所謂スパイです」
欺罔を行う事によって現況を流す事も可能であったが、彼女に対する欺罔行為の罪悪から真実を吐き出す。罪悪感の芽生えが消失した一方で、心にナイフを突き刺された様な苦痛を感取する。
「成程ね・・・唯超能力が使えるだけで妹様から生き残るとは思っていなかったけど。貴方が私のナイフを受け止め拘束した時、軍隊格闘のに似た様式だったから想像は出来たけど」
危機一髪で生存た後、ナイフを突き付けられたあの日を思い返す。確かに例えフォースの予知能力を持とうとも、瞬時の脅威に対して防御行動を取るには常人の経験や能力では欠落していると言わざるを得ない。自分が抗敵行動へ一瞬で移行した源泉は、これまでの軍人としての――諜報員としての経験が比重を占める。そう考察を継続する中、精神的均衡が崩れゆくのを体感する。自身に不条理な現実を押し付け、無慈悲に鍛え上げた訓練や経験が未来に於ける生存に繋がったという事実に憤りを感じる。やはり僕は軍人であるのか・・・過去を否定し、国を裏切ったにも関わらず・・・
「・・・大丈夫かしら?」
「すいません、大丈夫です・・・」
経験により蓄積された技術を用いて完璧と評せる笑顔の仮面を身に着ける。だが内心では先程のまでの考えと矛盾して行われる表出行為に対する憤懣が小さくも影響していた。
「・・・幻想郷には他人の過去を探ろうとするなんて人はいない。だから言いたくないなら言わなくていいのよ――貴方は自由なんだから。縛る物なんてないでしょ?」
自身の内心を見透かした様な発言に不条理な否定的感情が湧き立つが、彼女の自分に対する心配の念の表れだと理解し、気持ちを落ち着く。幻想入りの"先輩"からの助言は不思議にも心理的利益を内心に創出する結果へと繋がった。
「ありがとうございます、十六夜さん」
「咲夜で良いわ、十六夜なんて呼び慣れないし何だか気に入らない」
「でしたら自分もアルファードと、長ければアルとお呼び下さい」
過去を思い悔やむ感情の創出はあったが彼女との友好関係に促進が見られた現実に心が軽くなる。以前の事でいつかお礼をすると言っていたがこの結果だけで十分だともこの時の私は感じていた
我々が来訪してより二時間が経過しつつあるが、未だに宴会の盛況が止む事は無い。外で風に当たっている間に同席者達は他の席へと移動し、中でも鈴仙さんは意外にも数人の群衆の中心で自尊の限りといった表情を見せつけながら武勇伝を語るような印象を見せている。知人の姿が自身の周囲より消えた事によりどことなく寂寞を感じるが本来の自分の性質は集団よりは孤独を好むのか気を楽にしながら時間が過ぎるのを待った。最中、視線を漂わせている先に見知った顔の天狗が大量の酒を心理的圧力によってか飲まされているのを目撃する。数秒注視していると当の彼女は此方を指差しながら圧力を掛けていたであろう女性に何かを訴えかける。それに反応した女性は指差す先―――此方へと振り返り、あろうことか立ち上がり近付いて来る。慌てながら随行する射命丸さんに対して呆然の念を思いながらも自然と姿勢は正され、来訪者を待つ。
「やあ、お前さんが最近噂になってる宇宙から来た外来人かい?」
遠目より見た後ろ姿からも人間女性の平均に比べては大柄だと思っていたが、いざ正面で直立されるとその身長の高さが伺える。目測に依れば自身のそれと同程度、過小評価すれども170㎝は優に超える。次に目立つはその容姿――青地に小さな花弁が描かれた一般的な着物に赤い帯を巻いた衣装ではあるがその上部をはだけさせ美しいラインを見せる肩と豊かな胸を晒している。正直、直視に堪えぬ恰好ではあるが、その彼女を人間ではないと示す証拠――額より出でる赤い角が自身の羞恥を消し去り警鐘を鳴らす。
鬼―――かつての妖怪の山の支配者であり驚異的な怪力と妖力を持つ幻想郷最強と定義される種。器官的特徴としてその素晴らしい角が挙げられる。情報収集より得た知識を反復すると共に警戒体制へと移行する。正式に宴会へと参加している事から自身の脅威である可能性は非常に低いが、面識無く且つ前提知識を保有するに限定される自分からすれば警戒を緩める余力など無い。
「そう怖がるなって人攫いしに来た訳じゃないんだから。知り合いから色々と聞いてきたからさ、興味が湧いたんだよ」
その言葉に衝撃が走る。私は自身の警戒を悟られぬ様万全を期した―――幾多の人々を欺いた技術を作用させ。しかし目前の鬼はそれを嘲笑うかのようにして当然に見破り、その外見から人間性の存在が見られると合理化した感情を一瞬にして消滅させる。
