東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第110話 影野 悟

「おい」

「あ? なん――」

 俺が声をかけると一人の男が振り返った。何か言おうとしていたようだが、目を見開いて俺を凝視する。

「?」

「お、お前ら! こっち!」

 何事かと首を傾げていると我に返った男が仲間に声をかける。

「何だよ。勧誘にいそが……うおおおおっ!?」

 突然、叫ぶ男たち。その迫力に後ずさってしまった。

「き、君も1年生かい!?」

「え、あ……そうだけど」

 “も”と言う事は勧誘されていた女の子も1年なのだろう。

「どうだい! 俺たちのサークルに入らないか!?」

 どうやら、俺も勧誘されてしまったようだ。だが、すでに答えは決まっている。

「嫌だ。大勢の男で女の子を囲むなんて非常識にもほどがある。そんなサークルに誰が入るか!」

「な、何!? 美人だからって調子こいてんじゃねーよ!」

 沸点があまりにも低かったのだろう。目の前の男が俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。体を引いて回避。

「なっ!?」

 躱されると思わなかったようでバランスを崩す男。すぐさま、そいつの腕を取り、捻る。

「いででででっ!」

 男はあまりの痛さに悲鳴を上げた。

「まだその子にしつこくするとこれ以上に酷い事になるぞ?」

「ひっ……」

 ギロリと睨んだ瞬間、顔を青ざめる男たち。

「「「す、すいませんでしたあああああ!!」」」

 俺の睨みが効いたのか男たちは逃げた。それを見て掴んでいた腕を離す。すると、捻られた腕を押さえながら男も走って行く。

「ふぅ……だい――いでッ!?」

 一息入れた後、呆然としていた女の子に声をかけようとしたら悟の拳骨が脳天に落ちて来た。

「な、何すんだよ!」

「目立つなって言っただろうが! ほら! 行くぞ!」

「え? あ、ちょっ!」

 襟を掴まれてしまい引き摺られるようにその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……本当にお前はわかっちゃいない」

