東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第106話 魂移植

「どうしたの? おにーちゃん」

 俺の部屋にあるベッドに腰掛けた奏楽がそう問いかけて来た。望とゲームをしていた所を無理言って連れて来たのだ。今は雅が望の相手をしている。つまり、この部屋にいるのは俺と奏楽、紫の3人のみ。

「奏楽、この家で暮らしたいか?」

 奏楽の問いかけには答えず、こちらから質問した。

「うん! 望おねーちゃんも優しいし、雅も楽しいから好き!」

 どうやら、雅が最初、望の所に連れて行く時に自分の名前を教えていたようだ。

「そうか……でも、今のままじゃ奏楽はここでは住めないんだ」

「え!? どうして!?」

 目を丸くして吃驚する奏楽。

「奏楽は……少し、他の子とは違うんだ。今のままじゃ奏楽も含めた皆が幸せになれない」

「じゃあ……おにーちゃんと離れちゃうの? 約束、したのに?」

 その言葉を聞いて俺は唇を噛む。この後に待っている試練の辛さを知っているからだ。

「……一つだけ、方法があるんだ」

「ほんとっ!?」

 すぐに目を輝かせる奏楽を見て紫が俯く。

「でも、辛いぞ。下手すると俺もお前も死んじゃう。それでもやるか?」

「うん!」

 即答され、俺と紫は目を合わせる。

「意味、分かってるか? 死んじゃうんだぞ?」

「大丈夫だよ!」

 その自信は一体、どこから来るのか全く分からない。それを聞こうと口を開いた瞬間、奏楽が満面の笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「だって、おにーちゃんと約束したもん! 一緒にいるって! だから、絶対成功するよ!!」

 

 

 

 その顔に不安など一切、ない。本当に俺の事を信じているのだ。

「……ああ。そうだったな」

 俺が弱気になっていた。そう、勝てばいい。俺がこの子の中にいる幽霊の残骸を取り除けばいいのだ。

「紫、頼む」

「……」

 俺の目を見て覚悟が決まったと理解したらしく、紫は何も言わずにぼそぼそと何かを呟いた。

「これで、雅たちはこの部屋に近づこうとしないわ」

「人避けか?」

 俺の質問に1つだけ頷いて答える紫。人避けは結界と違って何となく、この部屋に近寄らないでおこうと周囲の人に思わせる術だ。無意識にそう思わせるので気付かれにくい。それも相手がこちら側の世界を知らなければ見破る事は不可能だ。

「じゃあ、始めるぞ。奏楽、こっちにおいで」

「うん!」

 ピョン、とベッドから飛び降りた奏楽は俺の足にしがみ付いた。今はあまり、時間がないのでそのままにしておく。

「紫、ベッドを」

「わかってるって」

 そう言ってベッドの下に大きなスキマを展開させ、ベッドを一時的に撤去させる。これでスペースの確保は完了だ。

「少し、離れてて」

 奏楽を足から引き剥がしてスキホから博麗のお札を5枚、取り出す。

「それ、何?」

 『五芒星結界』を貼る為に床に配置していると奏楽が問いかけて来た。

「お札だよ。これから、ちょっとした儀式をするからその準備」

「その儀式が大変なの?」

「ああ、奏楽も心の準備をしておいてね」

「大丈夫だよ! もう、できてるもん!!」

 笑顔でそう言い放つ奏楽。それを見ていて俺もやる気が出て来た。

(何が何でも成功させてやる……)

