「……ん」
おでこがヒリヒリする。どうやら、気絶していたようだ。
(確か、外来人と弾幕ごっこをしてて……)
弾幕の隙間から石が飛んで来るビジョンを思い浮かべた所で記憶が途切れている。頭にヒットして脳震盪を起こしてしまったらしい。
「やっと、目が覚めたか……降りてくれ」
「へ?」
目を開けると勝手に空を飛んでいた。いや、運ばれているのだ。下の方から声が聞こえたのでそちらを向くと長くて白い髪が目に入った。
「ほら、お前は飛べるんだから」
「え? あ、うん」
服装から藤原妹紅と判断し、すぐに彼女の背中から飛び立つ。火あぶりにされてはたまらない。
「さすがに2人同時に運ぶのは大変だったぞ……バランスを取るのもな」
「あー、ゴメン」
妹紅の隣に移動すると私と弾幕ごっこしていた女の子がスヤスヤと眠っていた。妹紅は彼女をお姫様抱っこし、私を背中に乗せて飛んでいたようだ。
「えっと……何があったの?」
「それはこっちの台詞だ。この子がムカデの妖怪に襲われてるのを助けたら、すぐに倒れちゃったんだ」
「ムカデ?」
数か月前――まだ雪が降っていた頃、響が妖力を飛ばしただけで追い払ったあの妖怪を思い出す。
「で、彼女はお前を抱っこしたまま走ってたんだよ」
「え!?」
思わず、声を上げて驚いてしまう。この子は幻想郷を知っているタイプの外来人。つまり、私が妖怪だと言う事も知っていたはずだ。それなのにどうして助けたのだろう。
「何があった?」
「そ、それは――」
妹紅に覚えている限りの事を伝える。
「外来人か……ちょっと、見てみろ」
「ん?」
妹紅の視線の先は女の子の着物だった。何だろう。
「見た事があるような……ないような」
「だろ? 色から装飾……どれも響が着ている服と似ているんだ。まぁ、スカートとズボンとか大きな違いはあるけどな」
「でも、『自分は外来人だ』って言ってたよ?」
響はこの幻想郷のどこかで暮らしている(ミスティアも響が外の世界から来ていると知らない)。ならば、この子は響が外の世界にいた頃の知り合いとなる。しかし――。
「響の服は仕事の制服だって言ってたよ?」
「だよな……なら、この子も?」
響の仕事仲間。そう言う事になる。
「とにかく、人里に連れて行く。お前は帰れ」
前を見るとそろそろ、人里に到着するだろう。
「いや、一緒に行くよ。約束あるし」
普通の妖怪なら人里には入れない。でも、私は屋台の食材を買う為に頻繁に通っているのだ。
「約束?」
「弾幕ごっこしたって言ったでしょ? 負けたんだよ、私」
「え?」
そこで目を見開く妹紅。
「それもスペルなんて持ってない人間に。その子が使ったのは2つの石ころだけ。それで負けたの。で、戦う前に約束したんだ。『勝ったら聞きたい事がある』って」
「……」
「ほら、早く行こう」
多分、妹紅も思ったのだろう。
この子は一体、何者なのだろうか?