「悪かったって」

 やっと、事務室を見つけ書類を出した俺たち。だが、悟はまだ機嫌を直していなかった。

「まぁ、無事でよかった。あそこで襲われてたら大参事だったから」

「さすがに連中もそこまではやるはずないよ。校内だし」

「……絶対、あの子を思い出しながら言ってるだろ?」

「え? だって、あの子の安否を心配してたんじゃないの?」

 俺の言葉を聞いた悟は大きな溜息を吐き出した。

「もういいよ。お前もいつの間にか強くなってるみたいだしな……それより、これどう思う?」

 悟の手には1枚の紙があった。事務室から出た時に上級生(今度は女の人だった)に貰ったのだ。

「新入生歓迎会。場所はこの近くの居酒屋……よく考えたよな。事務室の前で待機して書類を出しに来た1年生に配ってるんだろ?」

 あの書類は今日、出さないと駄目なのだ。かなり重要な物なのできっと、ほぼ100%の1年生に配る事が出来たはず。

「で? 行くのか? ここには絶対参加って書いてるけどお前、仕事が……」

「いや、今日は休みを貰ってる。上司もいいって言ったしな」

「なら、行くか」

「そうだな。行かなくて目を付けられても困るし」

 俺がそう言うとまた悟が溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かんぱーい!」

「「「かんぱーい!!」」」

 時刻は午後6時半。新入生歓迎会なる宴会が始まった。まだ、1年生は二十歳前なのでお酒は飲めないが上級生はごくごくと飲んでいる。

「お、このから揚げ、美味いな」

「へ~! 俺にもくれ!」

 俺と悟はテーブルの端でから揚げを食べていた。他の1年生も高校からの同級生や新しく仲良くなった友達と小さな声でお喋りをしながら食べ物を口に運んで行く。

「では、新入生には自己紹介して貰いましょう!」

 幹事だと思われる女性が立ち上がってそう宣言。『おお!!』と言う声と『ええ!?』と言う声が混ざった。前者が上級生で後者が新入生だ。

「まずは……そこのから揚げを美味しそうに食べているポニーテールの君!」

「ふも?」

 から揚げに夢中でほとんど話を聞いていなかった俺は首を傾げた。

「自己紹介だってよ」

 悟が教えてくれる。

「え? マジで?」

「頑張れよ」

「お、おう……」

 ここで目立ってはいけない。また、イジメられるのは嫌だった。

「え~、音無 響です……」

「響ちゃんね。学科は?」

 どうやら、質疑応答方式らしい。

「えっと……」

 その後にも趣味だとか得意な教科などを聞かれ答えてゆく。

「なるほど……響ちゃんや」

「な、何でしょうか?」

 幹事の人がずいずい、と接近して来たので後ずさる。

「高校時代、モテたでしょ?」

「へ?」

「だって、背も高くてスタイル抜群。でもって、君の学科ってこの大学で一番の偏差値を誇る……何より、美人。どうよ?」

「いやいや。全然ですよ」

「また、謙虚になっちゃって! でも、ここは小さいのね」

 俺の胸を見つつ、そう言い放つ。女子に向かって言えばセクハラだ。周りの男の人は何故か俺を凝視しているし勘違いしているらしい。

「……一つ、いいですか?」

「何?」

「俺……男です」

「……」

 硬直する幹事。貸し切りだった居酒屋に沈黙が流れた。

「も、もう一回お願い出来るかしら?」

「俺は男です。ほら」

 財布から保険書を出して確認させる。

「え? 嘘、男の娘!?」

「男の娘?」

 単語の意味がわからなかったので聞き返した。

「女に見える男の事だ」

 悟が小声で教えてくれる。感謝。

「ああ、なるほど……」

 確かに俺だ。

「み、皆! 本物よ! これほどまでの男の娘は初めてだわ!!」

 先ほどまでの静けさはどこへやら。大騒ぎになってしまった。

「お前は本当に目立つな……」

「狙ってるわけじゃねーよ」

「おい!」

 溜息を吐いていると昼間、サークルの勧誘をしていた男が俺に声をかける。

「またあんたか……何だ?」

「俺と勝負しろ」

「はぁ?」

 よく見れば顔が紅い。酔っている。

「昼間は女だと思って手を出さなかったが男なら容赦しない! 表へ出ろ!」

「ちょっと! せっかくの宴会なんだから楽しくやろうよ!」

 それを幹事が止めようとする。

「幹事さん、大丈夫」

「え?」

「その勝負、乗ってやろうじゃん」

 こういう奴は一回ぐらい痛い目に合わないと駄目だ。同じ事を繰り返すだろう。

「あ! バカっ!」

 後ろで悟が悪態を吐くが今は目の前の男だ。俺と男は居酒屋を出て路地で対立する。他の人もついて来た。

「警察が来ないように見張っててください」

「は、はい!」

 適当な人にお願いする。ここで暴力事件を起こしてしまったら望たちに会わせる顔がない。

「準備はいいか?」

「おう」

 姿勢を低くして構える。

「うおおおおおっ!」

 男が雄叫びを上げながら突進して来た。右腕を引いている。

(右ストレート……)

 首を傾けて回避。そのまま、バックステップで距離を取った。

「逃げんじゃねーよ!」

 男も負けじと俺の懐に潜り込んで来るがそれに合わせて前にジャンプし、空中で前に半回転した。構図は頭が下で足が上。驚愕する男の肩に両手を付けて、もう一度半回転して着地する。男の図体がでかくて助かった。小さかったら俺の重さに耐えられなかっただろう。そのおかげで背後を取る事に成功。

「ちょこまかと!」

 後ろをちらりと見た男が右手で裏拳を放って来た。ギリギリ、当たる。着地したばかりだったのですぐに動けず、避けられない。

(なら――)

