五月中旬 第二アリーナ 観客席
あの日以降なにかにつけて凰さんは僕ら――当然彼女にとってメインは織斑くんのほうだ――にかまうようになった。
とはいえ一組と二組である。IS実習以外では授業中顔を合わせることは無い。すると当然休み時間になるのだが、彼女は短い休み時間のたびに一組にやってくるのだ。授業開始ぎりぎりまでいて織斑先生に注意されてようやく二組に帰る。涙ぐましい努力だった。
そんな彼女だ、当然放課後の訓練にも来るものとばかり思っていたし、織斑くんもまた彼女を誘ったが、
「リーグマッチが終わったらね」とどこまでもフェア精神の塊で出来ているのであった。。
僕が女か、彼女が男だったらととてもいい友人になれたのにとつい妄想してしまう。
そして本日からリーグマッチが三日間かけて開催される。各学年で一日ずつ使う計算だ。初日の今日は一年生によるリーグマッチが行われる。
見物は各学年に相当する生徒は優先的にアリーナで観覧できる。つまり、今日は一年が主役なので僕ら一年には優先権があるということだ。そのため自分の席は確保していたが自由席だということを忘れており、開会直前になってようやく会場入りした僕は最後列に座ることとなった。
ただしそれは意図せざる結果でもなかった。良い席を取るために開場前から待つか、あきらめて後列に座るかを天秤にかけて後者を選んだだけで、不満など無かった。
一応、一時間前にも行ってみたが既に長蛇の列だったのでさくっと諦めたのだった。
さて、その緒戦であるが、織斑一夏VS凰鈴音だ。組み合わせだけを見ればまさしくこの二人は引き合っているといえるのだが、つまりこれは彼女が二組だから出来るのだ。悲しい。
また、この試合がおそらく事実上の決勝戦になるだろう。四組の代表候補生はなぜかクラス代表ではないようで、一般生徒が代表だという。
篠乃之組の訓練風景から想像しても恐らく一般入学した彼女たちと織斑くんでは彼のほうが圧倒的に優位だ。
凰さんの実力こそ不透明ではあるが、織斑くんから聞くところによると日本にいた頃はIS操縦に関しては特別な興味も無かったらしい。つまり彼女がISに触れた期間は帰国してから今日までの一年あまりとなる。それだけの短期間で代表候補生に選ばれ専用機を貸与されるのだから、弱いなどと口が裂けてもいえない。少なくとも将来を期待されるだけの実力は備わっているのだ。
自分が戦うわけでもないのに緊張してきた。深呼吸。と、急に耳に息が吹きかけられ、ひゃあとなさけない声を上げてしまう。
ばっと振り返る。水色の人、生徒会長更識楯無先輩がそこにいた。日本人ではあるがロシアの国家代表――候補生ではない!――である。
叶うならばあいたくない人でもあった。決して嫌いだというわけでは無いが、彼女の飄々とした語り口に内面を見透かすような瞳、それらが隠しておきたい自分の内面を見せ付けてくるような錯覚に陥いるのだ。
「更識先輩、そういうことするのやめてください」
「あら、緊張をほぐしてあげただけじゃない」
傍から見ても緊張しているのが丸分かりだったのか。まだ試合が始まってもいないのに。
「そういうことするから妹さんに避けられてるんじゃないんですか?」
「知ってたの?」
あからさまに気落ちした。ちょっと不仲なものとばかりだと安易に考えていたが、思ったより根が深そうで口を滑らせたことに気づく。やってしまった。
「いえ、以前お会いしたときの口ぶりから想像して、鎌をかけてみただけです。そのすいません。」
素直に謝る。
先輩との出会いは三月の中ごろ、山田先生に『新学期以降時間が取れなさそうなので信頼できる彼女に指導してもらうと良い』と紹介された。
