東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第105話 奏楽

 紫の発言を聞いて数秒、沈黙が流れた。俺は質問でそれを破る。

「『魂を繋ぐ程度の能力』……まぁ、確かにその能力なら魂融合してもおかしくない。でも、人間――しかも、こんな小さな子が出来るのか?」

 奏楽は見た目、5歳児だ。妖怪ならば見た目と実年齢が食い違うのはよくある。紫やフランがその例だ。しかし、奏楽が人間だとすると5年ほどしか生きていない事になる。本当にそれであのような異変を起こせるとは思えない。

「普通の子なら無理よ。だから、奏楽は普通じゃないの」

「普通じゃない?」

 紫の言葉の意味が分からず、雅が聞き返した。

「ええ。この子は親がいないの。捨てられたとかじゃなく産んだ母親すらいないのよ」

「……何か? 奏楽は突然、その場に産まれたって言いたいのか?」

 冗談のつもりでそう言うと紫がすぐに頷く。

「彼女は……幽霊たちの残骸が突然変異した結果、生まれて来てしまった。言ってしまえば世界のイレギュラー。本来ならば生まれて来るはずのなかった命」

 幽霊の残骸。つまり、未練や後悔、怒りや悲しみの負の感情だ。前、阿求の家にあった本にそう書き記してあった。それが集まり、生まれたのが【魂喰者】。

 思わず、ベッドに座って本を読んでいる奏楽を見てしまう。それと同時に向こうも俺を見てニッコリと笑った。

「……雅。奏楽を望に預けて来てくれ。多分、聞かせちゃまずい話だ」

「わかった」

 雅が奏楽に話しかけて手を繋ぎ、部屋を出て行った。

「察しがよくて助かったわ」

「最近、勘が鋭くなってね……雅がいない内に話しておきたいんだけどさ」

「フルシンクロについてかしら?」

 紫が微笑んで言い当てた。今更、驚く事でもないので溜息を吐いて頷く。

「そうね……私自身、驚いているわ。まさかあんな事が出来るなんて思わなかったのよ」

「何かわかった事、ある?」

「今のところはシンクロした相手との共鳴率が上がればなるって事しかわからないわ。自分自身の事なんだから私よりもわかると思うけど?」

「いや、俺も無自覚だったからあの時の事はあまり覚えてなくて……」

 奏楽を助ける事で頭が一杯だったのだ。

「そう……フルシンクロは狙って出来る物じゃないから当てにしない方がいいわね」

「狙って出来てもやらないよ。酷い目にあったんだから……」

 魂の中でも動けなくなり、吸血鬼とトールにイタズラされ放題だったのだ。

「ただいま」

 その時丁度、雅が帰って来てこの話はお開きとなった。

「……話の続きだ。奏楽は人間、何だよな? 幽霊の残骸から生まれたなら幽霊に分類されるはずじゃ?」

「いえ、れっきとした人間よ。幽霊の残骸――まぁ、魂ね。それが集まって一つの魂を生み出し、躰を作ったの」

 きっと、奏楽の能力もそこから来ているのだろう。

「じゃあ、本当に5歳児なのか……」

「何度も言ってるじゃない」

 なら、奏楽は本当に今まで独りだったのだ。生まれた瞬間、目の前には誰もおらず、彷徨い続けた。そして、たどり着いたのは――幽霊。

「奏楽……」

「だから、貴方には感謝しているのよ? あの子の事、私ですら知らなかったんだから」

 幻想郷の賢者と呼ばれている紫でさえ存在を知らなかった。本当に彼女は独りだったのだ。自分も他の人を知らず、他の人も奏楽の事を知らない。

「……響」

 俺がギュッと右手を握っているのを見た雅が呟いた。その声音には心配の色が滲み出ている。

「俺、心のどこかで奏楽は独りじゃないと思ってた。今はともかく、過去。さすがに父親と母親の顔ぐらいは知っているだろうと……でも、それすらなかった。あいつは本当に独りだったんだ」

「今、響がいるじゃん」

「俺が言いたいのは奏楽の傷が大きかった事だよ。正直言ってなめてた……」

 今になって後悔する。俺が言った事は奏楽にとって一番、手に入れたかった物だろう。しかし、今まで人間に触れて来なかったのにすぐ、人間と仲良くなれるはずがない。どうやって接すればわからないはずだ。