「申し訳ございません、鬼の方と対面するのは初めての事でしたので。永遠亭でお世話になっている外来人のアルファード・レッドフィールドと申します。以後お見知りおきを」
「まあ大抵の人間は私等を怖がるからね、仕方ない。私は星熊勇儀、見ての通り鬼の一人さ。よろしくな宇宙から来た外来人」
そう言って差し出される右手に、反射的に握手を行おうと手を差し出す。意外にもその全体的な外見に比べ手は小さいと思う最中、外的圧力が自身の右手を駆け巡り脳に伝達された感覚が激痛を体感させる。手首では耐久出来ない想像を超過する痛みが他部に移転する事で右腕全体に知覚麻痺が生じる。
「おやおや、宇宙から来た人間でも鬼の握力には耐えられないのかい?もう少し耐えられると期待してたんだけどなぁ」
右手を覆いながら苦痛を緩和しようともがく自身を冷笑する様に感想を述べる鬼。その理不尽と怪力に対して先程の警戒は相応のものであったと思わざるを得ない。
「所詮は人間ですので、ご期待には沿えません」
「あららら、伝手に聞いた話では以前宇宙から来た外来人は鬼の力をも超える怪力を持つって聞いたんだけどねぇ」
その言葉が和らぐ痛みに安堵する自分の胸を衝く。彼女が発したのはあくまで自分に対する失意を表する感想である。他の世界より来たという端的な理由でその様な不条理を被るは癪ではあるが、私のこの緊張はそんな非利益性も拡張性も持たぬものではない。相互に面識が無かった事実は確実であり、彼女が自分についての情報を他者より得た事に疑問の余地は無い。しかしその内容には明らかな注目点が包括されていた―――彼女は"以前"の外来人と確かに言った。即ち、鬼の怪力を持つという不確定の噂は自分を指しての事ではなく、第三者に対する噂の類推適用から構成されるという事である。つまり自身の来訪以前に銀河系より彷徨い出でた者が存在した可能性である!衝撃的情報の入手により脳内が活発化するのを自覚しながらも衝撃によりそれを抑圧しようとする意志が持てない。その情報の詳細と確実性を要求する欲が形成され先程までの状況が嘘であったかの様に詰め寄る。
「・・・以前の?」
「ああ。私の知り合いに伊吹萃香っていう小っこい鬼がいるんだが、そいつが言うにはあんたみたいに宇宙の外から来た不思議な外来人とあった事があるらしいんだ」
「不思議というのは?自分とは異なるという事ですか?」
「いや、私も詳しくは知らないんだが、変わった妖術を使い手だったらしい。鬼っていう種族は妖力に強いんだがその男は全く妖力を感じさせぬまま自らの姿を消したり、手を用いずに容易く大岩持ち上げらしいんだ。あと怪力」
詳細が明瞭になるに連れて追加される情報は否定したいという内心の仮定を破壊して驚愕というよりは呆然と称すべき状態へと自身を誘導する。
「イブキスイカ、さんは現在もご健在で?」
「勿論。唯最近は冬眠だか知らないが旧都の奥の方で寝てばっかいるけどね」
「・・・彼女の御目に掛かる事は出来るでしょうか?」
「まあ、何時も寝てる訳じゃないし連れて行ってもいいけど・・・何でそんなに気になるんだい?もしかしてそいつみたいな妖術が実は使えるとか?」
提示される疑問に対して焦燥を感じる。フォースについての認知は永遠亭以外にも及ぶ現状から考えるに黙秘は何ら利益を創出するものではないが、今暴露する事で目の前の彼女が先程の様に握力で握り潰そうとする等の行為を再度行う可能性がある。あの様な目に遭わされるのは自己の生理的要求に反するし、何より今は更なる情報源たるイブキスイカと接触持つ緊急性が生じている―――事実の告白は有益ではない。
「いえ、自分は唯同じ銀河より来た可能性もあるのでより綿密な詳細を知りたいと思いまして」
「・・・あんた今、嘘吐いたね?」
心臓が怪力で鷲掴みされたかの如く緊張が背筋を駆ける。最初に自身の警戒を見透かされたのと類似した雰囲気。いや、何の過失も無かった前者に比べ、嘘を吐いたという帰責事由が存在する点では差異が見られるが・・・
「レッドフィールドさん・・・すいません!」
胸の前で手を合わせ謝罪する射命丸さん。推察するに、自分が不思議な妖術――フォース・パワーを行使出来るといった情報漏洩の過失は彼女にあるようだ。本来ならば問題に繋がる事は無く、過失とも取れぬが、現況下では自分の不利益的立場を誘導した元凶である。とは言え事実上、嘘を吐いた私に抗弁権など与えられないのは帝国最高裁判所の判例に照らしても当然と解されるだろうが。
「知ってるかい?鬼は嘘つく奴が大っ嫌いなんだよ・・・」
