4月下旬 放課後 第三アリーナ
今日も今日とて僕ら男二人はオルコットさん指導の下『見れるもの』になるべく訓練にいそしんでいる。
武装の展開・収納、射撃時の反動制御、弾道予測から距離の取り方、移動における急加速急停止といった近接遠距離戦闘から移動技能に渡り多岐にわたる。
織斑くんはそれに加え瞬時加速と零落白夜の錬度を上げることも要求されていた。要求したのは当然織斑先生にだ。
その指導だが彼女に対する感想は分かれた。
『防御のときは右半身を斜め上前方へ五度傾けて、回避のときは後方へ二十度反転ですわ』といったように数字を出して説明してくれて分かりやすいと思ったのだが、織斑くんはどうも違うようで、
「わからん!」と唸っていた。
オルコットさんの中では一番分かりやすい説明だったのだろう彼女もまたどう説明すればよいのか頭を抱えている。
手持ち無沙汰になった僕はアリーナの端を見る。
ISスーツを着込んだ篠乃之さんがいた。彼女は打鉄を展開したクラスメイト四人に指示を出している。今日は多いな。
先週のことだ、あの日までは訓練する僕ら三人を篠乃之さんはアリーナ客席から見ているだけであった。
しかし、その日クラスメイトの一人が打鉄の貸し出しが出来たから、一緒に練習にしたいと頼み込んできたのだ。
オルコットさんを除く僕ら二人は特別断る理由も無いので首肯して答えたが、オルコットさんだけは言葉に詰まっていた。
理由は練習が始まってするに分かった。
オルコットさんは勿論のこと、僕ら二人も動かし飛ぶことくらいは難なく出来るのだ。しかし彼女は違った。
意識を向けていないと満足に歩くこともままならないほどだ。あ、こけた。あわてて彼女を助け起こす。
僕が初めてちゃんと動かした時の事を思い出す。
今いるこの第三アリーナでラファールに乗って目の前の彼女と同じように転んだあの日のことを。
今のISスーツは持っていなかったから女性用のを無理矢理着てアリーナで山田先生と訓練機の到着をそわそわしながら待っていた。
初起動時はすぐに騒動になって動かすことなんて無かったからようやく、ちゃんと動かせることへの期待、興奮もあり、ISスーツの気恥ずかしさもあり、なにより他の生徒の目が辛かった。
「おまたせしました」とようやく待ち人ときたる。
「ごめんなさい。教員用のラファールを持ってきちゃいました。本当なら打鉄が良かったんですけど訓練機は全部貸し出し中だったので」
そんなこと気にしないでください。このぼっち状態をなんとかしてくれただけで十分です。
山田先生はISをしゃがませて降りようとする。僕は無意識に先生に手を差し出していた。
礼を言い握り返しISから降りる。
「はい。それでは、ようやく実際にISに乗るわけですが……」
と展開しているISへの乗り方を説明してもらい実践する。
先生の手助けを丁重に断り、いくらかある装甲の出っ張りに手足を引っ掛けながら軽く登っていきコックピットへ収まる。
乗るときに、練習を止めてこちらを観察しているたくさんの生徒を見つけてしまった。やめてください。
「大丈夫そうですね。最初はしゃがんだまま手と腕だけ動かしてみてください」
言われるとおりに腕を持ち上げたりまわしたり、手を握ったり開いたりする。うん。
「いけそうです」
「次は立って歩いてみましょう。一歩ずつですよ」
ISを動かすのって意外と簡単だ。ちょっと手を動かしたくらいでそう軽んじてしまった。だからすぐに失敗した。
さっと立ち上がり軽く歩いてやろうと意気込んだらこけた。
大丈夫ですかとあわてて駆け寄ってくれる山田先生を制して四つん這いの状態からなんとか立ち上がる。すごくみっともなかった。
それこそ笑われるのもやむなしとうつむいているも、そんな声が耳に入ることは無かった。
今なら分かる。僕の醜態を見ても誰も笑わなかった――心の中までは分からないが少なくとも僕に聞こえるほどの声は無かった――のは大小の差はあれど一様に同じ経験をしていたからだと。
ISの操縦は情報だけならコアから流れてくる。しかし実践はそう簡単にいくものではない。
たとえばそう、織斑くんが使えるようになった瞬時加速。あれは僕は知識としては知っているし、やり方も知っているが成功したことが無い。
織斑くんも未だ完璧に制御すること出来ていないし。つまりはそういうことだ。
「大丈夫? 相川さん」
