韓武くんは頑張ります   作:駑馬十駕

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第一話

伯父上の期待に応えようと鋭気を満身に巡らせ漁陽郡を発った私であったが、その出鼻は早々に挫かれることとなった。

 

私の前に立ちはだかった障害とは、学問をする上で要求される基礎的な教養であった。

 

そもそも、私塾に通うような者は、そのほとんどが富裕な豪族や名家の出であり、彼らは年少の頃に家の者から学問の手ほどきを受け、修学の基礎をつくっているのだ。それが中華に名だたる盧子幹の門下生ともなれば、なおさらのことだ。

 

彼らに比べて私はどうなのか。漁陽郡の豪族の出とはいえ、その家は、祖父の代から振るわず、私の代には伯父上の助けがなければ潰れてしまう程に没落していた。また、伯父上は何かと気をかけてくださり、扶助のための金銭だけでなく書物なども与えてくださったが、父祖からわずかに残された土地を経営するためには私自身が小作人とともに働かなければならず、学問をする余暇というものをつくりだすことはなかなかできなかった。

と、いうような言い訳ならいくらでもできるが、いくら言い訳をしようと、私が他の者たちより一歩も二歩も遅れているという事実は変わらない。

 

ならばどうするか、私はどうするべきなのか。

答えは決まっている。やるしかない。

 

そう決意してからの行動ははやかった。

 

寝食以外の時間を学問にあてるのは当然として、門下生の内で優秀といわれる者のことごとくに教えを乞うた。そして、盧先生に頼み込み、先生の書斎を日没まで使用することを許された。

 

これだけでも大きな収穫であったが、なんと先生が暇な時間を私の教授にあててくださることとなったのだ。一対一で先生の教えを受けた者はどれほどいるのだろうか。もし、他の者がこのことを知れば、喉から手が出るほどには羨ましがるに違いない。

 

これ程の厚遇を受けているのだから、学力が上がらないはずがない。

 

門下生となって一年ほど経った頃には、私は門下の中でも十指に入るほどになっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

韓武が盧植の開いた私塾の門下生となってからすでに二年が過ぎようとしていた。

門下生となり、尊敬すべき師と少数ながらも心を許せる友を得たことは、韓武を大いに成長させた。

 

 

 

「おい、子耳。もう日が暮れるから書斎を閉めたいのだが」

赤髪の少女が私に声をかける。

彼女の名前は公孫瓚。字は伯珪。

遼西郡の有力豪族の公孫氏の出らしいが、母親の身分が低いためあまり良い扱いはされていなかったそうだ。ついでにいえば、私の数少ない友人の一人であり、いまや字で呼び合う仲になっている。

 

私が窓を見てみると、なるほど、窓からは沈みゆく太陽に照らさた空が茜色に染まっているのが見えた。

「すまないな、伯珪。本をかたづけ次第出るから、少し待ってくれ」

といい、私はさっさと本を書棚に片付け、ついでに書庫の整理も済ませた。

 

本の片付けと整理を終えた私は書斎の外に出て、待たせていた伯珪に声をかける。

「待たせてしまったな。書庫の点検も終えたからもう閉めてしまっても大丈夫だぞ」

「そうか。なら閉めるとするか」

伯珪は書斎の鍵を閉めると、意味ありげな顔で私を見てきたので、私は困惑しつつ彼女の顔を見かえした。

 

少しの沈黙をはさんで彼女は私に話しかけてきた。

「子耳。お前はこれからどうするんだ」

と、言った。これからというのは、私がこの私塾を去ってからの話だろうか。それならば答えは決まっている。

「私はここを出たら、地元の漁陽県に出仕するつもりだが。いきなりどうしたんだ、このことは以前、他の者たちと一緒に話しただろう」

「ああ、皆で将来を語り合った時にお前がそう言ったことは憶えている。みんなが大学者になるとか三公九卿になると大ボラ吹くなか、お前が県令ぐらいにはなりたいものだと言って場を大いに白けさせたのも憶えている」

「勘弁してくれ、あの時は本当に居心地が悪かったんだからな」

伯珪はその時のことを思い出したのか、ニヤニヤと笑いながら言うものだから、私も当時のことを思い出していたたまれない気持ちになってきた。

 

しばらくの間、私たちは感傷に浸っていたが、本題を話していないことを思い出した伯珪によってその静けさは破られた。

「ここからが本題なんだが、実は四月後に涿郡の都尉になることが決まったんだ。私がここに通うのを援助してくれた侯氏という人が推薦してくれたらしい。だけど、夷狄の侵寇の激しい涿郡に私だけじゃ心もとない。どうだ、私と一緒に来てくれないか。できる限りの待遇を与えるつもりなんだが」

「ありがたい話だが、何故それを私に。お前が一番親しくしている玄徳には話したのか」

伯珪がもっとも親しくしているのは劉玄徳という少女だ。

彼女は涿郡の土豪の出身なのだが、幼くして父を亡くしてからは家は貧しくなり、母とともに筵を織って生計を立てていたほどだ。その後、彼女に大才ありと観た叔父の支援を受け、盧先生の下で学ぶようになった。ちなみに、その姓が表すように彼女は中山靖王劉勝の末裔であるそうだ。

さらに言えば、私がこの私塾で得た最初の友人であり、伯珪を紹介してくれたのも彼女である。

「うん。桃香にも話したんだけど、断られちゃったよ。なんでも、困っている人を助けるために色んなところを廻りたいそうだ」

困っている人を助けるために各地を巡るなんて、実に彼女らしい。皆で将来を語り合った時に、みんなが笑って暮らせる国にしたい、と言うだけのことはある。その理想主義的な夢にあの場の多くの者が賛同したが、本心から賛同した者はどれほどいたのだろうか。

各地を巡るうちに、真に彼女を助けたいと思う者とめぐり合うことができるかもしれない。めぐり合ってほしいと私は思う。

 

「そうか、それは実に彼女らしいな。まあ、そういうことなら私はお前の下に行こう。一から県に仕えるより、お前の下にいる方が出世の機会がありそうだしな。そうなれば、伯父上にはやく恩返しができる」

「本当か!いやぁ〜よかった、よかった。もし断られたらどうしようかと思ったよ」

「こう見えて私は騎射が大の得意なんだ。兵法はあまり修めなかったから大人数での戦いには自信がないが、個人の武勇が活きる少人数戦には多少の自信がある」

「はー、お前は器用な奴だと思ってたけど、そんなことまでできるのか。私たちの前途は希望の光に満ちてるわけだ」

伯珪は顔を輝かせて言う。いささか大げさに過ぎるとは思うが、水を差すほどのことでもないので黙っているが。

「丁度いい、書斎の鍵を返すついでにこのことを先生に報告するとしよう」

という私の言葉で、一人はしゃいでいた伯珪は書斎に来た役目を思い出したようで

「そういえば、私は書斎を閉めにきたんだった。いやー、すっかり忘れてた。私も先生への報告についてくよ」

などと言っている。

「それにしても、いきなりのことだからな。世話になった人たちと伯父上にも報告しなければならないが、四月もあればどうとでもなるか」

私は今から四月後までにやるべきことを頭に浮かべながら、尊敬する師の下へと向かって行った。

 

 

 

 




どうしても説明くさくなってしまうなぁ。あと白蓮をうまく書けない。
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