鬼の形相が一層鋭くなる。気前の良い女性という肯定的印象は崩れ、まさに人間と鬼との正常な関係を示唆するかの如く威圧を感じる。この程度の欺罔に対して目くじらを立てるのも如何なものかとも観察するが、嘘の受動者でない自分にはその主観に干渉する事など不可能である。
「と言っても、こんなチンケな嘘に一々青筋立てる程面倒な種でもない―――誠意ってやつを見せれば大抵の鬼は満足する」
カーボン凍結された生命体の様に凍り付いた身体が解凍されるのを自覚する。意外な事に無礼者に対してチャンスを彼女は付与した。その発言と内心の予想から思案するに、先程の憤怒の表現は唯誠意を見せさせるという状況へと誘導する為の口実にも思える。
「鬼ってのは酒も大好きでさぁ、昔はよく人間達とも飲み比べをしたもんだよ。まあ鬼に勝てる人間なんていないんだけどね。だが良い飲みっぷりを見せるとこっちも何だか嬉しくなってねぇ―――無礼をした人間でも簡単に許しちまうんだよ」
対象を性的に誘惑する女性諜報員との近似性を思わせる上目遣いで彼女は小さく微笑んだ
何々?喧嘩?―――
違うわ、何でも鬼と人間が飲み比べするみたいよ ―――
酔いを覚まそうと水を屠る中、周りの連中が催し物を見物するかの様に中央へと寄っていく。何時の間にか傍に居た連中もその見物客の一人、また一人となっていくのを見ながら、先程まで自分が輪の中心にいたという事実が掻き消される様な自尊を砕く下らぬ感情が想起される。人間と鬼が飲み比べと聞こえた。何所の誰だか知らないけど自分の種族の限界を弁えぬ馬鹿であることは確実であろう。
「よう鈴仙、お前見ないのか?」
金髪を揺らすチビな魔法使い――魔理沙が未だ怠さを感じる私に話し掛けてきた。
「何で私がそんな下らない遊びをわざわざ見物しなきゃいけないのよ・・・」
どうせ数杯で潰れる人間を見ていい飲みっぷりだとか言いながら内心見下すのが目的であろう。誠実が謳い文句の鬼だって所詮はそんなもん。鬼である訳でもなく、彼等の文化にさえ聡い訳ではないにも関わらず、自己の主観的類推からその様に思う。
「そんな事言って良いのかよ?鬼と対決する人間って―――お前んとこのアルだぜ」
魔理沙から伝えられた文言の一単語に注視する。アル、アルファード――アル君。アル君が鬼と対決する・・・
「!?」
深い眠りをてゐいに妨害され脳に刺激が発生するかの如く衝撃が走る。アル君が鬼と飲み比べ?馬鹿な。彼はその様な阿呆な催しに参加する程愚かではないし、酒も全くと称して良い程飲んではいない。飲酒は好きではないと言っていた彼の言葉を思い返しながら現状の非現実性について立証しようとする。
「ほら見ろよ、あそこに・・・あっ、でも立ち上がった。どうやら試合前に便所に行くっぽいぜ」
ぶつくさと呟く魔理沙を無視して、調理場の方へ向かうアル君を追いかける。足元をふらつかせながら覗き見る先では自身のバッグより何かを取り出す彼の背中が映っていた。壁沿いに身体をぶつけながらもしゃがみ込む彼に言葉を掛ける。
「アル君、一体何のつもり?鬼と飲み比べるって?」
悪戯をする現場を見つかったかの様にゆっくりと訝し気に振り向く彼。声の主が面識ある者であった為か軽い安心感の様なものが伺える。
「鈴仙さん、もしかしたら自分の来訪以前に銀河系から地球へ来た人物が存在した可能性があります」
鋭さを見せる表情で放たれた言葉は更に私を驚かせる。彼の来訪以前に彼と同じ銀河系からやって来た人物の可能性。自分自身の事柄ではないが共に暮らす者との密接的関係のある事象であるが故、関心と疑問が誘発される。
「ど、どういう事?」
「星熊さんの古い友人の一人が過去に自分と同じ様な人間と親交があったようなんです。しかも・・・その人物はフォース=センシティブである可能性も考えられます」
彼が唯の人間でないと認識されるもう一つの理由―――フォース。この世界に於ける妖術と類似性も持つも、その具体的詳細、効果は未だ不明。確認出来る事例としては、妖怪の様に通常の人間を超越した身体能力の活動を可能とする、何の詠唱や道具を伴ずに物を浮かび上がらせる、光の剣を使用する。一ヶ月以上の付き合いとなるにも関わらず意外にも彼自身の背景や能力については疑問が残る。何れにせよ、本当に彼と同じ様な境遇の人間がいたという強い確信が存在するのは明瞭である。
「色々と事情が重なりまして・・・飲み比べで勝利した際にはその友人の下へと連れていくとの約束を取り付けました」
「それは・・・でも、飲み比べで鬼に勝つなんて正気の沙汰ではないわ。あいつ等は酒飲みだらけの幻想郷でも一番お酒に強いのよ!」
鬼の飲酒量は尋常ではない。人間の、更にはお酒嫌いの彼には危険過ぎる。急性アルコール中毒で死にかけない!