どうにか直立にさせると、さきほど見た太陽のごとき笑顔が黒雲に覆われ光を失っていた。
「あーごめんね。あの試合見てさ、二人があれだけ動かせるんだから簡単なのかと思ったけど、うん、やっぱり甘くなかった」
入学試験をパスしているのだから生徒は皆IS適正が一定以上あるのは当然だ。だがそれでも入学前に実際に動かした経験がある者はかなり少ないと聞いている。
僕自身もそうだったが、映像媒体や画像に映されている各国代表選手である彼女たちの華やかな部分にばかり目を向けて、当然通過してきている下積みの部分を軽視しすぎていた。
ISの操作は自分の体の延長線上だという言葉・イメージ――一面においては事実ではあるがそれはある程度習熟してからのものだ――が先行しすぎているのだ。
とにかく、僕はこの事態を予測してしかるべきだった。決して僕自身のためではない、失敗し落胆し居心地の悪い雰囲気を作り出してしまった責任を感じている彼女のためにだ。
「私が一緒じゃあ三人の邪魔にしかならないよね。あっちのほうで一人で練習してるから、本当にごめんね」
憤っていても、時既に遅し。
考えすぎかもしれないが、もしかしたらこの件で彼女との溝ができてしまうかもしれない。もちろん、あくる日になったらけろっとしているかもしれないし、そうでなくとも授業での実習を経て自信がついたら改めて申し出てくれるかもしれない。
けど、それは僕にとって都合のいい妄想でしかない。
だから彼女にこう告げる。
「僕でよかったら一緒に練習する? ほら、一夏はリーグマッチのためにちゃんと練習が必要でセシリアさんも一夏に教えないといけない。だけど僕はそうじゃないからね」
織斑くんがなにか言いかけたのを遮った。手を振っている。たぶん彼も同じようなことをいいたかったんだろう。
自己満足と笑わば笑え。残念ながら僕はこういう事態を放っておいて練習できるほど精神が図太くないのだ。正義感といったものから来るものではない。ただ、何もしなかったとき、それが解決するまでずっと、様々な彼女の暗い未来を想像して自己嫌悪に陥りなぜあの時こうしなかったのかとうじうじ悩むことが明白だからだ。
たぶん、これが一番良い結果になるはずだ。
相川さんは僕ら三人の顔色を伺い悩んでいると、
「ならば私が教えてやってもいい」
篠乃之さんが客席から飛び降りて! そう言った。そういえば彼女がいたことをすっかり忘れていた。
「箒! お前操縦したことあったか?」
「専用機こそ持っていないがそれなりに扱えるぞ。代表決定戦前に一夏にISのことを教えただろう。満足に扱えないものを他人に説明することなど出来るか」
「あ、じゃあお願いしようかな」
そう言って、僕が固まっている間に話は決まっていた。
たぶん、これが一番良い結果になるはずだ(キリッ。 恥ずかしい。
「合田くんもありがとう。うれしかったよ」
「箒さんが引き受けてくれて安心しましたわ。さすがに一人だけ……レベルの違う方が混じっての練習は教える側としてもかかりっきりになってしまいますから」
そして、僕を見ながら、
「それにしても、なぜ祐希さんは頭を抱えていらっしゃるのかしら」
「さあ、俺にもさっぱりわからん」
「なんでもない、なんでもないから! ほら練習続けよう!」
柄にも無く声をあげてせかした。
今日のことは忘れよう、絶対に。
やっぱりそう簡単には忘れられないよね。わかってた。
「祐希もう時間だからさっさとメシ行こうぜ。ってなにみてんだ? んー、ああ箒の」
「うん、今日もやってるよ。しかも四人もあいかわらず人気だね」
オルコットさんは既に帰ったようだ。ISの操縦はかなり体力を使うものだ。つまり汗をかく。
ISスーツに吸収されるとはいえやはり気になるようで、オルコットさんは訓練が終わるといの一番に帰っていく。
「あれをはじめてからクラスに溶け込めたみたいで安心した。あいつって固いとこあるから心配してたんだよ」
あれをはじめる前の篠乃之さん……ほとんど覚えてないけどぼっちだった気がする。
うん。篠乃之さんのためにもアレはじめてよかったかもしれない。
だけど今は、
「ごめんごめん、夕御飯だっけ。さっさと着替えて行こうか」
今日はなんにしようか。
「ようやく見つけたわっ!」
寮食堂入り口脇に彼女はいた。小柄ではあるが活力に満ち溢れているツインテールの少女だ。
「鈴? お前、鈴か?」
