東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第117話 突破

「ありがと、ミスチー」

「いいよ。望だって私を運んでくれたでしょ?」

 幻想郷上空。私はミスチーに抱っこされていた。

「能力は強力なのに飛べないってお前のアニキそっくりだよ」

 横に並んで飛んでいる妹紅さんが苦笑しながらそう言った。因みに慧音さんは人里に残っている。さすがに出られないそうだ。

「お兄ちゃんも?」

「ああ、最初の頃は自分の力で飛べなかったらしいぞ? 今は指輪を使って飛んでるけど」

「指輪?」

 去年の夏に仕事から帰って来たお兄ちゃんの右手に指輪がはめられていた。きっと、あの指輪にそう言った力があるのだろう。

「お? 見えて来たぞ」

 妹紅さんの声で前を見ると竹林が姿を現す。それは本当に迷いそうなほど大きかった。

「……ミスチー、降ろして」

「え?」

 私の発言を意外だったらしく、聞き返して来る。

「まだ、私の能力が本物かどうかわからないの。だから、ここで試す」

「おい? それって上からじゃなくて竹林の中を進むって言いたいのか?」

 妹紅さんが目を丸くしたまま、問いかけて来た。

「はい」

「無茶だ! あそこは本当に迷う! 下手したら迷って飢え死するぞ!」

「もし、私が道を間違っていたら妹紅さん教えてください」

「でも、早くアニキに会いたいだろ!?」

「駄目なんです!」

 自分でも驚くほど大きな声が出た。

「駄目なんです……何となくだけどお兄ちゃんは今、危険に晒されているってわかるんです。そして、これも根拠はないけど私の能力が必要になると思うんです」

「だからって何もそこまでしなくても……」

 ミスチーがそこまで言ったところで首を横に振る。

「今まで自覚して能力を使って来なかったの。だから、必要な時にこの力を十分、引き出せるか試さなきゃ」

「……わかった。私たちはお前の後ろを歩く。でも、少しでも道が外れたらすぐにやめさせるからな」

「ちょっと! さすがに……」

 まだ、納得できていないミスチーだったが妹紅さんの目を見て口を閉ざした。

「ありがとう。妹紅さん」

「……この努力が無駄にならないといいな」

「……はい」

 もう、竹林は目の前だ。

(待っててね。お兄ちゃん……)

 私は1回、深呼吸して覚悟を決めた。

 

 

 

 ――そろそろ、あなた死にますよ?

 

 いや、知ってるけどさ。どうする事も出来ないんだけど?

 

 ――そこはほら、お得意のベタな覚醒で。

 

 得意じゃねーよ! それに何だよ! 覚醒って!!

 

 ――いけますって! 前だって霊力爆発させましたし!

 

 魂喰異変の時の話か? 確かにあの時は覚醒みたいなのはしたけどよ。

 

 ――そのおかけでトールとのシンクロも出来たわけですし

 

 あ、やっぱり覚醒してなかったら出来なかったの?

 

 ――はい。した瞬間、トールの神力に飲み込まれていたでしょう。

 

 マジか……。

 

 ――そりゃ、彼女……いえ、前は彼でしたか。彼は神ですよ? 量で比べたら山と塵です。

 

 そこまでか!?

 

 ――まぁ、今のあなたの霊力は砂山程度まで増えましたが……。

 

 結構、増えたな! おい!

 

 ――そんな事より、早く何とかしないといけません。

 

 そうは言っても俺、身体は愚か目すら開けられないんだぜ? お前の姿も見えねーし。

 

 ――見なくて結構です。動けないのは私があなたに馬乗りになっているからですよ。

 

 何やっとんじゃ!! 早く、降りろや!!

 

 ――え?

 

 俺、そこまで意外な事、言いましたか!?

 

 ――キャラが変わってますよ?

 

 お前がそうさせんだよ! 俺、普段はここまで叫ばないよ!

 

 ――あら、私の事は特別だと?

 

 ある意味ではね! でも、決していい意味じゃないから!!

 

 ――では、本題に戻ります。

 

 お、おぅ……

 

 ――今、あなたの魂部屋で吸血鬼たちが戦っています。

 

 え? マジ?