先輩との顔合わせそのものは滞りが無かったが、僕の抱いたマイナスの感情を上手く折り合いをつけることが出来なかった。
それこそ、オルコットさんがいなければ悩みに悩んだろうが彼女のおかげでその悩みからは解放された、その点からも僕はオルコットさんに本当に感謝している。
その顔合わせのときに、生徒会長でもあると説明され、同時にクラスメイトの布仏本音さんの姉である布仏虚先輩との顔合わせも会った。
その後布仏さんが生徒会に入ったと聞くことはあったが、四組の更識さんもそうだという話は聞こえてこなかった。そこから想像しただけだ。
「なんだ簪ちゃんに惚れたちゃったのかと邪推しちゃったじゃない」
「話したことどころか見かけたことも無いのにさすがにそれはないです」
本心だった。ざーんねん、と放つ言葉とは裏腹に態度はまったくそう見えなかった。
試合開始のアナウンスと共にブザーが鳴る。
両者が展開していたのは形状こそ違えど、どちらもブレードであった。
上空で切った張ったが繰り広げられる。凰さんの専用機もまた近接格闘メインなのかあるいは同じ土俵に立った上で勝利したいという現われなのか。
試合が終わるまで織斑くんの専用機の情報をシャットアウトしていた彼女のことだ、ブレードしかもっていないのを知らないって事もあるかもしれない。
「で、どっちが勝つと思う?」
「9:1で凰さんですかね」
「あら辛辣。ここはクラスメイトの一夏くんが勝つって言う場面でしょ」
例外として専用機を貸与された僕らと、実力で掴み取った彼女を一緒にしていないだけだ。
そんなこと嘘であっても口に出したくは無い。それは数多のIS操縦者に対して冒涜にすら感じてしまう。
「ま、そうでしょうね。一夏くんも鈴ちゃんも同じ近接格闘タイプ。だけど」と言葉を区切り、先輩は持っていた扇子を彼らに向ける。
距離を取った織斑くんがぐらりと揺れる!? 凰さんの攻撃かと思ったが、はただ立っているだけに見えた。
なぜか? 答えはすぐにやってきた。
「鈴ちゃんの両肩のあれ、あれで衝撃を打ち出してるの。聞きしに勝るとはこのことね、本当に砲身も砲弾も眼に見えないんだもの。」
見えない砲撃か。なるほどコレはまずい。
敗北濃厚かと腹をくくったが、だがしかし、彼はあっさりと僕の想像を超えたのだ。
「あの、今も見えてませんけど、一夏の動きからして避けてるんですよね? 見えてないのに避けられるんでしょうか?」
たぶんだけど、と前置きして
「たしかに無色透明の砲弾だけど突然出てくるわけじゃない。ちゃんと前段階として砲弾の生成という工程があるわ。つまり生成中は空間圧力が高まり歪む。その違いをハイパーセンサーで捕らえてるんでしょうね。あと、打ち出すって事はまっすぐにしか飛ばないって事だから回避行動を取るのはそれほど難しくはないってこと」
うへぇ、難しいって。
そんな僕の未熟さに辟易していると轟音が鳴り響く。
すわ何事か。ついに織斑くんが直撃を食らってしまったのかと思いきや、ナニかがアリーナの上方の遮断シールドを突き破ってアリーナ中央に黒煙を撒き散らしている。
「あ、え、え?」
「あらいけない、お仕事ができちゃった。それじゃ失礼」
固まり、どうすればよいのか――あるいはなにもしなくてもよいのか――動けずにいる僕と対照的に、なにをすべきか理解しすぐさま行動に移る先輩。
彼女にすがりたい気持ちをぐっとこらえる。
愚鈍な僕にもいまこの状況が緊急事態だということは分かる。そして先輩はこの事態をどうにかするために出て行ったことも。なら僕なんかに構って無駄な時間をすごさせてはいけない。足を引っ張ることをしてはいけない。
先輩を見送り、大きく深呼吸をする。現状確認!