「何かわかったら連絡する。それまでは不安だと思うけど我々に任せて欲しい」
「はい、お願いします」
昨日、望は帰って来なかった。そして、家の近くで望の鞄が見つかったのだ。望に何かあったのは明確。そこであまり頼りたくなかったが、警察に連絡した。
「あ、これは私の名刺だ」
「ありがとうございます」
刑事さんから名刺を受け取る。見てみると『東 幸助』と書かれていた。
「まぁ、この家にもう一枚あるけどね」
「え?」
「いや、去年の夏に望さんのお兄さん……響さんが失踪してその時もここに来たんだよ」
きっと、響が初めて幻想郷に行った時の話だ。
「で、また連絡があって……そしたら、雅さんと奏楽ちゃんだったかな? 家族が増えていて吃驚したよ」
「居候なんです。事情がありまして……」
「そうか……しかし、響さんはすごいね。妹さんの他に2人の女の子を養うなんて」
「はい、本当に……」
幻想郷での仕事は正直言って死ぬ恐れがある。響がいくら強くたって。
「本当に――どんな仕事をしているんだろうね?」
「?」
何だろう。刑事さんの目が一瞬だけ鋭くなったような。
「雅……」
「ん? どうしたの?」
隣で静かにしていた奏楽が急に私が着ている制服の裾を摘まんだ。まるで、不安を感じているかのように。
「では、私はこの辺で。響さんも一緒に探しておくから」
「お、お願いします!」
最後まで笑顔を浮かべたまま、刑事さんが帰って行った。
「……あの人、怖い」
「奏楽?」
「怖い……よく、わかんないけど怖いの」
その証拠に奏楽の手に力が入る。
「……大丈夫。私たちが奏楽を守るから」
きっと、刑事特有の雰囲気のせいだろう。だが、奏楽は首を横に振った。
「あの人、何かお兄ちゃんに悪い事をしようとしてる……」
「悪い事?」
「ゴメン、雅。ここまでしかわかんない」
奏楽の能力は『魂を繋ぐ程度の能力』。人一倍、相手の考えている事を感じ取りやすいのだ。
「……なら、私たちが響を守ろう!」
「……うん!!」
そう頷いた奏楽はギュッと抱き着いて来た。少し吃驚するがそれに応えるように私もギュッと抱きしめる。響に続いて望までいなくなったのだ。寂しいに決まっている。
(響、望……早く、帰って来て)
そうじゃないと私も耐えられなくなりそうだ。
「ん……」
体がダルイ。風邪を引いて高熱を出した次の日のようだ。しかし、ずっとこのままでいるわけにもいかず、体を起こしてキョロキョロと辺りを見渡す。全く、見覚えがなかった。まだ、ぼんやりしている頭を動かして状況を把握する。
「そうか……」
ムカデの妖怪に襲われている所をもこたんに助けられて、疲労で倒れたのだ。きっと、もこたんが運んでくれたのだろう。
「目が覚めたのか?」
「あ……」
部屋に入って来た女性――慧音だ。服装や帽子ですぐにわかった。彼女がいると言う事は私がいるこの場所は『寺子屋』のようだ。
「調子はどうだ?」
「え? あ、だ、大丈夫です……」
「おっと、安心してくれ。君が私たちの事を知っているのは妹紅に聞いた。肩の力を抜いてくれ」
よかった。急に『慧音さん』と呼んだら混乱させてしまうと思い、どうしようかと悩んでいた所だったのだ。
「わかりました。慧音さん」
「うむ。では、朝ごはんにしよう。妹紅たちも君の事を待っているから」
(朝? 妹紅“たち”?)
私がここに来たのは夕方だ。それに慧音さんの口ぶりからもこたん以外にも人がいるらしい。
「ついて来てくれ」
「は、はい」
大人しく慧音さんの後を追う。そして、とある部屋に入った。
「お? よかった。起きられたんだな」
そこにはもこたんと――。
「あ、このお味噌汁、美味しい。慧音、後で教えて」
ミスチーがいた。
「あ、あれ? 何でミスチーが?」
「おはよう。何でって私に何か聞きたい事があったんでしょ?」
どうやら、弾幕ごっこで負けたから私が出した条件を飲むつもりらしい。
「そうだけど……うん、ありがとう」
「……で? 聞きたい事って?」
顔を紅くしたまま、ミスチーが問いかけて来る。照れているようだ。
だが、私はもこたんの方に向き直る。
「その前に、もこたん……じゃなくて、妹紅さん。何か私に質問があるんじゃ?」
何故だろう。確信はなかったがわかってしまった。
「え!?」
「それにミスチーも慧音さんも同じ疑問を抱いていませんか?」
「「……」」
妹紅さんたちはお互いに目を合わせる。
「多分、私と同じ疑問です。では、同時に質問しますよ? 準備はいいですか?」
私はそう言い放つ。
「は?」
唐突すぎる提案に妹紅さんが目を見開いた。
「行きますよ? せーのっ!」
「ちょっ!」
「「音無 響を知ってる?」」
そこで私たちは理解した。
私と妹紅さんの疑問が同じだって事に。
そして、私には何か『能力』がある事も。