翌14日夜。
「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」
「乾杯!」
夕食の時間も過ぎた寮食堂の一角に1年1組一同が勢ぞろいしていた。
織斑くんのクラス代表決定に対するお祝いのためだ。
各々が飲み物を手に市販のスナック菓子あるいは自作の焼き菓子をつまみながら談笑にふけっている。
男性アイドルの話から焼き菓子の話、今年行われる第三回モンド・グロッソの話、はたまた一年のもう一人の代表候補生についてなど内容は様々であった。僕たち――厳密には、織斑くんとついでに僕――のプライベートな話も聞かれた。面白い話なんてできなかったけど。
その中でISスーツの話もでた。
あそこのスーツはデザインはいいけど質感が悪いだとか、性能は良いがべらぼうに高いだとかいうものだ。
IS展開時に体に着ている特殊なフィットスーツのことである。ISの展開そのものはISスーツを着用しなくも可能ではあるが、それは緊急時以外はまずないことであった。生徒は学園指定のISスーツを持っているが、そこはやはり自分専用のものが欲しいということなのだろう。
ISの実習は五月からはじまる。すでに四月の半ば、実習までに間に合わせるならそろそろ頼まないと間に合わないかもしれない。
「そういえば、織斑くんと合田くんのISスーツはどこのやつなの? 学園指定のじゃなかったよね」
遠くからよく見えたなと驚嘆していると、授業でIS活動記録を読み出して映像つきで解説されたのを思い出す。IS越しで全体は見えないけど学園指定のものでないことには気づくにきまってる。なに頓珍漢なことを考えてるんだ僕は。
「男のスーツがないから特注品だって。俺のはイングリッド社のストレートアームドモデルをもとにしたものだってきいてる。祐希のは?」
「僕のはアメリカのマクレイン社のオリジナルだね。どうもしっくりこなくて何度か作り直してもらったよ」
「やっぱり二人とも特注なんだ。うらやましい」
「でも祐希のって俺のと違って腹のところまで隠れてるよな、なんでだ?」
そう、僕たちのISスーツは女物と違い上下に分かれているタイプである。
しかし織斑くんのはヘソ周りが剥き出しなのに比べて、僕のはそこも隠れている。
「んー、なんでだろう。最初からそうだったからな」
嘘だ。最初に貰ったのは織斑くんのと同じヘソ出しタイプだったが恥ずかしかったのだ。
質感や肩、骨盤あたりがいまいちで、そこを直してもらうよりも先に無理を言って今の形にしてもらった。
「俺もそれがよかった。お前と違って腹筋全然ついてないし」
そう言って彼は、目線を僕と自身との腹部を行きかわしている。
多少ついてるけどそれでもうっすらとだ。羨ましいって言われるレベルには程遠い。っていうか、よく見てるな。
二ヶ月ちょっとでついたものなんだからほんとうに微々たる物だって。
「ISスーツのときは阻まれて見えないし、制服ならなおのこと。つまりお互いの裸を見たことがある?」
吹き出した。なに言ってんだ、ってか誰が言ったの? 制服を着てはいるがつい腕を組むフリをして腹を隠し、犯人を探る。
いつの間にやら談笑も静まり、衆目を集めていた!
「そりゃあ同じ部屋に住んでるんだし、見る機会だってあるだろ」
ないよ! と否定する声は歓声にかき消される。
「がっしりってほどついてるわけじゃないけど余計な肉がついてないって感じだったぞ」
適当なことを言うのはやめて! なんで異性がたくさんいる場所でそういうことを言うのか。
顔が赤くなる。熱を持っているのが触らなくても分かる。恥ずかしい。
「長袖だから分からないよね」
「授業の映像もISとスーツごしだったから分からなかったし」
「脱がす?」
顔を見合わせて口元に手を当ていかにも内緒話してますという風を装っていはいるが、隠す気が無いのか、はたまたわざと聞かせているのかそんな相談をしているのは丸聞こえで、今度は一気に熱が冷める。
死なばもろとも、と織斑くんの筋肉事情について暴露してやろうと思い至るも、しっかりどころかほとんど見たこと無かった。
直接見る機会なんて実習のための着替えか風呂ぐらいなもんだ。実習はまだ先の話しだし、大浴場は未だに使用時間のすり合わせに難儀しているらしくずっとシャワーだ。シャワーから出てくる時もわざわざ注意して見ない。
どうしようもない。むしろ僕はいつ見られたんだ。見て減るもんじゃないけどわざわざ見せるほど逞しいものでもない。
「こんばんは新聞部の黛でーす! 盛り上がってるところ悪いんだけど話題の男性操縦者二人にインタービューしたいんだけどいいかな?」
彼女を迎えたのは一人の歓待と多くの冷ややかな目であり、その目は確かにこう告げていた。
「空気よめよ」と。
その空気を感じ取ったのか黛先輩はたじろぎ一言
「あれ出直したほうが良いかな?」
このチャンスを逃がしてなるものか!
