「待ってろ……すぐに助けてやる」
純白の翼が生えた俺は横目で右手の鎌を見やる。この鎌では駄目だ。そう、本能的に思った。どうしようかと懐に入っていた残り1枚のスペルを見ようと探ると新たにスペルカードが増えているではないか。それも2枚。すぐに取り出してスペル名を読み、1枚だけ宣言。
「死神『ラスト・デスサイズ』」
すると、ドリルだった鎌が輝き、柄も刃も真っ黒な普通の鎌になった。それをしっかりと右手で握った瞬間、先ほどまでの鎌とは比べ物にならないほど重たい事がわかった。しかし、それ以上に体中に力が巡り始める。この鎌の力だろう。一通り、確認した後、翼を動かす。
「――」
その瞬間、視界が真っ白になった。いや、違う。飛翔したのだ。あり得ないスピードで上昇して行く。
「響さん!?」「弟様!?」
途中で妖夢とそれを支えていた咲夜の声が聞こえたが無視。どうやら、俺たちの真上にいたらしい。きっと、幽霊を集めていたのだろう。確か、白玉楼には幽霊を集める事が出来るアイテムがあったはずだ。それを駆使しているに違いない。
飛ぶ。翔ぶ。夢中になって上を目指す。
速く。もっと、速く。光になるイメージ。
邪魔する物も音もない。世界がどんどん、通り過ぎて行く。
気付けば大気圏を突き抜けようとしていた。酸素や寒さなど気にしない。いや、感じなかった。別に感覚が麻痺しているわけではない。俺の体が何かに保護されているのだ。
(ああ……)
この胸に抱いた気持ちは何だろう。これほどまでに心地よい気分になったのは久しぶりだ。横を見れば空と宇宙(そら)の境界。もう少し行けば重力すらない世界が広がっている。
(行ってみたい……でも、今はこっちが先)
いつの間にか上昇は止まっており、数秒間その場に留まった。名残惜しいのか自然に体ごと上を向き、しばらく宇宙を眺める。そして――落ちた。
「……」
空が、宇宙が遠のいて行く。背中から落ちて行く。純白の翼から小さな羽が離れていく。ふわりと羽が宇宙を目指して飛んで行く。その羽は天使の羽そっくりだった。
「さてと……」
ぐるりと体を回転させ、顔を下に向けた。空気抵抗を小さくする為に翼を折り畳み、更にスピードを上げる。
(あの女の子は魂を全て取り込んでいる。きっと、簡単には離れない。今までの攻撃じゃ魂を刈り取れない)
ビュンビュンと雲を突き抜けながら思考。右手の鎌をギュッと握り、目を瞑る。
「一撃だ」
左手を動かし、そっと鎌の柄を両手で掴む。そのまま、右腕を引いて鎌を振り上げた。
「このままじゃ駄目だ……もっと、もっと強く」
自分に言い聞かせるように呟くとそれに答えるように鎌が一回り大きくなる。それと同時に鎌に黒いオーラが纏い始めた。
「まだ足りない」
もう、一回り大きくなった。
「まだ、足りない」
もう一回り。
「まだ、足りない!」
一回り。
「まだ、足りない!!」
鎌が大きくなるにつれて柄も太くなっていく。そろそろ、握れなくなってしまう。しかし、今度は神力の力によって両手が大きくなった。そして、更に大きくなる鎌。オーラも激しく揺らぐ。
「足りない!!」
まだ、大きくなる。まるで、俺の気持ちに答えるかのように。
「足りない!!!」
両手も大きく、鎌も大きくなった。
「まだ……まだ、足りない!!」
とうとう、鎌の大きさは俺の身長の5倍――いや、それ以上の大きさになる。真っ白だった視界が開けた。そこは銀色に染まった幻想郷。
「いいか……【魂喰者】。お前は独りじゃない」
これほど離れていては聞こえないだろう。だが、俺は構わず話し続けた。
「俺が一緒にいる。幻想郷に住む皆がいる。俺の魂には吸血鬼、狂気、トールがいる。外の世界には望や雅。悟がいる。お前が望めば俺が会わせてやる。だから、願え! 祈れ! お前を苦しめる鎖を解け!! 【魂喰者】!!」
最後の悲鳴と共に鎌が甲高い音を響かせる。俺の魂と共鳴するかのように。
【私……独りは嫌だ!! おにーちゃんと一緒がいい!!】
その叫びはきちんと俺に届いた。ニヤリと笑って1枚のスペルを宣言する。
「断殺『愛別離苦をも刈る死神』!!」
近づく地表につれ白髪の女の子が見えるようになる。女の子は魂が揺らいで苦しいはずなのにこちらを見上げて――笑っていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
俺はその子に向かって鎌を振り降ろした。
「……あれ?」
目を開けると視界に見覚えのない天井が広がっているではないか。しかも、どうやら俺はベッドの上にいるらしい。
「あら? 覚めたようね?」
「吸血鬼?」
俺の右手を握ったまま、吸血鬼が微笑んでいた。
「ここは……魂の中?」
「そうよ。やっと、私たちも部屋から出て来れたの」