「そ。一昨日転入してきたわ。中国の代表候補生としてね」
後で知ったのだが例のセカンド幼馴染が彼女であり、このまま僕が黙っていれば積もる話もあったのだろうが、このとき、僕はまさしく空気が読めていなかった。
彼らの話を邪魔したのもそうだが、知らずに彼女の傷に触れてしまったのだ。
「あ、凰凰の店員さんだ」
「なんだ祐希も行ったことあるのか。こいつは凰鈴音。店員というかこいつの実家だな中華料理屋『凰凰』」
実家だったのか。凰凰は一昨年だったかに閉店している。
何回か家族に連れられて行っただけ――それでも彼女のことを覚えていたのはやはり、容姿によるものが大きい――だが美味しかったし繁盛していたのを覚えている。
なぜ閉店したのかが今でも不思議だ。
彼女がほんの一瞬だが苦虫を潰した顔をしたのを僕は見逃さなかった。失敗した。言葉に詰まる。
「鈴をみたら中華の気分になってきた。よし酢豚にするか。ほら鈴も一緒に食おうぜ」
こんなとき空気を読まない彼の存在がとてもありがたかった。あるいは空気を読んだ上での台詞なのか。
彼女を放置してそそくさと食堂へ入る織斑くんに一拍子遅れて僕らは続く。
「うんちょうど僕も中華が食べたくなったな」
「ちょ、待ちなさいよ。ねえって、あ、酢豚はダメ、酢豚以外にしなさい。酢豚ならあたしが作ってあげるから」
「凰鈴音、よろしく」
彼女の機嫌は先ほどとがまるっきり正反対のものであった。
さもありなん。久しぶりに幼馴染と再会したというのに、おまけが三人もついてきたのだから。
そう。新たに篠乃之さんとオルコットさんが加わって食堂のテーブルを囲んでいるのだ。
彼女たち二人の名誉のために説明するが、なにも彼女たちが後から我が物顔で座ったわけではない。むしろ逆で、彼女たちが先に座っていて、あとから僕らが来たのだ。
最初に料理を渡された織斑くんがみんなで一緒に食べたほうが美味いだろとさっさと座ってしまったのだ。
もともと、彼女たち二人とはタイミングがあえば一緒に食事を取っていたが、今この場でも同じようにすることは無いだろうに。
料理を待っている間もお喋りがやまなかったが、凰は一変して黙りこくってしまったのだ。
そしてようやく出てきたのが先の言葉であった。
篠乃之さん、オルコットさんの自己紹介――『篠乃之』と『イギリス代表候補生』という言葉に反応したが簡単な言葉を返すだけだった――を追って僕も続く。
「改めまして、合田祐希です。よろしくおねがいします。えとさっきは」
と謝罪の言葉を続ける前に、
「別に良いわ、終わったことだし」
取り付く島も無い。
「連絡も無しに帰ってきたと思ったら、代表候補生になってたのか」
ふふん、と鼻を鳴らし
「どう驚いた? ついでに二組のクラス代表もやってるわ」
彼女の機嫌を損ねたのが織斑くんなら、機嫌を直したのもまた彼だった。
だから僕は彼の言葉に乗ればいい。
「それで、二人はどんな関係なの?」
「ただの幼馴染だよ、ほら祐希には説明したろセカンド幼馴染。小学五年から、えーと中国に帰ったのが中学二年の冬だったからかれこれ……うん、そういう仲だ」
算数の計算を諦めるなよ。それはそうと、中二の冬、凰凰が閉店したのと計算があう。なるほどそういう理由だったのか。残念ではあるが家庭の都合なら仕方が無い。
というか、小五からの付き合いなのに幼馴染って言っても良いのか?
「ちょっとセカンドってどういう意味よ」
「そのまんまの意味だぞ、順番にこいつ、箒がファースト幼馴染で鈴がセカンド幼馴染」
僕と織斑くん以外は、なに言ってんだこいつと言葉を失っていた。ここからは見えないが別のテーブルから聞き耳を立てていたほかの生徒もまたそんな顔だろう
「そんなことより、覚えてるか? あれ、酢豚を毎日食べさせてあげるってヤツ」
突如として場が盛り上がる。
なんで酢豚? 好きなの?
いや、好きでも毎日は嫌でしょ。中華なら今食べてる青椒肉絲とか好きだけど、それでもやっぱり毎日はいやかな。
「覚えててくれたんだ、ってか、その、こんな場所で言う?」
今度は顔を上気させる。ころころと態度が変わって見てて飽きない。
「いつでも良いのか? 明日でも。あれって、好きなときにおごってくれるってことだろ。さっきも言ってたしひさしぶりに鈴の酢豚が食べたくなった」
先ほどにもまして呆然とする。つまり意図したものと違ったのだろう。篠乃之さんだけじゃなくて凰さんも?
