漢王朝
項羽と劉邦を中心とする楚漢戦争に劉邦が勝利し、前206年に建国された統一王朝。
武帝の代に宿敵である匈奴を破り、最盛期をむかえる。
8年に王莽により滅亡するが、劉秀(光武帝)によって再興される。
しかし、再興後の漢は地方豪族の力が強く、荘園や私兵を所持する者もいた。
また、異常に短命な皇帝が続き、後継争いによって外戚と宦官が台頭する。
桓帝・霊帝の代になると、宦官は益々強大化した。
具体的には、宦官に養子・財産相続を認められ、さらに反宦官的な士大夫を弾圧する党錮の禁などが起こったことによる。
ーーーーー以上、漢王朝桓帝・霊帝期までの概要ーーーーー
幽州魚陽郡の富家 伊徳台《いとくたい》の屋敷
「武よ。お前の表裏のない働きぶりは私のもとにまで聞こえてくる。父母亡き後も、質素倹約に努め、家人とともに田畑に出て働き、父母の霊を慰めながら、家を衰えさせることなく家産を守りとおした。お前の孝行ぶりとその誠実さは古の聖王にも劣るまい」
上座に座る肉付きのよい男 伊徳台が、杯を煽りながら興奮気味に言う。
「とんでもないことです、伯父上。
家産を守ることが出来たのは、伯父上の扶助があったからです。
家が衰えることがなかったのは、父母の霊が哀れんでくれたからでしょう。
この二つのうち一つでも欠けていれば、とても私なんぞが家を保つことはできなかったはずです」
武と呼ばれた若い男は身を震わせて答えた。
そこに謙譲の色がかすかに見えた。
「ははは、謙譲もよいが、賛辞の言葉は素直に受け取ってくれた方がどちらも気持ちがよいものだぞ」
そう言うと、伊徳台は自ら武に酌をして、さあ飲め飲めと酒を勧める。
武は若干気後れしながらも、勧められた酒を一息にあおる。
「さすがは韓家の当主、よい飲みっぷりだ。
……さて、武よ。今、この幽州には盧子幹先生が滞在されておる」
武は酒に焼かれた頭から盧子幹という人物を探した。
「盧先生といえば儒学の大家でありながら、九江蛮の反乱を鎮めたまさに文武両道の人ですね。
九江大守のはずの盧先生が何故、幽州に」
「ほお、そこまで知ってるのか。
噂によれば、先生は病を得たため、官を辞し故郷の涿郡へと帰郷されたそうだ」
伊徳台は武が盧植のことをある程度知っていることに驚きつつ、武の質問に答える。
「ここからが本題なのだ。
盧先生は涿郡にて学舎を開き、近隣の子弟に学問を授けるそうだ。
……どうだ、行ってみないか。近隣の子弟とのつながりを持て、盧先生ほどの高名な方の門下にいたとなれば、後々何かと役に立つはずだ。
学資や滞在費はすべてこちらが持つ。悪い話ではないだろう」
伊徳台は身を乗り出しながら、武へと話しかける。
「私が、盧先生のもとで学問を……」
武は困惑した目で伯父の伊徳台を見る。
もちろん、行きたい。
中華にその名を馳せる盧子幹という巨人のもとで学んでみたい。
だが、わからない。いくら甥だから、妹のただ一人の息子だからといって、ここまでの厚遇はなかなかない。それに一番の問題は、伯父の家は昨今の重税により昔ほど豊かではないということだ。
いままでも多額の金銭の援助を受けているというのに、さらに……というのは心苦しい。
そんな武の懸念を察したのか伊徳台は、
「なに、気にすることはない。
お前には大いに期待しているのだ。期待するからには出来うる限りの扶助を行うのは当然のことだ」
と、言い、武の懸念をかわした。
武は、伯父からの言葉に身体を震わせ、
「それほど期待していただけるとは、この韓武の身に余るばかりでございますが、全身全霊をもってその期待に応えさせていただきます」
と、言った。
こうして、韓武の涿郡行きが決まった。
前半の説明はいらなかったかな。
初執筆なので色々と至らないところがあるでしょうが、よろしくお願いします