とにかくすぐに動けるようにISを展開だけはしておく。
観客席には既に元々張られている遮断フィールド――アリーナ上空を包んでいるものと同じもの――に加え物理シャッターが下りている。
おかげでここからではアリーナで何が起きているのかまったく分からない。二人は無事だろうか? 不明。
次、ヤツかは遮断フィールドを突き抜けて突入してきたようだ。つまり遮断シールドに守られているだけでは安全ではない。ならばシールドだけでなくシャッターとの二重の防壁があるならここは安全か? 不明。
一時しのぎにはなるかもしれないが絶対の安全を保障するものではない。
なんの放送も入っていないが、いくらか生徒がすでに観客席出入り口へ向かい自主避難し始めている。
『緊急連絡。アリナーに未確認物体の進入を確認した。すみやかにアリーナから避難してほしい。また、専用機持ちはISの展開を許可する。教職員と共に避難誘導を行い、残された者がいないかの確認をたのむ』
天佑! 織斑先生の指示放送は愚鈍な僕にとってまさしく天の助けであった。
欲を言えば、もう少し早く言って欲しかったのだがいたしかたあるまい。一応とはいえ防衛機構に阻まれている僕たちと、ヤツと直接対峙しているあの二人ではまず気にかけるのは後者である。当然だ。
今まで僕と同じようにどうすれば良いのか不安そうに周りを伺うだけであった生徒も跳ぶように立ち上がって出入り口まで小走りで駆けていく。そしてすぐに歩幅を緩め、そして立ち止まる。
広いアリーナに対して出入り口――来賓者用の特別観覧席は除く――は四つ。出入り口そのものも特別大きいというわけではない。
それはつまり出入り口はごった返しているということだ。ISを展開し飛んでいる僕からは見えているがちゃんと出入り口に吸い込まれている。
ただただ人が多いゆえに進捗状況が芳しく無いだけである。
こちらは遅々として進まないが、オープン・チャンネル――これなら二人とも連絡が取れるがさすがに今の状況で私情に使う気は起きない――から聞こえてくるところによると突入部隊は着々と準備が完了しているようだ。
観客席からの避難に時間がかかるとのことで、扉がロックされているがピット・ゲートから突入することになったようだ。
すでに突入部隊そのものは準備が終了しており、情報科によるロックの解除がすみ次第突入。織斑、凰両名の救助の後対象を無効化するという段取りらしい。
準備そのものは順調のようだ。しかし中の二人の様子はいっこうに聞こえてこない。やきもきする。
早く避難を終わらせて助けに行きたい。
しかし、その感情は結局発散することなく終わった。
「失礼します」
事件収束からおよそ一時間後。ゴーレム――と仮称することとなったらしい――は結局織斑くんと凰さんが鎮圧したらしい。
当然、先生方突入部隊がやったものだとばかり思っていた僕は、凰さんの説明に愕然とした。二対一とはいえ未確認の相手であり、試合途中であり万全とはいえない状況であるにもかかわらずゴーレムに向かっていく……勇気なのか無謀なのか分からないが、とにかくなんともいえない感情に包まれた。
しかし、その結果織斑くんが少々痛手を負い保健室で休んでいると聞き、見舞いに来たのである。
「よお」
扉を開けた先には制服を着ている織斑くんが立っていた。
「もう動いてもいいの?」
「ああ、ちょっと体が痛いけどこのくらいなら大丈夫だ。来てもらって悪いけど、部屋に帰ろうぜ」
頷き答えて部屋に入りかけた足を戻す。
彼を気遣いいつもよりも遅い足取りで部屋まで帰った。
道中はゴーレムとの戦いについて僕が聞き、彼が答えるというやり取りに終始した。
緘口令が敷かれているらしくほとんどの質問に答えてもらえなかったが、幾らかの答えと言葉の雰囲気からなんとなく大雑把な感覚は想像できた。
そのときふと思ってしまった。
次があったらと。
ぞっとした。僕は自分が活躍したいがために、こんな事がもう一度おきて欲しいと考えたのだ。
何を考えてるんだ僕は。何のためにこの事件が起きたのか分からないけど、これっきりのほうが良いに決まってる。
自分本位な妄想に自分自身が嫌になる。
しかしすぐにそれは消え去る。はっと脳裏をよぎったのだ。
今思ったことってまさに、学校にテロリストがやって来てそれを僕がかっこよく解決するってことじゃないか!
昔患っていたときのことを思い出す。卒業したと思っていたが根っこは変わっていないのか? まさか、そんな筈はない。
不快感から一転、忸怩たる思いに駆られる。
それに織斑くんただ一人でどうこうしたわけでなく凰さんもいたし、今回は直接の出番がなかった先生、先輩方だって同じ轍は踏むまい。なんて自分に都合のいい妄想をしていたんだ。
そもそもそういった形でなく行事でいくらでも日の目を見ることだってあるじゃないか。 自分の馬鹿さ加減が恥ずかしい。