「いえ、ちょうど話が途切れたところでして、ちょうど良かったです。そうだよね一夏」
「ん。ああそうだな、祐希がそう言うなら。俺も構いません」
そ? よかったと答えて黛先輩は僕らに名刺を差し出す。
「改めまして、新聞部副部長で二年の黛薫子です。よろしくお願いします。さて、色々と聞きたいことがあるんだけど、一番最初はやっぱりクラス代表の話かな。私が聞いた限りじゃあクラス代表をかけての試合はイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットさんが勝ったんだよね。なんで、織斑くんが代表になったの?」
ボイスレコーダーをマイク代わりに使い彼女はそう切り出した。
その質問を受け、僕は今朝のHRのことを思い出す。
クラス代表は二勝したオルコットさんになるだろう、そう僕は楽観視していた。
しかしながら、その余裕はすぐさま崩れ去った。理由は不明だがオルコットさんが代表を辞退したのだ。
理由が分からないという答えそのものは簡単だ、オルコットさんがそれを説明する前にブーイングが起きたのだ。それほどデザート無料券が欲しいのか!
うわさに聞く限り今年入学した代表候補生は僕ら男を除けば二人だそうだ。それはつまり候補生のどちらかが優勝すると言い換えてもいい。そのクラスリーグマッチ優勝候補の最右翼と思わしき少女が辞退する、これがいかに彼女たちを恐れ慄かせたのか想像に難くない。事実、彼女を代表にしようとオルコットさんを何人も取り囲み彼女個人やイギリスをほめちぎったり、何か薄い雑誌を渡したり、中にはそれらを隠れ蓑にしてボディタッチしてる子もいたり、とにかくどうにかしよう必死になっていた。しかしながらそれでも一向になびく気配無かった――ボディタッチのせいなのか顔が少し上気していて艶めかし意のが目に毒だった――のだが。
それだけならよかった。
その贈賄の一つに織斑先生のサイン色紙があった。すると今度はそのサイン色紙の争奪戦に一転したではないか。織斑先生にねだって出席簿アタックを食らう者
そんな混沌たる状態の中でさらには織斑くんが「それなら祐希も持ってたな」なんて爆弾を投げ入れるたのだ。
ただでさえ彼女たちの強大なエネルギーにたじろいでいたのにその矛先が僕に向かってきてしまった。御菓子と交換だとか、デートしてあげるだとかキスしてあげるだとか、はては一発やらせてあげるからくれだとか――その言葉が出たときまさしく教室内は時が止まった――色々心を揺さぶられる言葉を耳にするも、僕はただこの台風が一秒でもはやく過ぎ去ってくれるのを祈ることしかしなかった。
もっとも、その止まった一瞬の隙に織斑先生の一喝が響き渡りすぐさま彼女たちの熱気はおさまった。しかしながら、それはもう学級崩壊をおこした小学校さながらの光景だった。
喧騒は止み、再びクラス代表選出の話に戻った。オルコットさんが辞退したのだから僕になってしまう。これはまずい。
雑用ならば何の問題も無い。しかし、代表はリーグマッチで衆人観衆の中で戦うことになるのだ!
観客が限定された今回の代表決定戦ですら緊張したのに本選は1学年全員に見られるのだ! 想像しただけで恐ろしい。そんなの避けられるなら避けるに決まってる!
織斑先生に尋ねられたさ僕は起立し滔々と語った。こんな具合に。
僕の専用機はオルコットさんのBT兵器といった特殊武装も無ければ、織斑くんのように一足飛びにワンオフアビリティを使えるわけでも無い。
それはつまり、相手に地力で勝らなければ勝利する機会は大きく減るのではないか。たとえ一行事であっても試合と名がつくからには優勝を目指したい。オルコットさんなら万事つつがなく優勝しただろうが本人が辞退するというのならば無理強いは出来ない。それならば一髪逆転を秘めた零落白夜を持つ織斑くんこそ代表にふさわしいと。
正しいことを言ってるかどうかなんて関係ない、あれやこれや思いつくままに言葉を重ねた。僕はこんなに口が滑らかに喋れるのかと自分自身が驚いたほどだ。
やはり半年間のデザート無料券が惜しいのだろう。ありがたいことにクラスのみんなも乗ってくれた様で、口々に織斑くんを押す声が挙がる。
「ふん。すると貴様はあくまでクラスの優勝のために辞退すると言うことか。そこに個人としての感情がどれだけ含まれているかは知らんが、まあいい辞退を認めよう。代表は織斑一夏とする」
織斑先生に僕の胸中を見抜かれていたことにひやりとするも、辞退は受け取ってもらえた様で着席しようやく胸をなでおろすことが出来た。
しかしそれにマッタをかけたのは当然ながら織斑くんだ。
「ちょっとまってくれ、じゃない、ください。織斑先生。俺だってやりたくないですよ、俺の言い分も聞かないで決定っておかしいでしょ」
「そんなものがあるなら聞いてやる。まさか嫌だからやりたくないなどと感情的な発言はしてくれるなよ」