「大丈夫です、対策については考えてあります」
「対策?」
「はい、酒――『おーい、何時まで掛かってんだ?』――・・・兎に角、十分な対策案があるので心配なさらないで下さい」
「あ、ちょっと!」
私の横を通り過ぎ、小走りで部屋へと戻るアル君。垣間見たその表情には彼の印象には似つかな焦燥が明確に浮かんでいた。慌てて追いかけながらも考える。対策があるとは言えその様な無謀な挑戦を受ける有益性が存在するのであろうか、その外来人が彼と同種であると仮定しても、直ちに確認をする程の緊急性を持つのか、そもそも如何なる対策を講じようと計画しているのか・・・多くの疑問が残置する。
運が良い事に彼等の"試合場"が十分視認出来る位置を始まる前より興味を無くした見学者から譲り受けた。隣に来たブン屋によるとどうやらこいつがこの一件の根本にいるとのこと。この馬鹿天狗が――そう内心で罵倒しつつ時が来るのを待つ。本当なら鬼に直談判しても止めるべき案件であるが臆病な私はその一歩すら出ない。不甲斐無い自分を正当化しようと彼が倒れた際には即座に治癒をするという意識を形成するが、それ自体が自身の利己心に由来する事だと気付き罪悪感が循環する。
いけー、勇儀!今日こそ五分で百杯だ!―――
アルファードさん、頑張って下さい!―――
男なら良いとこ見せろよ、人間! ―――
直進する視線の先で、戦いの火蓋が切って落とされた。意外にも会場で目立つ事無かったアル君に対しても声援が多いのは驚いたが、単純に鬼が勝ってはつまらないという意思の反映にも思える。一体如どんな対策で乗り切るのか―――不安と興味が渦巻く中、唯々見守るしか私に出来る事は無かった。
「う、兎さん・・・彼って本当に普通の人間なんですか?」
項垂れる私にブン屋がそう尋ねてくる。
「普通の人間なら考えない勝負に挑むって点では普通じゃないかも」
「ちゃんと見てくださいよ、ほら!」
促されて再度視線を上げたその先には―――対戦相手と同速度で次々に酒を頬張る彼の姿が存在した
「嘘・・・」
反射的に驚愕の念が声に表れる。私の経験と知識から成る常態の人間に対する主観が崩壊する様な光景が止まることなく続く。二つ並べた机を支配する瓶群が次々と消えていく。その数は一見、既に十本は飲み干した様に見える。だが彼の表情に消耗や焦燥の念は見えない。唯ひたすらとその口元へ日本酒を注ぎ込む――飲酒を好まないとしていた主張が嘘のように。
「はぁ・・・やるじゃないか、坊や。一体何処にそんな力が眠ってたんだろうねぇ」
「・・・」
対峙する鬼よりも称賛を受けるアル君。その熱狂が浸透したか、必ずしも多いとは言えなかった見学者も増えつつある。
アルの奴すげーじゃねえか!―――
あれ普通死ぬんじゃない?―――
少し苦しそうになってきましたね ―――
「はぁ、はぁ・・・」
二十本を通過した辺りから、顔に疲労が現れるようになった。それまでの異常な快調が嘘であったかの様にそのペースは遅滞する。しかしそれでも瓶を離す事は無い。おもむろにYシャツを脱ぎ捨て、漆黒の半袖姿になるアル君。服を重ねた外見からは予想し得なかった腕の筋肉が露わになる。肉体美を追求したと評価するには値しないだろうが軍人――諜報員としての任務に必要最小限であろう無駄無く鍛え上げられたと評価するならば高得点を獲得するだろう。過去の詳細を知らずにいた事から一方的な認識をしていた部分もあったがこの一瞬の光景でそれは改定される結果となった。首より垂れる認識票を輝かせながら彼は勝負を継続する。