 

 ――はい。

 

 なら、俺も最初から戦えば……。

 

 ――あなたは呪いの効果を一番に受けました。なので、瀕死の状態だったんです。先ほど、馬乗りになっていると言いましたがそれは現在進行形であなたを治療しているからです。

 

 まさか、そんな理由があるとは。

 

 ――後、1時間もしたら動けるようになります。それまで彼女たちが生き残っていたらいいのですが……。

 

 もし、負けたら?

 

 ――魂部屋が呪いに完全に侵食されて、あなたは死にます。

 

 ものすごくわかりやすいな……。

 

 ――1時間したらあなたを部屋へ転送します。それまで私と会話しててください。

 

 これ以上、お前と話してると戦う前に体力が底を尽くわ!

 

 ――え? いい感じに緊張感がほぐれません?

 

 ほぐれねーよ!

 

 ――まぁ、それはいいでしょう。

 

 うわ、話を逸らしやがった。

 

 ――もうすぐ、到着しますよ?

 

 は? 誰が?

 

 ――救世主です。

 

 

 

 

 

 

「おじゃましまーす……」

 無事に永遠亭に辿り着いた私は恐る恐る扉を開けた。外から呼びかけても誰も出て来なかったのだ。

「……まさか、本当に辿り着くとは」

 後ろで妹紅さんが目を見開いたまま、呟いた。

「おかげで何となく、この能力の使い方がわかりました」

 その経験を活かして永遠亭の中にお兄ちゃんがいないか確かめる。

「……! いました! 奥にある部屋にいるようです!」

「ほ、ほんと!?」

 ミスチーの驚く声が廊下に響いた。その問いかけに一つだけ頷く事で答える。

「こっち!」

 靴を脱ぎ捨てて、廊下を走り始めた。後ろからミスチーと妹紅さんが付いて来る。

「侵入者発見! 今の永遠亭には部外者は立ち入り禁止ウサ!」

 すると、前からてゐが走って来た。私たちの邪魔をするらしい。

(させない!)

 てゐの足目掛けてスライディングをかます。

「ウサ!?」

 まさか、攻撃して来るとは思っていなかったのか私のスライディングを受けたてゐはこけて空中に身を投げ出した。

 

 

 

 ――ガシッ!(私がてゐの腰を両腕で抱き抱える音)

 

 

 

 ――――ゴンッ!!(てゐにジャーマンスープレックスを決めた音)

 

 

 

 ――――――ガクッ……(てゐの体から力が抜けた音)

 

 

 