挑戦的な言葉の織斑先生に対し織斑くんは口をもごもごさせるだけで一向に喋る気配が無かった。
「代表……やります」
「わかればいい。それと副代表は合田祐希とする」
「はい。わかりました」
副代表なんて聞いてない、卑怯だ! などと声を上げることは出来はしなかった。感情論でしか語れないというのも理由だが、リーグマッチに出なくていいということだけは分かっているのがとても大きい。特別やりたいわけではないが拒否する理由もないということだ。
「それとセシリア・オルコットはこの二人の練習を見てやって欲しいを。貴重な男性操縦者といえどもIS操縦者としてみればどちらも見るに耐えんレベルだ。多少なりとも見れるものにしてやってほしいのだが、頼めるか?」
ありがたい申し出だった。新学期が始まってから山田先生は多忙の様で頼ることが出来なくなっていたのだ。
「かしこまりました。未熟者ではありますが力の及ぶ限り指導させていただきますわ」
「ああ、勘違いするなよ。現状このクラスで一歩先に進んでいるだけで、私から見ればみな等しくひよっこだ。少し煽てられたからといってどこかの馬鹿者のように図に乗ることのないように」
そうオルコットさんに釘を刺した。
「では、授業を始めるが本来の内容を変更して、昨日行われた三試合の映像を見ながら解説を行うことにする。三名は特によく聞き今後の糧とするように」
棘のある内容ばかりで僕と織斑くんの心はずたずたになった。
オルコットさんは最初こそ涼しい顔をしていたが、やがて僕らと同じく机に突っ伏すことになった。
最後に余計なことまで思い出してしまった。
「ははあ、なるほどね。えっと……セシリアちゃんはなんで代表を辞退したの?」
と先輩は少し離れたところからを見ているオルコットさん――篠乃之さんと一緒にいた。仲いいのかな?――に近づき、僕が知りたかったことを代わりに質問してくれた。
「そもそもクラス代表に興味はありませんでしたから。それにクラス代表になれば多少は試合経験が増えますからわたくしがなるより、男性のどちらかがなったほう良いと判断したまでですわ」
「えー、つまんない。どっちかに惚れたからってことにしよう」
「つまらないって、わざわざ聞いておいてその言い草なんなんですの! ……そうですわ! わたくしの発言を載せるならあらかじめわたくしに見せていただけますわよね。不適切な箇所があれば校正いたしますわ」
驚いた。オルコットさんも怒るんだ。いや、ごくわずかな時間しか話したこと無いけど、まさしく淑女みたいな印象をもっていたから、軽く受け流すと思っていたけど違うのか。とはいっても、さすがに内容が内容だから怒るのも当然だといえば当然だ。
それを先輩は軽く受け流して答えた。
「ちょっとした冗談だってー。ちゃんと見本刷り渡して確認してもらってるって」
それを聞きオルコットさんは溜飲を下げた。
また、僕もこれからされるインタビューで変なことが書かれてもストップをかけられることに安堵した。
「さ、話を戻して」
と先輩は僕ら二人に色々と質問を投げかけた。
クラス代表、および副代表になった感想から始まり、中学やっていた部活はなにか、入学前にいた倉持あるいはアメリカでどのようなことをしたのか、織斑くん個人に織斑先生のプライベートの様子はどのようなものか、リーグマッチの対戦相手に向けての宣戦布告、僕個人になぜ専用機の作成をアメリカを選んだ――僕が選んだのだと誤認していたようだ――のか、今年のモンド・グロッソの優勝者予想、果ては女性のタイプまで。
他にも様々でありかれこれ一時間ほどそのやり取りは続いた。
クラスの皆は談笑しているかあるいは退屈していると思いきや、結構な数が僕らのやり取りを熱心に聴いていた。
たしかに、彼女たちは気を使ってくれてこういったプライベートな話はを振ってくることは無かったし、僕らもそういう話は部屋で二人きりでしていた。
僕らにとっては新鮮味の無い話ではあったが彼女たちにとってはそうではなかったのだ。
「じゃあ最後に代表候補生三人が写ってる写真ちょうだい。ほら、並んで並んで」
そういわれ、僕とオルコットさんが織斑くんを挟む形で並んだのだが、不評だったようで、
「もう、ちがうでしょ。男二人に女一人なら、女を挟んでならんでよ。わかってないなあ」
とオルコットさんを挟む形で写真は撮られた。
その後クラス全員が写った写真も撮ったのは言うまでもない。
インタビューの終わりと同時にクラス代表就任パーティーはお開きとなった。
もちろん意図したわけではないがそんな雰囲気だっただけだ。
軽く片付けをして気がつくと時刻はまもなく十時になるというところであった。
普段ならまだ眠気は無いのだが思ったよりも疲れていたようで、部屋に帰るときでさえ僕も織斑くんもほとんど喋ることはなく、さらには部屋に帰るなり僕は制服だけ脱いでベッドにもぐるととすぐに眠りについた。