三十、四十―――既に人間の限界を超えた本数の瓶を飲み干している。人間の体内はアルコール血中濃度が0.40~0.50以上に向上すると昏睡、緩深呼吸を引き起こし最終的には死に繋がる可能性がある。アル君の飲み干した本数から予測すると既にその規定を優に超過している筈である。にも関わらず彼はここまで耐久した。何のトリックが背後に存在するのかは分からない。だけどその表情は明らかに峻烈を主張する状態にある。これ以上は耐えられない。鬼との間に因縁を持つ恐怖よりも彼が死んでしまうかもしれない恐怖が優越し、対決を中止しようと声を張り上げようとしたその時
ガタッ ―――
渦中の少年が突然立ち上がる。顔を下向け、右手で口を覆う姿勢―――嘔吐の可能性。
「アル君!!」
慌てて傍へ駆け寄ろうとするが
「おい、大丈夫か?」
倒れかける彼の身体を対戦相手である鬼が支える事でその任は奪われた。ゆっくりとその身体を寝かされるアル君。予想した嘔吐を起こすことはなかったが左腕で目元を隠すようにしてその苦痛の意思を示唆している。
「いやー、まさかここまで出来る奴とは思わなかったよ」
軽々しい勝者を気取った感想に刺激されたのか、先程までの鬼に対する恐怖は不思議と消え、自身の仇の如く睨み付ける。対する鬼は特に反応を示さず悠々と私の傍へと近付く。
「この坊やに伝えと於いてくれよ、"お前の誠意はしかと受け取った。私の勝ちだが萃香に事は伝えておく"ってね」
そう言伝を残し、後ろ姿のまま手を振りながら数人の地底妖怪と共に帰っ行った。鬼に向かって行った自分の行為に対する恐怖と後悔が遅滞して身体を駆け巡るが、それよりも考慮すべき事案がある事を私は忘れなかった。
「アル君、大丈夫?苦しくない?」
仰向けに身体を横たえる彼の鎖骨付近を撫でながら何度も呼び掛ける。意外にも呼吸は安定しており、急性アルコール中毒の症状も一見しては確認できない。だが一方で外部接触からも感じ取れる程の体温の上昇が進行している。紅魔館のメイドが容易してくれた飲料水に浸されたハンカチを口元へと近付け、少しずつ搾り取る―――彼の安全を唯祈りながら。
「・・・鈴仙さん、自分は問題ありません」
数秒も経たぬ内にアル君の返答が聞こえる。その声に安心が満ち溢れるのを実感しながらも、再度症状表出の有無を確認し続ける。
「大丈夫ですよ、健康に異常はありません」
まるで何の問題も存在しないかの如く、認識票がぶつかり合う音を鳴らしながら上半身を上げる。その光景に私を含め周りを囲んでいた幾人の顔に衝撃が浮かぶ。
「アル君・・・どうやってあんな量のお酒を?」
「フォースでアルコールと水分を急速に中和しました。流石に二十二本目辺りより苦しくなりはしましたが―――」
予想出来そうでし得なかった対策の仕掛けを暴露すると共にポケットより何かを取り出す
「―――発信機を取り付ける事には成功しました」
握りしめた拳から現れたのは中心を赤色で点滅させ、銀色に塗られた円盤状の機器――発信機、いや、受信機。
「発信機を・・・勇儀さんに?そんな何時の間に?」
「先程彼女が自分の身体を支えた時です。腕を後方へ回した瞬時にマイク付きの超小型発信機を襟元へ付着させました。鬼は過去に人間に対して見せる不意が原因で退治されたと学習したので、それを利用させて頂きました」
ブン屋の質問にそう答えるアル君。何故わざわざこれ程の事を、何を急いでいるのか。再び疑問に対する答えの追求心が内心を支配する。だがその様な気質は目の前に映る任務を遂行した愉悦に浸る"諜報員"の姿に掻き消される。獲物を屠る狩人の様な雰囲気と微かな笑みにそこはかとない不気味さと未だ不明瞭な彼の本質が垣間見えた