「よし! 行こう!!」

 兎の屍を乗り越えて私は再び、駆け出した。

「「……」」

 口をあんぐりと開けていた夜雀と健康マニアも慌てて追いかけて来る。

「まさか、てゐを突破するなんてね! でも、私は甘くないわ!!」

 しかし、今度はうどんげが現れた。目を合わせないようにしないといけない。

「妹紅さん! 火球一発! 弱火で!」

「お、おう……って、弱火ってなんだよ!!」

 急ブレーキをかけ、立ち止まった。それと同時に背後から少し小さめの火球がうどんげに向かって突進する。

「ちっ!」

 視界が火球でいっぱいになったうどんげが舌打ちしながら座薬弾を撃つ。妹紅さんの火球は私の指示通り弱火(弱め)だったらしく、火球は派手にはじけ飛んだ。

「ッ!?」

 座薬弾をギリギリで躱す形で私は火球の中を突っ切る。うどんげが驚愕しているのが気配でわかった。

「せいっ!」

「きゃあ!?」

 しゃがんでうどんげの足を右足で払う。不意を突いたので簡単に玉兎は後ろに引っくり返った。

「そのまま、ドン!!」

 思い切り、ジャンプして空中で一回転。すぐさま、左足を伸ばしてうどんげの鳩尾目掛けて踵を落とす。

「ぐふっ……」

 綺麗に決まった。うどんげがその場で伸びる。

「よし! 急ごう!!」

 わかる。どれくらいの力で、どれほどの角度で、どのタイミングで体を動かせば自分がイメージした動きが出来るのがわかるのだ。これも能力の1つ。

「そうはさせないわ。本当に危険なの」

 走り出そうとしたが、いつの間にか永琳が目の前に佇んでいた。

「危険?」

「ええ、これ以上、この先に行けば危険よ。貴女が」

「……でも、行かなきゃならないんです」

 この先にはお兄ちゃんがいるのだから。

「……そう、なら気絶しててもらうわ」

 目を細めた永琳の手に弓が握られている。

「まずい! きっと、矢に薬が塗られているぞ!」

「皆、躱して!」

 そう叫んだ刹那、永琳から一本の矢が射出した。私は軌道がわかっていたので、すかさず左に飛んだ。

「うおっ!?」「うわっ!!」

 チラリと後ろを見ると二人も何とか、回避していた。

「ちょっと、いい?」

「「え?」」

 急いで二人に駆け寄り、作戦を伝える。

「ほら、固まってたら当たるわよ」

 今度は3本同時に撃って来た。妹紅さんは自力で私はミスチーにタックルをかまして避ける。

「あ、ありがと……」

「いいって。この作戦はミスチーがいないと成り立たないんだから」

「……頑張るね」

「頼んだよ……永琳さん!」

 私は作戦通り、永琳さんに声をかけた。

「何かしら?」

「この奥には何があるんですか?」

「この奥にある物を貴女は狙ってるんじゃないの?」

「質問に質問で返すのはマナー違反ですよ?」

「数年前まで引き籠っていたから今のマナーなんてわからないわ」

 肩を竦めながら永琳さん。

「ちゃんと勉強した方がいいですよ?」

「なら、貴女が眠って目を覚ましたら教えて貰おうかしら?」

「すみません、眠るのはこの奥にある物を手に入れてからで」

「あら? この奥にある物は知らないんじゃないの?」

「知りません。この奥にある物の“状態”は。正直言って心配で心配で眠れそうにはありません」

 私の口ぶりからお兄ちゃんの事を知っていると気付いたらしく、永琳が目を細める。

「大丈夫よ。私の薬は不眠症でも2秒で眠れるわ。まぁ、あまりにも寝心地が良くて永遠に眠る事もあるけど」

「それはあまりにも寝心地が良すぎるんじゃ?」

「ええ、だから少し抑えようと改良中よ」

「なるほど。では、その薬を飲んだ人に聞かせる歌の試し聞きでもして行ってくださいな」

 気付けば廊下に黒い煙が立ち込めていた。視界が薄暗くなる。

「……私とした事が貴女とのお喋りが楽し過ぎて気付かなかったわ」

「永琳さんが気を引かれるような会話をしましたから」

 能力万歳。

「まさか、そこの蓬莱人があえて弱い炎で廊下に使われていた木を燃やすなんて」

「一酸化炭素中毒の危険性があるので後で換気してください」

「ええ、でも貴女を眠らせてからね!」

「ミスチー!」

「うん!」

 私が呼びかけるとミスチーが歌い始めた。

「……やられたわ。まさか、こんな所で鳥目にされるとは」

「……本当は躱せましたよね?」

「それは言わないのがお約束よ」

「すみません。では、失礼します」

 私の能力で鳥目にされても道がわかる。永琳の横を素通りして先に進んだ。

「あなた達は行かなくていいの?」

「あいつには驚かされてばかりで心臓もたなくてね」

「あなたの心臓は死なないんじゃないかしら?」

「そうは言っても精神的に疲れるんだよ」

 後ろからそんな会話が聞こえた。どうやら、妹紅さんたちはあの場に留まるようだ。私も呼びに戻りはしなかった。

(お兄ちゃん……!)

 廊下を走り続ける。あった。あの部屋から光が出ている。

「はぁ……はぁ……」

 がむしゃらに走ったせいで息が荒くなっていた。心臓の音がうるさく感じるほどバクバクしている。あれだ。あの部屋だ。ゆっくりと扉に手をかけた。深呼吸してから勢いよく開ける。

 その部屋の中にはこちらを見て目を丸くしている紫と早苗。欠伸をしながら私をチラ見した霊夢。そして――。

 

 

 

「いた……」

 

 

 

 

 結界の中でドス黒い煙を噴出しているがあれは間違いない。

 

 

 

 

 

 お兄ちゃんだ。

 




心にいた人と話す時、響のキャラが変わるのには深い理由はありません。心にいた人があまりにもうざいのでツッコんでいるだけです。


あと、てゐとうどんげを一撃で沈められたのは望の能力で『ここを攻撃すれば一撃で気絶させられる』と察知して攻撃したからです。決して、望が人外レベルの力を発揮しているわけではありません。

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