「その事なら安心してもいいわ」

「え?」

「ほら、これを見なさい」

 スキマを開いた紫。俺と雅はすぐにそのスキマの中を覗き込む。

『何して遊ぶ?』

『うんとね! 望おねーちゃんのしたい事がいい!』

『私の? そ、そうだね……あ、ゲームしない?』

 その光景は人間に触れ合った事のない一人の少女が望と楽しそうに遊んでいた。二人の顔には笑顔が浮かんでいる。

「ね? だから、貴方はあの子をまた独りにしないよう気を付けなさい」

「……ああ、わかった」

「それともう一つ。四季映姫が謝っていたわ」

 意外な人物が出て来た。

「何で?」

「あの子が生まれたのは閻魔が少しだけミスしたからよ」

 あの映姫が失敗したらしい。

「どんなミスなの?」

 俺の代わりに雅が質問する。

「幽霊の残骸を見逃して事よ。【魂喰者】が産まれた場所は三途の川付近だったから普通に発見して対処出来たはずだもの」

 その言葉を聞いてすぐに疑問が生まれた。

「どうして三途の川だってわかった?」

「簡単よ。閻魔が持っている過去を映し出す鏡で彼女の過去を視たから。一番、最初の記憶に三途の川が映っていたわ」

「もう一ついい?」

 ベッドに腰掛けていた雅が手を挙げて発言権を得ようとする。

「どうぞ」

「奏楽って人間だけど普通の人間じゃない……つまり、響みたいな感じだよね」

 俺みたいとは酷い事を言う。俺はれっきとした人間だ。そう言ってもややこしくなるだけなので黙っておいた。

「そうね……」

「こっちでも生きていけるの?」

「正直言って無理ね。響も知ってると思うけどあの子、すごい力だったから。普通の子ども相手……いや、大人でも怪我じゃ済まされないわ」

 確かに抱き着いただけで背骨が折れるほどの怪力だ。外の世界ではあまりにも危険過ぎる。でも――。

「なら、外に出さなければいいんじゃないか? 少し、可哀そうだけどこっちで生きていくには仕方ないだろ?」

「それはやめた方がいいよ……」

 俺の意見をすぐに否定する雅。

「どうして?」

「奏楽、普通の5歳児なんだよ? 幼稚園とか小学校に行かせなきゃ子供虐待とかで色々と面倒な事になっちゃうの」

「でも、家から出さなければ……」

「さすがに無理ね」

 今度は紫だ。

「ここは住宅街よ。いつまでも隠し通せるはずがないわ」

「じゃあ、どうすれば!」

 このままでは奏楽は幻想郷に連れ戻されてしまう。それだけは避けたい。いや、避けなければいけないのだ。何故なら、俺が傍にいると約束したから。もう、独りにしないと決意したから。

「無理よ。私の能力を使って奏楽の能力を消してしまうと彼女そのものが消えてしまうかもしれない……」

「っ!?」

「無理でしょ? ここに来たのは奏楽について教える事と彼女を連れて行く為よ」

 駄目だ。それじゃ駄目なのだ。根拠はなかったが俺は直感でそう思っていた。

「……一つだけある、かもしれない」

「え?」

「奏楽の能力だ……そいつを使えば出来る」

 自分でもよくわかっていない。しかし、勘がそう言っているのだ。

「……どうやって?」

 紫が険しい表情のまま、問いかける。

 

 

 

「奏楽の魂の一部を俺の魂に移植させる。奏楽が普通の人間になれるように……」

 

 

 

 俺の提案を聞いた二人が目を見開いて驚愕した。

「貴方……自分の言っている意味がわかってるの?」

「ああ。紫、言ったよな? 奏楽の能力は魂を共鳴させて自分の力に出来るって。なら、その逆も可能なんじゃないのか?」

「そうだけど……危険よ? 下手をすれば貴方も奏楽も死ぬわ」

 俺の魂にはすでに3つも別の魂が宿っている。これ以上、俺の魂比率が小さくなるとどうなるかわからない。今の状態が奇跡と言っても過言ではないのだ。

「それでも、やらなきゃいけないんだ……それが約束だから」

 俺は自分の決意を表現するかのようにギュッと拳を握った。

 


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