『そうじゃの……我らも手を貸すぞ』

『トールの言う通りよ。奏楽の為、自分の為にも絶対、勝たなきゃ!』

『まぁ、悔いが残らないように頑張れ……私もやってやるから』

 魂の中からも心強い声援が聞こえる。

「紫、後は頼んだぞ」

「きちんと元通りにしておくわ」

 紫も微笑んでくれた。

「霊盾『五芒星結界』」

 スペルカードを宣言すると星形の結界が床を埋め尽くす。紫が急いで結界の範囲外に避難した。

「おいで、奏楽」

 俺の隣で床を見て騒いでいた奏楽を結界の中央に誘導する。

「どうすればいいの?」

「座って」

「うん」

 素直にその場で正座する奏楽。それに続いて俺も正座した。

「手を出して」

 差し出された小さな手を俺は優しく両手で包み込んだ。

「おにーちゃん!」

「うおっ!?」

 しかし、すぐに奏楽が手を振り払って俺に抱き着いて来る。

「な、何して……」

「こうした方がいいと思ったの!」

 俺の胸に頬をくっ付けたまま、奏楽は目だけでこちらを見た。

「……わかった。このままで行こう」

 俺も奏楽をギュッと抱き寄せる。

「苦しいよ、おにーちゃん」

「絶対、成功させるからな」

「……うん」

 やはり、少しだけ不安だったようで更に力を込めた。

「奏楽、覚えてるか? 今まで、どうやって幽霊を取り込んだか」

「取り込む? あ、友達になる事だね! うん、覚えてるよ!」

「俺にもそれ、やってくれないか?」

 奏楽はその言葉が意外だったようで俺の胸から顔を離してまじまじと顔を凝視して来る。

「いいの?」

「ああ、いいんだ。俺と友達になってくれ」

「……わかった。行くよ?」

「おう」

 奏楽が目を閉じた。数分後、目の前が真っ暗になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これであたいから教える事はない。よく頑張ったな、キョウ」

「先生! ありがとうございました!!」

 僕は深く頭を下げてお礼を言う。ここに来て3週間、特訓以外にも寝る場所や食事までも用意してくれた先生。本当に感謝していた。

「これからも鍛錬を怠らないように」

「はい!」

「いい返事だ。よし、これをやろう」

 また、一瞬にして離れて戻って来た先生の手には小ぶりの鎌だった。刃は怪我をしないように鞘のような物に収められている。

「い、いいんですか?」

「ああ、あんたの為に用意された物だからね」

 用意されたと言う言葉を聞いて少し、疑問に思った。誰が何の為に用意したのか、と。

「では、ありがたく頂きます」

 さすがにそのような事は聞けなかったので鞘に繋がれた紐を肩にかけた。これで両手に持たずに持ち運べる。背中に手を回せば柄を掴めるように角度を調節。右手できちんと抜刀出来るかも確認してから一息入れた。柄が上を向き、刃が地面に触れるか触れないかの微妙な構図になっている。

「お? 終わったかい?」

 最後まで見ていてくれた先生がジッと僕の姿を見た。

「うん、似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます……」

「じゃあ、最後にあたいからアドバイスだ」

「お願いします!」

 一体、どんな言葉が出て来るのだろう。わくわくしたまま、待つ。

 

 

 

「ゆっくり、成長すればいい。一人で焦って突っ込んでも周りの人に迷惑をかけるだけだ。壁にぶつかったら、抱え込まないで周りの人を頼ればいい。それは決してかっこ悪い事じゃない。それどころか自分の弱さを自覚し、何とかしようと努力する事だ。誰も攻めはしないよ」

 

 

 

 何故だろう。僕の目を見て言っているのに別の人に忠告しているようだ。まるで、これからの僕を知っているかのように。未来の僕に語りかけるように。

「これであたいの講習はおしまいだ。頑張って来いよ」

「あ、はい! 本当にお世話になりました!!」

 そう言って森の方へと僕は駆け出した。

 数十分ほど走ってとある事に気付く。

「あ、どこに行けば他の人に会えるか聞かないと……」

 まだ、先生はあの場所にいるだろうか。不安だったが、頼れるのは先生だけなので踵を返して来た道を戻る。

「せんせー! すみません、道を聞くのを忘れてました!」

 特訓場として使っていた三途の川周辺まで戻って来た。大声でそう、叫んだが返答がない。

「やっぱり、どこかに行っちゃったかな……」

 仕方なく、この場を離れようと足を動かした刹那、目の前がぐらりと歪んだ。思わず、何かを掴もうと左手を伸ばしてしまう。

(あ、れ?)

 眩暈のような感覚はほんの数秒でなくなった。しかし、すぐに目を見開く事になる。

「?」

 いつの間にか辺りが暗くなっていた。それに最初、先生が寝ていたあの苔が生えた岩に違和感を覚える。

「何だろう? 少しだけ、苔が少なくなったような……」

 そう呟きつつ、その岩に向かって歩き始めた。

「貴方はだぁれ?」

 後ろから女の子の声が聞こえて振り返る。そこには僕よりも小さい――3~4歳の白いワンピースを着た長い白髪の女の子がいた。

 


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