「ふっ」

 右方向から来る裏拳を右腕で受け止める。弾き飛ばされないように重心を低くし右腕を左手で支えた。

「なっ!?」

 受け止められるとは思っていなかったのだろう。男が驚愕する。その隙に男の喉元に左拳を突き出した。

「ひっ……」

 悲鳴を上げる暇もなかった男は目を閉じる。しかし、俺が寸止めしている事に気付き、目を開けるとその場にへたり込んでしまった。

「これでわかったか? もう、あんな事はするんじゃねー」

「は、はい! 申し訳ございませんでした!!」

 男がその場で土下座して謝る。溜息を吐いて振り返ると新入生歓迎会に来ていた人たちが皆、固まっていた。

「あ……」

 少し、やりすぎてしまったようだ。

「す、すごい!」

 どうしようかと悩んでいるといち早く放心状態から抜け出した幹事さんが詰め寄って来る。

「音無さ……じゃなくて、音無君!」

「は、はい……」

 肩を掴まれてしまい、逃げる事が出来ない。何を言われるのだろう。

「うちのサークルに入らない?」

 まさかの勧誘だった。

「え? あ、いや……」

「そんな人のサークルじゃなくて俺の方に来いよ!」

 間髪入れずに眼鏡をかけた男の人にも誘われた。吃驚して断れずにいると次から次へと勧誘される。

「はいはい! 皆さん、ストップ!」

「さ、悟?」

 大混乱の中、悟の声が響き渡り不思議と皆、静かになった。

「ちょっと! 誰なのよ!」

 幹事さんが悟に問いかける。

「俺は響の幼なじみです! サークルについてですが、響はサークル活動をしている暇がないんですよ!」

「誰もあんたに聞いてないわよ!」

 まずい。このままでは悟が悪者扱いされてしまう。

「悟の言っている事は本当です! 俺、事情があって仕事をしてお金を稼がなきゃいけないです!」

「……事情?」

 目を細めた幹事さんに母が蒸発し、妹と2人の居候がいる事を手短に話す。

「……ごめんなさい。無理に誘ったりなんかして」

「大丈夫ですよ」

 悲しそうな表情を浮かべる幹事さんにそう言って携帯(スキホではなく自分のだ)で時間を確認。午後8時になりそうだった。今頃、奏楽が泣きそうになっているに違いない。

「すみません……そろそろ、家に帰らせて貰っても?」

「全然、いいよ! 逆に引き止めちゃってごめんなさい!」

「いえ、楽しかったからいいですよ。あ、お金いくらですか?」

 ポケットから財布を出しながら俺。

「お、お金なんていらないよ!」

 だが、幹事さんが変な事を叫んだ。

「いや……飲み会だから経費とかあるんじゃ?」

「ないない! ここは上級生で出す予定だったから! ね、皆!」

 後ろにいた上級生たちが一斉に頷く。

「そ、それならお言葉に甘えて……失礼します」

 お金を払わなくていいなら好都合だ。春休みに稼げなかったから出費を出したくない。居酒屋に戻って自分の荷物を持った後、皆に挨拶して家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……可愛かったな~」

 響が帰った後の居酒屋。新入生歓迎会と言う名の飲み会はまだ、続いていた。

 幹事さんは頬を紅くしながらぼやく。

「いいよな。えっと、響君の幼なじみの……誰だっけ?」

 その隣で飲んでいる眼鏡の男が悟に問いかける。

「悟です」

「そう! 悟君! 羨ましいわ、あんな幼なじみがいるなんて!」

 響が『幹事さん』と呼んでいた子と眼鏡の男と悟が話していた。

「でも、勿体ないなぁ。あんな子、滅多にいないのに」

「まぁ、響は自分の事、モテてないと思ってますから」

「え!? さすがに気付くんじゃないの!? 告白とかされまくってるでしょ!」

「そうなんですよ……でも、本人は悪戯だとしか認識しなくて」

 今日もそうだ。大学は私服。制服のように服装で性別を判断できない。つまり、男か女か判断する材料は顔と体格しかない。服装でも出来なくはないが、響の場合、シンプルなファッションなので期待できない。その為、『女と間違われて本気で男が寄って来るぞ』と悟は忠告したのだ。

「はぁ……」

 だが、響は理解していなかった。今日は新入生の他にもサークル勧誘の為に多くの学生が大学に集まっている。そんな所で女の子を助けたり、新入生歓迎会で男をコテンパン(寸止めだったが)にしたりすればこうなるに決まっていた。

(仕方ない……)

 使いたくはなかったが、この状況ではいつ、響が襲われるかわからない。

「な、なるほど……見た目は美人。成績優秀。運動神経抜群。そして、優しい。そりゃ男も女もコロッと行くわ」

 その事を二人に話した後、幹事さんが呆れた顔で呟く。

「そこでお二人にご相談が……」

 この日、悟が高校時代に設立した『音無 響非公式ファンクラブ』の会員が3倍に増えたと言う。

因みにこのファンクラブには決まりがあった。

 

 

 

『音無 響には一切、手を出さず遠い所から見守る』

 

 

 

 会長――影野 悟は成績の割には頭が切れる人間であった。全て、響の身を守る為に考え付いた作戦。その事は悟以外に知っているのは“人間では”誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。あの子もいい友達を持ってるじゃない」

 盛り上がる上級生や新入生たちを見て安堵の溜息を吐いた悟の後ろでポツリと隙間妖怪が呟く。そして、微笑みながらスキマの中に消えた。

 


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