この流れを見てちょうど僕の向かいに座っている篠乃之さんはどう思ったのか気になり盗み見ると、特別動じた風には見えなかった。
織斑くんのこと好きだと思ったんだけど間違ってたかな? それともポーカーフェイスとかそういうのか。
それより気になったのが篠乃之さんの後ろにいるクラスメイトの谷本さんだ。
なぜか大きく腕でバッテンを作っている。たぶん織斑くんに向けてなんだが気づいていない。
目が合う、ジェスチャーで何かを伝えようとしてくる。おそらく、僕が想像したように凰さんの意図と違っていると伝えたいのだろう。
ならばおそらく、向かいの篠乃之さんの味噌汁をちょっと失礼して持ち上げると、マルだ。やっぱりか。
「一夏、たぶんそれは」
そういいかけたところで凰さんに睨まれる。
すぐに気づくそういう意味ならこの場で説明するのは非常にデリカシーに欠けている。
「なんだ祐希」
「あーもしかしたら、一夏って鳳さん家の中華料理屋でよくご飯食べてたんでしょ。で、無くなった中華料理屋を復活させるために一番食べてた一夏にどれだけ再現できてるか味見して欲しいんじゃないの?」
僕ってこういうときは口が良く回るみたいだ。よくもまあこんなデタラメがすらすら出てくる。新たな発見。
谷本さんからはバッテンを貰ったが仕方がないんだわかってくれ。
「たしかに、あの約束をしたのは中国に帰る直前だったし。そういうことなのか?」
「そ、そうよ! そうそう。ま、今は代表候補生あってるから凰凰はもう諦めたけど、約束だからね。たまに作ってあげるわよ」
ほら、うまくまとまったじゃないか。自棄になってるとも言う。
「じゃあ僕はお先に、今日も図書室によってくから」
「おう、いつも通りだな」
とは言うもののメッキを張っただけの一時しのぎの状態だ。さっさと逃げようと食器を片手に彼女の横を通るやいなや
「後で行くから待ってなさい」
と裁判長から有罪判決をいただいた。
夕食後からでは図書室の閉館時間まではあまり余裕が無い。
普段ならジャンル、作者、タイトルだけでさっさと借りて部屋に戻るのだが今日はそれが出来なかった。
第二審で冤罪だと証明しなければいけないのだ。
「待たせたわね」
凰さんは周りを伺いながらこちらにやって来て、小さな声で話し始めた。
「さっきは悪かったわね、あれを覚えてるどころか、あんな場所で言われるなんて思っても見なかったわ」
「僕のほうこそ、その適当なことを言って一夏だけじゃなくて他の人にも勘違いさせたかもしれない」
笑いあう。よかった裁判長はやはり僕が無罪だと分かっていたのだ。
「やっぱりその、凰さんは一夏のことが?」
意を決してたずねる。ぱっと顔が赤くなるのが分かる。言葉にしなくても十分理解が出来た。
凰さんは片手で顔を覆い
「まあね。うん、あたしは織斑一夏が好き」
最初こそ僕に向けた言葉であったが、次は自分自身に向けたものだった。
「だからといって、手伝ってくれなんて言う気はないわ。そういうのは自分に魅力が無いヤツのすることよ」
顔から手を離しヒラヒラさせる。不遜な物言いではあるが、彼女にはそれを言うだけのものが確かにあるんだろう。
「あたしは一夏が好き。最終的には」ここで一度言葉を切り
「結婚したいと思ってる。だけどそれは誰かに手伝ってもらわなければ叶えられないものじゃない」
頷く。彼女がくるまでは『酢豚じゃあ分からない』と伝えようとしたがやめた。
水を差すだけだ。そんなことは本意ではない。
それにしてもオルコットさんといい凰さんといい代表候補生というのはこれほど魅力的――容姿がどうこうといった話ではない――な人物ばかり集めているのか?
「一夏は鈍感だからどれだけ時間がかかるか分からない。けどね、一夏があたしの隣に立ってくれる、そんな未来にしたい」
そういい終わると今度は両の手で顔を覆いしゃがみこんだ。
そんなに恥ずかしかったのなら必要な分だけ言っても良かったのに……いや、もしかしたら決意表明のようなものだったのかもしれない。
「だからまああたしのこともアイツのこともひっくるめてこれからよろしくって事」
ところで、と熱が収まったのか顔から手を離し立ち上がって
「篠乃之箒、あんたは彼女のことを手伝ったりしてないわよね? なによその顔知らなかったわけ。分かるわよ。あれはあたしと同じだって」
どっちか分からなくなっていたけど、そうか『私と同じ』。なるほど、恋する乙女が言うんだからそれは実に説得力のある言葉だ。
「そうじゃないならいいわ、そういうことをするヤツじゃないって分かっただけでも収穫よね」
言いたいことをすべていい終わり気が抜けたのか、はあ、と大きく息を吐いた。
「あ、そうそうあたしのことは鈴でいいわ。私も祐希って呼ぶから」
彼女の差し出した右手を僕はしっかりと握り返した。
じゃ、と言い凰さんは去っていった。
ふと思い出し僕はその背に向けて告げた。
「あ、サインください」
ずっこけた。ごめん、ちょうどいい機会だったんだ。