吸血鬼と狂気は地力を失いすぎた為、自分の部屋に閉じ籠っていた。いや、そうせざるを得なかったのだ。
「じゃあ、回復したんだな?」
「まぁ、狂気はもう少し寝るって言って部屋に戻ったけど」
「そうか」
あいつらしいと思い、笑う。
「そう言えば、小町は?」
「ここにいるよ」
吸血鬼が避けると酒を飲む小町とトールがいた。しかし、何故か二人の手が震えている。
「どうした?」
「それはこっちの台詞じゃ。お主、何をした?」
「はい?」
トールの問いかけの意味が分からず、ベッドに横になったまま首を傾げた。
「……その様子だと無意識のようだね。簡単に言うとあたいたちは響に取り込まれたのさ」
「取り込まれた?」
「そう。あの【魂喰者】の助けを聞いた瞬間、響に吸い込まれたんじゃよ。体は動かないし、声も出せない。あれには驚いたわい。疲労感も尋常じゃないしの」
「ああ、俺に翼が生えた時か……てっきり、神力で創った翼だと思ったけど違うのか?」
翼の色も白だったし。
「無理じゃ。お主も見たであろう? あの翼からは本物の羽が落ちていた。あれほど、精密かつ綺麗な羽は神力を使っても創れやしまい」
「そう、何だ……」
ならば、あれは何だと言うのだ。
「多分……小町の魂とトールの魂と響の魂が更にシンクロしたんじゃないかしら?」
「おや? 吸血鬼さん、それはどういう事だい?」
「簡単よ。響との共鳴率が上って『シンクロ』から『フルシンクロ』状態になったって事」
「フル、シンクロ?」
紫からそんな事を聞いた覚えはない。
「私の考えだけどね。ほら、フランともシンクロしたじゃない? その時、最後に『狂喜』を使ったでしょ? あれも軽いフルシンクロ状態だったみたいなの」
「確かにあの一撃だけは他のスペルと比べ物にならない物だったの」
吸血鬼の説明に納得するトール。
「でも、あの時はあの白い翼は生えなかったぞ?」
「言ったじゃない。軽いフルシンクロ状態だって」
『フル』と付くのに軽いとかあるのだろうか。
「今回もすごかったんでしょ? 『断殺』」
「ああ、あれはすごかったね。なんたって霊夢たちが作った結界も破壊。更に結界の内部を焼け野原にしたほどだから」
「……え?」
小町の台詞に目が点になってしまった。
「何だい? 自分でも気付いていなかったのかい?」
「鎌を振り降ろして気付いたらここにいた」
「力を込め過ぎだよ。ほら、魂の中だってのに起き上がれもしない」
小町の言う通り、指先一つ動かせなかった。
「だって……そんな事より! あいつは!?」
「大丈夫。よく寝ているみたい。響も気絶しているからちゃんとは見れないけど……」
吸血鬼がニッコリ笑って教えてくれた。
「そうか……よかった」
「でも、安心するのは少し早いかもしれんぞ?」
「へ?」
「響さ? 結構、行き当たりばったりなんだね。自分の言葉には責任持ちな」
そう言ってウインクをする小町だったが意味がわからなかった。
「どう?」
「ああ、よく寝てる」
霊夢は襖の隙間から中の様子を伺っていた魔理沙に質問した。すぐに襖を閉めて笑顔で答えた魔理沙は何故か悔しそうな表情を浮かべる。
「しかし、見たかったぜ。響の最後の技。ここからでも鎌は見えたんだけどな……」
「あら? 見えたの?」
「ああ、それぐらいでかかったからな。いいよな~。霊夢と早苗は地上から。妖夢と咲夜なんかすれ違ったって言うじゃないか」
実は霊夢は妖夢に『人魂灯』を持って来るようにお願いしていた。そして、それを持って妖夢は結界の上(実は円柱の上は開いていた。つまり、周りをぐるりと結界で囲み、それを上に伸ばしていただけ)まで飛んで妖怪たちにすぐに食べられないように幽霊を上に引き寄せていた。しかし、一人ではとても飛べる状態じゃなかったので咲夜に支えて貰っていたのだ。
「まぁ、異変は解決したんだし、いいじゃない」
「ったく……仕方ない。酒だ! 宴会するぞ!」
どうやら、酒を飲んで忘れようとしているらしい。
「全く、まずは響たちが起きてからにしましょ? 異変を解決したのは彼なんだから」
「はいはい……さて、霊夢。布団、借りるぜ」
「泊まって行くの?」
「この体じゃとてもじゃないけど飛んで帰れないからな。じゃあ、おやすみ」
「ええ。おやすみ」
そう言って魔理沙は響が寝ている部屋の前を通る。
「……お疲れさん」
少しだけ微笑んで魔理沙は奥の部屋に向かう。その途中で思い出していた。布団の中で女の子にしか見えない青年が5歳児にしか見えない幼女と手を繋いですやすやと眠っていた光景を。その景色を見て『微笑ましい』と言う感想以外、抱けなかった。
異変解決!
次回からは後日談としていくつかお話しが続き第4章へ突入します。